狐ぼんじゅーる編23
りっちゃんは僕と一緒に学校から家に帰宅してすぐに家の神社に行くと、女性の着る赤と白の巫女服に着替えた。
…なんかここだけ説明するとりっちゃん変態さんみたいだね。
今日は実際にりっちゃんは悪霊を払うと言う。そのために今日は女の制服ではなく巫女姿らしい。巫女服に身を包んだりっちゃんは相変わらず女装が良く似合っていた。
お払いをするとはいえやることは曰く付きの物品に憑く弱い異形を払うだけらしい。その品はりっちゃんの家が属する悪霊払いの協会本部から送られてきたそうだ。
物に憑いているということは“つくも神”系かな。
つくも神と一言言ってもたくさん種類がある。特に二種あり、それ自体が異形化したものと、異形が住み憑き物に馴染むものとが大きな違いだ。
弱いということはおそらく後者でまだ物に根まで憑いていないのだろう。それ自体が異形化する前者だったら成るのに長い時間がかかるためその分、根が深く面倒くさいのは確実だし。
つくも神は物品へ根がしっかりと張られてしまうと退治するのが大変だ。
ちなみにつくも神はそのほとんどが妖怪というカテゴリーであり、神と名前についているけど神レベルなのは少数である。
僕ら妖怪もつくも神を食べたりはするけど。もしかしたらこれにおいては人間のほうが退治をするのが上手かもしれない。食べるために物から引きずり出すのは例えるなら生きた巻き貝の中身を取り出すみたいに面倒くさいから。
まあ取り出しやすい貝殻があるようにつくも神も食べやすさは様々だけど。
りっちゃんは払う対象である布で巻かれ更にその上から札が貼ってある手鏡などのお払いの道具を神社の裏手へと持って行く。
「あれ?儀式は社殿の中じゃないの」
「ああ、そこまでのものじゃないからな。無駄に社を汚すようなことはしない」
「ふむ。なるほどね。ねえ、りっちゃんってどれくらい悪霊を払ったことがあるの?」
「一人でやるのはこれで三体目だ」
僕がりっちゃんに付いて行きながら聞くと、りっちゃんはいつもよりも引き締まった表情で答えた。緊張しているらしい。
まだ三体目ならそれは緊張するね。
神社の裏手でまずりっちゃんは人除けの呪いをした。
四方にある札が張ってある地面から伸びた木の棒にそれぞれ手を当てて唱え言をすると、神社の裏に結界が張られたことが分かる。
僕は結界が張られる前に結界の中に入った。りっちゃんは何も言わなかったから僕が中にいても良いのだろう。
りっちゃんは地面に使い込まれた巻物を広げ。巻物の紙に墨で複雑な記号の書かれた陣の上に札を付け布が巻かれたままの手鏡を置いた。
そして手で三角形に印を結び手鏡へりっちゃんが真剣な表情で何やら唱え言をする。
儀式が始まった。
言葉を向けられていない僕でさえ、ムズムズとする力が手鏡へと向けられている。
唱え言をはじめてから少しして、陣の上の手鏡が地震でもないのにガタガタと揺れた。
すると自然と手鏡から巻かれていた布と札が焦げ落ち手鏡が露わになる。
そのままりっちゃんが唱え言を続けると。
鏡が黒く染まり、鏡の中から、長い黒髪の女が姿を現した。
長い髪が邪魔をして顔が見えない。
それは白い着物、白い肌のよくホラー映画とかで使われるポピュラーな女の異形だった。
ぶっちゃけイメージしやすいからこういう見目の異形はよくいる。異形としては珍しくないタイプだ。
力を探ると確かにりっちゃんの話していた通りこの異形は強くはない。一般の人にはどうにもできないくらいには弱くもないけど。…そう考えると人にとってみたら強いのか。
僕はソレを見て本能から思わず瞳孔が開いて異形に手を出したくなったけど、毛を逆立てただけで大人しく少し離れた後ろでりっちゃんの様子を見守った。
りっちゃんは唱え言を続け、異形は苦しいのか不快な甲高い叫び声を上げる。
そしてしばらくすると異形はりっちゃんを髪を振り乱して睨み、露になった白いところのない真っ黒な目を見開くとりっちゃんへと襲いかかった。
けれど異形はりっちゃんに触れる事さえない。
いつの間にかりっちゃんは取り出した白い札を異形に放ると、その札はりっちゃんと異形の間に浮かび、まるで見えない壁があるように異形の接近を弾いて防いだからだ。
