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いつまでもこうしていたい

「夕飯できてるけど、お風呂にする?」

帰って早々、泰斗たいとに訊かれ、雪に凍えて体が冷たくなっていた静馬しずまは、すぐに風呂と答えた。

夕飯が冷めるのも嫌だったが、今は体を温めたい。

「風呂入っても大丈夫なのか?」

「大丈夫」

静馬の問いに泰斗がにこにこしながら答えた。

「冷めないようにしてるから、ゆっくりしててかまわないよ」

その言葉に安心し、静馬は寝室でスーツを脱ぐと、すぐに着替えを持って風呂場に向かった。脱衣所には湯気がたちこめ、温かな空気に包まれている。安堵して服を脱ぎ、冷たいタイルの敷き詰められた風呂場に足を踏み入れた。冷えた体を湿った空気が包み込む。肌寒さに震えながら、体に湯をかけると、湯船に急いで肩まで沈みこんだ。

尾てい骨にびりりとくるほど熱い湯に体を震わせ、深いため息をつく。気持ちのいい湯だった。手先にぴりぴり来ていた熱が徐々に和らぎ、体全体が湯船に溶け込んでしまったかのような安息感に身をゆだねる。

こめかみまで温まったころ、外から声をかけられた。

「どう? 湯加減はちょうどいい?」

「ああ、いいよ」

心配になってきたのだろうか、と静馬は体を起こした。まさか、このまま寝てしまうことはない。心配性だな、と微笑む。

「僕も入る。背中流してあげる」

泰斗が明るい声で風呂場に入ってきた。泰斗はこうやって静馬と風呂に入るのが好きらしく、たまに乱入してくる。初めは抵抗したが、今は好きにさせていた。

「じゃあ、流してくれるか」

温まった体を起こし風呂から出ると、椅子に座って背中を泰斗に向けた。背中に冷たい泰斗の指が当たる。水仕事したばかりで、指先が冷えているのだろう。

「先に湯船につかれよ」

静馬は振り向くと、そう言って、泰斗の手からタオルを取った。

「静馬の背中を洗ってからでいいよ」

「だめだめ、先に入って」

泰斗が渋々湯船につかるのを見届けて、静馬は頭を洗い始めた。すると、泰斗が湯船から上半身を乗り上げ、泡立った静馬の髪に両手をさしいれた。

「いいよ」

「いいから」

何度かいいかわした挙句、結局静馬は折れた。泰斗が鼻歌を歌いながら、静馬の頭を洗う。優しくもみほぐすように頭皮を指先がなでつける。あまりの気持ちよさに静馬は肩の力が抜けていくのを感じた。

泰斗はスキンシップが好きだ。事あるごとに軽いボディータッチをしてくる。いやらしさを感じさせない泰斗の触り方が好きだ。優しくなでつけてくれる手のひらの感触が心地いい。疲れた心と体に優しい癒しをもたらしてくれる。すっかり身を任せていると、泰斗の指の動きが止まった。何事かと顔を上げる。

「流していい?」

静馬は無言でうなずいた。

泰斗がシャワーをとり、カランを開くように頼んできた。言われたとおりにする。熱い湯が出てくるまで、泰斗がシャワーの温度を調べている。泡が目に入るので、それ以上見ていられず、静馬は眼を閉じ、泰斗の鼻歌に耳をすませた。

静馬の髪の泡を洗い流しながら、泰斗の鼻歌もさびの部分に入る。何度も頭皮を擦るように洗ってくれた後、泰斗は再び湯船につかった。

機嫌のいい泰斗が好きだ。彼はいつも上機嫌だ。むしろ、機嫌の悪いところなどあまり見たことがない。いや、料理がうまくいかなかったときは機嫌が悪い。それでも、おいしいデザートを頬張るととたん機嫌が良くなる。だから会社帰りにケーキやプリンを買って帰るようにしている。

「あー、のぼせちゃうよ」

泰斗が湯船から出てきて、手すりに戻しておいたタオルを手に取ると、ボディーソープをつけて泡立てはじめた。

「静馬、背中」

弾むような声で泰斗が言った。

静馬はおとなしく背中を泰斗に向けると、長くなりそうな入浴に料理が冷めなければいいけど、と思いをはせた。


「そこはちゃんと考えているのです!」

風呂からあがって、ぽかぽかに温まった静馬の前に、泰斗がビールとおでんを出した。

保温鍋でことことと煮込まれた牛スジや卵や大根が茶色の出汁の中に浮かんでいる。テーブルにカセットコンロを据えて、二人分の土鍋に煮えたおでんの具を盛りつけていく。さらに別の鍋に分けておいた練り物を移しいれ、こんもりと鍋の縁からはみ出すほどに盛り付けた。

「ほんと、こういうとこマメだな」

「マメなのいや?」

「別に」

静馬はそっけなく返事すると、ビールの缶を開け、ぐいぐいと一気に飲んだ。汗ばむほどに気持ちいい風呂の後の冷たいビールは、こめかみに心地よく響く。満足の吐息をつくと、今度はとろとろに煮込まれたおでんを口にする。

ふと気付くと、そんな自分を嬉しげに見つめる泰斗がいる。静馬は照れ臭くなって、またビールを飲んだ。


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