種田ミミコ。
左足を一歩踏み出す。
上体はそのままに、銀色の剣を握った両腕で大きく振りかぶる。
全身に沸々と みなぎる力を感じる。
早くこい!
「うぉぉぉぉー」
怒声と共に長短二本剣で向かってきたヤンの懐に入り込み、ひと振りではね飛ばした。
ふっ飛んだヤンは、ピクピクと痙攣している。
あ。手加減忘れたわ。
ヤンの殺気がダダ漏れだったから、つい力が入っちゃったよ。
大丈夫かな~。
「お見事です。ミミコ様」
白髪の老人、ハクワイ僧侶が頭を下げる。
倒れていたヤンが、苦痛に顔を歪めながらも、起き上がろうともがいている。
あ~。無理しないで。
しばらく安静にしてた方がいいと思うよ。
剣には木枠を被せて、傷つけないようにはしてるんだけど、結構な衝撃を受けたはず。
骨が折れてないといいけどね。
「ハ、ハクワイ様。もう一度、もう一度チャンスをください!」
「何度やろうがお前はミミコ様には敵わぬ。お前の役目はミミコ様をサポートすること、それが出来ないのならば、お前に用はない」
そうなんです。ハクワイさん。
ヤンの闘争心は、私にはウザイだけなんです。
根性があるのも面倒くさい。
早くヤンを別の部署に移動させてあげて。
お互いの為にも。
何度挑まれても同じこと。
私には、強武将の力が授けられているのだから。
高三の受験生だった私は、ある日、異世界に召喚された。
気がつけば、セントリアという国で、タイの僧侶のような身なりをした、きらびやかな坊さん方に囲まれていた。
セントリア国は僧侶が主席魔力者を務め、お飾りの王族よりも実質権限を握っていた。
勇者認定された私はこの国で生きる為に、ハクワイさん指示の元、剣や弓の腕をみがいている。
剣?弓?
ンなもん、さわったことも無かったわよ。
こちとら受験生。
経済的事情で国立一本に絞ってたんだ。
単語帳と参考書浸けの毎日よ!
「ミミコ様には、強武将様の加護がついておりますから」
僧侶たちにそんなことを言われても、ピンとこなかった。
ところが、あら不思議。
剣を構えれば力がみなぎり、体が自然と動く。
弓を射れば、狙った的のど真ん中。
強武将様。どなたかは、存じあげませんが素晴らしいお力です。
勇者としての力を実感した私は、それまでナンバーワン兵士だったヤンからの小さな嫌がらせを受けながら、粛々と勇者修行をこなしていった。
受験勉強と一緒よ。
成果が出れば嬉しいし。
もっと頑張ろうと思うもの。
更にパワーアップした能力を身に付けた私に、御披露目の機会がやって来た。
戦が始まるのだ。
ドミニク国に20000人が、出兵する。
私は偵察隊の次の部隊に加わった。
ドミニク国に向かう道すがら、馬車の中で寛いでいる。
戦闘が始まるまで、私に用はない。
四人乗りの馬車に私一人、優雅にお茶を飲んでいた。
ガタンと馬車が揺れて、気が付くと、茶髪で軽薄そうな顔つきの男が座っている。
声をあげようとする私の口許を、手のひらで塞がれた。
「ちょっと静かにしてねん。女の子に乱暴したくないのヨ~ン。キミってセントリアの勇者ちゃんでしょ。もしかして、日本人?」
黒目黒髮のワタクシは、日本人ですよ。
もしや、茶髪のチャラ男さんも日本人?
