狐ぼんじゅーる編17
住宅街の次にやってきたのは青い空をバックに木が青々と生い茂る、山の上の人気のない寂れた神社だった。ここも駅からすぐの場所にあって、森に隠れて小さく少しだけ見えるほど高い位置に社殿がある。りっちゃんはその社殿に用があると言う。
そこに行くには気の遠くなる長い石段を登らなくてはならない。
僕はその先の見えない石段を首を反らして見上げてから、ぴょんとりっちゃんの肩へと飛び乗った。
「降りろ」
りっちゃんが厳しい口調で言ったから僕は首を横に振る。
「やだ。これ登るの面倒くさい」
「俺もお前を肩に乗せて登るのは面倒くさい」
「いいじゃん。僕は羽より軽いんだから。満員電車の時も優しいりっちゃんはいつも乗せてくれてるじゃん」
「あれはお前が電車の中をうろちょろしないように見張るのにちょうど良いからだ」
あっ、それでいつも文句言いたそうなのに乗せてくれていたんだ。はじめて知った。
「そうだったの?なら今日だって僕がうろちょろしたら困るでしょ。肩に乗せてくれないなら僕は山の中をうろちょろして狐の仲間を呼んじゃってりっちゃんにけしかけて、りっちゃんをモフモフ地獄にしちゃうかもよ。あっ、でもそれって人間にとってはご褒美か」
「ご褒美だから絶対にするなよ」
りっちゃんは“絶対”の部分にに力を込めて言ったけど、しないし。りっちゃんをモフモフ地獄にするなら僕だけで充分だもんね。
僕はりっちゃんの首に尻尾を巻きつけた。するとりっちゃんはくすぐったそうに身を捩る。
「とにかく、精神的に重く感じるから降りろ。自分で歩け」
「えー。だってこれいったい何段あるの」
千は裕にあるだろう。これを一段一段子狐のまま登るのヤダな。
疲れはしないけど面倒くさい。
「あっ、そうだ」
僕は一旦りっちゃんの肩から降りてから、みんなが大好き(僕調べ)なもっふもふ、ふわっふわの二メートルの大狐に変化した。
少し身を捩ってからそのままさっきまでは見上げていたりっちゃんを見下ろすと、りっちゃんは久しぶりの僕の姿に目を見開き驚いている。あまりの僕の可愛さに声も出ないらしい。それ絶対違うって?うん分かってる。
「さあ、僕にお乗りよ。そうしたら一気に山の上まで連れて行ってあげる」
「いやだ」
「即答だね。えー、なんでさ。この方が楽じゃん」
「誰かに見られたら駄目だろ。お前と違って俺は人の目に見えるわけだから」
「大丈夫だよ。人から見られたって。人はおかしなことがあると大抵は気のせいだって思い込むし。こういうのって結構大丈夫なものだよ。まあ、仕方ないから優秀な僕はりっちゃんの姿を目くらまししてあげるよ。それなら誰かに見られても気がつかれない」
りっちゃんは少しだけ迷うように僕を見上げて沈黙した。心の中で葛藤しているのだろう。
「……絶対に落とすなよ」
「もちろんですとも」
結構簡単に了承してくれたりっちゃんはきっと、僕と同じように内心石段を登るのが面倒くさかったのだろう。
りっちゃんを背中に乗せて、僕は神社の石段を駆け上った。
りっちゃんが背中にいるが嬉しくて僕は全力で走った。景色がビュンビュンと勢いよく過ぎ去るので、りっちゃんは僕に振り落とされないようにしっかりとしがみついている。別に落ちたとしても助けてあげるからそこまで必死にしがみつかなくても大丈夫だけどね。
僕のおかげで社殿まであっという間にたどり着いた。
ちゃんと歩いていたら20分は裕にかかっていただろう。
その場に伏せた僕から降りたりっちゃんは降りた後、そのままお座りをした僕の大きな前足に手を置いて「おかげで早く着いた。ありがとう」と僕を見上げてお礼を言った。りっちゃんが初めて僕にお礼を言った!
