CODE;4 A north end Ⅱ
プラズマを纏って飛来した青白い光弾が、遠慮なく破裂した。
必然、爆発の所為で、その場はもうもうと土煙が立ち、あっと思う間もなく視界が利かなくなる。
(くそッ……!)
その美貌に似つかわしくない悪態が、脳裏を過ぎる。
白く立ち込める煙の中で、懸命に感覚を研ぎ澄ませるが、攻撃して来た相手の気配が全く読めない。何より、今の爆発は、間違いなくフォトン・シェルに因るものだ。そこから弾き出される答えは、一つしかない。あまりありがたくない答えだが。
素早く思考を切り替える。問答無用で撃って来たことからして、相手は自分を――もしくは自分達を最初から殺しに掛かっているのは疑いようもない。その上、スィンセティックが相手だとしたら、気配を読んで戦うことは出来ない。肌で感じる空気の流れと、視覚だけが頼りだ。
必死で目を凝らすのとほぼ時を同じくして、規則的に立ち上る土煙の端が不自然に揺れた。変化は微かなもので、スィンセティックの持つ超視覚でなければ捉えることは出来なかっただろう。煙幕が中心に吸い込まれるように渦を巻いた、と思った途端、その渦の中心から前触れなく拳が伸びた。
ご丁寧に、青くスパークしたものを纏っている。弾丸状態にする前のフォトン・エネルギーを腕や足に絡み付かせることで、拳や蹴りの威力の増幅が可能なのだ。パワーは勿論、常人のそれとは比較にならない。まともに喰らえば、ヒットする部位によっては、良くて全治数ヶ月、悪くて再起不能、最悪あの世へ直行だ。
再度漏れた舌打ちと共に、エマヌエルも同程度の威力のフォトン・エネルギーを腕に纏う。正面から飛んでくる拳の軌道を手で払い除ける要領で反らせながら、雷光を纏った足を蹴り出した。ヒットすれば、相手の腹部が大幅に抉れていたに違いない攻撃だった。
だが、読まれていた。相手は下手に避けず、寧ろ身体を前へ押し出すことで、自分のダメージを最小限に押さえることを選んだ。
右肩を強く押された、と思った途端、背中を思い切り地面へ叩き付けられる。背後に受けた衝撃よりも、押された右肩に異物が食い込む感触に、みっともなく喉から悲鳴が迸った。白くけぶった視界の中から、人影と思しきものがようやくその姿を見せる。
エマヌエルの右肩を、文字通り地面に縫い止めるその腕には、青い雷光が絡み付いたままだ。想像するのも気が引けたが、フォトン・エネルギーを纏った掌打が、右肩にやや食い込んでいる気がする。その腕を辿った先にあったのは、初めて見る男の顔だった。至って凡庸な顔立ちをした男の顔に、表情は伺えない。無表情を通り越している。
特に、目が異質だ。
喩えるなら、まるで獲物を見据える猛禽類――否、爬虫類に近い。
「――AA8164だな」
問い質すその声音と来たら、ひたすら機械的で平板だ。ロボットの人工音声の方が、まだ可愛げがある。
毒舌を返す余裕はなかった。一秒でも早く男の右手の下から抜け出さなければ、死ぬ。有り難くないことに、それだけははっきりしていた。
「チッ……!」
自由の利く左腕に意識を集中させる。華奢な腕に、青白い筋が這う。
その手で、自分の右肩を押さえる相手の右腕を掴む。瞬間、男の右腕の周りに踊ったままだった青い雷光が膨れ上がった。相手が先か、自分が先か。
どちらのものか判らない攻撃が炸裂し、その場は閃光と爆煙でホワイト・アウトした。
***
「そう言えば、そろそろ例のものがノース・エンドに届く頃じゃないかな」
北の大陸<ユスティディア>西端の地にある、リッケンバッカー在所の施設の応接室で、アドルフ=ゴンサレスはソファに腰掛けていた。
食後のお茶を嗜む気分でもないのだが、ゴンサレスの胸の内とは関わりなく、目の前にあるガラス製のテーブルの上には、上等なティーセットが並んでいる。
白磁に金茶色の縁取りという、シンプルでいながら極上の品であることが一目で判るティーカップの中には、透明度の高い紅茶が、手つかずのまま満たされていた。
