合流
碧軍は武将達によって纏められ、すぐに都に向けて帰路に就いた。
私は意識を取り戻した春覇に願い出て、同行を許された。派手に青龍を使役してしまったせいか武将や兵士からちらちらと視線を感じるが、春覇に説明を頼んだらだいぶましになった。
因みにどういう風に体裁を整えたかというと、「碧を守護する青龍が類稀な方士である春覇を守るために、方士としての才能が無いこともなかった一兵士と一時の契約を結び、乗り移って碧軍を守護させた。昏軍の撤退を見た青龍は契約を解いて神殿へ去り、この兵士には特別な力は無くなった」という感じ。
結構無理やりな言い訳に見えるが、この世界の価値観からいうと、さもありなん、ということになる。寧ろ本当のことを言うより信用度が高いかもしれない。
ついでにそこには「方士として僅かな才能しかない兵士だがこの度春覇を守った功績は無視できず、碧での士官が認められるようだ」という噂がくっついているので、私が春覇に同行しても不都合はないというわけだ。
春覇の馬に従って、平原を行軍する。街に近づくと農地が増え、長閑な田園風景が広がっていた。
「これまでどうしていた」
怪我が完治していないにも関わらず平然と馬に跨っている春覇が、そう問いかけてくる。私は軽く唸った。
「色々……本当に色々あった。一部は春覇も知ってるだろう」
「紅での事と白で捕らえられた事はな」
春覇の答えに、心持ち俯く。
「俺は、罪人なんだろうな」
朱宿として白軍を焼き払ったという事実は、どうしたって消えない。
「でも、どんな罪を負っても、この世界に平和が戻るなら安いものだ」
手段を選ばないとは言わない。けれど、最も優先すべきはこの世界を元通りに戻す事だから。
綺麗事だけでは、その大仕事は達成出来ない。
「何故、碧に与する」
春覇の問いは当然だろう。五つの国の中で、何故碧に仕官することに決めたのか。
「元々、少し用事があって……今回の事で成り行き上、仕官することになったわけだけど。実の所、最終的に碧に味方するかどうかは様子を見ることになるかな」
これまでのところ、比較的相性は良さそうな気がするけど、と内心呟きながら、私は空を見上げた。
既に、庵覚宛に文を出してある。彼が鴻耀に伝えてくれれば、総華をこちらに呼び寄せられる筈だ。
「諸国を旅したか」
「ああ、一通り行った」
陽光の眩しさに目を細めながら、私は答えた。
紅に行って、橙に飛ばされて、白に行って、それから昏に。
恐ろしく内容の濃い五ヶ月だったと思う。
少しでも情報が欲しいだろうに、他国の事について春覇は私に何も訊かなかった。踏み込んで聞き出そうとしてこないのは有り難い。
そうして軍中にいた私の元に白い鳥が舞い降りたのは、三日ほど経った頃だった。
「春覇、悪いけど俺は少し別行動する」
庵覚の鳥がもたらしたのは、国境の関所まで総華を連れて行く、という鴻耀からの返書。
指定された関所はここから西南にあるから、もう少し行ってから軍を離れて西に行けばいい。歩きなのが歯がゆいが、歩き詰めなら三日もあれば着けるだろう。それから総華と二人、のんびり都に向かえばいい。
「どこへ行く」
「関所まで」
私が言うと、春覇は怪訝そうな顔をしたが、すぐに許可してくれた。それから何事か武将に話しかけに行く。
私は懐具合を計算した。関所まで三日、関所から都まで約十日……いや、総華を連れているから半月か。しめて約二十日分の食費と宿代、総華に会ったら何か買ってやりたいし……。
さすがに石氏が持たせてくれた路銀は底をつきかけている。ひょっとしたら道中少し稼がなければならないかも知れない。
庵覚への借りもある事だし、いっそこのまま橙の庵氏の所へ行こうか。いや、でも総華を碧に送り届ける事を優先すべきだろうし。
ごちゃごちゃ考えていた私の前に、春覇が戻って来た。相変わらず鮮やかに馬を乗りこなしているが、よく見るともう一頭、手綱を引いて連れて来ている。
春覇はその手綱を私に差し出した。
「これに乗って行け」
「……え?」
私は目を瞬いた。願ってもない事ではあるが、なんだか申し訳ない。それに、この馬は一体どこから連れて来たのだろう。代わりに誰かが歩く羽目になってるんじゃないだろうか。
「安心しろ。輺重に繋いでいた予備用の馬だ」
私の疑問を見抜いたのか、春覇があっさりと言う。それなら、ということで、私は有り難く馬を受け取った。
「それから、これだ」
そう言って、春覇が何か袋を無造作に放る。慌てて受け止めると、じゃら、と重たい音がした。
「路銀の足しにしろ」
いやいや、足しにするって金額じゃありませんよ、春覇さん。かなりのんびり旅してもお釣りが来ます。
「さすがにそこまでして貰うわけにはいかない」
私がそう言って金を返そうとすると、春覇は首を横に振った。
「命を助けられたのだ。その程度では安いくらいだ」
そう言って珍しく、というか私の知る限りで初めて、柔らかく笑うものだから、私はそれ以上の反論を封じられてしまった。
「……ありがとう」
翌日、私は碧軍を離れて国境へ向かった。
馬に乗った甲斐あって一日と少しで関所に着き、これも春覇が快く用意してくれた通行証を見せる。
橙側に出た瞬間、小柄な塊に飛びつかれた。
「わ……!?」
「鴻宵……!」
