晴れた日には
「んー、いい天気だぁ!」
朝一番に閉じられていたカーテンを開けて、泰斗が伸びをした。
それまで暗かった室内に朝日が注ぎ込み、ベッドの上でいつまでも惰眠をむさぼっている静馬のまぶたを照らした。
「まぶしいから、カーテン締めろ」
サイドテーブルに置いたメガネを片手で探りながら、静馬が不機嫌に言い放つ。
「なぁ、今日、どっかでかけよう。おれ、弁当作るし」
静馬がいくら不機嫌な声を出しても、泰斗は一切気にしない。今まで気にしたことがなかった。だから、二人は一緒にいられるわけだが。
「いやだ。家でゲームしてるほうがいい」
泰斗は鼻歌を歌いながら、キッチンへと向かう。
「弁当に何入れようか? 唐揚げは定番だよな。ポテトサラダも作ろう」
ベッドから起き上がり、静馬はため息をつく。メガネをかけ、物憂げに立ち上がると、泰斗の後ろをついていった。
キッチンに入った泰斗は朝食と弁当を同時に作り始めた。
「朝飯、ちゃっちゃと作っちゃうから」
慣れた手際でレタスをむしり、サラダを皿に盛る。
泰斗は料理が好きだ。今日のような休日だけでなく、平日の日もキッチンに立つことが多い。静馬が頼んでない家事も引き受けてくれている。
「なんでもいいよ」
気のない返事を静馬は返した。昨夜遅くまで続いた残業に体の芯がどんよりと重たい。リビングのソファに深く沈みこみ、そのまま眠気に身を任せる。
「静馬、ご飯」
泰斗に肩を憂さぶられ、静馬は再び目を覚ました。起きぬけにいきなり卵の焦げた甘い香りが鼻孔をくすぐる。
妻楊枝に刺した黄金色の卵焼きを泰斗が静馬の鼻先に突き出した。
「味見」
促されるままに泰斗の作ってくれた卵焼きを口に含む。ほんのりと出汁のきいた甘い卵焼き。泰斗の味だった。
「おいしい?」
感想を口にせず、黙々と噛み砕きながら、静馬はうなずいた。
こんな調子で作ったものを一口必ず味見させられる。それがキュウリの浅漬けだったり、卵焼きだったり、さまざまだ。
時計を見ると、九時を過ぎている。静馬はソファから腰を上げ、コーヒーを飲みにキッチンに向かった。
ダイニングテーブルに、いつもの定番メニューと弁当に入りきれなかったおかずが並んでいた。
コーヒーメーカーにセットされたガラスポットには、かぐわしい香りを放ついれたてのコーヒー。
泰斗は静馬の日常にするりと入り込み、こうやって心地いい空間を作るのがうまい。
「でさ、少し離れた○○って公園があるから、車で行けばいいんじゃないかな? まだ肌寒いから、ラグマットを持って行って、ひざ掛けがあったらいいよね。あったかいコーヒーをポットに詰めていこう」
楽しそうに喋りながら、泰斗がマグにコーヒーを淹れてくれた。静馬が何も言わなくても泰斗にはわかっているようだ。
「面倒くさい。疲れてるから、家にいる」
静馬は裏腹な態度で文句を漏らした。
「休みの日は気分転換だよ」
泰斗は静馬の不機嫌な顔にめげず、にっこりと頬笑み、答えた。
気分転換したいのは泰斗だろう?
静馬はそう思いながら、目の前で朝食を食べる泰斗を見つめる。
泰斗は在宅の仕事をしている。静馬と違い、外に出る機会は極端に少ない。
反面、静馬は会社員。しかも、社内のメンテナンス業務を請け負っているため、支店を方々行き交い、ひと時もじっとしていることなどない。
だからなのか、休みの日はじっとしていたい。誰とも会わず、話もせず、顔の筋肉も動かしたくない。
そんな静馬の気持ちを泰斗は平然と無視できる。いや、無視というよりも何だろう。
静馬には泰斗の心がわからない。ただ、わかるのは、泰斗の居心地の良さだけ。うっとうしさのない存在感。
「ねぇ、疲れたまま休日を過ごすより、新しい空気を吸って、新しい気持ちで休日を過ごすほうがいいよ」
泰斗の言葉に背中を押され、静馬は朝食もそこそこに車を出していた。
――で。
本当は不機嫌など吹き飛んでいるにもかかわらず、静馬は晴れ渡る青空を眺めながら、持ってきたまま電源を入れることもなく、ゲーム機を片手に芝生の上に寝転んでいる。
隣にはスケッチブックに写生する泰斗がいて、バスケットの中にはうまい飯がある。
ふと幸せについて考える。
静馬はその答えを片手で抱き取り、胸に引き寄せた。
泰斗のほのかな温もりが伝わってくる。