向かいに座る男は、そんなゴンサレスに頓着することなく、正しく優雅な食後のひとときを楽しんでいるようだった。
「それにしても、驚いた。まさか、研究所が爆発するなんてね」
「……済まない」
「ああ、いいんだよ。別に責めている訳じゃない。予期せぬ出来事、トラブルなんてのは、この世界にいれば寧ろ常識だしね」
ゴンサレスより二十は若く見える男は、薄く引き締まった唇を微笑の形に緩めて見せる。
その整った顔立ちは、まだどこか幼さを残している。下手をするとあどけない少年のようで、三十一歳という実年齢を感じさせない。柔らかく微笑んで、ついでに甘い愛の言葉でも囁いてやれば、十人中十人の女性が陥落するだろう。但し、『外見だけなら』という注意書きが必要不可欠だ。ゴンサレスには、どうにも腹に一物持った微笑に思えて、安堵するよりも先に背筋が凍るような気がする。それでも、彼に助けを求めたのは、同盟相手だからというより、他に頼る場所がなかったからだ。
何より、目の前にいるのは、今や裏社会最大と言われる兵器密造・開発組織・ノワールの若き頭首、ユーリ=ハロンズだ。死の商人の親玉という素顔を、世界最大のITコンサルタントの若き長という仮面の下に見事に隠し果せている彼以外に、CUIOという巨大取り締まり組織に対抗できそうなツテを、ゴンサレスは他に知らなかった。
「しかし、本当に大丈夫なのか。『アレ』だけで行かせて」
「不安かい?」
「いや……だが、『アレ』はまだ開発途上だろう。急いで微調整をしたとは言え、ダブル・ハーフ・ナンバー以上に保障の出来兼ねる代物だ」
「やれやれ。貴方は本当に心配性だねぇ。それとも、こないだの爆発事故で弱気になっているのかな」
端正な顔が、軽い笑い声と共に、楽しげな微笑を刻む。
「大丈夫さ。お目付け役として、兵士を一人と忠実なサクセス・ナンバーを一人付けてあるから」
ハロンズは、無邪気そのものとしか言えないような笑みを浮かべて、空になった自分のティーカップに追加の紅茶を注ぐ。白い容器を満たしていく澄んだそれが、品質の高さを感じさせる香りを立ち上らせた。
「彼らが失敗しても策はある。だから、近い内には連絡が来るさ。不届き者――いや、不良品を無事始末したという、朗報がね」
***
「ッ、つぅ……」
パラパラと乾いた音がする。
視界を遮っていたものを反射でどけると、僅かに明るさが戻った。
エマヌエルは、暫しぼんやりと空を見上げる。
視線の三メートル程先では、暗い空間の中に、ぽっかりと白い穴が口を開けているように見えた。
何がどうなったのかは判らないが、フォトン・シェルの撃ち合いの影響で地面に穴が開いたのだろう。先刻までいた危険廃棄物処理場のすぐ下にある地下水路に横たわっているらしいのを理解するのに、数秒掛かった。
背の下に流れる浅い水路で寝そべっていれば、当然ながら着衣はたっぷりと水気を吸っている。いくら度重なる遺伝子操作の末に、気温に左右されない身体を手に入れたとは言え、零度に近い水を浴びる季節ではない。
背筋を這い上がる寒気と共に、衣服が水分でべたつく感触に内心眉を顰めながら、エマヌエルはとにかく起き上がろうとした。
瞬間。
「ッ――――!!」
激痛が身体を貫いた。
ビクリ、と身体が仰け反るが、あまりの痛さに呻き声さえ出ない。
痛い、などという生易しいものではない。狭い密閉空間で、痛みという痛みが逃げ場を求めてその場でのた打ち回っているような――しかし、近い表現を使うなら、やはり『痛い』というしかない。
反射的に痛みの発信源を押さえた左手を、そろりと目の前に翳してみる。掌には、血と思しき液体が、べっとりと付着していた。
「…くそ……っ」
舌打ちと共に、眉を顰める。
目眩がした。
