煙と青と六芒星
「ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした」
入室していの一番、上半身を直角に折り、ありったけの誠意を詰め込んだ謝罪の言葉を、目の前の革張り椅子に鎮座する男に向かって煩くない程度に全力でぶつけた。
「……顔を上げろ」
マグナム弾の発砲音並みに重厚な一言――素直に従い上半身を起こすと調度品皆無の殺風景な執務室が視界に広がる――部屋の主の性格を如実に反映しているな、と無意識に分析。
「開口一番に謝罪を述べる誠実さは評価したいところだが、私の話も待てんようではな」
そんな執務室の主たる目の前の男――巌のように逞しい体をした、この軍においては貴重な存在である上級佐官。
責めているのか、からかっているのか、はたまた呆れているのか――表情・言葉の抑揚・佇まい、その全てを具に観察しても思考が読めない。
入隊して2年――彼のそういうところが、今だに少しだけ苦手だった。
「まあいい。今日呼び出したのは他でもない……ガザでの一件における貴官の最終的な処分について通告するためだ」
彼の声音がやたらと重々しく感じられるのは、きっと気のせいではないだろう。
「先に言っておくが、例え貴官が“上官殺し”の名を被せられようと、どのような処分が下されようと、青き六芒星に恥じぬ正義を貫いたという事実は不変だ。誇りに思え」
「……はい」
(何が光の子だ!!何が暗黒の子だ!!何が“神のための戦い”だ!!)
硝煙が立ち込め、瓦礫の山と化した街中で、堪えきれず叫んだ。
(あんたたちは、教えという看板で悪行を正当化して楽しみたいだけの、最低なクズ野郎共だ!!)
気付けば右手にジェリコを握っており、上官とチームメイトといくらかの薬莢が辺りに転がっていた。一方的で理不尽なシューティングゲームの的にされかけた男の子と、身包みを剥がされ廃屋に引きずられそうになっていた女の子は、駆けつけた味方によって無事に保護された。そして自分は軍法会議にかけられ、前代未聞の謹慎処分後処分再検討扱いに。
椅子に座る彼はオレの軍法会議ものの失態を「正義」と称えてくれた。だがしかし――あの衝動は、あの行為は、果たして本当に正義と呼べる代物だったのだろうか。ただ、戦争という災禍の中に潜むもう一つの惨い現実を認めたくなかった自分の臆病心が、そうさせただけなのではなかろうか。
謹慎処分を受けていた間常に頭の中を堂々巡りしていた疑念が、ここにきて再び頭をもたげ始める――無理矢理隅に押しやる――結局、疑念に対して自分の中で結論が出ようが出まいが、これから下される処分に何か影響を与えるわけではないのだ。
「どのような処分であろうとも、謹んでお受けします」
自然と罰を受ける兵士の殊勝な常套句が紡がれる――何が「謹んでお受けします」だ。呼び出される前から懲戒免職処分辺りに目星を付けて早々に落ち込んでいたクセに。これで牢獄行きなど宣告されればどうせまた勝手にショックを受けるのだろう――そんな本音を心のゴミ箱に押し込んで、努めて平静に口を引き結んだ。
「……ダニエル・R・マイヤー上等兵」
上級佐官は、射抜かんばかりの眼光と心の臓を鷲掴みにするかのような重厚な声音で宣告する。
「貴官には、本日付でサイェレット・マトカルへの異動を命じる」