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かしまし姫の謀  作者: さいふぁ
3 かしまし姫は籠の外
20/27

 ――桑の木のまわりを

   みんな みんな 回ろう

   桑の木のまわりを

   寒い霜の朝に……


 孤児院に近づくにつれ、子ども達の遊び歌が聞こえてくる。

「ギルバート様!」

 クリスティ孤児院を訪ねたギルバートは、あっという間に子ども達に囲まれた。

「ギルバート様どうしたの!?」

「洗濯手伝いに来たの!?」

「畑仕事してくれるの!?」

「お菓子くれるの!?」

 己の欲望を訴えながら目を輝かせる子ども達に苦笑して、悪いけど、と口を開く。

「今日は立ち寄っただけなんだ。院長先生はいる?」

 途端に、子ども達が口を閉ざした。視線を交わし、ひそひそと内緒話を始める。

「いるけど、……どうして?」

 年長の少女がギルバートを見上げた。その眼差しには、警戒の色が浮かんでいる。

「金茶の髪と榛色のお姫様から、お手紙をもらったから」

 その言葉に、子ども達が目を瞠った。

「お姫様?」

「そう、僕だけのお姫様。花冠を贈ろうと思っている人」

 笑いながら答えると、子ども達はつかの間黙りこむ。

 次の瞬間、ギルバートは子ども達に殴られた。

「ばかー!」

「あほー!」

「へたれー!」

 足やら腰やら背中やらをぼこぼこと叩かれる。地味に痛い。

「え? え、ちょっと?」

(どうして殴られるんだ!?)

 混乱している間も、子ども達はギルバートを攻撃し続ける。特に孤児院を仕切る年長組の子ども達は、ギルバートに刺すような視線を向けていた。

 されるがままになっていると、孤児院の扉が開く音がする。

「……あなたのお姫様なら、数日前に孤児院を出て行ったわよ」

「え」

 豪奢な金髪を一つに束ね、簡素なドレスを身に纏った女性が呆れたようにギルバートを眺めていた。ぴんと背筋を伸ばして佇む様は、どんな貴婦人よりも優雅に見える。

「久しぶりね、このロマンチストへたれの甲斐性なし」

「……院長」

 彼女の口から飛び出してきた言葉に顔を引きつらせる。

 クリスティ・マクハヴェスト。この孤児院の経営者でもある彼女は、王家の分家筋に当たる生まれだ。もっとも現在は生家から勘当されているが。

 二十年程前に福祉の充実と孤児の養育を訴えた彼女は、生家を飛び出してフォルテ領に駆け込んだ。ギルバートの父の援助を受けて慈善事業を開始し、孤児院を経営しながら各地を飛び回っては金の有り余っている貴族達から寄付をしぼり取る――もとい募っている。

 お陰で彼女はいまだに貴族間に顔が利き、王宮でもその名はしばしば耳にするのだった。

 ……類い希なる女傑として。

「とろいのよギルバート。わたしがセシリーをずっと匿うわけないでしょ。相手は王家のクソガキだって言うじゃない、すぐにここにも手が回るわ。ていうか三日前に来たわ。このわたしの前で子ども達に乱暴な態度を取ったから、即つまみ出してやったけど」

 例え国王と言えど、クリスティの前で子ども達を邪険に扱う事は許されないのである。セシリアがひねくれずに育ったのはそのお陰だ。

 クリスティはきつい口調で、ぽんぽんと言葉を紡いでいく。

「あの子はあんたを待っていた。でも五日経ってもあんたは来なかった」

 だから、と彼女は満面の笑みを浮かべた。

「孤児院から放り出したわよ」

「放り……!?」

「セシリーは文字も書けるみたいだし、料理も薪割りも洗濯も勘は鈍っていない。あの子ならどこでも生きていけるでしょ?

 それなら手が回りそうなここから離れて、さっさと移動した方が安全だもの」

 あっけらかんとした口調で告げられ、二の句が継げなくなる。

「不満そうね」

 ギルバートの表情を見て、クリスティが笑みを浮かべた。紅をさしてもいないのに艶やかな色合いの唇は、意地悪く吊り上がっている。

 しかし淡いブルーの瞳は、氷のように冴え冴えとしていた。

(……怒っている)

 それも、今まで見たことがないくらいに。

 クリスティの表情に気づいたのか、子ども達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 つかつかと歩み寄ってきたクリスティは、おもむろに拳を握った。

 鈍い音と共に頬に衝撃が走り、視界が揺れる。次いで鈍い痛みと、口内に広がる金臭さ。

「あんた何やってるの!?」

 ギルバートを遠慮なく殴ったクリスティが、ぎっと睨みつけてきた。

「あの子、ずっとあんたに手紙を送っていたっていうじゃない。半月も手紙を送り続けたのに一度も返事をもらえなくて、だから逃げてきたって! それがいまさらになって迎えに来た? 冗談も休み休み言いなさいよ青二才が!」

