修行開始
自分が頼んでおいてなんだが正直ダメもとだった私のお願いは見事聞きとげられた。目の前でお母さんが気合満々と言った感じで準備運動をしている。
「よし、じゃあさっそく始めましょうか。とりあえずは今後の話からね。わたしも仕事があるから常にいるわけにはいかないから、そこはアキたち龍に見てもらうから。そこは悪しからず。なにか質問は。」
「特にないです。今日からお願いします。」
私は深々と頭を下げた。
「いまさら、そんなに畏まらなくてもいいのに…。まあ、いいや。気術と言ってもたくさんの種類があるけどどうする。」
うーん、それはあまり考えてなかったがひとつだけ記憶に残っている術がある。
「せっかく教えてもらうなら「金剛」がいい。防御にも攻撃にも派生できるから。」
「なるほど、金剛か……そうね。年度末の対抗戦のことも考えるならいいかもね。」
なるほど、金剛はこの子の父親も兄も好んで使っていた術である。父親はこの子が二歳の時に、兄はその二年前に亡くなった。今でも、金剛を使って戦っている二人の姿を思い出すことができる。それほど、思い出深い術を選んでくれたことはとても感慨深かった。
「あの……お母さん大丈夫。」
「ええ,大丈夫よ。はじめましょ。金剛は自分の周りに異能の鎧を纏う術だと思ってくれればいいわ。熟練者になれば牛鬼クラスの突進も片手で止められるぐらいになるわ。」
私はお母さんの一言に唖然とした。牛鬼クラスと言えば体長が6m以上、体重2t以上の巨大な牛である。対処法がわかっているとはいえ年に多い時で十数人はなくなるというほどの難敵である。その突進を片手で止めるということはそれほどである。
「それほど強いとはいえ、練度が低いと肉弾戦が得意な相手のただのパンチで吹っ飛ばされるから気をつけてるように。じゃあ、まずは発動方法から。目を閉じて、頭の中で自分の周りに膜がある。それがだんだん大きくなるイメージでやってみて。」
言われるままに、目を閉じて自分に膜があるイメージを作る。それを膨らます。
何も起こらない。
「何も起こらないけど……。これって失敗かなあ。」
やっぱり、だめか。あれだけの説明でできるなら、天才なわけだが何も起こらないというのもこれはこれでショックだ。
私の心配をよそにお母さんは何か考え事をしているようだし、そばにいるアキはポカーンとしている。私には、それほどまでに才能がないということなのだろうか。
今日が初日とはいえども、まさかのマイナススタートでは年度末までに間に合いそうにない。
しかも学校まで休んでいるのだ、恥さらしもいいところである。明日からの学校生活にいいイメージが持てない。
いやなイメージがどんどん沸く中お母さんが小さくうなずいた。
「いや、できてるよ。むしろ、思ったよりも早すぎてどうしようかと思ってたぐらい。」
「うっそでしょ。だって、なんにも変わってないよ。普通こういうのってこうもう少し派手な感じじゃないの。」
「ほんとだって」と言ってそれでも信用しようとしない私にお母さんは石を投げた。投げられた石は80キロほどの速さで飛んできたが、突然のことでよけられなかった。
すると石は私の三十センチ先でポトリと落ちた。何が起こったのかわからない。
説明をしてもらおうとお母さんを見たが投げた本人もポカンとしている。誰でもいいから説明してくれとこの時の私は心底思った。