狐ぼんじゅーる編15
家に帰ってから、りっちゃんはお勤めに出かけて行ったので、僕は家の敷地を探索することにした。
一応今日もりっちゃんは一緒に来るかと誘ってくれたけど遠慮した。
仕事中は構って貰えないし、気を散らせてしまっても悪いし。
昨日お邪魔した時はしっかり集中していたから、後者の心配はいらなそうだけど。
りっちゃんの家の庭は大きい。池もあるし入り口付近にある大きな桜の木の他に、剪定された松や紅葉などの木々も植わるよく整備された日本庭園だ。
僕が池をのぞき込むと赤や金色の数匹の鯉がいた。僕が餌をくれると思ったらしく集まってくる。
…これ盗ったら今の時代は殺されることはないけど、怒られるよね。
思わず野生の本能が刺激されるけど、僕は400年前から成長している。いや、ただ単に鯉じゃ食欲がわかないだけか。生きている鯉を食べようと思うほど飢えていないし。鯉は僕の考えなんて知らずにパクパクと口を開いたり閉じたりしていた。
それから次に僕はりっちゃんの家へと向かい、外から家を見上げた。
来たときは上手く隠されているので気がつかなかったけど、気配を探ると確かに強い結界が張られている。
家にも神社と同様に離れがあり、結界は家や離れから三メートル程までは効力が及ぶといったところだろう。離れには厳重に南京錠が掛けられていて入れないようになっている。大事な物が入った倉庫のようなものなのだろうか。
ところで異形は壁をすり抜けることができると言われているけど正しくはない。特にこの世に近い妖怪は基本はできない。でも、あらかじめ道ができている特別な場所(よく霊道とか龍脈とか呼ばれているね)であったり力を使わないと壁をすり抜けることはできない。だから、建物は鍵がかかっていると妖怪は基本部屋に入れないのだ。
それにりっちゃんの家はそういう特殊な力で壁を抜ける対策もしてあるみたいだから霊であっても無理だね。建材にとある材料を使っている。異形相手の場所にはこういう異形の侵入を防ぐ作りが多いから変ではないけど。
でも、これほどまでの結界が張ってあるってりっちゃんの家は何者なのだろう。ただの田舎神社の悪霊払いの家にしては過剰な防犯設備だ。
父親が強くて過保護なのかな。
りっちゃんも強いからお父さんも強いのかもしれない。本当、出会い頭に僕、滅されたらどうしよう。
きっとりっちゃんは守ってくれなくとも雪門なら助けて、くれるかな。自信なんてない。
自分の身は自分で守らないと。
それから暇潰しに飛んでいた紋白蝶を一匹で追いかけていたら、名前を呼ばれたので振り返ると雪門が帰ってきたようだ。
学校帰りのため学ラン姿で鞄を肩に下げて手を振っているので、僕は雪門へダダッと駆け寄った。
すると雪門はその場にしゃがんで僕の頭を撫でてくれた。
「雪門お兄さんおかえり!」
「ただいま、モフフくん」
「雪門お兄さんは今日は塾あるの?」
「うん。今日も少ししたら行ってくるね」
残念だ。今日も塾らしい。
「三門は今は神社かな?」
「うん、そうだよ。雪門はりっちゃんに用事?」
「いや。君が1人だったから気になってね。モフフくんは三門とは仲良くやっている?」
「うん!仲良しだよ。昨日ね、りっちゃんが一緒に寝てくれたの」
嬉しくて胸を張って言えば、雪門は目を丸くする。
そしてすぐに目を細め笑顔になった。
「そうなの?ふふっ、なら安心した。昨日はね、少しだけ君が来ないかなって思っていたんだ」
「本当?」
「うん。でも来なかったから、どうしたのかなと思っていたけど。三門と仲良くしていたのなら良かった」
雪門は春の日溜まりのようにポカポカとした笑みを浮かべる。
…けど、やっぱり水を差すようだけど、雪門はすぐに一緒に寝てくれたり僕を信頼し過ぎだと思う。
結界をくぐれただけでこんなに信用できるものなのだろうか。それほど、この家の結界を信用しているのだろうか。
「雪門お兄さんはそんなに僕のことを信用して良いの?」
「うん。僕は君のことを信じているよ」
「うーん、りっちゃんみたいに疑われるのも困るけど。そう信じられ過ぎるのって逆に不安になるね。雪門お兄さん、悪い人に騙されてお金振り込まないようにね」
僕が最近流行っているらしい詐欺を注意すると雪門は不思議そうに目を瞬いた。
「そんなに僕は危うく見えるかな。けど、そうだね。君の言う通りに気をつけるようにするよ」
「うん。騙されるなら僕だけにしてね」
「ふふっ、君に騙されるなら良いかもね」
人間の女が聞いたらときめいてしまいそうなことを雪門は平気な顔をして言う。
まあ、今は冗談ぽく言っているから破壊力は弱いけど。でもりっちゃんと同じようにきれいな容姿をしているから無害ではないだろう。りっちゃんもモテていたけど、雪門もモテるんだろうな。間違いない。
雪門が逆に相手を騙そうとするなら簡単に騙される人が多そうだ。
今日のりっちゃんといい、なんとなく何だか僕負けてる気がしてきた。一応年上なのに。妖怪なのに。自信無くすし。
まあいいけど。
「でも僕は騙すことより撫でたり甘やかされることが好きだから。雪門お兄さん、僕をいっぱい可愛がってね!」
尻尾をぱたぱたして期待するように見上げて言うと、雪門は笑って頷いてくれた。
それからの時間、僕は塾に行くまで雪門の近くをずっと付いて回った。
その日の夜、お風呂も済ませてりっちゃんの部屋のベッドで伏せて大の字になりながらくつろいでいると、お風呂から戻ってきたりっちゃんは「明日は学校が休みだから少し遠くに仕事の手伝いに行くけど、お前は明日付いてくるか?」と僕に聞いてきた。明日は出かけるらしい。僕はそれにすぐに顔を上げて答えた。
「行く行くう!」
「来るのか」
「来るのさっ!」
りっちゃんは歓迎しないという顔をしたけど、僕の意思は変わらない。
「りっちゃんが行くところなら僕はどこへだって付いて行くよ。僕ね、今君の後ろにいるの。のメリーさんくらいにね」
「付いて来るなら大人しくしてろよ。俺に迷惑をかけるな」
テンションの高い僕の冗談をまるっと無視したりっちゃんは僕へ注意事項を説明する。
いつもと変わらない約束だけどね。
僕いつも大人しくて良い子にしてるのに。
「当たり前じゃん。どこ行くの?何するの?竜神様と戦ったり、ヤマタノオロチを退治したり、不死の薬を探しに行ったり?」
「その3つではないことをしにいく。行くなら明日は8時には家を出るからな。俺は学校の勉強をするから、先に寝てろ」
「りっちゃん今日も一緒に寝てくれる?」
「今から静かにして、明日も大人しくしてるなら寝てやる」
「僕、お口にチャックした!」
僕は口を真一文に閉じて、口の前でチャックを閉める動作をする。
するとりっちゃんは僕の様子に少しだけ自然な様子で笑うと背を向けて机に座ったので、僕はなるべく音を立てないように静かに布団の中に入った。
明日はりっちゃんの家に来てはじめての休日だ。
とても楽しみである。
あれ?はじめて僕りっちゃんにちゃんと笑いかけられたぞ。




