狐ぼんじゅーる編10
遙香ときちんと話をしてみて、遙香は純粋な人だと思った。
僕は休み時間が終わって先生が少し遅れて来ない間に、周りが誰も注目していないことを確認してからこっそりと「遙香は僕のこと怖くないの?」と聞いてみた。
聞いておいてなんだけど、怖くて当たり前だ。だって僕は妖怪だから。それに出会った時だって、ちょっとふざけちゃったしね。ちょっとじゃないか。とてもか。
あれは怖がらせたかったってのも、正直な話あったからだけど。
やっぱり彼女の祖先である農家のオヤジに少し思うとことがあったから、性格の悪い僕は遙香を遠目で見て少しだけからかいたくなった。悪ふざけが過ぎたと今思うと反省している。
僕の怖くないのかという質問に遙香は困った顔を浮かべた。そして小声でポツポツと「確かに最初はびっくりしたけど。モフフは悪い人…妖怪じゃない気がするの。だから自分でも不思議だけど、怖くないよ」と微笑んで言ってくれた。
僕はそんな遙香の優しい言葉を聞いて複雑だった。勘だけで妖怪を信用する遙香が心配だったのもあるけど。無条件で信じてくれる遙香がくすぐったかった。遙香はいい子だ。
「遙香、昨日は驚かせてごめんね。僕すごく君にいじわるした。ごめんなさい」
僕が耳を下げながら頭も遙香に下げると遙香は笑って「びっくりしちゃうから、もうしないでね」と許してくれた。
「遙香、また明日ね」
「うん、またね。モフフ」
放課後になって、僕はりっちゃんの元に行くため遙香に別れを告げると、遙香もどこか名残惜しそうに人に聞こえないくらい小さな声で僕に別れの挨拶をしてくれた。
それからすぐに僕がりっちゃんの教室に行くと、りっちゃんの教室のホームルームはまだ終わっていなかった。
だから、僕はこっそりと教室に入ってりっちゃんの足元にまで行った。
そしてそっとりっちゃんの右足を前足で触った。
「っ!?」
りっちゃんは油断していたらしく、声を押し殺して驚いて足元の僕を見た。
そしてやっぱり眉を寄せて複雑そうな顔になる。勝手にいなくなったことを怒っているのだろう。勝手な行動をして悪かったよ。
でも、勝手に行かないとりっちゃん遙香のところに行くの許してくれなそうだったし。
「りっちゃん、りっちゃんをお迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
僕がそうりっちゃんに足元から見上げながら言うと、りっちゃんはしばらく僕をじっと見て、担任の先生の話す教卓へと視線を戻した。
「ごめんなさい。りっちゃん」
「別に怒っていない」
りっちゃんは視線を教卓へ向けたまま静かに返事をしてくれた。
それから、りっちゃんと家に一緒に帰ってくると家の玄関でふとかすかに焦げくさい臭いを感じた。
不思議に思ってその臭いの元を辿ると、玄関先に鼠が黒こげになって死んでいる。コレの臭いらしい。
「りっちゃん、これなに?」
「ああ、家の結界が反応して殺したんだろ。たまに鼠みたいな小動物や虫の悪霊が結界に触れてこうなってる。放っておけばそのうち消えてなくなる」
と、りっちゃんは慣れたように丸焦げの鼠を無視して家に入って行った。
僕は立ち止まって焦げ鼠を見た。
確かに鼠だったものは気配をみてみれば妖怪だ。鼠の妖怪は他の動物の妖怪に比べて弱いけど、数が多いため珍しくはない。結界に反応したということはこれは人間に恨みを持った鼠だったのだろうか。
…僕も悪い子だったらこうなっていたのかな。
それなのに平気な顔で僕をここに連れてきたりっちゃんは僕が思っているより怖い人なのかもしれない。
家にはまだ誰もいなかった。お母さんは買い物、雪門はまだ学校で勉強をしているらしい。雪門は今日は学校からすぐに塾に行くから帰りは遅くなるそうだ。
「今日は神社で札を作るけど。お前は来るか?」
「札って何の札?」
「結界とか厄除け守とか。簡単なものだな」
「それって楽しい?」
「いや。けど、そういう基礎を疎かにはできないから。術式にも応用できるし。…俺は弱いからしっかり基礎は固めないと」
とりっちゃんは言うけど僕の知っている悪霊を相手する職業のだいたいの人よりはりっちゃんは強いと思う。
僕よりは弱いけど。さすがに400年の妖怪と人の子を比べるのもね。生きた年月が古くても人に負けることもあるけど。
妖怪の中だけでも力関係は複雑なのに人間と比べるのも難しいね。
「僕も一緒に行く」
「…分かった」
ちょっとだけ嫌そうな顔をしたりっちゃんが神社に向かう後を僕も付いていった。
やってきたのはこじんまりとした神社の離れだった。ちなみに神社の方は家ほどの結界は普段は張っていないらしい。まあ、神社には不特定多数の人が来るしね。
離れの中は六畳くらいの畳で窓が1つで物は何もない。明かりも大きな電灯が1つだけだ。
りっちゃんは横にある扉を開けると、そこは物置になっているみたいで古めかしい箱が詰まった棚がいっぱいあった。
中は定期的に掃除されているらしくホコリがほとんどない。
りっちゃんは物置から小さな文机を出して部屋の真ん中におき、続いて持ってきた女の制服に着替えた。着替えの間僕はきちんと部屋から出ていたよ。
着替えてから文机の前に腰を下ろすと持ってきた鞄から紙や筆、墨などを取り出した。
「今から集中して作業するから静かにしてろよ」
「あいさー」
僕は言われた通りに横で静かにりっちゃんの作業を見守る。
りっちゃんは筆を持つと言った通り集中して書き始めた。
りっちゃんの字はとても達筆できれいだった。それに書く姿勢もいい。
僕もりっちゃんの真似をして背筋を伸ばしてりっちゃんの横で紙に書く字を追う。
悪霊払いたちは文字や言葉を使って僕らこの世のものでないもの、異形と戦う。力がある人が使えば文字や言葉には力があるのだ。
だから、今りっちゃんがしているように文字を書くことは力の使い方を学べるから悪霊払いになるにあたって必要である。
その術の中には僕たちが自然と使うものもあるから、もしかしたらこれらの術は異形が教えたのではないかと僕は考えている。お互いの術も似ているものがあるしね。
ちなみに僕たちが妖術(霊術とか他の呼び方もあるけどここでは妖術というね)を使う方法は本能で使っている部分が多い。僕も年月が経つほどだんだんと妖術を自然に覚えていったから。
使える妖術は種族によって異なる。例えば妖狐は基本的な能力である火、水、土、木、金の五行をすべて使えるけど、特に火の術が得意だ。妖術があまり使えないけど身体能力が優れた鬼などの肉体派な妖怪もいる。
他にも僕は風の力も得意。風の場合は通常は五行の複合能力だけど、僕は単一で使える。僕が使える風以外にも異形によって例外的な特異能力も存在する。
りっちゃんは二時間くらい集中してびっしりと何枚も文字を紙に書いていた。りっちゃんの横には紙が厚い束になっていることからも沢山の量を書いたことが分かる。
そしてただ書くだけではなく霊力を込めて書いているので、疲れるらしく。額には薄く汗が浮かんでいる。
机の上にあった最後の紙を書き終えるとりっちゃんは疲れた目をほぐすように瞬きをしてから横で座っていた僕を見下ろした。




