星空の神話
世界で始めて生まれたのは、神々が暮す神界。
最初に生まれた神々は、何もないその世界に、各々一つのものを創った。
何かが創られるたびに、神界は広がっていった。
神々が一つずつ創り終えた頃には、神界は十分に広がっていた。
神々は、各々が創ったものの原典があるところを、己の神域にすることにした。
自分たちの領域を、自分好みに造り変えた後、次は全員で一つのモノを創ることにした。
神々は何もない空間に、力を送り込んだ。
力が全て送り込まれ、空間に力が満ちると、神界に似ているけれども違う界が出来た。
それが地界であり、今人々が暮す世界である。
これはそんな世界の神話の一つ。在りし日の物語。
人が生まれ、国が出来、穏やかに地界が発展してきた頃、地界に神々がたまに降臨するようになった。
それから数年たったある日、とある女神が、気に入った人を神界に連れて来きたところ、人がその女神に連なる神に昇格するという事件が起きた。
神々が集まって調べたところ、気に入った人を連れてくると、己に連なる神として昇格させることができると判明した。
そんな出来事があって、千年ほどたった神界の一角。そこにぼぅと地上を眺めている一人の女神が居た。
当時、夜空の女神と呼ばれていた、濡れ羽色の髪と黒い瞳を持つ女神である。
神界も神域も、従属神が住むようになって、にぎやかになっている中、彼女の神域は静かであった。
ほとんど降臨もせず、夜の空から地上を見守る彼女には、従属神がいなかった。
他の神との交流も少なく、神域は光一つない。昼に寝て、夜起きて地上を見守る。騒がしいのを好まず、マイペース。表情が薄い。
地味で知名度は低いが、灰汁が強い神様であった。
ある日、いつものようにぼぅと彼女が地上を眺めていると、一人の男の子が草原で夜空を眺めていた。
男の子は、月に目もくれず、何かを探すように空を見渡していた。
「何を探しているのだろう」男の子に興味を抱いた彼女は、数百年ぶりに地界に降臨することにした。
草原に降り立った彼女は、男の子に近づいて「何を探しているの?」と聞いた。
急にかけられた声に驚いて目を丸くした男の子は、落ち着いてから空を見上げて「星を探しているんだ」と答えた。
星というものを知らなかった彼女は「星って何?」と聞いた。
男の子は彼女のほうに振り向いて「こんな夜空に輝くものだよ」と寂しそうに答えた。
「月が光っているよ?」と彼女は言った。
男の子は、空を見上げながら「月のように大きなものじゃないよ」と相変わらず寂しそうに応えた。
何故男の子が寂しそうにしているか、彼女にはわからなかった。
夜空というのは、暗いものだと、彼女は思っていた。
自分が創ったもので、司るもの。知らないことは無いはずであった。
けれども、男の子は。自分が知らないものを知り、それが無いことに寂しそうにしていた。
どうしてなのだろう、初めて彼女は一人の人に興味をもった。
それからしばらく、彼女と男の子の草原での交流が続いた。
晴れた夜、草原の上で、座りながら話をする。ただそれだけの交流。
女神である彼女は、自分が知らないものを知るために。何故男の子がそれを知っているのかを知るために。
誰にも理解されなかった男の子は、聞いてくれる人に話すために。己を否定しない人に、自分が好きなものを語るために。
草原での交流は、男の子が少年になるまで続いた。
男の子が少年になった頃。
「俺は、山に住むことになった。」と少年が言った。
「どこの山?」と彼女は聞いた。
「あそこの山だ」そういって、少年が指した山に、彼女は驚いた。
その山は、山の女神が力を込めすぎて出来たもの。
神の力が濃く、神の力に影響された植物達が生えていて、高く険しい。動物も人も近寄れない神山。
そんな神山に住むことになったというのだ。自分が女神でなかったら、気が狂ったとしか思えないだろう。
彼女は「どうして」と少年に訊ねた。
「この世界には、神様がいるんだろう?」「なら、神様に声が届くように修行して、星を創ってもらおうと思ってな」少年は笑みを浮かべながら話し続けた。
そして最後に「君に、星が見せたいんだ」と言った。
彼女は「そう…楽しみにしている」と言い、「頑張って」といって、立ち去った。
立ち去る前の彼女の顔は、少年は気付かなかったが赤くなっていた。
