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狐ぼんじゅーる編31

 僕が妖力の元へ行くと。

 濃い桃色の花を咲かせるしだれ桜の下に一人、女の子供がいた。

 しだれ桜の背後の空は青と橙に染まっているので、それはあやしくも幻想的な光景だった。


 こんなに大きな祭りなのに彼女のいるしだれ桜の周りには人っ子一人いない。おそらく人は無意識のうちに強い妖力を発する彼女から遠ざかっているのだろう。

 彼女は僕が来るのが分かっていたようで、桃色の瞳を僕へと向けた。


 まるで、桜のような少女だった。

 薄紅色の腕のひじまである長い髪は高い位置で二つに結ばれている、謂わばツインテールだ。

 外見の年齢は中学生か小学生高学年ほどか。小さく幼い。幼く見えても僕たち妖怪は若いとは限らないけど。

 思わず見とれてしまうほど、少女は美しくも可憐な少女だ。

 そんなきれいな出で立ちなのに彼女は真っ黒なまるで喪服のようなオフショルダーの着物姿である。でもその黒が彼女の白い肌をより際立たせている。


「君は誰?」


 僕は警戒して距離を保ちながら質問すると、少女は僕を見て長い睫毛を持つ目を軽く瞬かせた。


「狐。あなたは何者なの?」


 少女はじっと僕を見て質問を返した。


「君。質問を質問で返すなんてひどいね」

「答えなければいけないの?」

「嫌なら答えなくてもいいけど。その代わり僕も答えないよ」


 人形のようにほとんど表情を変えることなく言う少女の声は、平坦ではあるが鈴の鳴るような綺麗な声なのにどこか金属のような冷たさを感じる。

 僕の言葉に少女は少し沈黙をして「私は沙羅さらよ」と名前を教えてくれた。


沙羅さらね。僕は見た目通り妖狐のモフフだよ。君は何の妖怪?」

「種族は秘密。モフフ…。変な名前ね」

「そう?僕は結構気に入っているけど」


 失礼な。可愛いじゃないか。モフフ。

 思わずもふもふしたくなる可愛さの僕にぴったり…。こほん、ここにこだわっていたら話が逸れそうだ。


 沙羅さらは何の妖怪か教えてくれなかったけど、知らない妖怪同士種族を隠すことは少なくないから拘りはしない。僕だって見た目そのままじゃなかったら隠していただろうし。


「じゃあ、質問を続けるけど。なんで君は僕を呼んだの?そんなに分かりやすく妖気を垂れ流して」

「あなたをただ視たかっただけよ」

「僕を?」


 彼女は頷く。視たかっただけ?


「それならこっそり視れば良かったじゃん。呼ぶ意味なんてないでしょ」

「そうね」

「そうねって…」


 …なんだか、雲を掴むような子だ。口数が少なく掴み所がない。


「あのさ。前に山にいたのって君?」

「山?」

「ここから北にある近くの山で僕がお昼頃に食事をしているとき、君くらいの強い妖気を感じたんだけど。僕が近寄ったら鼠に鳴かれて気づかれて逃げられた。その逃げたのって君だったの?」

「…ああ。そうね。私よ」


 少女はあっさりと頷いた。あんまりにもあっさりとだったから僕は疑わしく青い目を細めて彼女を見る。


「君だったらなんで今日は姿を視せたのに前は逃げたの?」

「あの時は逃げようと思ったの」

「今は逃げないの?」

「でなければ呼ばないわ」


 山で出会ったことを彼女は頷き肯定した。

 それにしてもここまで会話の中であまり表情が動かない。妖怪では無表情なり、支離滅裂だったりは珍しくはないけど。そのせいで彼女が何を思っているのか推測が難しい。


沙羅さら沙羅さらは、どうしてここに来たの」

「散歩」

「散歩?一体どこから」

「秘密。狐はどうしてここにいるの?」

「僕は暇潰しだよ」


 沙羅さらの考えが読めないので、大雑把に答える。

 お互いどこか探り合うこの実りのない会話。沙羅さらも答えてはくれるけど、中身がない。確かに分かったことは沙羅さらという名前だけだ。これも偽名かもしれないけど、少なくとも呼ぶ名前は分かった。

 こういう相手が一番疲れるし。いや、話の通じない子の方が疲れるか。一応彼女はちゃんと答えてくれるだけマシかもしれない。


「もういいや。君は僕やこの地域に危害を加える気はあるの?」

「ないわ」

「ならいいよ。もし、僕の周りで何か変なことをしたら喰い殺すからね」

「ええ」


 僕の脅しに沙羅さらはあっさりと頷くと、自分の上にあるしだれ桜を見上げた。


「そろそろ行かないと。じゃあね、モフフ」


 僕に沙羅さらは視線を戻すと、同時に桜の花びらが沙羅さらを包む様に舞い上がり落ち着くと彼女の姿は消えていた。

 妖気を探ると去ったらしい。


「…変な子」


 僕は思わずその場に腰を降ろし、お座りをして彼女のいた場所を見つめる。


「モフフ様!」

「チー」


 チーは最初から鼠の姿になり走っていく僕を追いかけて付いてきていた。

 後ろに気配があることに気が付いてはいたけど僕は構わず沙羅さらと話をしていたのだ。


「モフフ様。大丈夫ですか?」

「うん、見ての通り何もされてないよ」

「良かったです。モフフ様、チーはどうしても彼女が怖かったです。助けにはいれずに申し訳ございません」

「別にいいよ。気にしないで」


 逆に助けに来られたほうが困るし。

 沙羅さらは何もしてこなかったけど。喰い殺すと脅したものの、もし戦いになったらチーを守りながら戦うのは彼女の実力が分からないからできるか分からなかったし。

 さっきまで楽しかったのにこれで一気に疲れた。


「モフフ様?」

「ううん、しだれ桜も綺麗だなって思って」


 桃色に色づくしだれ桜は他の桜とはまた違ったおもむきがある。そんな美しさがどこか妖しく感じる。

 沙羅さらはまるでしだれ桜のようだったなとなんとなく思った。

 …そういえばしだれ桜の花言葉は『優美』と『ごまかし』だっけ。

 『ごまかし』かあ。

 結局彼女はなんの妖怪だったのだろう。それくらいは聞きだしておいた方が良かったかもしれない。いや、下手な争いは避けるべきだっただろうけど。


「さてと、じゃあ。チー、帰ろうか」

「はいっ」


 僕は気持ちを切り替えてチーに声をかけて、学校へチーを送って行くために僕たちは二匹一緒に走り出した。僕が学校へ走る後をチーも走って続く。


 沙羅さらは僕たちに何もするつもりはないって言ったけど。

 この胸騒ぎはなんなのだろう。彼女は信用できるのだろうか。

 それが分かるまでは信用してはならない。


 だって僕らは妖怪なのだから。

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