狐ぼんじゅーる編24
りっちゃんが悪霊を払った次の日。
学校で生徒が午前の授業を受けている中、僕はチーを探すと部室棟の棚の影で見つけた。見つけたときは一瞬灰色のカビの生えた饅頭だと思ってしまったのはここだけの秘密だ。
学校でチーを探すのは妖気を探って探した。チーの力は小さいけど。この学校は異形が少ないから探しやすくすぐに見つけることができた。
「という訳なんだよ」
「ちゅう。つまりモフフ様は人間のもとにいたいですけど。あまり好かれていない今、無理に居着くことに罪悪感を持っているわけですね」
「ん。そんな感じ」
僕たちは一緒に校庭を見下ろせる陸上部の部室の、広めの窓枠の上に場所を移動して、僕はチーにりっちゃんとのことを相談した。
窓の外では青色のジャージを着た三年生が短距離を走ってタイムを計っている。三年生ということで雪門を探してみたけどどうやら雪門のクラスではないようだ。少し残念。
チーは相談をするのに頼りになるか微妙なところだけど、同じ妖怪に相談したかったので仕方がない。
この辺りに話せる妖怪の知り合いが他にいないしね。ちょっと寂しい。
「ちゅう。いいじゃないですか。人間の考えなんて無視して居続ければ。相手はモフフ様よりよわい人間でしょう?」
「まあ、今のところはそうだけど。…無視して居座るかあ」
チーの言葉は非常に妖怪らしい答えだ。人間になど遠慮はしないという考え方。
妖怪はどこか人間を見下しているものが多いからね。僕もその気はあるけど、まだ少ない方だ。
「でも僕はできるなら人間と仲良くなりたいんだよ」
「なら仲良くしないと噛み殺すと脅したらどうですか?」
「いや、それ仲良くなれていないから。脅し脅されの関係だから」
僕がつっこむとチーは何がおかしいのか分からないらしい。
まったく害のなさそうな小さな首を傾げて、クリクリした真っ黒の純粋な目で僕を見る。
「モフフ様。そもそも妖怪と人間が仲良くなれるわけがないじゃないですか」
「それは」
「モフフ様が仲良くなりたいとそう望んでも、人間なんてよほど無知でなければ疑心をすてられはしません。信用なんてしません。その人間はそんな無知な人間なのですか」
「ううん。無知じゃない」
「ならムリですよ。僕らは結局妖怪ですし。種族が違いますから」
妖怪と人間は仲良くなれない。
そう言い切るチーに僕はうなだれた。妖怪の考えとして間違っていない。間違っているのは僕だ。
妖怪と人が仲良くなる例はあるけど、それは稀なことだ。
妖怪と人間、か。言うなれば人間にとって肉食恐竜のティラノサウルスと友達になろうっていうようなものだし。…妖怪は知恵がある分、恐竜よりもっと質が悪いか。
そんな自分をいつでも殺せるような危険なものを信用して仲良くなるなんてなかなか無理なことなのかな。
…あれ。けど、チーはそういう考え方なら僕のことはどう思っているんだろう。僕はチーをいつでも殺せるくらいの力の差があるし。種族も妖狐と鼠の妖怪だし。
「チーあのさ。僕がチーと仲良くなりたいと言ったら、仲良くなれる?」
「チーはモフフ様と仲良しですよ」
チーは考える間もなく言い切った。
あまりの即答に僕は驚いた。
「本当に?」
「はい、モフフ様はチーの命を救ってくださいましたので。信頼はしていなくてもチーはモフフ様のことが好きです。チーにとったら妖怪同士なら強い弱いなんてあまり関係ないです。食べられそうになったらにげますけど。例えモフフ様にころされてもチーは消えるだけですし」
チーはいつ消えたり食べられたりしても当たり前のことだと思っているらしい。鼠はいつ消えてもおかしくない存在だし。悟ったような考え方になっても仕方がないのか。
悟っている割には捕食者に捕まった時に必死に叫んでいたけど。食べられるときはそれでも怖いのかな。
話してみても鼠の考えを単純なようで、なかなか深く理解ことができない。独特だ。まあ深いところには何もないのかもしれないけど。
それにしてもチーの話す言葉に迷いはない。
言葉に嘘もないように見えるから、僕はチーのそういうところは結構好きだ。
「ありがとう、チー。僕も君と友達だと思っているよ」
「ちゅー、嬉しいです。モフフ様」
チーは目を細めて嬉しそうに、長い尻尾を床を擦りながら鞭のように横に振った。
僕もチーがそう言ってくれて嬉しい。
「じゃあ真面目な話はこれくらいにしようか。すぐに出す結論でもないし」
僕は話題を打ち切った。
急がなくてもいいだろう。急ぐ必要がないのに急いで間違えたくないし、そもそも結論は簡単には出ない気がする。まだりっちゃんに去るよう拒絶をされているわけではないし。
