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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之漆 草萌の国
72/76

巻き込まれた男

 ぐるぐると考えながら暫く春覇と話をしていた私は、春覇が仕事に戻るのを契機に外へ出た。

 泊まる部屋は春覇が用意してくれるらしいので宿の心配は無いが、少し街を見てみようと思ってふらりと城外へ向かう。


 市では多種多様な農産物が取引されていた。他国の商人も多く買い付けに来ているらしい様子が見て取れる。

「高いな。もう少しまけろ」

「これが高いって?これ以上はびた一文まけられないよ」

 飛び交う交渉の声を聞きながら、私は視線をさまよわせた。

 総華は私の手元を離れる事になるだろうし、何か持たせてやりたい。黒零の時と違って媒体はだめだ。精霊は狐狼に寄りつかない。

 ふと目についたのは、香木で作られた櫛。総華はこれから大人になる時期だというし、こういう物を一つ持っておくのも悪くないだろう。

「……その櫛を一つ」

 櫛を受け取って銭を払い、懐に納める。今晩にでも渡してやろう。

「おばちゃん、苫果一つ頂戴」

 売買の声は止まない。

「おや、いつぞやの文無しじゃないかい。今日は銭は有るんだろうね」

「やだなぁ、ちゃんと持ってるよ、ほら」

 やたらと脳天気な客だ。

「盗んだ金じゃないだろうね」

「ちょ……何でそんなに疑うかなぁ」

 ふと、私は足を止めた。

 この声、どこかで聞いた事はないか?

「大丈夫、この金は綺麗な金だから!」

「この金『は』って何だい!」

 果物屋と漫才を繰り広げている人物を、私はゆっくりと振り返って見た。

「細かい事は気にしない!」

「何言ってんだい悪餓鬼が。お役人に突き出すよ!」

 向こうを向いて会話している、栗色の後頭部。

「俺何も悪い事してないよ。ちょっとニコチン切れだけど!」

 私はすたすたと歩み寄ると、その肩に手を掛けて思い切り引いた。

「わ……っ」

 反射的に振り向いたその男と、私の目が合う。

「あ……」

 互いの目が見開かれた。しかし、相手はすぐにその顔に笑みを湛える。

「久しぶり~」

 その脳天気な言葉とへらへらとした表情がやたらとムカついて。

 私は思わずそいつの腹部に拳を埋めていた。

「うっ……」

「『久しぶり~』じゃないだろう!何でお前がここにいる!?」

 うずくまろうとするそいつの胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 そう、ここにいる筈の無い相手。

