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CODE;8 Breakdown

 程なく浜へ滑降して来たのは、巨大な鳥だった。猛禽類を思わせるそれは、どこかディルクを彷彿とさせる。

 その背から降り立ったのは、ウィルヘルムと、ハロンズの配下にいた長身の男だ。もっとも、ウィルヘルムが彼だと分かるのには、少し時間を要した。以前、彼が付けていたものが、顔になかったからだ。

「……そっちがエマで、こっちがヴァルカだよな?」

 悪い、ピントが合わなくて。

 そう言って側頭部を掻いた彼の声で、何となく「ああ、アイツか」と理解したのだ。以前にも一度、眼鏡を掛けていない状態の彼を見たことはある。けれど、基本的に眼鏡を掛けている人間の容姿というのは、眼鏡がないだけで随分と印象が違った。

「早いとこ、正常な世界に戻らねぇかな」

 眼鏡一つ新調できねぇってどんな世の中だよ、とぼやいた彼に、長身の男――ハワード=グウィンが平然と、「何だったら改造手術受けたらどうだ」と切り返していた。眼鏡要らずになれるぞ、と。

「……暫く会わねぇ間に、あんたらは随分仲良くなったみてぇだな」

 吐き捨てるように皮肉ると、ウィルヘルムは不快げな表情で、

「不可抗力だよ」

 と溜息混じりに言った。

「こんな状態だからな。手を組むのも仕方ないっつーか」

「それで、仲良く俺らを捜しに来たって訳か?」

 正直なところ、島を出られる算段が付いたのは助かったが、それがハロンズの手に依ると思うと、凄まじく気に食わない。

「それにしても、よくピンポイントで俺らを見つけられたな」

 眉根を寄せてウィルヘルムを見上げると、彼は無言で超小型の機械を示した。

「おい」

 成り行きを見ていたハワードが声を上げたところを見ると、エマヌエル達に知られては、何かまずい事情があるものらしい。

 その後の説明を阻まれそうだと見たのか、ヴァルカが素早くウィルヘルムとハワードの間にその身体を滑り込ませた。同時に、いつもながらいつ抜いたのか分からない拳銃が、ハワードの額に突き付けられている。