 返す言葉もない。

「……すみません」

「謝って済む問題じゃないでしょう! そもそもクソガキに婚約を迫られるような羽目になったのも、あんたがうだうだしてたからでしょ! 駆け落ちとかほざいている暇があったら、とっとと手を回してカルデローネ家に直談判に行くくらいしなさいよ!」

 もっともだ。

 殴られた頬を押さえ、黙りこくったまま叱責を受ける。

 彼女の言葉はいちいち正しくて、耳に痛かった。

「……まったく」

 ひとしきりギルバートを叱ったクリスティは嘆息し、そっと手を伸ばす。己が殴った頬にかさついた指先を這わせ、彼女はやれやれといったように微笑んだ。

「それでもセシリーは、あんたが良いってさ。あんたもあの子も互いに見る目が無いよ。ばか同士だ。本当に手がかかる子ども達だね」

 特権階級出身とは思えぬほど荒れた、けれど誰よりも優しい手が離れていく。

「セシリーは行き先を告げなかった。ここにいても意味はないよ。あの子を探すんなら、屋敷にでも帰って頭を使いな。再会した時に殴られる覚悟の一つでもしておくんだね」

 その言葉に、小さくなりながら頷く。

「……はい」

 完敗だった。



 すごすごと馬車に乗り込んだギルバートは、クリスティや子ども達に見送られて孤児院を後にした。色々と精神的に削られたが、とりあえず収穫を得たので良しとする。その内容は、セシリアが孤児院にいないという事実だけだが。

(……疲れた……)

 ヴェロニカや孤児院の子ども達に罵られ、クリスティには殴られた。多分セシリアには怒られる。もしくは泣かれる。今から謝る練習をしておくべきかもしれない。

 御者にフォルテ家のカントリー・ハウスに行くように命じ、ギルバートは折り畳んだ手紙を取り出した。セシリアの「手紙」だ。

 よくよく見ると、一枚一枚に日付が記されていた。最後の日付は十日以上前のものだ。

「……セシリア」

 彼女は今、どこにいるのだろう。クリスティ孤児院を出た後の消息が不明というならば、ラッセルはお手上げのはずだ。ギルバートだってお手上げだ。

「……はあ……」

 深々と嘆息し、窓の外を眺める。空は赤と橙が混じった色に染まり、淡い紫を経てくすんだ藍色へと変化するところだった。それにつれて気持ちも深く沈んでいく。

「ギルバート様」

 御者の声に、物思いにふけっていたギルバートは顔を上げた。扉を開けて身を乗り出し、困ったような表情を浮かべた御者へと声をかける。

「どうした」

「雨が……」

 雨が降りそうだという言葉に空を見上げれば、いつの間にか空は分厚い雲に覆われている。

 話している間にも、ぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。

「この先の街に、シルワ領の領主館があっただろう」

 かつて他の家が治めている時に使われ、現在はフォルテ家の別荘となっている屋敷だ。

 領主館へ馬車を回すように指示し、ギルバートはクッションにぐったりと体を預けた。次第に強さを増す雨は、なんだか泣き叫んでいるようだ。

 領主館にたどり着くと、留守の間管理を任された使用人達が、驚いたように飛び出して来た。ギルバートは彼らに一泊する事を告げ、その後に何か変わった事はないかと訊ねる。

「変わった事ですか? 特には……ああ、もうすぐ〈春告げの祭〉があるでしょう? 花売りの子達があちこちで花を売っているので、とてもにぎやかです」

「ああ、もうそんな季節か」

 〈春告げの祭〉はハヴェスト王国各地で行われる祭りで、当日はサンザシの花を家に飾る。花冠を被った少女や晴れ着に身を包んだ少年が家々を周って春の訪れを告げ、また広場では選ばれた〈春の女王〉が戴冠式を行い、彼女の号令でゲームや踊りが繰り広げられるのだ。

 また年頃の男女にとっては、互いに思いを告げる機会でもある。

(そういえば、セシリアも昔〈春の女王〉をやったっけ)

 毎年選ばれる〈春の女王〉は、美しいか、若いか、そして背が高いかで選ばれるのだ。セシリアが調子に乗ってはしゃいだ末、花冠やリボンで飾られた柱に激突して倒した騒動は、今となっては懐かしい思い出である。

「先日、こちらにも花売りの子達が来ましたよ。『領主様への贈り物』だそうです」

 示された方へ顔を向ければ、大量のサンザシが飾られている。綺麗な輪に編まれたサンザシは、セシリアに花冠を贈ると言った時の事を思い出させた。

 そして同時に彼女が行方不明である事や、自分のふがいなさがその一端を担っている事も。

(結構堪えてるなあ……)

 孤児院の子ども達やクリスティの言葉がグサグサ突き刺さっている事を、いまさらのように実感する。

 使用人達が用意してくれた食事を摂り、ギルバートは早々に寝室に入った。明日はもう一度孤児院に行って、セシリアが何かメッセージを残していないか確認する予定だ。

 しめやかな雨音を聞きながら寝台に潜り込むと、窓辺に飾られたサンザシが目にとまる。

 濃い緑の葉の間で、白い花がはじらうように息をひそめていた。

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