あの時、自分を押さえ付けていた腕に這ったのは、やはり、フォトン・シェルの発動光だったのだ。咄嗟に自分も握った腕を爆破して防いだつもりが、間に合わなかったのか、それとも自らの攻撃で自爆したのか。
走る痛みをどうにか無視して、指先を動かしてみると、右腕はまだ肩の先に付いてはいるようだった。
フォトン・シェル二発分の威力が近距離で炸裂して、腕がまだ付いているのは、幸運と言うべきだろう。
けれど、傷の深さは判らない。激しく動けば腕がもげるほどのものか、肉が抉れた程度の傷なのか。どちらにせよ、決して浅い怪我ではないのは確かだ。
目眩がひどくなる。
いくら改造された身体でも、失血死しないようには出来ていないらしい。
(ッ、……とに、中途半端だよな……)
フォトン・シェルを撃つに当たって、全てのヒューマノティックは、二の腕から指先に掛けてと、腿から下には特殊な人工皮膚が移植されている。その下にある筋肉組織は、後天的に遺伝子配列をいじくることでフォトン・エネルギーの放出に耐え得るようになっていた。その他の部位に関しても、自爆などという間抜けな事態に陥らないよう、同様の措置が施されている筈だが、何事にも限度というものがある。
ともあれ、見当違いな文句を頭の中で吐き捨てたところで、出血は止まらないし、あの男がどうなったか判る訳でもない。
不毛な一人遊びを始めている時点で、既に頭が回らなくなっている証拠だ。
貧血とは別の意味で目眩を感じて、再度眉を顰める。
ガラ、と瓦礫が崩れるような音に続いて、足下に水飛沫が上がったのは、その時だった。
ハッと目を上げると、頭上の穴から足に青い雷光を纏った男が舞い降りてくる。考えるよりも先に身体が動いた。自由に動く左手を耳の後ろに突いて、後転の要領でその場を飛び退く。力の入らない右腕に振り回されるように、傷口から出た血が、赤い花弁を撒き散らした。
「ッ、……!」
身体の動きに連動して、激痛が貫く。失血によって引き起こされる目眩で、文字通り世界が回った気がした。その視界の中心で、今の今まで自分が寝ていた場所へ男が着地するのが見えた。フォトン・エネルギーに強化された男の足下が、陥没している。
避けなければ、恐らく胴体から真っ二つになっていただろうが、いっそ気を失ったまま止めを刺されていた方がマシだったかも知れない。一瞬本気でそう考えてしまったほどの痛みが、咄嗟に庇った右肩の内部で鼓動のリズムのステップを踏んでいる。
先刻まで水に浸っていた所為で、ひどく身体が重い。おまけに、起き上がったことにより、重力に従ってダラリと下がった右腕が抉れた傷を引っ張り、痛みに追い打ちを掛ける。決して長くはないこれまでの人生で、経験したことのない激痛が、貧血で気を失うのを阻止しているというのも、皮肉な話だ。
ふらつく足を叱咤して、どうにか踏ん張り相手に向き直る。貧血で霞んだ視界の向こうから、右腕のない男が突っ込んでくるのが見えた。
青白い稲妻を纏った左腕が迫る。
それを、殆ど勘で避ける。男の懐に入る形になったエマヌエルは、自分も左腕にフォトン・エネルギーを纏う。男の胸部に左掌を密着させて容赦なくフォトン・シェルを炸裂させた。加減をする余裕は、全くと言っていいほどなかった。
男の身体が、胸部から分断される。突進して来た勢いそのまま、胸部から上はエマヌエルの背後の遙か後方へ、胸部から下は足下へ転がった。
荒い息を吐きながら、緊張の糸がプッツリと切れてしまったように、自分も地面へ崩れる。しかし、無情にもエマヌエルに休む間は与えられなかった。
(っ、……こんな、時にっ……)
新たな殺気。
それも今度はかなりあからさまだ。まるで隠そうとしていない。
こちらが重傷を負っているから、敢えて隠す必要を感じなかったのだろう。
エマヌエルは苦笑する。
舐められたもんだな。
けれど、正直なところ、有り難かった。これだけとことんボロボロになっているところへ、気配を絶って攻撃されたら今度こそあの世往きだ。
