タローとシンジと。
「起きてー。起きてぇやー」
タローはテントの中で、一人眠っていた。
アステリア国の国境を破り、進軍して今日で二日目だ。
順当にいけば、後10日程で首都だという。
ドミニク国は豊かで、栄えた国だ。
王は若く闘志に燃え、周りの従者も熱意のある者ばかりだ。
きっとドミニク国が、勝つだろう。
勝てば元の世界に帰れる方法を探すと、神殿の司祭様は約束してくれた。
約束してくれたけど……。
少しさびれたアステリア国の魚村を攻め落としながら、タローはどんどん沈んでいた。
何人も人が死んだ。
僕が殺した。
向かってくる兵士や村人たちに殺意をむけると、首を押さえてもがき苦しみ、死んでいく。
逃げる者には、攻撃しないように。
そう思いながらも、戦闘が始まると、攻撃対象を選択する余裕は無かった。
妖気の死神。
いつの間にかそう呼ばれるようになった。
司祭様くらいしか、もう僕に近づく人は居ない。
だから、僕を呼ぶ声も聞こえるわけないんだ。
「いーかげん起きろよ!このチビガリヤロー」
乱暴にシーツを剥がされて、タローは飛び起きる。
目の前には、茶髪のギラ付いたチャラそうな男がいた。
「だ、誰?」
「オレは、アステリアの勇者。シンジくわぁんでーす。ヨロチクビ~」
「……」
「オマエ、ドミニク国の勇者?おっそろし~殺人マシーンなんやろ?名前は?オマエも日本人っぽいじゃ~ん」
ニヤニヤと、軽薄そうな顔で言う。
「……日本人です。春日太郎と言います」
「タローの妖気とオレの魔力と、どっちが凄いんやろなぁ?」
ワクワクした顔で聞いてくる。
「さぁ?結果はいずれわかると思いますよ。なんなら今、試しますか?」
茶髪シンジが、ムンクの叫びのポーズをとる。
「なんかタローはさぁ、見た目と違うタイプ?オマエもミミコちゃんと同じくお利口さんタイプなワケ~?」
「……違いますよ。いきなりセントリア国に召喚されて、ワケわからない毎日ですよ。とにかく、ぼ、僕は帰りたいんです。勝てば、戦って勝てば、帰る方法がわかるんです!」
タローは頭を抱えてうずくまった。
帰りたい。
沢山の人を殺した。
それでも、帰りたい……?
「まぁ、その気持ちはわかるわなぁ~。好きなヤツが待ってるんやろ?クゥ~!」
「好きって……別に、クマが、ク、ク、クマのぬいぐるみ?が、いるだけでふ」
タローは動揺して目が游ぐ。
春日タラコの僕に、惚れていると言ってくれたあの人。
今も、待ってくれているだろうか?
春日太郎。イヤ、タラコを。
タローの脳裏には、タラコを探して探して探しまくっているクマ男の姿しか思い浮かばなかった。
だから僕は、帰りたいです……。
「何やそんな叫ばんでも~。えぇって~。ワカルよー。オレもヨウコちゃんとか、イズミちゃんとか、泣いて待ってるやろなぁ~。でもなぁ、この世界でも守ってやらんといかんヤツがおるんやなぁ。オレッチは罪なオトコやなぁ~」
茶髪シンジが、タローの顔を覗きこむ。
「で、ホンマそれでえぇか?沢山の人殺して、帰れて嬉しいか?待ってる人喜ぶか?」
「……」
「なぁ~んちゃって」
ニヘラ~と軽薄そうにシンジが笑う。
「アステリア国王はオレが、何とかしてみる。タローはドミニク国を止めてチョーダイ。戦を止めて、帰る方法を考えるんじゃあダメか?」
僕だって。
僕だって、人殺しなんかしたくない!
したくない!
「ど、どうすればいいの?」
「取り合えず、勇者のオレらが戦を放棄する。勇者を旗印にあいつら戦ってるじゃん。後は上のヤツラを説得するしかないけどな。オレはイザとなれば、そいつらを討とうと思ってるでぇ~」
シンジは真剣な目でタローを見つめた。
「タローに出来ることをやればいい。やれる、最善のことを……」
体が冷えてきた。
身震いが起きる。
「何か飲む?寒くない?」
「もう冬やもんな。こっちの世界にも四季はあったんやなぁ」
そろそろ帰るからと、シンジはウインクして、次の瞬間にはもう、居なくなっていた。
スゴイ。
転移の魔法だ。
あの人も自分の中にある、強い力と、向き合っているのかな。
お茶をいれよう。
ハーブティを飲もう。
タローはくしゃくしゃの紙袋から、残り少なくなったティーパックを取り出した。
シンシンと冷える夜に、テントの外では、雪が舞っていた。