「で、何だコレ」

 ハワードが軽くホールドアップの体勢を取るのを視界に納めながら、エマヌエルが、その機械をヒョイと取り上げる。ウィルヘルムは、レーダーだと説明してくれた。

 スィンセティックの脳内にあるICチップの電波をキャッチして、スィンセティックを探せる代物らしい。

「……壊していいか?」

 低い声音を落として、迷わず右手に力を込める。細い上腕部に、チリッと乾いた音を立てながら、青白い筋が這った。

 エマヌエルにはもう害がないモノだが、ヴァルカは違う。こういう物騒なモノは、早々に消去するに限る。

 すると、意外にも待ったを掛けたのはウィルヘルムの方だった。

「暫くは遠慮してくれ。おれもこの事態には早く終止符を打ちたい。その為にはソレが必要だからな」

「あっそ。じゃ、俺が預かる」

 肩を竦めて言うと、デイヴィス家に滞在中に都合してきたデイパックへレーダーを突っ込んだ。それを、銃を突き付けられたハワードが、忌々しげな目で見ている。

「とにかく、行かないか? 話は道々でもできるだろ」

 クイ、と立てた親指を巨大鳥に向けたウィルヘルムを見上げる。エマヌエルは、デイパックを背負いなおしながら、苦笑した。

「その前に、ここで眼鏡新調してったら?」


***


 物資が届かないだけのその島には、エマヌエルが提案した通り、眼鏡屋があった。但し、営業はしていないらしかった。

 間に合わせで在庫の中からピントの合う眼鏡を貰い、騒動が収まったら必ず支払いに来る旨を伝えたウィルヘルムは、連絡先を明記して店長に渡した。


「――で、この後どんくらいで西の大陸(ギゼレ・エレ・マグリブ)に着く?」

 千メートル前後の上空を飛ぶ鳥の背で、ウィルヘルムに訊ねる。

「そうだな。来る時は大体丸一日掛かったかな」

「フツーの人間乗せてると、そのくらいの速度になるんだよ」

 気怠げな目をしたハワードは、その表情に若干不満の色を滲ませながら、ウィルヘルムの説明に補足を添えた。

 巨大鳥の背中は、満員御礼と言った状態だった。

 来る時は、ウィルヘルムとハワードしか乗せていなかったのが、今はエマヌエル達を加え、総勢で七名になっている。いくら巨大化させたとは言え、七名全員が乗ると少々狭い。

 元々好奇心旺盛なアルベルトは、巨大鳥の背に乗って目をキラキラさせている。

 レフィーナも同様に、そのモスグリーンの瞳を真ん丸にして、キョロキョロと周囲を見回していた。彼女を抱いた母親のファランは、娘を抱いていると言うより、しがみつくような風情で、顔を青くしている。高所恐怖症なのだろうか。

 一同を見るともなしに観察していたエマヌエルは、不意に後ろから肩をつつかれて、そちらへ視線を移した。その先にはヴァルカがいる。

『どうするの?』

 彼女は、唇だけでそう問うた。小声でも聞こえないことはないが、敵方と言える巨大鳥に会話が筒抜けになるのはまずいからだろう。

『取り敢えず、陸地が見えたら、ダイブだな』

『やっぱり?』

『当たり前だろ。バカ正直にハロンズのトコまで行って、利用されるのなんか御免だぜ』

 この騒動を収める為に利用されるだけならまだ良い方だ。その後、何らかの手段で捕獲されて、あちこち弄くり回されるかも知れないと予想できるだけに、彼の元へ行くなど冗談ではない。

 それでも素直に鳥の背に乗ったのは、島を脱出する手段が他になかったからだ。加えて、ウィルヘルムを人質に取られているという理由も大きい。

 今も、ハワードが一見気怠そうな顔をしながら、ウィルヘルムの背後に陣取っている。隙だらけに見える彼には、その実、一分(いちぶ)の隙もない。エマヌエル達がおかしな動きを見せたら、すぐにウィルヘルムの喉元かうなじにナイフが押し当てられるだろう。

 この鳥に乗る直前、実際ハワードはウィルヘルムの喉元にナイフの刃をを当てて言ったのだ。大人しく一緒に来ないと、このセンセーが死ぬぞ、と。

 安い脅しに、簡単に乗ってしまう程度には、エマヌエルの中でウィルヘルムの存在は大きくなっている。故に勿論、ダイブする時は、彼も一緒だ。

『……そんなまどろっこしいコト、するまでもないわ』

 珍しく唇の端を吊り上げると、ヴァルカはおもむろに立ち上がった。

 結構なスピードで飛ぶ鳥の背の上で、器用にバランスを取りながら、ハワードの元へ向かう。

 ハワードも気付いたのか、油断なく彼女の動きを注視している。

 エマヌエルは、さり気なくアルベルト、ファラン、レフィーナとハワードの中間地点に身体を移動させた。

「……何の用だ?」

 自身のすぐ前に立ったヴァルカを見上げて問うハワードは、やはり気怠そうだ。と言うより、面倒くさそうと言った方が近い。

「別に。ただ、ここって定員オーバー気味だと思わない?」

 ハワードを見下ろして、肩を竦めたヴァルカが、僅かに小首を傾げる。

「さぁな。今のところ、ギリってトコじゃねぇの?」

「そうね。でも、あたしとしてはもうちょっとゆったり座りたいの」

 だから、と挟むなり、ヴァルカはハワードの右手を蹴り上げた。彼の手に握られていたナイフが、宙を舞って眼下の青の中へ吸い込まれる。

「動かないで!」

 彼が肩に掛けた小銃を構えようと身じろぐのと、ヴァルカが拳銃を彼の眉間へ突き付けるのとは、ほぼ同時だった。

「ドクター、ちょっと失礼するわよ!」

 言うや、ウィルヘルムの返事も聞かずに彼の襟首を引っ掴んで、放り投げる。悲鳴も上げられずに放物線を描いて投げ飛ばされたウィルヘルムを、エマヌエルが鳥の背の上でどうにかキャッチした。