息を吐くと、新たに現れた敵と対峙する為、立ち上がろうとする。けれど、一度地面に崩れてしまった所為か、足にうまく力が入らない。
悠然と近付いて来る相手に、仕方なく視線だけでもと首を巡らせる。
相手は、防護服に身を包んでいて、容姿その他は判別できなかった。超視覚と言っても、流石に透視機能までは付いていない。ただ、かなりの長身だった。こちらがうずくまっているから、余計にそう見えるのかも知れない。
しかし、危険物質が飛び交うこの場所で完全防備を整えていることから、相手が『人間』であることだけは判る。男はゆったりとした歩調で歩いて来ると、首を曲げて見上げなければならないような場所まで距離を詰めて、ようやく足を止めた。
「満身創痍、だな」
「……おかげさまで」
防護服付属の酸素マスク越しに聞こえた声音は、男性のものだった。
「安心したまえ。私は君を楽にしに来ただけだ」
そして、やはり敵の手先だという事実に変わりはないらしい。
男は、恐ろしいセリフをさも神の託宣でもあるかのように、さらりと口に乗せた。
「へぇ。有り難いな。どうやって、だ?」
相変わらず荒い息を吐きながら、エマヌエルはこの窮地を逃れる手段を必死で考える。
けれど、何も思い浮かばない。
貧血と激痛で、思考が完全にショートしてしまっている。
男が懐から銃を取り出す様が、やけにスローに見えたのは、気の所為だろうか。
「こうしてだ」
改造手術で、異常に良くなった動態視力が、銃の引き金に掛けられた指がゆっくりと曲がるのを捉える。
頭のど真ん中を吹っ飛ばされるのが判り切っていてされるままになるほど自虐的ではないつもりだ。けれど、もうフォトン・シェルを撃つ為に集中するだけの気力はない。痛みを堪えるだけで精一杯だ。
このまま死ぬのか。まだ、やることが残っているのに。
あいつらに、一泡も吹かせずに、このまま――?
(ちくしょう)
目を細める。
甲高く乾いた銃声が響いた。
額から銃弾が侵入して、永久に意識が遠退く――のを覚悟した。
けれど、数秒しても相変わらず鼓動のリズムで右肩はその存在を主張し続けているし、浅く喘ぐような呼吸も辛うじてしている。
目の前に構えられた銃口が、不自然に傾いて地面に落下したのは、生を意識したその時だった。
重い水音を立てて、拳銃が水路へ落ちる。
銃を取り落とした男は、右手の甲を左手で押さえていた。指の隙間から血が流れる。
続け様に、銃声が四発分響いたかと思うと、男が左肩と両足から血を吹いて悲鳴と共に倒れた。
「え」
あと一発はどこに――覚えず振り返ると、不意に視界が陰る。
「な」
目が丸くなる。
咄嗟に飛び退こうとするが、普段より動きの鈍った身体では間に合わない。避け損ねた下半身が、倒れ掛かって来た何かの下敷きになった。
「……重っ……」
水路と得体の知れない何かとの間に挟まった衝撃には、どこにも傷を負っていない状況なら、恐らく痛みも認識しただろう。しかし、右肩の痛みが勝る今は、重みの方をより顕著に感じた。改めて確認すると、どうやら人体のようだが、既に絶命しているのは明らかだった。後頭部から、どう見ても血としか思えない液体が流れ出している。
「ごめん、遅くなった。生きてる?」
ちっとも『ごめん』と思っていない――少なくとも言われた方にしてみれば、謝罪の意をこれっぽっちも感じ取れない口調で放たれた声音に、反射的に声のした方へ視線を向ける。
その先にいたのは、あの少女だった。未だ月も出ていない夕闇と夜の狭間の時間の中で、濃い色としか認識出来ない髪の毛が揺れている。彼女の手にした銃の射出口が、硝煙の残滓を微かにくゆらせていた。
「……見ての通りだよ」
助ける気があるなら、もう少し早く来て欲しい。
まるきり筋違いな文句を頭の隅でぼやきながら、取り敢えず死体退けてくれると有り難いんだけど、と言って、膝に乗った遺体を顎でしゃくる。少女は、身軽く地下へ飛び降りて来ると、エマヌエルの下半身に倒れ込んだ死体を軽々と片手で退けた。