それから、山にこもった少年が青年になるまで、彼と彼女の間に交流はなかった。
少年は、自分を信じてくれた少女に星を見せるため。山から出なかった
彼女は、彼の願いを叶えるため。彼女も同じく自分の神域から出なかった。
互いが互いのために、力を高めていた。
少年が青年になった頃、彼女の神域に声が届いた。
「神様、星を創ってください」という青年の声だった。
彼女は「貴方の願いを、送りなさい」と青年に神の声を贈った。
ほどなくして、青年の願いが、彼女の神域に届いた。
キラキラと輝く、小さなナニカ。
そっと彼女がそれに触れると、彼女の中にそれは吸い込まれた。
ぽかり、ぽかりと彼女の心が温まると同時に、神域に「星」が生まれた。
小さくて弱弱しい光を放つそれは、まさしく「星」であった。
ほとんど動かない彼女の表情に、顔笑みが浮かんだ。
なんなのか、わからないけれども、彼女はその時幸せであった。
青年が久しぶりに山をおり、夜の草原で小さな星を見つけた頃。
彼女は久しぶりに降臨し、彼の隣に座った。
「見てくれ、俺の願いが届いたんだ」
「綺麗だろう、これが星なんだ」
涙を流しながら、ぽつりぽつりと青年は話し続けた。
十数年の修行について、星について、青年の話は空が白むまで続いた。
そっと寄りかかりながら、彼女は青年の話を聞き続けた。
「いつか、きっと、満点の星空を見せてやる」「今以上に綺麗だぞ」
そう言って、彼は立ち上がった。
「また、ここであおう」
「ええまた」
そう言いあって、彼と彼女は別れた。
それからは、彼が願いを彼女の神域に届け、彼女が星を創る日々が続いた。
彼の願いを身に取り込むたびに、心が温まり、次第に生まれた星を見るのが日課になっていった。
彼が願いを贈るたびに夜空に、一つまた一つと星が増えていった。
青年は、壮年となり、満点の星空が出来上がるころには、老人となっていた。
老人となった彼は、数十年ぶりに、山を降りた。
彼女は約束のあの場所に来てくれている。そういう確信が彼にはあった。
思うように動かなくなった身体を、えっちらおっちら動かして、彼は約束の草原に行き、寝転がった。
ついた頃には、夕方になっており、だんだん日が沈んで、夜となった。
彼の目の前にあるのは。満点の星空。彼の願いの結晶。
泣いた日もあった、辛い日もあった、嘆いた日もあった、寂しい日もあった、死にそうになった日もあった、そんな己の人生の集大成であった。
夜となって、彼女は草原に降り立った。以前と全く変わらない姿で。
ぽてりぽてりと、彼に近づいて、彼女は彼に膝枕をした。
「見てくれ。満天の星空だ。」「綺麗だろう?綺麗だろう?」
彼女にそっと撫でられながら、彼は言った。
「貴方が見せたかった星空は…綺麗ですね」
声を震わせながら、彼女は言った。
数千年あり続けて、初めて彼女は涙を流した。
その涙は、彼の顔にかかった。
星のように綺麗だと、彼はそれを見て思った。
ひとしきり語ったあと、彼は沈黙した。
静かに泣きながら、彼女は沈黙していた。
星空の下、草原にいるのは老人と少女だけだった。
「なあ」と、彼は口を開いた。
「君は…なにものなんだ」と、続けた。
彼女は応えなかった。
「間違っていたらそれでいい。君がこれを創ってくれたんだろう?」彼は星空を指して言った。
彼女は答えなかった。
「ありがとう」そういって、彼は再び沈黙した。
「もし」彼女は口を開いた。
「もし、私が神様だったとしたら、いっしょに来てくれますか」
彼は答えなかった。
「もし、私が、貴方の全てが欲しいと言ったら、くれますか」
彼は答えなかった。
空が白み始めるまで、彼らの間に会話はなかった。
星が見えなくなったころ
「もし、もしだ。君が神様だったとしたら、俺は俺の全てを捧げるさ」
そういって、もう老人となった男の子は、少女の手を握った。
そして、暗かった彼女の神域は、溢れんばかりの「星」が輝く場所になった。
地上をぼぅと眺めたり、星をみて微笑んだりするようになった彼女の隣には、虹色の髪と瞳を持つ神様がいるようになった。
孤独を感じている人のところに降臨しては、少しだけ背中を押す。そんな夫婦が地界で語られるようになった。
星空を司る女神様と星の神様になった男のお話。
人々を見守りながら、ちょっぴり背中を押す、そんな夫婦神の始まりの神話。