「……どうせ同じシチュエーションなら、美女にキャッチされたかったな、おれは」

 ウィルヘルムは、エマヌエルの耳元でボソリと呟く。

「背中にしっかりしがみ付いて、震えながら言われても説得力ねーよ」

 は、と吐息を漏らしながら、エマヌエルはヴァルカとハワードに視線を戻す。

 二人は、先程と同じ姿勢で睨み合っていた。彼らが醸し出すのは、ヒリ付いた空気だ。ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、アルベルトは首を竦めた子亀のように身を縮め、レフィーナはぐずり出している。

「……で、何がしたいんだ、お嬢さんは」

「降りて欲しいのよ、あんただけ。パラシュートくらい持ってんでしょ?」

 形勢は、完全にヴァルカが有利に見える。

 けれども、ハワードは不敵な笑みを浮かべると、空いた右手を鳥の首筋に添えた。

FAA(エフ・ダブル・エー)1628、上に旋回だ」

「は」

 それまで無言で飛び続けていた巨大鳥が、返事をするや出し抜けに背を仰け反らせた。

「なっ、」

「きゃあああ!!」

 完全に不意を突かれた格好になった。天地が逆転する。考える間もなく、エマヌエルは鳥の背の毛を、思い切り鷲掴みにした。

 ウィルヘルムはエマヌエルの腕に抱えられていた為、無事だ。

 しかし、場慣れしていないアルベルトとファランは、反応できなかったらしい。咄嗟に見回した視界の隅で、レフィーナを抱いたファランと、アルベルトが空へ投げ出されるのが見える。

「くっ……!」

 自分一人なら、迷わず手を離している。だが、ウィルヘルムが一緒では無理だ。いや、一緒にダイブするのはやぶさかではないが、その後抱えて泳ぐところまでの面倒は見切れない。

 永遠のような一瞬が過ぎて、天地が元通りになる。

「フィーナ! アル!!」

 鳥の背に足を落ち着けながら、海原へ必死で視線を投げる。

 レフィーナは問題なかった。けたたましい泣き声と共に、彼女とファランの周囲に、球体状のフォトン・ウォールが展開される。

 一方、アルベルトは恐怖に身を縮めて、ギュッと目を瞑ってしまっている。

「アル! 聞こえるか!」

 エマヌエルは、ウィルヘルムを鳥の背に押し付けるようにして支えながら、声を張り上げた。

 それが確かに聞こえたのだろう。アルベルトが、恐怖で閉じていた目を眇めるようにしてこちらを見上げる。

「『能力(ちから)』を使え! やり方は教えただろ!?」

 彼がインボーン・ヒューマノティックであることが、ハロンズの部下であるハワードに知れるのは有り難くない事態だ。が、そんなことを言っていられる状況ではなかった。

 いくら下が海だと言っても、無防備にこの高さから落ちたら、コンクリートの上へ叩き付けられるのと大差はない。

 アルベルトは、唇を引き結ぶようにして噛み締めると、右手を睨むように見据えた。その上腕部に、乾いた音を立てて青白い光が走る。

 だが、彼が彼自身をどうにかするところまで見届けることはできなかった。

AA(ダブル・エー)8164!」

 鋭く飛んだ声に、反射的に視線を向ける。

 自分とウィルヘルムのことで手一杯だった間に、何がどうなったのか。そこには、ヴァルカが腕を背後に捩じ上げられ、小銃を突き付けられている姿があった。

「ヴァルカ!」

「動くなよ、AA8164」

 ハワードが、いつもの気怠げな様子からは信じられない機敏さで、ヴァルカの身体を拘束したまま起き上がらせ、彼女の腹部に向けて引き金を絞った。

「ぁっ……!」

「ヴァルカ!」

 背後から撃ち抜かれた彼女の身体が痙攣する。

「てめぇ、何を!」

「大人しく来れば、お嬢ちゃんは助かる。けど、下手に抵抗すると死ぬぜ」

 背後から喉元へ腕を回されたヴァルカの腹部には、瞬く間に赤い染みが広がっていく。彼女は、痛みに耐えるように唇を噛み締めた。ヒューマノティックだからと言って、痛覚が鈍い訳ではない。