けど妖怪のチーの意見を聞けたのは思った以上に参考になった。
「それにしても学校にいるのって暇だね。みんなお勉強しているし。ねえ、チー。なにか学校で遊べることってない?」
僕がチーに尋ねるとチーは困ったような表情をした。
「遊ぶ、ですか。チーは遊ばないので分かりません」
「チーは普段は何しているの?」
「いつも隠れています。あとは生徒の持ってきたお菓子を漁ったり、購買のチーズパンからチーズだけ調達したりです」
…それは、地味にいやな嫌がらせだね。
もしチーズパンにチーズが入っていないことがあったら犯人は鼠の妖怪、なのかもしれない。
「チーはチーズが好きなんだ」
「はい、大好きです。チーズは鼠のアイデンティティですから」
「へえ、アイデンティティなんて言葉を知っているなんて。チーは賢いね」
「ちゅう。えへへ、嬉しいです」
僕が褒めるとチーは両手で頭を抑えて嬉し恥ずかしそうにいう。
チーはやはり、そこまで頭が悪くないみたいだ。
頭悪い、頭悪いと鼠のことは思っていたけど。チーは話している感じもしっかりとしているし。記憶力は弱いけど、チーは僕の知る鼠ほど頭が悪そうに見えない。
「モフフ様は油揚げ好きなのですか?」
「え?」
「たしか狐のアイデンティティは油揚げですよね」
「ああ、まあ、そう言うね」
キツネうどんにも油揚げが入っているし。
確かに狐のアイデンティティは油揚げだ。
でも、狐の好物とされている油揚げだけど。本来、狐の好物とされていたのは鼠の天婦羅だったらしいね。チーが知らないようで何よりだけど。
「僕は普通かな。いなり寿司は好きだけど、味噌汁とかで油揚げの量が変に多すぎるのは苦手」
「ちゅう。そうでしたか。モフフ様は、えっと、デリ…。グルメ、そうグルメなんですね」
「そうだね。グルメだよ」
チーは少し間違えそうになりながらも言葉を紡いだ。
これって。
「…もしかしてチーって賢そうな言葉を使おうとしてる?」
「ちゅうっ」
チーは、驚いたように鳴き声を上げて。耳を上げてから、下げた。
そしてどこか気まずそうに目を泳がせる。図星なようだ。
少し困った様子で黙ってしまったチーに言ってはいけないことだったかと心配になったけど。チーは言葉を続けた。
「本当は…。本当はチーは時間と余裕があるときは学校でお勉強もしています。チーは頭がよくありませんが、勉強は好きです。だから、学校に住んでいるのです」
チーは言いにくそうに言う。
「だから、チーは前にモフフ様に褒められて嬉しかったので賢くみせようとしていました。でもやっぱり賢くみせるのはむずかしいです」
「ああ、なるほど。そういうことだったんだね」
素直に話してくれたチーのおかげで全てが繋がった気がする。
何で異形が少なく餌を得にくいこの学校に住んでいるのかも、鼠の割に賢いのかも。
勉強がしたかったんだ。
「チーは、頭が悪いのに勉強が好きで、格好わるいですよね」
チーはうるうると涙を浮かべながら、僕を見上げる。
格好悪いなんてそんなことないのに。
「何言っているの。チーは頭良いじゃん。鼠って確かに頭悪いけど、チーは頭は悪くないと思うよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん。僕は無駄な嘘なんてつかないし。いいじゃん、勉強が好きなら好きで。思うようにできないからって好きなことを隠すなんてしなくていいよ。チーが勉強が好きだって聞いて僕はチーがもっと好きになったし」
実際チーは鼠にしては賢いし、それが今のところ誰かに迷惑をかけるわけでもない。
何かに努力する人って好感を持てるしね。
苦手だろうと隠すことなんて必要ない。
……ん?
あれ、ってことはさっき勉強が好きなチーに僕は遊ぶ場所を聞いていたのか。
あれ、僕ってダメな子?
「……チーが勉強するなら僕も一緒に行こうかな」
「えっ、モフフ様付き合ってくださるのですか」
「うん。僕も少しはがんばっているアピールをしなきゃないけないなって使命感が」
「?」
チーは不思議そうに首を傾げた。
だってこのままじゃ『周りがみんながんばっているのに狐は何もしていない』って思われてしまう。これではまるでだめな狐だ。
せっかく見た目が可愛いのに、駄目狐じゃ駄目だ。
…いや、それもありといえばありなのかもしれないけど。
僕がいやだ。
「チー、僕は可愛くて賢くて気高くて美しい狐になるよ!頑張るっ」
「ちゅっ。はいっ、頑張ってくださいモフフ様!」
僕が高らかに宣言すると、チーは驚いて、でも嬉しそうに鼓舞した。




