CODE;17 Bitter mortal enemies in the same boat
「きゃああああ!!」
凄まじい轟音と悲鳴が交錯し、どちらに驚いたものか、腕の中の赤子が再び泣き始めた。
ファランは、娘を潰してしまわないように最大限の注意を払いながら、泣き叫ぶレフィーナを身体全体で覆うようにして庇う。
背後で何かがあった。爆発か、それとも何か巨大なものがどこかから落ちて来たのか――ファランには、どう考えてもその両方としか思えなかった。
必死で目を閉じる。そうすれば、まるで自分も娘も無事でいられるとでも言うかのように。
ほんのさっきまで、我が子と心中することさえ考えていたというのに、いざとなったら人間やはり命は惜しいらしい。そんな自分に自嘲的な感情を覚えて、ファランは苦笑しつつそっと目を開けた。
爆発の衝撃で、もうもうと煙が立ち込めていたが、奇跡的にその煙を吸ったりかぶったりはしていないようだ。
恐る恐る背後を確認すれば、やはりひどい光景がそこには広がっていた。
何かが閉じた窓にぶち当たったらしく、窓と壁、天井に掛けて大きな穴が開いてしまっている。至る所に瓦礫が散乱している筈だが、それは未だ収まらない粉塵に遮られて、直接見ることは叶わない。
「ッ、う……」
その粉塵の中から、微かに呻き声が聞こえて、ファランは思わず立ち上がろうとした。
「え?」
そこで初めて、ファランは自分の周囲を、何かが壁状に覆っていることに気付く。首ごと視線を巡らせて見れば、薄青いそれは、球体となって自分と娘を包んでいた。
「何……?」
訳が分からない。何故、こんなものに包み込まれているのか。
思わず、抱いている娘に視線を落とす。だが、相変わらず泣き叫んでいる彼女を見たところで解決にはならない。
「ッ、たた……」
ガラッ、と何かが崩れる音がして、紅いものが覗いた。次いで再び盛大な音を立てて、瓦礫が引っ繰り返る。その風圧で、僅かに視界が晴れた。
目を見開いて注視すれば、そこにはつい先刻まで『会いたい』と念じていた人物の一人――紅い髪の少女がいた。
「あ、あなた……!」
反射で掛けた声にも驚いた様子もなく、少女がこちらへ視線を向ける。
「……あんた、こんな所で何やってんの?」
冷たい第一声が投げ寄越されて、反射でムッとするが、一年近く前の喧嘩の続きをする訳にはいかない。
しかし、言葉を探すファランに構わず、少女はパタパタと自分の身体を叩きながら、無造作に近寄って来た。彼女との距離は二、三メートルあったが、それがあっという間に縮まる。
「何、コレ。遂にあんたも恋人を追ってヒューマノティックにでもなったって訳?」
すぐ目の前までやって来た少女が、コレ、と示したのは、ファランが包まれている青白い光を放つ球体だ。立ち上がった状態の少女の顔が随分低い位置――ファランがペタンと座り込んだ姿勢で、丁度地面の延長上くらいの位置だ――に見える所からすると、ファラン達が宙に浮いているか、少女の立っている部分の床が陥没しているかのどちらかだろう。
「そ、そんなコトする筈ないでしょ!?」
結局反射で怒鳴るように言い返してしまい、ファランはすぐに自己嫌悪に陥った。
勿論、自分が改造手術を受けることでウォレスが生き返るのなら、少し前のファランならそうしていたと思う。けれども、今は違う。
たとえ、彼が生き返ると囁かれたとしても、所詮は悪魔の囁きだ。それが、嫌という程理解できた今のファランは、その道を選ぼうとは思えない。
「……ごめんなさい、そうじゃないのよ。諸々のお詫びは全部コトが終わったら、必ずあなた達の気の済むようにするわ。だから、今は何も言わずに助けて欲しいの」
「助ける?」
前置き抜きでいきなり本題に入れば、少女でなくとも眉根を寄せるだろう。
しかし、ファランは自分が分かっていることなら、相手も分かっている筈だと錯覚し、話を続ける。
「そう、お願い。このままここにいたら、この子が実験体にされてしまうわ。何とか……あの男の手から逃れる方法を教えて貰えないかしら」
「あのね、あたしも暇じゃないの。順序立てて手短に要点だけ絞って喋ってくれる?」
早くも苛立った様子の少女に若干気圧されながらも、ファランは自分がかなりこの状況に混乱していることに、遅ればせながら気付いた。