「そうだよな? AA8164。仮に、俺からお嬢ちゃんを奪還して、海へダイブしたとする。勿論、そのセンセーも一緒にな。そうしたら、お前は二人の人間の面倒を見ながら泳がざるを得ない。だが、それができるか?」

 噛んで含めるように言うハワードを、深い青色が憎悪の丈を込めて睨み据える。やってみなければ分からないが、それは不可能に近い。

(けど)

 何もしないよりはいい。〇・一パーセントの可能性でも、賭ける価値はある。何より、エマヌエルの首輪になることは、彼女が望まないだろう。

 もしエマヌエルが逆の立場なら、みっともなくエマヌエルの命乞いをする彼女の姿など見たくはない。

 ジリ、と歩を踏み出そうとした刹那、深紅の瞳が真っ直ぐにエマヌエルの青を見た。

『行って』

 唇だけが動くのが分かる。

 ハワードに気取らせない為だけではない。もう、声が出ないのだろう。

(何言って)

 ハワードと対面にいるエマヌエルは、唇を動かすこともできない。それは彼女も分かっているのか、構わずに口を開く。

『行って……早く』

(できるかよ)

 少し前のエマヌエルなら、多少躊躇いはしても最終的には彼女を切る選択ができただろう。けれど、今は無理だ。

 その逡巡を敏感に察したのか、ヴァルカが『早く』と重ねる。

『アルは……あの子は、あんたが連れ出したのよ、あの島から……それを見捨てるの?』

(それは)

『フィーナだってそうよ。あの天然女だけじゃ、守り切れる訳ないでしょ』

「ッ……!」

 ギリ、と唇を噛み締める。

 レフィーナの、舌っ足らずに自分を呼ぶ声が、脳裏を掠めた。アルベルトはともかく、彼女は傍で守らなければと思う。たとえ、長じた後に、彼女が自分を仇として憎むようになったとしてもだ。

『大丈夫よ……ハロンズの執着具合からしても、暫くはあたしを殺さない』

 脂汗を流しながらも微笑して見せるヴァルカに、エマヌエルは微かに首を振った。

 それこそ冗談じゃない。

 確かに、ハロンズはヴァルカを殺さないだろう。但し、その前に『肉体は』と付けなければならない。精神が殺されてしまったら、死んだも同然だ。

 このままここで別れたら、もう二度と逢えない気がした。次に逢う時は、きっと彼女と殺し合う時だ。敵として相対した彼女を、手に掛けられるだろうか。

(無理だ)

 仮に、彼女の心がそこになくとも、彼女の形をした『兵器』を容赦なく撃てる訳がない。――かつて、彼女がそうだったように。

 だけど、逆の立場なら。

 思考が空回るように堂々巡りを始め、理性と感情の狭間で身体が硬直する。

 尚も逡巡しているエマヌエルを、ヴァルカが半ば睨み付けるように見つめた。

『――行って! 早く!』

(……耐えられない)

 逆の立場なら、逃れられるチャンスがあるのに、自分の所為で想う相手が動けなくなっているのなど、耐えられない。

 彼女の意思を尊重するならば、エマヌエルは躊躇わずウィルヘルムを抱えて飛ぶべきだった。けれど。

(嫌だ)