「ぼ……暴力反対……」

 知ったことか。

「ちょっと、やっぱりそいつ何か悪い事したのかい?」

 呆気に取られていた果物屋のおばさんがかけた声に、私はようやく手を放した。

「いや、そういうわけじゃない」

 そう弁解して落ち着かせてから、おばさんの手にあった苫果を貰って代金を渡す。腹を押さえて恨めしげに呻いている男の襟首を容赦なく引いた。

「ちょ、その扱い酷くない!?」

「黙れ」

 騒ぐのを無視して、私はそいつを路地まで引っ張って行く。人目の無い場所に着いてから、ようやく手を放して振り向いた。

「で、どうしてお前がここにいるんだ……中津」

 ここにいる筈のない男は、私の問いに微笑で答えた。

「いやぁ、実は俺も神凪と一緒に来ちゃったんだよね」

 私は目を見開く。中津はへらりと笑った。

「まぁ途中ではぐれて別々の場所に出ちゃったみたいだけど」

 聞けば、中津は碧と昏の国境近くにある心泉という泉にとばされたのだと言う。私が最初にこの世界に来た時に出た場所だ。

「それから歩き詰めでここまで来て……そういえばその苫果って俺に買ってくれたんじゃないの?」

 ふと思い出したように言って、中津が手を差し出す。私は手に持った苫果を見た。そういえば、中津が買おうとしていた物をついつい買って来てしまった。

 まぁ、あの果物屋への迷惑料って事で。

 私はそれをおもむろに持ち上げると、


 迷わずかじった。


「あぁあ!何で!?」

「誰がやると言った」

 さくさくとした歯ごたえと口中に広がる甘味。美味しい。

「さっきから扱い酷くない!?」

「いつもの事だろう」

 不満げな中津を軽くあしらいながら、私は思考を巡らせる。中津が私と一緒に飛ばされて来たと言うなら、帰る方法を探さなければならない。

「帰る方法……青龍あたりなら何か知ってるかな」

 こぼれた呟きに、中津は意外にも首を傾げた。

「帰る?」

「私はいいけどお前は帰らないといけないだろう」

 すでに誰の記憶にも残っておらず、実はこの世界の人間らしいと判明した私と違って、中津には家族がいる。出来るだけ早く帰らせなければ。私が巻き込んでしまったなら尚更だ。

 しかし、それを聞いた中津は苦笑を浮かべた。

「いいんだよ」

 帰らなくていいと言い放つ中津に、私は眉を寄せる。

「そんな顔しなくても、俺はもう居なかったことになってるよ」

 どういう事だ。それって……

「私と同じ立場だと言っているように聞こえるけど」

 私が言うと、中津はゆっくりと目を細めた。

「同じ、ではないかな。俺は知ってたから」

 静かに答える中津とは反対に、私の頭は酷く混乱した。


 知っていた?

 話の流れからして、その内容は自分がこちらの人間だということに違いない。

 何故?いつから?

 どうして、中津はそれを知った?


「まぁ、神凪に巻き込まれたのはちょっと予想外だったかも」

 何でもない事のように言って、笑顔のままで。

 目の前にいる中津が、急にわからなくなった。

「どう、いう……」

 辛うじて絞り出した言葉は、それだけだった。中津は少し困ったように笑うと、半ば踵を返した。

「その話は戻ってからにしよう。立ち話も何だし」

 そう言って促しながら、ふと私の顔を見る。

「俺からも一つ訊いていい?」

「……何だ」

 中津は視線を、私の頭から爪先まで往復させた。

「何で男の格好してんの?」

 私は軽く溜息を吐いた。中津は当然私が女だと知っている。一応口止めしておいた方が良いのだろうか。

「この方が何かと過ごしやすいからだ。女だって事は誰にも言うな」

 私の答えに、中津は納得したように頷いたが、すぐに首を傾げた。

「誰にも言うな、って事は誰も神凪が女だって知らないわけ?」

「ああ」

 春覇辺りは知ってるのかと思った、と呟いた中津は、今度こそ踵を返して歩きだした。私も後に続く。


 連れ立って歩きながらも、無言で大通りを抜けた私達は、王城の手前で少し東に行く小さな通りに入った。大通り沿いに行けば城の南側にある正門にたどり着く。正式な訪問者などではない私達は、東門から出入りしているのだ。