落ち着け、と自身に言い聞かせ、深呼吸すると、ファランはフロリアンの自宅からここへ連れて来られ、レフィーナを生むまでのことをファランなりに手短に説明した(もっとも、話をする間中、少女の眉根は寄りっ放しだったので、分かり易く説明出来たかは自信がないが)。
「……だから言ったのに。アイツらに妊娠を知られるなって」
呆れたような顔をした少女の第一声はこれだった。全く以て返す言葉もないのは事実だが、ファランにしてもどうして向こうに妊娠が知られたのか、皆目見当も付かないのだ。
「今になって痛感してるところよ。けど、それを今言っても始まらないわ。私はただ、この子をおかしな研究や兵器として利用されるのが嫌なだけ。引き離されるのも勿論御免だけど……」
「つまり、その子と引き離されずに且つ研究所に利用されない、そういう解決方法があんたは今欲しい訳ね」
コクコクと首を縦に振ると、少女の紅い瞳が冷ややかな色を帯びてファランを見据える。
「随分あんたにとって都合の好い話ね。そーゆーの、自己中って言うのよ。知ってた?」
自分より幾つも年下の筈の少女に、吐き捨てるように言われては、以前なら言葉に詰まるばかりだっただろう。
しかし、ファランは毅然と顔を上げた。
「……ごめんなさい。こう言ったらいけないのかも知れないけど、敢えて言わせて貰うわ。母親は、我が子の為なら自己中って言われても本望なの。この子が普通の人生を歩む為に必要なら、私は幾らでも自己中になれる。その上で謝罪が欲しいなら、気の済むように謝罪するから、今は助けて」
強気な言葉とは裏腹に、縋るようにその紅の瞳を見つめると、やがて根負けしたかのように少女は肩を竦めた。
「貸しにしとくわ」
「ありがとう」
それを承諾と取って、思わずホッとして素直に感謝を述べると、鋭く切り返される。
「勘違いしないで。あんたの為じゃない。その子の為よ。その子はあたし達の仲間だし……あんた達みたいな親の下に生まれたのはその子の責任じゃないもの」
それに、科学者に好いように身体をいじくられる苦痛を味わうのは、あたし達だけで沢山。
そう付け加えると、少女は踵を返した。
「ちょっ、ちょっと待って! どこ行くの?」
「どこって……いつまでもここにいる訳にはいかないでしょ。それに、さっきも言ったけど、あたしも暇じゃないの。助けて欲しかったら勝手について来てよ。傍にいる分には守ってあげるから」
面倒臭そうに顔だけこちらへ向ける少女に、そんなこと言われても、とファランは周囲を見回す。
相変わらず、球体はファラン達を包んでおり、しかも、その球体はファランの思い通りにはならない。どうやって少女について行けばいいのか、分からないのだ。
少女は大仰な溜息を吐くと、引き返して来て、球体にそっと手を当てる仕草をした。
「その子の名前は?」
「えっ?」
「赤ちゃんの名前よ。何て言うの?」
脈絡なく娘の名前を質されて戸惑うが、問われるままに「レフィーナ」と娘の名を口にする。すると、少女は未だぐずっているレフィーナに視線を移した。ファランに向けるのとは違う、柔らかな視線だ。
「……いい子ね、レフィーナ。さあ落ち着いて。もう泣かなくて良いの。お母さんもあなたも無事よ。だから、このシールドを解いて、お母さんを歩けるようにしてくれる?」
そんなことを言って、果たして赤子に通じるだろうか。しかし、ファランがそう訝る内に、レフィーナはピタリと泣き止んだ。
同時に、緩やかな速度で球体は地面へ降下を始め、床へ付くか付かないかの内に消える。
「あ……」
「ホラ、立って」
万が一にも赤子を落とさない気遣いからか、少女は先にレフィーナを抱き取り、次いでファランの腕を取って強引に立ち上がらせた。
「しっかりしてよね、オカーサン」
乱暴な口調で言うと、レフィーナをファランの腕にそっと返す。
「あ……ありがとう」
反射で礼を言うと、今度は少女はそれには肩を竦めるだけで答え、少女自身がぶつかって出来た壁面の穴へ歩を進める。
ファランにとっては身が竦みそうな高さからやや上体を乗り出した少女は、ナンナ=リーフ島の中央部に建っている大聖堂へ視線を向けた。
「な……何、してるの?」
「シッ! 静かにして」
鋭い口調で遮られて、ファランは竦めた肩に首を縮める。