耳元で泣きそうに震える少女の声。
私は苦笑して彼女の背中に手を回し、宥めるように軽く叩いた。
「良かった、無事で……っ」
「ああ、総華も無事で何よりだ」
総華と再会の言葉を交わしていると、ゆっくり歩み寄って来る人物が居た。
栗色の髪に飴色の瞳、気だるげな表情。
随分、久しぶりな気がする。
「鴻耀、ありがとう。また迷惑をかけてしまったな」
抱えていた総華を下ろしながら私が言うと、鴻耀はふっと息を吐いた。
「全くだ。いきなり餓鬼預からされたこっちの身にもなってみろ」
「……すみませんでした」
やけに恨めしげだと思ったら、登蘭や淵央に隠し子かと散々からかわれたらしい。……鴻耀ってまだそんな歳じゃないと思うけど。
「……ごめん」
私が苦笑混じりに言うと、鴻耀は軽く息を吐いた。
「まあいいさ。じいさんが喜んでたしな」
狐狼の老人は、総華を可愛がってくれたようだ。
「とにかく、確かに引き渡したからな。あとこれ」
そう言って渡されたのは、私が総華に証明代わりに持たせたあの剣。
正直、有り難い。今持っている剣は蕃旋と対峙した時の傷のせいで多少脆くなっている。
「ありがとう」
私が礼を言って受け取ると、鴻耀は私をじっと見据えた。
「……玄武相手に、随分派手な啖呵を切ったそうだな」
そう言われて、私は苦笑気味に頬を掻いた。既に情報が広まっているらしい。
情報の中ではあの一連の発言は青龍の言葉として伝わっているはずだが、鴻耀には見抜かれてしまったようだ。
「成り行きで、思わず」
私の言葉に、鴻耀は呆れたような視線を寄越した。
「どうする気だ、これから」
玄武を退けた以上、私にはこの世界の混乱を収拾する義務がある。
まずは五国を統一しなければならないが、これが問題だった。これまでの確執から考えて、五国が互いに手を組んで纏まるような事はまず不可能だろう。となれば、今有る国を滅ぼす形で統一を図るしか無い。まさか個人で五つの国を滅ぼすような事は出来ないし、たとえ出来たとしてもそれはどうしても力ずくになり、多くの怨みを残す事になる。
従って、最も適当な手段は、どこか一つの国を基盤として、その国の人々と協力しながら大陸を統一していくというものだ。
そこで問題になるのは、どの国を選ぶかだ。
「まずは碧で仕官することになる。あの国を見極めて……それからだろう」
他の四国は旅したが、碧だけはまだあまり見ていない。成り行き上仕官という形になったし、まずは本気であの国からの統一を試みてみることになる。
しかし。
「もし、碧が与するに足りない国だったら」
私は少し言葉を切った。
これまでの四国に、手を結びたいと思う国は無かった。
紅は政府のやり口が乱暴すぎるし、第一朱雀が正常な状態にない。橙は国も小さいし、鴻耀の扱いを見る限り横暴だ。白は内乱の火種を抱えている。昏は黒零を利用するあざとさが好きになれないし、あの冒溢が高位にいる時点で信じられない。そもそも既に敵対してしまったようなものだし。
「……その時は、大変になるだろうな」
結局、私は言葉を濁した。
どこも手を組む国が無いとなれば、仲間を集めて独立勢力を作るしかなくなるだろう。
「やり通せ。何が有っても」
鴻耀が、静かに言った。
「中霊山から、女神を引きずり出すんだろう」
その物言いに苦笑しながらも、私は頷いた。鴻耀はそれを見届けて、踵を返す。
「じゃあな」
「ああ、ありがとう」
庵氏邸で別れた時と同じように、鴻耀はあっさりと立ち去った。
その背を見送った私は、総華を前に乗せて馬に跨る。
「待たせてごめん」
謝る私に、総華は首を振ってにこりと笑った。
「おじいさん、とても優しくしてくれたわ」
「それは良かった」
他愛もない近況報告をしながら、碧側に戻ってゆっくりと馬を進める。早足で行けば軍に追いつけるだろうが、総華を連れているし軍と同行する必要も無いだろう。
「お詫びに途中の街で何か買ってあげよう。何が欲しい」
春覇のお陰で懐は暖かい。何でもいいよ、と言うと、総華は微笑んだ。
「じゃあ、苫果が食べたい」
「……そんなのでいいのか?」
それならいつでも買ってやれるのに、と困惑する私に、振り返ってぎゅっと抱きつく。
「無事に迎えに来てくれた、それで十分」
私はその行動に一瞬目を瞬いたが、すぐに総華の背中を撫でてやった。
妹でも出来たような気分だ。
それから立ち寄った街で約束通り苫果を買って、活気に溢れた市場を見て回って。
まるで争いなど知らないかのような穏やかな旅路を、私達はゆっくりと歩んでいった。
「豊かだな、この国は」
馬を歩ませながら、私は呟いた。
関所を出て十日。緑豊かな丘の向こうに、都の城壁が見えてきた。
「活気があるのね」
総華はそう言ってから、私の顔を見上げた。
「豊か。だから戦争は弱いわ」
「え?」
目を瞬く私に、総華は真剣な眼差しを向ける。
「何が何でも勝つっていう気概が無いもの。昏の兵の方が強いわ」
ハングリー精神というやつか。総華は、私の目的を知って助言してくれているのだ。私は微笑した。
「それでいいんだ」
総華の頭を軽く撫でる。
「俺は殺す為に戦をする訳じゃない」
総華が目を瞬いた。次いで、ふわりと笑う。
「鴻宵らしい」
緑の大地を、馬が踏んでいく。柔らかな風が吹いていた。




