勇者たちのゆくへ
戦況は、激しさを増していく。
タローに思い付けたのは、仮病を使うことだった。
参戦せずに、戦況を眺めていた。
それも心苦しく。
タローはただ、逃げ出したかった。
ドミニク国に、セントリア国が出兵したとの一報が入ったのは、シンジと会った翌々日のことだった。
でもタローには、シンジの言葉が嘘だとは思えなかった。
たぶん何かが動いてるんだ。
それなら、僕も足掻いてやろう。
ドミニク国に来て流されるまま、妖気の死神に成り果てた。
僕は、放棄するんだ。
僕に出来る最善のこと。
戦わない。逃げてやる。
殆どの兵力をアステリア国に向けていたドミニク国は、慌ただしく帰兵準備をする。
その混乱に紛れて、タローは隊から外れ、ひたすら逃げた。
どれくらいも走っただろうか。
いきなり体が硬直して、足が動かなくなる。
胸が苦しく、一歩も動けない。
心臓発作?こんなところで?
ゼイゼイと呼吸をしながら心臓を押さえるタローの前には、司祭様が立っていた。
「残念だけど、逃げることも、戦いを止めることも出来ないんだよ。君たちは戦闘の為に召喚された勇者なんだから。そういう契約術なんだ」
司祭様の顔は少し淋しそうにみえた。
もう僕には、イヤ僕たちには、どうすることも出来ないんだろうなと、遠い意識の中で感じていた。
戦場となったドミニク国の美しかった街並みは破壊された。
一旦引いたかのように見せかけたアステリア国は、戦力を二分にし、協定していたはずのセントリア国を攻撃した。
セントリア国の防衛体制はもろく、戦火は国全体を包んだ。
ウエスリア全土は戦場になった。
何の為の戦いかは、もう誰にもわからなかった。
どの国の街も焼け落ち、沢山の屍の間で、傷ついた人たちが成す術もなくひっそりと生きていた。
遠くで雲雀が鳴いている。
ドミニク国の外れで、三人の勇者は対峙していた。
ミミコは黒髪を一つに束ね、額にハチマキを巻いている。
「これはね。一応、気合い入れ」
視線を感じて、少し恥ずかしそうに笑う。
「ゴメン……」
チャラ男シンジが、らしくない掠れた声で呟く。
「オレ、掻き回しただけやった……」
白い上下の戦闘服を着たタローが、ゆっくりと首を横に振る。
「戦うしかないんだとわかった時に、覚悟したから……ちょっと僕にも足掻けたしね」
「フッ。髭のおっさんらの方が何枚も上手か。オレが二人の所に行くのも、転移魔力を訓練してた時から、お見通しだったかもな。オレの前に召喚されたヤツは、勇者拒否して逃げれたみたいや。オレは、アカン。結局オレは平和ボケしたアマちゃんやった」
「その人は、元の世界に帰れたの?」
「多分、こっちの世界に居る。監視されてるみたいだ」
そう。タローは、目を伏せてため息をついた。
「……にしても、えらく汚い格好してるわね」
シンジの着ている白いシャツはくすみ、紺のジーンズは、破れて擦りきれていた。
「何着てもえぇオトコやろ?」
ようやくチャラ男らしく、シンジは少しだけニヒルに笑った。
「戦意喪失すると、死ぬ。逃亡すると、死ぬ。知らずとも刻まれてたフザケた契約よ。さて、どうするべ?」
「私はね、自己犠牲はしないわよ。希望をかけて最後まで戦う!それが正しくなくてもね。やれるとこまでやるわよ!」
ミミコが、剣に手をかける。
「ぼ、僕も、帰れる道を探したい。最後まで戦うから!」
タローが、ゆっくりと両手を下にだらんとさげる。
目に妖気が込められていく。
「オレも、人質とられてるし。そのボインちゃんがアホみたいに頑張ってるからね。どーしても勝たせてもらうわ」
シンジが目を閉じると、体から蒸気が上がり、それが空へと昇っていく。
「髭のおっさんの後始末は手配してるから。それは大丈夫やから……」
三人が近づいていく、段々と空は掻き曇り、稲妻が走る。
「サラバ」
「さよなら」
「ハヤブサさん……」
眩しい光に包まれ、三人はそのままのみ込まれていった。
光の渦の中へ。
勇者たちはそうして、消えていった。
その後の彼らの姿を見たものはいない。
亡骸も、なにも。
雨が、降り始める。
やがて豪雨になり、竜巻が舞い、天地が荒れた恐ろしい三日間が続く。
嵐が過ぎた後、ウエスリア大陸は真っ青な空に包まれた。
穏やかな空だった。
優しい風が吹き。
太陽はあたたかく大陸に力を注ぐ。
ここから始まる。
きっと。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。勇者シンジの『女好きの勇者サマ』勇者タローの『春日太郎の憂鬱』も一読いただけると嬉しいです。現在連載中の『GOGO !ファイブスター』は、それから五年後のウエスリア大陸の世界です。