少女が、何を確認していたのか、ファランには分からない。けれど、少女がそうして外を眺めていたのは、数分のことだった。
「……行くわよ」
「い、行くってまさか」
まさか、その穴から下へ飛び降りるんじゃないでしょうね。
そう思ったが、それはとても音にならなかった。そうだ、などと言われたら、ファランには到底ついて行けない。結局『再度、振り出しに戻る』だ。
すると、少女はクスリと笑ってファランの方へ歩を進めた。
無言でファランの腕を取って、穴の縁に導く。
「ちょ、ちょっと」
「上品に屋敷の中攻略する時間はないの」
「そ、そんなコト言ったって」
「大丈夫よ。我が子をもうちょっと信用したら?」
「えっ?」
何故、ここでレフィーナが出て来るのか。一瞬思考が停止したファランを置き去りに、少女はレフィーナにも「お母さんをお願いね」などと囁いている。そして。
「レフィーナを絶対に放すんじゃないわよ」
早口で言うなり、少女の手は、無情にもファランの身体をそこから下へ向かって突き落とした。
「嘘!!」
総毛立つような浮遊感と、既視感に襲われる。
以前にも、同じように娘を抱いて飛び降りたことがあった。だが、それは精神的に殆ど正気を失っていた時のことだ。
今のように、完全に正気の頭で、高所から落下するなどという行為は、恐怖以外に感じるものはない。バンジージャンプの方が、命綱があるだけマシというものだ。
(嘘――――ッッ!!)
もう一度脳内で叫んで、ギュッと目を閉じる。
こんな風に結局心中紛いに死ぬなら、せめて自分の意思でやりたかった。確かに今回は本当にうまくやれるだろうけど、覚悟も何もあったものじゃない。
世間に言われているような、死に際に見えるという走馬燈の代わりに脳裏を走るのは、少女への身勝手な恨み言だけだ。
けれども、もうそろそろ地面に叩き付けられて死ぬのだろう、という頃合いになっても、覚悟した衝撃は訪れなかった。
不思議に思って、そっと目を開ける。
「え……?」
落下のスピードが、予想していたよりずっと遅い。
林立した聖堂や城館の隙間に見える景色が、ゆったりと緩やかに流れている。その景色は、先刻と同じく、膜越しに見ているようにどこか薄青かった。
意識が現実に戻ると同時に、レフィーナがけたたましい泣き声を上げているのに気付く。
「レ……レフィーナ?」
「泣き止まさない方がいいわよ。その子はまだ、あんまりうまく力をコントロール出来ないみたいだから」
脇から声が掛かってそちらへ視線を向けると、少女は器用に建物の僅かな引っかかりに手を掛け、壁に張り付いている。
「ど……どういうコト?」
「知りたきゃ泣き止ませてみれば? どういうコトになるか」
言うや、少女は自分を支えていた手を離す。
「あ……!」
危ない、と叫ぶ寸前のファランの視線の先で、少女は更に下の階の窓枠に指を掛けて落下速度を殺した。同じ動作を繰り返して降りて行く少女を追うように、さっきと同じような球体に包まれたファランも、ゆっくりと降下して行く。
やがて、地面に到達すると、固体に接触したシャボン玉が割れるように薄青い球体は消えた。
その頃には、レフィーナはしゃくり上げるように鼻をスンスンと鳴らすばかりになっている。
「よしよし、いい子。ご苦労様」
先に地面に降り立っていた少女は、レフィーナの頭部を慈しむように撫でた。
「ホラ、オカーサンも。ちゃんと褒めてあげたら?」
「あ……」
泣き止んだとは言え、まだ涙を一杯に湛えたモスグリーンの円らな瞳が、大きく見開いてファラン見つめる。
「レフィーナ……」
ファランは、娘の名を呼んで、ただ娘を抱き締めることしか出来なかった。
「何で、……この子があんなコト出来るって分かったの」
ノロノロと顔を上げると、少女は既に踵を返して、聖堂の方へ向かっている。
「最初にあの部屋であんた達に会った時、そういう状態だったじゃない。だから、オカーサンと自分に危機が迫れば無意識に力を発動出来るんじゃないかなって思っただけよ」
歩を止めて振り返った少女の紅い瞳は、やはり冷たい色を秘めてファランを見据えた。
「呉々も、レフィーナのその力は知られないようにするのね」
「……肝に銘じるわ」
「そのセリフ、さっきもどこかで聞いたけど、何だか真剣味が感じられないわね」