「神凪はこれまで何処にいたんだ?」

 中津がふと口にする。私は過去を思い巡らせた。

「お前と一緒に飛ばされてからは昏に」

「一旦帰って来るまでは?」

 間髪入れずに問いが重ねられる。

「心泉から少し碧軍にいて、そこから紅、橙、白と巡った」

 簡潔に言うと、中津はへぇ、と声を上げた。

「一通り行ったわけだ」

 そこで前方の角から人影が現れて、私と中津は口を噤む。

 内容が内容だ。人の耳に入る場所でする話じゃない。

 見れば、角から出てきたのは十人程の集団だった。柄はあまり良くない。こんな時勢にとは思うが、ちょっとした街なら大抵こういう破落戸どもがいるものだ。

 そのまますれ違おうとした時、一人の男がはっと振り返った。

「あ、てめぇ!」

 私と中津が同時に振り向く。一拍の間を開けて、中津がああ、と手を打った。

「あの時の『親切な』お兄さん!」

「てめぇ……っ!」

 中津曰く親切なお兄さんの肩が震えている。私は溜息を吐いた。

「何をやらかしたんだ、中津」

 どうせろくな事じゃない。何しろ相手は随分といきり立ち、私達を取り囲んでいるのだ。

「俺はただ、そこの親切なお兄さんに裘を貰っただけだよ」

「……恐喝は良くない」

 深い溜息が漏れる。中津は不満げな顔をした。

「先に金出せって言ったのはあっちだよ?」

「だろうな」

 私は周りを囲む男達を見て軽く目を眇めた。

 中津はちょっとずれた奴だが自分から手を出して物を奪う程乱暴ではない。もっとも、売られた喧嘩に茶々を入れた上に熨斗を付けて返すタイプなので敵は多いが。

「あの時はよくもやってくれたな……」

 中津を睨み付ける男は、よく見るとこめかみの辺りに真新しい痣がある。中津は飄々と笑った。

「だって俺文無しだったし。あの格好じゃ寒いし」

 碧は昏よりは温暖とはいえ、日本の真夏に着ていた着物では寒い。多分この男に絡まれた中津は、これ幸いと上着を奪い取ったのだろう。

「舐めやがって!」

 加熱する男に反応するように、周りの連中が輪を縮める。私は片足を軸に体を回し、中津と背中合わせになるように立った。

 久しぶりだ、この感覚は。

「今日はお友達と一緒なわけね」

 相変わらず緩い口調だが、中津の声が僅かに尖る。一触即発の空気の中、風精霊がわくわくした様子で男達の周りを飛び交っていた。


 ……待て。

 わくわく?

 何でそんなに楽しそうなんだ、お前等。


「あ、悪いけど今回は君等の出番無いよ」

「は?」

 ちょうど私が疑問を抱いたタイミングで、中津が言う。突拍子も無い言葉に、男達は怪訝そうな顔をした。

 その台詞に反応したのは、集まっていた風精霊達。不満げに中津の周囲を飛び跳ねる。

「中津、お前……」

「わけわかんねぇ事言ってんじゃねぇ!」

 問いただそうとした私の言葉は遮られ、男が中津に殴り掛かった。周りも一斉に動き出し、私にも拳が飛んでくる。私は腰を低くしてそれをかわし、逸れた腕を掴んで勢いのままに投げ飛ばした。間を置かずに後ろから繰り出された蹴りを避け、体を回して踵を脇腹に叩き込む。

 乱闘の決着は、程なく着いた。

「残念だったねお兄さん」

 倒れた男達を前に、中津はへらっと笑った。

「じゃあね」

 ひらひらと手を振って、背を向ける。その腕を、私は掴んだ。

「何?」

 中津が目を瞬きながら振り返る。私は視線を周囲に走らせた。人は誰もおらず、集まっていた風精霊も散ったらしい。普段通りに漂う精霊達を横目に、私は中津に訊いた。

「お前……精霊が見えるのか」

 単刀直入な問いに、中津は目を瞬かせた。

「今更?春覇は一目で気づいたみたいだよ?」

 言いながら、風精霊をつつく。風精霊はきゃいきゃいと指先に戯れた。

 その長閑な様子を見て、私は眉を寄せた。


 おかしい。

 いくら中津が楽天家だと言っても、僅か一月ほどの間でこんなにこの世界に馴染むものだろうか。


 すぐにでも問い詰めたいところだが、今は訊いてもはぐらかされそうだと判断して、私はもう一つ引っかかった事を口にした。

「というか、春覇にふざけた名乗りをしたのはお前か」

「そうそう。なかなか良いアイディアだと思わない?」

 にこにこと笑う中津のひねくれ具合に、盛大な溜息が漏れる。こいつをまともに相手にしていたら胃に穴が開きそうだ。

「……城へ戻るぞ」

 言いたい事は全て呑み込んで、私はそう促した。


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