 振り切れた感情が、理性を食い破る。絶対にダメだ。

 彼女を置いて逃げる選択肢は、この瞬間、エマヌエルの中から削除された。

「……ウィル」

「何だ」

 怒りでマグマのようになってしまった思考を、深呼吸一つで抑えると、未だ押さえ付けた状態の彼の耳元に囁く。

「俺を、信じてくれるか。必ず助ける」

 瞬時、呆気に取られるような間が空いて、苦笑のような吐息が漏れる。

「こうなった時から、おれの命なんてお前らに丸投げしてんだ。今更信じるも信じないもねぇよ」

 エマヌエルの方も、一瞬息を詰めた。

「……悪いな。サンキュ」

 やはり苦笑するような吐息と共に言うと、ウィルヘルムをその場に伏せさせたまま、エマヌエルはおもむろに立ち上がった。

「結論は出たのかい」

 ハワードは、気怠げな顔に戻り、ヴァルカを抱え込んで小銃の銃口を彼女の側頭部に突き付けている。

 今、この状態で突っ込んでも、エマヌエルが動いた瞬間、ハワードは引き金を引くだろう。

 焦る思考を必死で捩じ伏せ、並足で彼の元まで歩む。

 すぐ目の前まで来て足を止めたエマヌエルを、ハワードが不思議そうに見つめた。

「……どうするつもりだ?」

 用心深く睨め上げるように、髪色と同じ、ダーク・グレイの瞳がエマヌエルを見上げる。同時に、こちらの行動を牽制するかのように、ヴァルカの側頭部に押し当てた銃口を食い込ませる。

「どうって」

 エマヌエルは肩を竦めると、答えを口に乗せる代わりに、出し抜けにしゃがみ込んだ。ハワードの腕に抱えられたヴァルカの唇に、自分のそれを重ねる。

「ッ、」

「!?」

 驚いたのは、ヴァルカだけではない。ハワードも息を呑んだ。その腕が、微かにビクリと揺れる。

 そこに生まれた一瞬の隙を逃さなかった。銃口を素早く上へ向けて、ヴァルカを強引にハワードの腕から取り戻す。

 その間に、ハワードも体勢を立て直していた。ヴァルカを抱えて飛び退くのと同時に、銃声が空気を震わせる。

「――――ッッ!!」

 肩が押されるような衝撃に、エマヌエルは歯を食い縛った。

 被弾の所為で鳥の背から外れ、宙へ投げ出される。目を見開いたウィルヘルムと、視線が絡む。

「ッ……飛べ!!」

 片腕にヴァルカを抱えたまま、空いた手をウィルヘルムに差し出す。

 彼の躊躇いは、刹那の瞬間だった。ウィルヘルムを捕らえようと伸ばされたハワードの腕が、空しく宙を掻く。

 決死のダイブを決めたウィルヘルムの手を過たず掴めば、撃たれたばかりの傷口が引っ張られる。とんでもない痛みが走るが、それでも掴んだ力は緩めない。

 意識を集中する。今、両手に抱えた二人の身体が触れていない場所に。

『フォトン・エネルギーの射出口が全身に広がってるみたい。どこからでも放出できるようになってるってコトね』

 一ヶ月前、ファランに言われたことが、脳内に再生される。

 意思とは無関係の遺伝子変化に怯え、やはりこんな身体にしてくれた研究者達に改めて怒りを覚えたけれど、今この時ばかりは、その全てに感謝する。

「……ルカ。自分で掴まれるか」

 彼女の耳元で囁くと、彼女は無言でエマヌエルの首筋に腕を回した。彼女がしがみ付いたのを確認すると、背中を意識する。

 瞬間、雷鳴が轟いた。

(落ち着け)

 傷の痛みも、思う以上の音による動揺も、全て思考の外へ追い出そうと努める。

 既に、海面の近くまで落下したであろう、ファラン・レフィーナ母子と、アルベルトの姿は、近くには見当たらない。

 けれど、球体状フォトン・ウォールの手本は、見学済みだ。

 やったことがない、という不安も敢えて考えない。目を閉じて、レフィーナの作り出すフォトン・ウォールをイメージする。

 落下速度が、徐々に緩やかになっていくことに、エマヌエルは暫く気付かなかった。


***


「――あのさぁ。コレどーいうコト?」

 西の大陸<ギゼレ=エレ=マグリブ>、リヴァーモア州・ディア港付近。帰還後の待ち合わせ地点で、ハワードは最大級に気分を害したハロンズと対峙していた。

 整った容貌の中で、ブリリアント・グリーンの瞳が、流石に不機嫌さを隠さずダーク・グレイのそれを見据える。

 それはそうだろう。

 本来、逃げ出した実験体――(もとい)、この騒動を収束する為の救援を連れて戻る筈だったハワードが、一人で戻ったのだ。しかも、いなくなったウィルヘルムは、保険と称してフィアスティック駆除プログラムを持ったままだった。レーダーも取られた、と報告すれば、頭に来ない方がどうかしている。