嘲り混じりの少女の言葉に、ファランは答えなかった。
しかし、胸の内で呟く。
(絶対に、守る)
腕の中に改めて視線を落とせば、愛しい彼の男性とそっくりな瞳が、さっきと変わらずファランを見上げている。ファランは、どこか自分が泣き出したい気持ちで娘を抱き直すと、彼女を愛おしむように頬擦りした。
***
実は、半信半疑だった。
ここで目覚めてから、どのくらい経った頃だったろうか。試してみようと思い立ったのが、どういった切っ掛けでだったのか、思い出せない。
見張りと、そしてヴァルカの目を盗んで、少しフォトン・エネルギーを発動させてみようとした。
今までなら、考えも付かなかったことだ。しかし、マグネタイン製の制御装置を付けられているにも関わらず、力を使えない気がまるでしなかった。
指と指の間に、青白い、小さな放電現象を認めた瞬間、思ったのだ。
これで、いつでも逃げられる――と。
「ハッタリかどうか、見てから言えよ?」
クスリと笑うと、右腕に力を込める。
雷鳴の音と共に、青白い龍にも似た閃光が、エマヌエルの華奢な腕で跳ね跳ぶ。
その時、常に人を苛立たせるような薄ら笑いを浮かべていたハロンズの表情が、ほんの僅かに動いた。
(驚くのはこれからだぜ)
唇の端を吊り上げる。そのまま、掌にフォトン・シェルをつくり出すイメージでエネルギー値を上げていく。それに枷が耐え切れず、亀裂が走った――その時、だった。
特大の雷鳴の音が弾けて、意思とは無関係に身体が反り返る。
「ッ、アアアァア!!」
何が起きているのか、瞬時には理解出来なかった。身体が勝手に、ダンスでも踊るかのように痙攣する。高圧電流を流されていたと気付いたのは、いつの間にか横倒しになった廊下を認識した後だ。
「……言った筈だよ。君の身体は、突然変異的に遺伝子レベルで独自に進化してるって」
クスクスと耳障りな笑い声が、頭上から降ってくる。
横倒しになった視界の中へ、靴が映り込んだ次の瞬間には、強制的に仰向かされた。ハロンズの楽しげな顔が目に入る。
「それは現在進行形。S9910の目がある内は検査も出来なくてもどかしかったけどね。こういう進化を遂げるかも知れない、っていうのも予想の範囲内さ。今君は、万全の状態なら、多分何の準備もなく、この島を出られるよ」
意味ありげに言葉を切ったハロンズは、再度楽しげに笑うと先を続ける。
「ただねぇ、ナメられたもんだよね。予想しうる事態に対して、僕が何の手も打ってなかったとでも思ったの?」
ハアハアと喘ぎながら、エマヌエルは内心で舌を打った。
ハロンズの言う『手』とは、正しく今の電気ショックだろう。
「気が付いたみたいだね。ちょっと遅かったみたいだけど」
「くっそ……この、古狸が」
「どう致しまして。でも、お互い様でしょ。ねぇ、そこの君達。そろそろ起きられそうかな?」
ハロンズが、エマヌエルの向こう側に声を掛ける。しかし、先刻蹴り倒した兵士二人は、まだ当分意識を取り戻すことはないだろう。案の定、暫く待っても、彼らからの返事もなければ、起き上がる気配も伺えない。
「……全く、しょうがないなぁ。訓練されててもフツーの人間なんて、やっぱりヤワで困っちゃうねぇ」
『困っちゃうねぇ』と言う割には、少しも困っていない表情で、ハロンズがエマヌエルの手を取る。
「さて、それじゃあ行こうか。最後の恨み言くらいなら聞いてあげるよ? どうせこれから手術すれば、君の意識はなくなっちゃうんだしね」
サラリと恐ろしいことを言いながら、ハロンズは電撃のショックで動けなくなったエマヌエルをヒョイと背負った。その言葉の内容は、事実上の殺人宣言だ。幾ら肉体が生きていたとしても、意識が別物にすり替わってしまうのなら、その人物は死んだも同然である。
「あんたさぁ。スペック的にはどのレベル?」
しかし、おもむろに口を切ったエマヌエルのセリフに、ハロンズはやや面食らったようだ。恨み言とは全く次元が違う話を始めたのだから、当然だろう。
「えぇ? それは僕がスィンセティックとしてはどのランクかってコト?」
「そう」
「うーん、そうだなぁ……SSシリーズくらいのスペックは備えてると思うけど?」
いつも最新の技術は自分にも移植してるしねぇ、とあっけらかんと続けると、ハロンズは反問した。