頷く私に、茶髪はガッツポーズする。
「良かったー。超正統派女子で。オレっちも勇者なの。アステリアの勇者シンジ。ヨロチクビ~」
「……、種田ミミコです」
「ミミコちゃん、合戦初めて?やめといた方がイイよん。オレっちホホロ国に行ったんだけどさぁ。戦争って悲惨よー。血もドバーって流れて、ヒーヒー言いながら逃げ惑ってるのを追っかけて、腕も首も剣でチョンパよ。弓矢で火を放つから、丸焼けよー。見たことある?人間が燃えるとこ?ハンパないよ~」
茶髪シンジが、軽薄な声で地獄絵図を語ってくる。
「ミミコちゃんは、何の為に戦うの?大体おかしくない?魔王討伐のはずが、何で近辺国同士で戦うの?へんだよヘン!あ。お茶チョーダイ」
勝手にミミコのカップを奪い取り、ティーポットからお茶を継ぎ足しゴクゴクと飲む。
そして、ニヘラと軽薄に笑う。
「アステリアから仕掛けた戦だと聞きましたが」
「そう。ウチの髭のおっさんが悪いの。あいつを凝らしめてやらないと戦は終わらない」
「停戦を求めに来られたのですよね。私にその権限はありませんよ。それに、正直あなたのことは信用しかねます。どうやってここに来たのかも不気味だし。ホホロ国の勇者は殺されたと聞いています」
茶髪シンジは、目を丸くして、それからまたまたニヘラと笑った。
「ミミコちゃんって、スゲー頭良さそう」
そんなこたぁ。どうでもいいわ。
私は、こいつをどうするべきか考えていた。
「良かった。お利口さんなら話は早いじゃん。ウチの王様髭のおっさんは、ホホロ国の織物や繊維技術に目をつけたのね。それをせしめて、観光大国ドミニクを狙ったけど、ドミニク国に先手を打たれて、攻め込まれちゃった。ドミニク国やるよね~。今やアステリア国は戦場よ。で、髭のおっさんはセントリア国を巻き込むことにした。アステリア国とセントリア国で、挟み撃ちしてドミニク国を落とすと。ソーユー筋書きさ」
それのどこがいけないのだろう。
戦とは、そういうものだろう。
大義名分をつくって、勝てば官軍だ。
「どうしてセントリア国を攻撃しなかったかワカル?セントリア国にうまみがないからよん。魔王城に行くなら、ホホロ国経由よりセントリア国経由の方が近道じゃん。ホホロ国の勇者を殺したのは、オレじゃないよ。オレが行った時にはもう暗殺されてた。髭のおっさんはちゃーんと、保険もかけてんのよ……あんた、本当に人殺せるの?」
茶髪シンジが、真顔で聞く。
「オレは魔力がハンパなく多いの。それで召喚された。天地を揺るがす力だってイグ何とかの爺さんが言ってた。なら、転移出来ないかなと思って、訓練したのよん。どうよ!」
イヤ。自慢気に言われてもねぇ。
「出来る子のオレがさぁ、髭のおっさんは何とかするから。ミミコちゃんは参戦しないように努力してくりりん?」
「ね。お願ぃ~!」と、軽薄そうな顔で頼まれる。
内容はとてつもなくシリアスなのだが。
「これからドミニク国の勇者っちのトコにも行って来るからね」
「ドミニク国の勇者はどんな人なの?」
「う~ん。何でもすごい妖気で周りの人の息の根を止めるって言ってたよ。オレッチびびりっちよ」
妖気で息の根をとめる?
ヒェ~。剣や弓より単純に恐い気がする。
「とにかく、会えたのが戦の前で良かったよ。ホホロ国の勇者には間に合わなかったから、ね」
茶髪シンジはちょっと目を伏せて。
それから、ニヘラと笑った。
「……担がれて勇者になったけど、私は別に戦がしたいわけじゃないから」
ウンウンと、茶髪が頷く。
「どうなるかは、わからないけど、善処してみるから」
いきなりギュッと、抱き締められた。
伸びた茶髪が頬を掠める。
「ありがとーミミコちゃん!オレ今からドミニク国の勇者のトコ行って来るよ。アレ?ミミコちゃん真っ赤だよ。ダイジョウヴイ?」
「う、うるさーい!サワルナボケー!」
私のあげた大声に、ガタガタと動いていた馬車は急停止し、サッと扉が開けられた。
「大丈夫ですか?勇者様?」
「何かございましたか?」
兵士たちが剣を構えている。
茶髪シンジは、消えていた。