「どういうもこういうも、見ての通りだよ」

 半ば開き直るような風情で、ハワードは肩を竦めて手を広げる。

 どう言い訳しようと、失態に変わりはないのだ。こういう時は、素直に白状して平謝りするに限る。

「それだけ? ホントーに色々なくしただけなの?」

 これ見よがしな溜息と共に、ハロンズが腰に両手を当てた。まるきり、怒りが頂点に達した幼子だ。

「って言うと?」

「何か、見たり聞いたりしてない? って言ってんの。AA8164とS9910も一緒だったんでしょ?」

「目の前でイチャ付かれたって、やっぱり報告しないとダメなのか?」

「そーいうコトはどーでも良いから」

 ハロンズが、突っ込みを入れるように掌を下に向けて、振り下ろす。

「何か、収穫は?」

 彼が指す『収穫』とは、何かこちらの利益になるようなことだろうか。そう思いながら、ハワードは頭を巡らせる。

「見たコトのないガキと、ザクサー博士も一緒だったな」

 後、M0001(エム・トリプルオーワン)も、と続けると、何でそれ早く言わないのさっっ! と怒鳴り声が返る。

「それから?」

 不機嫌に催促され、どうやら求められている答えが間違っていないらしいと判断したハワードは、見たままを淡々と述べた。

 初めて会う少年が、恐らくM0001と同じくインボーン・ヒューマノティックだろうということ。海へ落下したM0001と少年、更にAA8164が見せた能力――。

「……ふぅん……成る程ね。タダで損しただけって話じゃなかった訳だ」

 話を聞く内に、徐々に落ち着きを取り戻したのだろう。呟いて、ハロンズは短く息を吐く。

 ここで腹を立てていても、連れ戻そうとした彼らが失踪したという事実は動かせない。そう見切りを付けたのか、頭を切り替えるようにハロンズは再度、今度は重い溜息を吐いた。

「それにしても、どうしてそんなヘマやらかしたのさ」

 らしくないね、と続けるハロンズに、ハワードも負けない溜息を吐いて答える。

「だから言ったろ? 目の前でイチャ付かれたって」

 当てられたんだよ、と言いながら、ガシガシと側頭部を掻き毟る。

 目を閉じると、二人のキスシーンが脳裏に強制再生されそうになって、ハワードはブンブンと首を振った。

「喧嘩ってな、殴る蹴る銃ぶっ放すだけが全てじゃねぇってコトだな」

 遠い目をして、空に視線を投げる。暫し、ハロンズはクエスチョン・マークを頭上に浮かべてハワードを見上げていた。


©️和倉 眞吹2021.

禁止私自转载、加工 禁止私自轉載、加工

この小説の文章の著作権は和倉 眞吹に帰属いたします。許可なく無断転載、使用、販売する事を禁止します。

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いつも応援、ありがとうございます。

本作品『スィンセティック・コード』は、2021年3月17日を持ちまして、『Prototype』としてひとまず完結表示を付けさせて頂く運びになりました。


見ての通り、物語としては未完ということになり、大変申し訳ございません。


現在、こちらの作品は、別投稿サイトにて改稿版を執筆・upしている最中です。

本当なら、こちらのほうへ、40話分書き溜まったら上書きする予定だったのですが、どうにもそれがすぐには叶いそうにありません。


また、上書きに先立って見直したところ、気になる点も多々見受けられる本作ですが、これはこれで悪くない物語展開だとも思えたので、パイロット版として残そうと思い直しました。

未完として残すことになったのもそれ故と、何卒ご容赦頂ければ幸いでございます。

ご愛読、ありがとうございました。


©️和倉 眞吹2021.03.17

禁止私自转载、加工 禁止私自轉載、加工

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