狐ぼんじゅーる編16
「りっちゃんおはよう!良い朝だね」
僕が爽やかにキッチンにおりて来たりっちゃんへ朝の挨拶をするとりっちゃんは少し黙ってから「おはよう」と元気なく返事をしてくれた。
りっちゃんとのお出かけが楽しみ過ぎた僕は早起きした。
けど、僕が早起きし過ぎて起きた時にはまだりっちゃんは眠っていた。りっちゃんたらお寝坊さん。
だから僕は布団からそうっと抜け出して、りっちゃんが起きるまで居間ですでに起きていたお母さんのお手伝いをしながら待っていた。
お手伝いといっても子狐の姿では僕はできることは少ない、と思った君は甘い。砂糖たっぷりのミルクココアより甘い。
僕はただの狐ではなく妖狐だから、妖術が使えるんだなこれが。
軽いものなら簡単に浮かせるし簡単に動かせるからむしろ一家に一匹。超優秀なのだ。
お母さんも手も使わずに棚の上を布で拭いている僕を見て「モフフさんが手伝ってくれて助かるわ」ってふわふわ笑って言ってくれたし。へへん、なでなでしてくれて良いのよ。
「今日は朝早いなお前」
遅れて起きてきたりっちゃんに僕は妖術で洗い物をしながらキッチンのカウンターの上で尻尾を振り得意な顔をする。
「だってりっちゃんと遊びに行くの楽しみだったんだもん。楽しみ過ぎて昨日は早く寝て、早く起きた僕はできる狐でしょ」
「俺が行くのは遊びじゃない、仕事だ」
「似たようなものじゃん」
「似てない。…そういえばお前は仕事したことあるのか」
りっちゃんは冷蔵庫から牛乳を取り出しながら僕に尋ねてきた。そういえはりっちゃんはいつも朝欠かさず牛乳を飲んでいるけど、身長伸ばしたいのかな。りっちゃんは同学年の高校の生徒たちと比べてまあまあ高い方だと思うけど。
けど仕事、仕事かあ。
「僕は存在していることが仕事だからね。息をするように仕事してるよ」
僕が胸を張って言えば「ああ、そうか」とまったく信用していない返事をりっちゃんから貰った。
「妖怪ってそもそも仕事するのか?」
「仕事ってお給料貰うものって意味?なら妖怪によるよ。したければ人間に交じったりとかして働いている妖怪もいるし。したくなければしない」
「ずいぶんと気楽だな」
「そうでもないよ。弱肉強食だから弱ければ食べられちゃうから。妖怪のほとんどの子の仕事と言えば一番は生き抜くことだし。りっちゃんたら悪霊払いしてるのにそんなことも知らないの?」
僕は不思議に思って、首をコテンと傾げ目を瞬く。
確かにこういった事を知っている理性を持つ妖怪は少なめだけど、悪霊払いなら少しくらい妖怪の事情を知っていても良いんじゃないかな。
「見習い期間が終われば詳しく教わるけど、俺はまだ見習いだから大したことは知らない。修練の結果悪霊払いの基準に満たなければ、正式な悪霊払いにはなれない。それなら下手に知らない方が良いからな」
「なるほどね。確かに下手な知恵があるのも危ないよね」
よくコックリさんとか怪談話をしている時に異形を呼び寄せやすいっていうのと同じ理由。
相手をするのが面倒くさいタイプの異形は自分を理解してくれそうな人に寄ってくるから。関わらなければならないのでなければ下手に知らない、関わらない、無視をする方が良い。
「りっちゃんがまだ教えて貰えていないなら、僕これ話しちゃ駄目だったかな」
「いや、俺が聞いたことだし。俺は悪霊払いになるから良いだろ」
「りっちゃん自信満々」
「まあな。けど、あまり話していると時間なくなるな。用意してくる。昨日言った通りに8時には家出るぞ」
「はーい。了解しました」
牛乳を飲んでから準備に部屋に行ったりっちゃんへ、僕は敬礼して見送った。
電車に乗るためにりっちゃんは駅まで歩いて行く。これは毎朝学校に行くのと同じ道のりだ。自転車もあるらしいけど、駅までそこまでの距離でもないから歩いていくらしい。
今日のりっちゃんは私服で黒いシャツの上に青で裏地が白のパーカー、ジーンズを履いている。足元はスニーカー。使い込まれた大きめの茶色い鞄を肩にかけている。動きやすさを重視した格好だ。
「りっちゃん、今日はスカートじゃないの?」
「…俺は見習いだからこれから行くのはただの見回り。女装する必要はない。そもそも女の格好が必要な時は着替えは現場でする」
「へぇー。まあ、行くまでに職務質問とかされたら大変だもんね。けど見回りだけ?悪霊退治とかしないの?」
「外ではしない。そういうのは正式に悪霊払いになってからだ」
まあ、りっちゃんならある程度は払えると思うけど、強い子と出会っちゃったら大変だもんね。
そうしたら僕が勝てるレベルなら守ってあげるし。
勝てないレベルならりっちゃんを囮にして逃げるし。人げ…妖怪、時には何かを犠牲にしなくてはいけない時もあるもの。
とは頭では分かっていても実際どうするかはわからないけどね。たぶん助けるさ。
まずはじめの見回りの場所は電車で数駅のところの無人駅だった。りっちゃんの住んでいる地域に負けて劣っている田舎具合である。
僕ら以外にこの駅に降りる人はいなかったし、駅に停まっている車は軽トラが一台だった。
無人駅から歩いてすぐの場所に周りは田んぼや畑なのにそこだけ数件の家が立ち並ぶ真新しい住宅街があり、りっちゃんは鞄からきちんとファイルされている地図を取り出して、それを頼りにその住宅街を見て回った。
確認するのは何でもない家の外壁や存在が忘れられていそうな地蔵のようなもの、壁に埋まっているただの石のようなもの。
そんな見落としてしまいそうな場所に呪いがかけられているらしく、りっちゃんはそれらに異変がないか見る。
「弱い力を感じるけど。何の呪いがかけられてるの?」
「まあ、厄除け程度の呪いだな。弱い厄なら払える。あまり強い厄除けをかけると、良い霊にも作用してしまうからわざと弱い呪いを使っているんだ」
「意味あるの?それ」
「ここはもともと霊道で霊が溜まりやすいから、緩和する意味がある。そもそもそんなところに住宅街なんて造るなと思うけど。ままならないな」
普通の人には僕らが分からないしね。
けど、それなら弱い霊だけを退けるのには強い霊を刺激しないためってところもあるのかもね。強い子が自分の通り道を塞がれたら霊によるけど怒って危ないだろうし。僕も住処の周りにそんなの張られたら嫌だもの。
りっちゃんは五箇所の呪いの場所を異常がないか見てからまた電車を使って移動した。