妖狐はだいたいがプライドが高いから古い考えの妖狐が背中に人を乗せたと知ったら怒るだろうけど、りっちゃんだったらいつでも乗せてあげるし。妖狐が背中に人を乗せるなんて貴重だよ。だからまたのご利用をお待ちしてるねという意味を込めて僕はりっちゃんへと擦り寄った。
「りっちゃん、ここでは何をするの?」
僕が子狐になって古い神社へと向かうりっちゃんに駆け寄り聞くと、りっちゃんは僕を見下ろして「掃除」と答えた。
社殿の扉をりっちゃんが開けるとホコリが舞った。いったいどれくらい掃除をしていなかったのだろう。
りっちゃんは慣れた様子で社殿の倉庫を開けて掃除道具を取り出し、黙々と掃除を始めたから僕もりっちゃんのお手伝いをすることにした。
「ここって、いつもりっちゃんが掃除するの?」
木の床を雑巾を前足で押さえて拭きながら、棚の上の物を拭いているりっちゃんに声をかけると、りっちゃんは作業をしながら僕の質問に答えた。
「いや、近くの神社と当番制だ。三ヶ月置きに交代で掃除に来る」
「三ヶ月?これ絶対前の人やってないよ」
「かもな。それか適当にやったか。まったく、あそこの家は」
りっちゃんは息を吐いた。神に仕えていようが怠け者はいるらしい。
「なんなら僕が化けて出て怒ってあげようか?」
「いや、母さんに伝えておくよ。そうすればきっと次はピカピカになっているだろうから」
ピカピカになるって。そこまで変わるものなのだろうか。
お母さんが偉い人にチクるのかな。それとも、パパさんが怖い人なのか?
「ねえねえ、りっちゃんのお父さんって怖い人?」
「そうだな。怖いかもな。あまり家にいないけど。怒ったら怖そうだな」
「怒ったら怖そうってりっちゃんは怒られたことないの?」
りっちゃんは漆塗りの小箱を拭きながら、得意そうに笑う。
「俺は悪いことはしないからな。母さんや兄さんには我が儘を言ったことは何度もあるけど。父親の前ではない。それに上の兄弟が悪いことしないから、自然としないっていうか」
「っていうか?」
「…あまり、お前に話したくない」
りっちゃんは僕にフレンドリーに話していることに気が付いたらしく、少し沈黙をしてからつれなくなった。
「えー、気になるよ。話して」
「うるさい。手伝うなら黙ってしろ」
「それじゃあ二人でやる意味ないじゃん。一人だとつまらないことでも二人だと楽しんでできるよ。僕は一人だとつまらない」
「…はあ、分かった。お前の話に少しは付き合うけど、俺の掃除の邪魔はするなよ」
「もちろん!」
りっちゃんのお許しが出た。少しりっちゃんは僕に心を開いてくれているのかな。そうだと嬉しいけど。
「じゃあね、りっちゃんに質問するね」
「何?」
「りっちゃんって僕のこと大好き?」
「……」
りっちゃんは口をまっすぐに閉じた。
「沈黙は肯定?」
「お前はさ。本気で俺に好かれたいわけ?」
「うん。当たり前じゃん」
「その割にはわがままだし、自分勝手だし、喧嘩は売るよな」
うん…。
りっちゃんのその言葉に僕は大ダメージだよ。
たしかにその3つは当てはまっているけど。人から改めて言われるとグサッとするね。
「でもそれが僕だし。そんな僕でも好きになってもらいたいもん」
「それが我が儘なんじゃないか?好かれたいなら好かれる努力をすべきだろ」
「好かれる努力?自分を偽ることが。好かれる努力は相手を大切にすることだと僕思うよ。自分を偽ったら好かれているのは偽物の自分じゃん」
僕は首を傾げて答えた。
たぶんこれは長く生きているからこその考えなのだろうけど。人間の生は長くないし偽っても好きになって欲しいと思う人がたくさんいるのは認める。
まあ、そうやって苦しんでいるのは人間だけでなく異形だって少なくないか。
例えば僕は“顔なし”の妖怪に会ったことあるけど。“顔なし”とは名前の通り顔のない妖怪だよ。“のっぺらぼう”とも言うね。
あれも人から好かれる顔を探して『顔が欲しい顔が欲しい』と苦しんでいた。僕はそれを見て悲しくなったから、それまではそれについてのポリシーはなかったけど好かれたい時は自分を偽らないと決めた。
それにぶっちゃけずっと良い子演じ続けるのって面倒くさいしね。
「だから、りっちゃんも自分に素直になりなよ」
「はあ、何を」
「本当は僕をもふもふ、ぎゅうっと抱きしめたくて堪らないんでしょ。さあ、来い!」
「黙って掃除しろっっ!!」
りっちゃんの怒った声は社殿中に木霊した。




