謁見
影の薄い人だ。
それが、碧王の第一印象だった。
「王よ、こちらが先の昏との戦に於いて青龍を仲介し、わが軍を救った者にございます」
私を連れて王の前に出た春覇が、膝をついて跪拝しながら紹介する。
王をはじめとして、その場に居並ぶ高官達の視線が一斉に突き刺さった。緊張に早まる鼓動を抑えながら、私も春覇に倣って礼をする。
「そのほうか。話は聞いておる。大儀であった」
そう言葉を返したのは、王自身ではなく、その意を受けた側近だ。
私のような無位無官の者が、王と直接言葉を交わすようなことは出来ない。本来なら、謁見だって出来ないのだ。
従って、明らかに二度手間に見えても、互いの言葉は一々側近の臣に仲介される。
「此度の功、小さくはない。褒美を取らせたいが、望みはあるか」
近臣が仲介した王の言葉に、春覇が手を組んで頭を下げる。
「この者、既に青龍を喚ぶ力は無いようですが、碧に寄せる忠誠厚く、仕官を望んでおります」
ざわり、と高官達の間で空気が揺らいだ。そこここで何やら囁き交わす言葉が聞こえる。
何を言われているかまで聞こえるわけではないが、あまり歓迎されてはいないような雰囲気だ。
信用できない、といったところか。
「王よ」
中年の高官が一人、列から進み出て王に進言する。
「功有りとはいえ、素性の知れぬ者です。ご登用はお考えになった方が」
声色から本音を抽出するなら、「こんな何処の馬の骨ともわからん奴を登用できるか」という感じだろう。うん。
「そう邪剣にすることもないのではないかな、将軍」
別の高官から声が上がり、声の主が進み出て王に礼をする。
頭髪が白い。結構な高齢のようだが、声を聞いている分には随分若々しい。
「褒美を許された場で仕官を願い出るとは、真実忠良の士であるか、もしくは間者でありましょうな」
老人の言葉に、また高官達がざわめく。それを、王が手で制した。老人に発言の続きを促す。
「しかしながら碧に間者として入るような者を青龍が選ぶとは思いがたい。そうではありませんかな」
「しかし」
「それに、ですな」
何か言いかけた別の高官を制して、老人は私を見た。高齢に似合わない、強い眼だ。
「わしの見るところ、この若者、なかなかの胆知がありそうじゃ。機会があれば我が麾下に欲しいぐらいですな」
最大のざわめきが起こった。私も密かに目を見開く。
「ふむ……」
碧王の声が、私の耳に届いた。
「春覇よ、そなたはどう思う」
「棟将軍のおっしゃる通りかと」
王の問いを受けた春覇は、淀みなく答えた。
それにより、王の意向も決まったらしい。仕官を許し、春覇の下に仕える事に決められた。
「下士の身分を与えよう。職は春覇が決めてやるがよい」
「御意」
最後に深々と礼をして、春覇と私は退出した。
正殿を出ると、無意識のうちに詰めていた息がぷはっと漏れる。
「緊張した……」
「ご苦労だったな。処遇についてはほぼ予想通りだ。士分を許されたとは、思ったよりも良かった」
棟将軍の発言あってのものだろうな、と呟く春覇に、先程私の立場を弁護してくれた老人を思い出す。
私にはまだ身分制度も官職も殆どわからないが、あの老人が恐らく武官の頂点に近い立場なのだろうことは想像できた。随分凄い人に庇ってもらえたのかも知れないな、と運の良さを実感しながら正殿の階を降りる。
下まで降り切ると、待機していたらしい章軌が音も無く春覇の背後に従った。
「さて、もう一つ、行くべき場所がある。今度は慎誠も連れて行くのがいいだろう。引き合わせておきたい」
そう言って、春覇は慎誠――中津の居る客舎に向かって歩き出した。
その発言に、私は首を傾げる。
「引き合わせる?誰に」
私の問いに、春覇はすぐには答えなかった。
何処から話すべきかと逡巡しているようにも見受けられる。
「……王は、お体があまり丈夫ではなくてな。数年前から、太子が多くの執務を補佐しておられる」
太子。
碧の太子について知っている情報を、私は頭から引き出した。
