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かしまし姫の謀  作者: さいふぁ
3 かしまし姫は籠の外
18/27

 セシリア・カルデローネと婚約したいとの旨を記した書簡を送ってから、半月が経った。

 まったく返事をよこさないカルデローネ家に、ラッセルは苛立っていた。

 返事の催促を送っても、一向に返ってこない。とにかく一度セシリアに会わせろという内容の書簡だけが溜まり、それが苛立ちに拍車をかけていた。

(セシリアを可愛がっているのか、それとも俺を信用していないのか……)

 多分後者のような気がする。なにせ社交界における自分の評判はすこぶる悪い。誘拐して婚約を強要しているとでも思われているのだろう。……あながち間違っていない。

 そして、ラッセルを苛立たせることがもう一つ。

「入るぞ」

「入らないで下さい王子様のばかーっ! 誘拐犯! 極悪人ーっ!」

 客室に入るなり飛んできた辞書を避け、ラッセルは目を据わらせた。

 時間を作ってセシリアに会いに来ているのだが、彼女は反抗的な態度を崩さなかった。ラッセルの姿を見るたびに下町訛りで口汚く罵り、手当たり次第に物を投げつけてくる。口説く隙すら与えられない。

「あのな、いい加減に――」

「ぎゃああああ誰か助けて! 王子様が無理強いしようとする! 王子様が! 人を閉じこめて! 無理やりに!」

「人の話を聞け!」

 誤解を招く発言の数々に口元が引きつる。

 さすがにこれ以上近づく事はためらわれて、ラッセルは扉の前に佇んだままセシリアを見つめた。

 ラッセルの命で客人として扱われている彼女は、今日は若草色のドレスを着ている。今にも噛みつきそうな表情でこちらを睨め付け、次なる武器として燭台を手にしていた。

(……あれを投げられたら、さすがにまずい)

 軽いけがでは済まない気がする。

 セシリアもまずいと思ったのか、少し迷ってからデスクの上に燭台を置く。

 そのままペンを取り、彼女は紙に何やら書き付け始めた。ペンを置くたびに紙をぐしゃぐしゃと丸め、それをラッセルに投げつける。足元まで転がってきた紙を丁寧に伸ばしてみると、汚い字で「結婚いや」「王子様のばか」「捕食されちゃえ」と書いてあった。捕食ってなんだ。

「おいセシリア」

「何ですか王子様! 婚約はいやです! あと出てって下さい! もしくは帰らせて下さい!」

「なぜそんなにいやがる」

「王子様を愛してないからです!」

「俺は愛しているぞ」

「知りません!」

 ぷぅと頬を膨らませて顔を背けるセシリアがなかなかに愛らしく見えるのは、好ましく思っているからだろうか。

「……な、なんですか王子様。離れて下さい、というか近づかないで下さい」

 デスクで罵声を綴っていた彼女は、近づいてきたラッセルに気づいて体を強ばらせた。

 辞書へと伸ばされた手を上から押さえつけ、ラッセルはセシリアの顔を覗き込む。

 彼女の頬に手を添えると、セシリアはびくっと肩を跳ね上げた。構わずに顔を近づけ、その耳元で囁く。

「――シルワ子爵は本当にお前を愛しているのか?」

 ぴたりと彼女の抵抗が止んだ。

「お前と俺が婚約するという噂は、社交界に広まっている。何度か顔を合わせたが、あの男は俺に何も言わなかったぞ」

 正確に言うならば、彼はラッセルを見た瞬間に顔面蒼白になり、魂を飛ばしていた。しばらくすると立ち直って物言いたげな視線を向けてきたが、彼がフォルテ家の人間である以上、公で言及できない事は分かっている。

 もっとも、セシリアは知らないだろうが。

「お前はあの男を愛しているが、あの男はお前を愛していないかもしれないぞ」

 彼女の体が小刻みに震えだす。卑怯な事をしていると思ったが、謝るつもりはなかった。

 だってラッセルは、彼女が欲しいのだから。

 俯いた彼女の頤に手を滑らせ、顔を上げさせる。

「俺を選べ」

 涙の浮かぶ瞳を見つめ、ラッセルは囁いた。そのまま顔を傾け、彼女の柔らかな唇を食もうとし――

「殿下、時間が」

 淡々としたヴェロニカの声に現実に引き戻される。あからさまにほっとしたセシリアに舌打ちをして、ラッセルは彼女に背を向けた。

「また来る」

「来ないで良いです!」

 セシリアがきっとラッセルを睨みつけ、手元にあったインクの瓶を振りかぶる。

 嫌われたものだと肩をすくめ、ラッセルは彼女の部屋を後にした。


「殿下!」

 ヴェロニカが血相を変えて駆け込んできたのは、数時間後の事だ。

「どうした」

 彼女らしくもない行動に驚いていると、ヴェロニカは荒い息の下で、悲鳴のように叫んだ。

「……リーが……セシリーが、部屋にいません……!」

 その言葉に、ラッセルは執務室を飛び出した。

 ぎょっとしたように道を空ける使用人達を無視して客室へ駆けつけ、鍵が刺さったままの扉を開け放つ。

 そこに、少女はいなかった。

 足音を立てて部屋に踏み入ると、蹴りそうになった子猫が怯えたように寝台の下に逃げ込む。あれはたしか、セシリアが大切にしていた猫だ。

 窓辺に視線をやって、ラッセルは目を眇めた。

 ふんわりと風に揺れるはずのカーテンが見当たらない。

 その代わり、窓の先に広がるベランダの手すりに括り付けられ、揺れているものがあった。

 紐状のそれは、細く裂かれ、所々に結び目を作って強度を増したカーテンだ。即席のロープは見張りの兵士達の背後に垂れ下がっており、彼らは何も気づいていないようだった。

「お前達!」

 ラッセルの声に彼らは驚いたように振り返り、ロープを発見して驚愕の表情を浮かべる。

(やられた!)

 彼女を舐めていた。比較的大人しくしていたと思ったら、こんな事を企んでいたのか。

 ラッセルの声を聞きつけてか、使用人達が一斉に駆けつけてくる。

 彼らに向かって、ラッセルは命じた。

「令嬢が姿を消した。探せ」



 ぴかぴかに磨かれた靴が部屋を出て行くのを、セシリアは息をひそめて見守っていた。

「もう出てきて大丈夫ですよ、セシリー」

 彼の足音が完全に聞こえなくなると、ヴェロニカがぽつんと呟いて膝を折る。

 急に周囲が明るくなり、セシリアは眩しさに目を細めた。白くぼやけた視界が色を取り戻すと、差し伸べられた手を映し出す。

 その手を取って、セシリアは寝台の下から這い出た。ちびがセシリアの後から出てきて、にゃあと鳴きながらヴェロニカの足元にすり寄る。

「さて、落ち着いたら動きましょうか」

 にっこりと笑って、侍女の格好をしたセシリアは顔見知りの使用人達に紛れ、部屋を後にした。

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