そこから更にりっちゃんは三色の緑、赤、黄色の札を取り出し異形へと放ると。
札は異形の周りを取り囲むようにトライアングルに浮かび光を放ち異形は更に大きな叫び声を上げる。
甲高すぎてキーンと耳に響いて耳を塞ぎたくなったけど我慢する。
短い間異形は叫んでいたけど、だんだんと声は小さくなり。
異形は白い靄となり消えた。
この世から消滅したのだ。
それを視たりっちゃんは少し疲れた様子で息を吐き、遅い動作でしゃがみ普通の鏡となった手鏡をどけて儀式に使った巻物を巻いた。
「お疲れ様、りっちゃん」
「ああ」
僕は終わったのだと思いりっちゃんに近づいて声をかけると、りっちゃんは短く返事を返した。
横にある手鏡を見てみる。もう気配は感じない。鏡に顔を近づけてもただ僕の白の美しい姿が見えるだけだ。
「すごいね。りっちゃんの歳で実体のある異形を消せるなんて。りっちゃん?」
「ああ」
りっちゃんは生返事を返してくれたけど。
僕がなんとなく違和感を覚えて、横にしゃがんでいるりっちゃんを見上げると。
りっちゃんは涙をホロホロと流していた。
涙だけが止まらない綺麗な泣き方だった。
…ん?どうしたのだろう。
「りっちゃん、泣いてる?」
「うるさい」
「うん。そりゃうるさくするよ。りっちゃんどこか痛いの?」
「違う、何でもない」
りっちゃんは涙を乱暴に拭うけど、涙腺が壊れたかのように次々と涙が出てきて意味がない。
本当にどうしたんだろう。
先ほどの異形はきちんと払われているので、取り憑いたというわけではないと断言できる。
僕は少しそわそわとした後りっちゃんにすり寄って、尻尾をりっちゃんの背中に回した。りっちゃんの体が震えたけど、りっちゃんは拒否しないのでそのままりっちゃんにくっつく。
どうして泣いているのか聞きたかったけど、なんとなく聞いても話してもらえなそうだし。
溢れる涙にそれどころではなさそうだから僕は黙って静かに横にいた。
りっちゃんが泣き止むのはすぐだった。
涙がおさまるとりっちゃんは黙々と片付けの作業をして、神社にある水道で顔を洗った。
泣いていた時間も短かったし、綺麗に泣いていたからすぐに泣いたと分からないくらい目元の赤みは消えた。
この手際の良さ。りっちゃんはもしかして泣き慣れているのだろうか。
普段はそんな弱い様子なんて見せないけど。りっちゃんもなんだかんだまだ15歳だしね。僕の二十分の一も生きてないよ。
いや、僕は死んでるから“生きていない”は違うか。えっと、僕の二十分の一もこの世にいないよ、も僕が幽霊だったときはあの世にいてこの世にいなかったからな。
まあつまりりっちゃんはティーンエイジャーだものね。悩みがあって当然だ。
だからこそ心配だけど。
神社から家へ向かう頃には少し雲がかかる空はオレンジ色に染まっていた。
上空はもう暗くなり、星や月も出始めている。
「狐、このことは誰にも言うなよ」
りっちゃんは僕を歩きながら見下ろし真剣な顔で言った。
このこととはりっちゃんが泣いていたことだろう。
僕は頷いた。
「おうよ。僕の口はくるみの殻より固いから大丈夫だよ」
「くるみ…。絶対言うなよ」
「うんうん。でもさ、りっちゃん」
僕は家へと歩くりっちゃんを見上げる。
「あまり一人で抱え込まないでね。何か苦しいなら相談したほうがいいよ。りっちゃんが苦しいと僕はつらいし。なんなら僕が悩みを聞きながらアニマルセラピーしてあげてもいいし」
「相談するにしても絶対にお前は選ばない」
「僕、ちょう優秀なのに」
「そうだな。お前が妖怪じゃなくて、ただの狐なら信用できたのかもしれないけど」
「お前は妖怪だから信用できない」
りっちゃんはハッキリとそう言い切る。
「もう、りっちゃんたら。僕はこんなによい子で可愛い妖怪なのにい」
僕はそれにわざとらしく大げさに口を尖らせて言った。
大げさにしたのは少し胸が痛かったことを誤魔化すためだ。
僕は妖怪だ。
だから信頼するべきではない。りっちゃんの言うことが正しい。
妖怪の僕は、本来ここにいるべきでもないのだ。
それを分かってはいても。
「寂しいこと言わないでよ、りっちゃん。僕らは大変仲が良い友達でしょ。略して大友」
「違うし、略すな」
ここにいたいと思ってしまう。