確か、白に使いした帰りに紅で殺されたという情報が一時広まっていたはずだ。それからだいぶ経って、どうやら無事に帰国したらしいという話を聞いた。優秀で、卒の無いタイプらしい。
そのくらいだ。私が知っているのは。
「じゃあ、その太子に?」
「ああ。あの方にはお前達の事情も話しておきたいと思う」
客舎の前に着くと、章軌が中津を呼びに行く。それを待つ間、春覇は立ち止まって私に目を向けた。
「お前の処遇についても、太子に相談するつもりだ」
「随分信頼してるみたいだな」
私は少し意外に感じて春覇に目を向けた。
生真面目で何に対してもしっかりと自分の意見を持っている春覇が、こんな風に人に委ねるのは珍しい。
「あの方は私が唯一心底から尊敬するお方だ」
「へぇ」
私は純粋に驚いて、声を上げた。客舎から出てきた中津が、何の話かと私達を交互に見る。太子に会いに行くことを告げて私達の前を歩きだした春覇は、太子について淡々と語った。
「文武に秀で人望も篤い。あの方の決定ならば、大抵の者が従うだろうな」
私と中津は、思わず顔を見合わせる。……なんか凄い人みたいだ。相当有能で、その上人格者。
驚きを引きずって無言で歩くうちに東宮が近づくのが見えて、私は何となく気を引き締め直した。
東宮に着くと、春覇は東宮の役人に太子の所在を訊き、執務室へ向かった。
「鴻宵については、大まかな話はお耳に入っている筈だ」
そう言った春覇が、執務室の扉を叩く。
う、何かちょっと緊張してきた。
「春覇です」
「ああ、来たか。入りなさい」
穏やかな声が聞こえて、春覇が扉を開く。机に着いて何か書き物をしていた人物が顔を上げた。
「失礼いたします。ご相談したい事があるのですが……」
「ああ、折り入って話があると聞いたので、人払いをしてある」
太子の背後に窓がある為、逆光になって顔が見えにくい。しかし優しげな微笑を浮かべていることは、何となくわかった。
私と中津は部屋に入らず、春覇の後ろ、開いた扉の前で頭を下げて待機した。
「太子には、先の戦に於いて青龍を駆った者のことはお聞き及びですか」
「ああ、小耳に挟んでいる。仕官を許されたという話だったか」
「お耳が早い。私の下に置くことになりました。実はその者の処遇をご相談致したく、まかり越しました」
春覇の謹厳な声と、太子の穏やかな声。その対話を聞きながら、私達はじっと頭を下げている。
「処遇を?わざわざ私にか」
「それが、その者とその友人が面白い事を申しておりまして。是非太子にお会いいただきたいのです」
「ああ、それがその後ろの二人というわけか」
太子の視線がこちらに届くのを感じる。春覇が肯定すると、太子は少し考えるような間を開けてから、優しい声で言った。
「入りなさい。他ならぬ春覇の連れてきた者達だ。話を聞いてみよう」
「ありがとうございます」
春覇が礼を述べ、私達に入るように促す。太子の正面から一歩脇によけ、私達が太子の視界に入るようにした。
露わになった私達を見た太子が、一瞬息を詰めた気配がした気がして怪訝に思いながらも、私は腕を組んで礼をする。隣で、中津も同じように拝礼していた。
「……仕官を望んだ者の名までは聞いていないのだが」
太子が立ちあがる。
顔を伏せたままちらりと目だけで見やると、長身の青年であることがわかった。高い位置で結わえられた黒髪は少し青みがかっているようだ。
「仕官をすることになったのがこちらの鴻宵、隣がその友の慎誠です」
春覇が私達の名を告げる。太子は頷いて、一歩机の脇へ出た。
「それで、その者達の申していることとは?」
太子の問いに答えて、春覇は慎誠が璃誠藍の生まれ変わりであるらしきこと、私が女神を連れ戻すために五国統一を目指すと決めたこと、その為に碧に仕官を決めたことを洗いざらい話した上で、太子の判断を仰ぎたいと申し出た。
私はひそかに緊張する。
客観的に見て、荒唐無稽な話だ。
春覇が信頼する相手だから大丈夫だとは思うが、万一太子がこの話を信じなければ、もしくは私達の目的に共感できなければ、最悪ここで討たれる可能性すらある。