「でも、何でそんなコト訊くのかな」
「じゃあ、電気ショックに耐えられる時間もそれくらいか?」
ハロンズの質問に頓着せず、エマヌエルは次の疑問を投げる。
「……それくらいってのは……SSシリーズと同じくらいかってコトかな」
自分の質問をスルーされたハロンズの返答には、若干間があった。だが、彼はエマヌエルの疑問に答えることを優先したらしい。
「ああ」
「SSシリーズの電気ショック耐久最長記録は……二日半くらい、だったかなぁ」
ブツブツとハロンズが記録を反芻するように呟く。
「ま、僕は試したコトがないから分からないけど、そのくらいじゃないかな」
「そうか」
クス、と笑いが漏れる。
「ありがとよ」
言うなり、エマヌエルはハロンズの首に背中から腕を回して素早く締め上げる。
「なっ……!?」
流石にハロンズも本当に心から驚いたようだった。何せ、電流のショックでピクリとも動けなかった筈のエマヌエルが、力一杯喉を締め上げているのだから。
体勢を崩したハロンズの腕から足を強引に取り戻すと、膝裏を思い切り蹴り付ける。対処も出来ずに膝を折った彼の襟足を捉え、背後から体重を掛けた。必然、彼の身体が俯せに倒れる。その左腕を素早く捻り上げて、右腕を右足で押さえ付けた。
「まさか、そんな」
「そんな? 何だよ。全然動けなかった筈なのに、ってか?」
クツクツと喉の奥から笑いが漏れる。
「あんな短い時間の電気ショックなら、すぐ動けるようになるんだよ。それに、知ってるか? 俺が再調教の時にやられた拷問。データには載ってなかったのか、チェックを怠ったのか……知ってれば、この事態にも対処できたのにな」
「……ま、怠慢は否定しないケドね。無駄な抵抗は止めておきなよ。君はどっち道力を使えない」
一時の衝撃から既に立ち直ったのか、ハロンズの声音はもう落ち着いていた。覗いた横顔と、こちらに向けられた視線も、平常通りだ。けれども、エマヌエルも動じない。
「フォトン・エネルギーを発動すれば電流が流れて行動不能になるからか?」
「そういうコト。分かってるじゃない。君が退いてくれなきゃ、僕の方が力を行使するよ。君の腕か足を一本吹き飛ばすのは残念だけど仕方ない」
パチ、という音を立てて、ハロンズの左腕に青白い筋が走る。だが、同時にエマヌエルもフォトン・エネルギーを発動させた。
「ッ、う、く……ッ!」
「な、にっ……何、を……!!」
ハロンズが、今度こそ完全に狼狽えた声を出す。
身体が密着している為に、ハロンズも電撃の巻き添えを喰う羽目になったからだ。そこが狙い目だった。エマヌエルの方は、電気ショックに対して心の準備をしていたので、今度は無様に体勢を崩すことなく、ハロンズを押さえ付ける力も緩めない。
「うあ、あっ、あぁああああ!!」
「さっきは、ちょっと、不意打ち、だったから、な。来ると分かってる、電気ショック、に対して、なら、三日は持ち堪えられる」
電圧に晒され続ける所為で、言葉が不自然な場所で途切れるが、仕方がない。
(けど、あんたはどうかな)
口には出さずに、胸の内で呟く。自ら改造手術を受けたと言っても、ハロンズは所詮研究者の側にいた人間である。実験体が受けたような過酷な拷問はパスしている分、それに対する耐久性も実験体より劣る筈だ。そこに賭けたのだが、どうやら当たりだったらしい。その証拠に、ハロンズはまるで抵抗も出来ず、悲鳴を上げながら痙攣するばかりだ。
フォトン・エネルギーの放出度合いを上げる。電圧が増した気がしたが、構わなかった。
「ぐっ、う……ッ!!」
だが、意思とは無関係に身体がビクリと震える。『持ち堪えられる』と言っても、あくまで『我慢出来る』という意味合いで、度を超せば気を失わない保証は全くない。そういう意味では、それこそ半ばハッタリだった。
歯を喰い縛る。自分の意識が飛ぶのが先か、ハロンズが気絶するのが早いか、それとも――。
しかし、数秒するかしないかの内に、ビキッと歪な音を立てて、枷に新たな亀裂が走る。亀裂は次々とその数を増やし、複雑な蜘蛛の巣のようなおぞましい模様を描いて、遂に制御装置は粉々に砕け散った。
瞬間、エマヌエルの放出していたエネルギーがようやく外へ解き放たれる。その一瞬、視界が白く灼け、衝撃でハロンズの背から弾き飛ばされた。