狐ぼんじゅーる編11
神社の外に出ると外はもう真っ暗だった。星と大きな月が空に綺麗に浮かんでいる。
そんな月明かりが美しい夜の竜泉院家の敷地は相変わらず明かりが少なくて暗くてちょっと怖い。
りっちゃんと二人で家に戻ると玄関先にあった黒こげの鼠はなくなっていた。
消えたのだろう。妖怪は死ぬと、というのが正しいのだろうか。妖怪として死んでしまうと時間に個体差があるけど時を待って消える。
消えるとどこに行くのかは僕も知らない。知るのも怖いしそんなに興味もないからわざわざ調べるつもりもないけど。
鼠の黒焦げを思い出して、僕は家に入るのが夜の静けさも相まって怖くなったけど、そんな素振りを視せないでりっちゃんの後をちゃんと追いかけ家に入った。
家に入っても僕の体にはこれと言って何もなかった。
ま、まあ。僕はりっちゃんたちに何かするつもりなんてないしね。僕は良い子な狐だしぃ。
あれ。けど、もしかして家の中でりっちゃんと喧嘩したら僕ヤバいんじゃないの?僕が怒ってりっちゃんを噛み殺したくなったら、逃げる間もなくジュッ…。狐の丸焼きの完成。
「…りっちゃん、僕の命を守るためにちゃんと僕を甘やかしてね」
「はあ?いきなり意味分からないこと言うな。誰がお前を甘やかすか」
「だって甘やかされないと、りっちゃん、僕の命がかかっているんだよ!」
「甘やかされないくらいで死ぬ馬鹿はお前くらいだ」
居間へと続く廊下を歩きながら言えば、りっちゃんはやっぱりつれなかった。
少しくらい僕を可愛がってくれてもいいと思う。狐は寂しいと死んじゃうんだよ。それは兎だって?うん、そうとも言うね。
今日は魚の煮物らしい。僕はキッチンに行く前から匂いで察した。醤油の香ばしい良い匂いがする。
僕は基本食事はしないけどたまには食べるからちゃんと料理の種類もたくさん知っている。料理はできないけども。きっとやればできると僕は自分を信じている。
居間に入ると「おかえりなさい、三門。モフフさんも」と、笑顔でお母さんがキッチンから声をかけてくれたので僕たちは「ただいま」と返事する。さっきまで怖かったことがお母さんの声を聞くと霧散する。なんだかお母さんがいると心が温かくなって家だ!って感じがするね。
雪門は学校からすぐ塾に行くと言っていたけど、予定が変わって一度、僕たちが神社にいる間に帰って来たみたい。けど、すぐに塾に行ったからまだ家にはいない。
りっちゃんは居間に入ってすぐ二階に行ったので、僕はその間お母さんの邪魔をしないようにキッチンのカウンターに登ってそばでお母さんが料理しているのを見守った。
お母さんはさすが三人の男の子を育てただけあって料理の手際がいい。常に動いていたので僕は今日は静かにしている。菜の花のお吸い物も美味しそうだ。
そういえば山を下りてくるとき、菜の花も咲いていたな。鮮やかに黄色い花々は春らしくとても綺麗だった。春っていいよね。花がきれい。
…少しだけ山が恋しくなった。まだ二日目なのに。
帰っても寂しいことが分かっているから帰らないけど。
それから僕は昨日と同じようにりっちゃんたちがご飯を食べている間にお風呂を借りて。今度はりっちゃんと遭遇することなくお風呂を終えた。
今日は自分でドライヤーを使って子狐の姿に戻り脱衣所から出ると、ちょうど玄関扉がガラガラと開く音がした。
なので僕は耳をピンと立てて玄関に走って行ってみると、やっぱり帰ってきたのは雪門だった。朝も見たけどりっちゃんと同じ学ラン姿だ。
雪門は出迎えた僕に目を留めると玄関先の家に上がったところで僕の目線に合わせてしゃがんだ。
塾の勉強で疲れているだろうにこの気遣い。
「雪門お兄さんおかえりっ!」
「ただいま、モフフくん。走ってきてくれたの?」
「うん!」
雪門が帰ってきたのが嬉しくてその場でクルクル回ってからお座りすると、雪門は微笑んで僕の頭を撫でた。
優しい手つきに僕は思わず目を細める。
「ふふっ、帰ってきただけでそんなに嬉しそうにしてくれると僕も嬉しくなるよ」
「雪門お兄さんが嬉しいならいっぱい喜んであげる。大好き、雪門お兄さん!」
「僕も好きだよ」
僕は犬のようにパタパタと尻尾を振った。
まだ1日しか経ってないけど雪門とは夜を共にした仲だし。それに雪門は僕に優しくて甘やかしてくれると学習したので、精一杯 雪門に甘える。
また少し頭を撫でられて話をしてから雪門は居間へと向かったので僕も雪門の後を追う。
すると騒ぎを聞きつけたのかりっちゃんが居間から現れた。
「雪門兄さんおかえり」
「ただいま、三門」
「狐、お前。また兄さんを煩わせていたのか」
昨日勝手に雪門の部屋に行ったことを根に持っているのだろうりっちゃんは冷たい目で僕を見下ろす。
どれだけ僕は信用がないんだ。まあ、まだ出会って日はまだ浅いっていうか二日目だからこれが普通か。正直ここまで優しくしてくれる雪門のほうが僕的にはおかしい気もするし。
「なにその犯罪者を見るような目。僕何も悪いことしてないし。ねっ、雪門お兄さん」
「うん。モフフくんは僕を出迎えてくれただけだよ」
雪門は僕の味方をしてくれた。実際何もしていないしね。
するとりっちゃんは僕からフィッと視線を反らした。
「…ならいいけど。狐が風呂から出たなら俺も風呂に入るから。お前は俺の部屋に行っていて」
「うん。分かった。りっちゃんの布団を温めておくね。任せろ」
「昨日用意した寝床で良い子で待ってろ。俺のベッドには登るな」
りっちゃんは目を細めてギンっと鋭い瞳を僕に向け言うと、横を通り過ぎてお風呂場に続く脱衣所へと入って行った。
「じゃあ、雪門お兄さん。僕はりっちゃんの部屋に行くね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ。あっ、そういえばモフフくんは今夜は僕の部屋に来るのかな」
「今日は止めておく。さすがにりっちゃん今日ずっと機嫌が悪いから。我慢する」
「ずっと機嫌が悪い?」
雪門は不思議そうに言ってから、何か考え込むように口元に手を当てた。
…りっちゃんの僕を信用できない気持ちは分かるけど、やっぱり仲良くなりたいな。
けど、自分ができるからって人にも同じことを求めることでさえ良くないのに。自分にできないことを人に求めるなんてできない。
僕だったら僕を信用なんてしないもの。
僕はさっきまでは高々と上がっていた尻尾と耳を下ろして雪門にもう一回「おやすみなさい」と言うと。雪門も口元にあった手を下ろして「ああ、うん。おやすみモフフくん」と微笑んでくれたのを見て、僕はりっちゃんの部屋がある二階へと階段を上っていった。