彼女に転がされた事で仰向けになった死体の顔は、瞠目したまま強張っていたが、それとは別にやはり表情らしい表情がない。どうやら、こちらはヒューマノティックだったらしい。
身に付けたランニングシャツから剥き出しになった肩口に、刻印された製造ナンバーが僅かに見えた。道理で倒れ込まれるまで存在に気付かなかった訳だ。
少女が割って入るのがもう少し遅かったら、本当に死んでいるところだ。
安堵と寒気がない交ぜになって、背筋を這い上がる。
自分も仰向けに倒れ込みたいが、再び水路に寝そべるのは気が引けた。かと言って、通路の上へ自力で這い上がるほどの体力も、もうない。
右肩から流れる血が、止まったのか流れ続けているのかは、判然としない。けれど、何とも形容し難い痛みだけは相変わらず続いていた。
少女は、水路に座り込んだまま浅く喘いでいるエマヌエルにはお構いなく、通路をスタスタと進んで行く。
何をするのかとその動きを目だけで追うと、彼女は先刻撃ち倒した男の方へ歩を進めた。
「……そっちは、まだ、生きてんのか」
「まだ殺す訳にいかないでしょ。訊くコトが山のようにあるんだから」
獲物を仕留める寸前のエマヌエルに負けない無表情で言い放つと、少女はやはり片手で男の胸倉を掴んで引き起こした。
「そういう訳だから、おじさん。ちょっと歯、食いしばってくれる?」
そう言ってニッコリと微笑った少女の顔は、エマヌエルのいる場所からは彼女の斜め後ろからしか見えなかった。けれど、先刻死ぬかも知れないと思った時とは別種の寒気で、背筋が凍る気がしたのは、多分錯覚ではない。
「は……何を」
言い掛けた男を遮るように、少女は男の頬に容赦なく銃床を叩き付けた。
防護マスク越しであるのを考慮した打撃だったのかも知れないが、容易く車の窓ガラスを割る腕力で手加減なしに殴られたのでは堪ったものではない。銃床は、あっさりと防護マスクを突き破り、男の頬を直撃した。短い喘鳴と共に、男は呆気なく気絶する。それを確認すると、少女は男の胸倉を掴んでいた手を放した。無惨な音を立てて、男が再び地面に転がる。
「さてっと。あたしこれから上司に連絡しちゃうけど……あんたどうすんの?」
「……は?」
「は? じゃなくて。このまま放置でいいなら、おじさん引きずって別の場所に移動してから報告するけど、どうする?」
唖然とした。
つまり、これだけ血を流して呻いている人間を、返答次第では見捨てると言っているのだ。恫喝と変わらない。
「ッ、……あんた……人でなしって、言われ、ねぇか?」
言葉が不自然な箇所で切れる。呼吸が先刻より浅くなっている所為だ。
「否定しないけど。あんたに言われると傷付くかも」
傷付いているとは思えない顔で、少女が肩を竦める。
「それ、どう、いう、意味だよ」
「どういうも何も、言葉の通りよ。それより、良いの? それ以上血が流れると本当に死ぬわよ」
「ッ、……」
言葉に詰まる。
誰に言われずとも、自分の状態は自分が一番よく解っていた。右肩の激痛が、貧血を凌駕しているのは恐らく今だけだろう。このままだといずれ意識が吹っ飛んで、――どの道、その後死ぬことに変わりはないから、この際プロセスを考えることに意味はない、とエマヌエルはその先を考えることを放棄する。
それでも一瞬迷った。
本当に信じて良いのか、と。
けれど。
(……まだ、死ねない)
「……判っ、た。好きに、しろよ」
「見捨てて良いって事?」
「……アホ、か」
冗談を言い合っている体力など、もうない。
しかし、それを音にするより先に、視界が暗さを増した。闇が迫る。
「……おい」
「何」
何を言おうとしたのか、自分でも判らなかった。
この期に及んで、命乞いでもないだろうとは思う。
けれど、喘ぐように動かした唇からは、吐息しか漏れなかった。
たゆたうように脳が揺れた錯覚を覚えた途端、意識は否応なく遠退いた。