狐ぼんじゅーる編3
「なら、ここに何をしに来たんだ狐」
あっ、野郎が取れた。
それでもなお睨み付けてくるりっちゃんに僕は笑った。ってか、りっちゃんってずっと呼んでるけど本名何さ。なんかあだ名呼びだと僕がりっちゃんと仲が良い感じじゃないか。僕たちはじめて会ったばかりなのに。
僕は目と目が会えば友達とかじゃないんだからね!
「えー、何ってこともないけど。暇潰しかな」
「暇潰し、だと」
「そうそう山に一人いても暇だし。さっきも言った通り、さすがに400年経ったら恨みも薄れるよ。薄れない子もいるけど。それに僕の場合は人の野菜を盗んで殺されたわけだから自業自得な面もあるし」
昔の人にとって今以上に畑の野菜は大切だったからね。それこそ人でさえ殺していたくらい。だから、そんな食べ物を僕たちも命がけで盗んでいたけど僕は捕まっちゃった。
殺されたのは痛かったからムカつきはするけど、もうオヤジも死んだ今どうでもいいっていうか。僕もそれほど暇だけど暇じゃないっていうか。
「あっ、強いて言うならやっと霊感ない人に姿を見せられるようになったから会いに来てみただけ」
「本当に、それだけか?」
「本当だよ。僕嘘つかないし」
「あの?えっと、さっき私を食べに来たって言うのは嘘じゃないの、ですか?」
遥香が少し怯えながらも不思議そうに首を傾げた。遥香の言葉にまたりっちゃんは僕を怪しむような顔になった。
そんな、嘘つかないなんてのただの冗談じゃない。真面目にとらえないでよ。さっきのことといいもしかして遥香は天然なのか?
いや、僕が嘘吐かないって言ったから、僕の食べに来たよっていうのは嘘じゃなかったかもしれないって遙香を不安にさせたのか。
…自分でも考えていてなんだか、何言っているか頭がこんがらがってきた。
そもそも自分は嘘をつかないって言って本当に嘘つかない人なんて存在しないし。嘘吐かないってのがまず嘘だし。悪気がなくても嘘ついちゃう場合もあるじゃん。
…うん、こんなこと考えていてもしかたないね。
「ごめんごめん。僕は冗談という名の嘘つくけどさ。遙香に会いにきたわけで本当に食べにきたわけじゃないよ。僕は悪い子じゃないもの」
「そ、そうなの?」
「信用はできない。そういうフリをしてるだけかもしれない。俺は悪霊の言うことに耳を傾けるなって教わっている」
うん、まあ、その方がいいよね。悪霊って質の悪いの多いし。
でも、今はりっちゃんうるさい。
「僕は悪霊じゃないし。良い子の妖怪だし。おまけにちゃんとした理性があるもん。はあ。とにかくさ。引き留めておいてなんだけど。もう暗くなったしそろそろ君たちは帰った方がいいんじゃない?話はまた今度にしようよ」
僕は空を見上げた。
まだ季節は春先だから先ほどまで横にいた太陽はすでに沈んで、今は星がちらほらと見えはじめている。
ここは田舎だから見た目は女の子が二人で田んぼに囲まれた道に立っているのは危ないし。何かあっても僕が守ってあげるけどさ。僕、格好いいでしょ。
りっちゃんは僕の言葉に眉を寄せたけど、たぶんりっちゃんも僕との実力の差を察しているのだろう。例え僕と争っても彼は僕には勝てない。
だから僕の言葉を今は信用するしかないのだろう。りっちゃんは素直に頷くと、持っていた札をしまい、代わりに別の札をブレザーの懐から取り出し遙香へ手渡した。白いお札だ。
「遥香、簡単なものだけど魔避けの札だから持っていて」
「うん。ありがとう、りっちゃん」
遥香はりっちゃんからお札を大事そうに受け取って微笑んだ。
確かにその札からは霊力を感じた。効果はあるのだろう。
けど、この程度なら強い僕には無駄だけど。今は言わないけど。
「遙香、一応家まで送るよ。おい、狐。お前もさっさと山に帰れ」
「え?僕は今日、遥香の家に泊まるつもりだけど」
「はっ?」
「えっ?」
二人は目を真ん丸くして驚きましたって顔で僕を見る。
僕は大狐モードから膝の高さまでもない死んだ時の姿の可愛い子狐に姿を変えて、突っ立っている遥香の足へと甘えるように喉を鳴らしてすりよった。
「山での生活も飽きたしそろそろどっかに寄生してみようかなって。でも1人だと寂しいから遥香の家にお邪魔するよ」
「私の家でいいの?でも小学生の妹とカーテンで遮っているだけの部屋であまり広くないけど」
「気にするところはそこか!ってダメだ。悪霊を家につれて帰るなんて見過ごせるか」
「悪霊じゃないし。僕超いい子だし。住まわせてもらう代わりに遙香には僕をモフモフする許可をあげよう」
「もふ…余計にダメだ!」
何がダメなのさ。もうりっちゃんまじ口うるさいしい。
遙香のお父さんか。
「お前、俺の家に来い!俺がお前を見張る」
「やだよ。僕は女の子がいい」
なんて提案をするんだ。りっちゃんか遥香を選べと言われたら正真正銘の女の子に決まっているだろ。
「うるさい。とにかく遥香の家になんてやれるか。俺の家に来るか山に帰るか選べ」
「こたつはある?」
「ある!」
「ならよし!」
まったく、こたつがあるのなら仕方がない。遙香の家が良かったけど仕方ない。
こうして僕はりっちゃんの家にお世話になることになった。