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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之陸 氷雪の国
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峰氏邸

 教わった屋敷に行って門番に紙を見せると、屋敷内の広い堂に通された。

 ざっと見てみると、かなりの数の男達が集まっている。

「明日から訓練を始める」

 この件を任された臣下だろうか、どっしりとした雰囲気の男が静かに言った。

「峰晋様が求めておられるのは数ではなく質だ。腕の伴わない兵士は採らん。心得ておけ」

 男はそう言うと、踵を返して去って行く。

 私は軽く堂内を見渡した。

 条件が条件だからか、腕に自信のありそうなならず者や旅人が多いが、みすぼらしい身なりをした者も若干居た。恐らく彼らは生活が苦しくて傭兵以外に食べていく手段が無い者達だろう。仕事を奪い取る事になるかも知れないのは胸が痛むが、私も譲るわけにはいかない。それに仕える相手が誰でもいいのなら、傭兵の口は他にも幾らでも有るだろう。

 私はここでなくてはならないのだ。


 そんな事をつらつらと考えながら腰を下ろす場所を探していると、急にあっと叫んで立ち上がった者が居た。

 そちらに皆の視線が集まり、私も目を向ける。

「あ、悪夢男」

「変な呼び方すんなっ!」

 私が零した呟きに勢い良く噛みついたのは、先日私達に悪夢を見せたあの男だった。奇遇にも、彼もこの私兵公募に応じたらしい。

「だって名前知らないし。悪夢男で十分だろう」

 私はしれっと言って窓辺に空いていた場所に座った。悪夢男は私が背にした窓と直交する壁の側に居るので、距離は比較的近いが十歩程は離れている。

蕃旋(ばんせん)だ、蕃旋!こら、無視すんな!」

 はっきり言ってうるさい。

 悪魔男もとい蕃旋は私が反応を返さないのが気に入らないらしく、ぎゃんぎゃんと吠えていた。


 そういえば、この世界に来てから同じくらいの年の人間と話すのは初めてかも知れない。錫雛や秋伊、それに総華が子どもなのを除けばあとはみんな年上だった。一番年が近かったのは春覇だと思うけど、あれは何か別格じみた性格だったし。大人ばかりで、こういう騒がしい奴はあまり居なかったな。

 ……以前函朔を犬っぽいと思ったことはあったけど、真剣な時は間違いなく年上なんだと思えたし。あれで私より五歳くらい上だもんな、たぶん。


 だから今騒ぎ立てている奴がいっそ新鮮に感じられたりもする。

 うるさいけど。

「うるさいぞ、番犬」

「蕃旋だっつってんだろ!」

「そうか、番犬はもっと賢いな」

 淡々とした口調のまま言ってやると、蕃旋は拳を震わせた。

「てめぇ……」

「悪夢じゃ戦は出来ないぞ」

 武術が出来るのか否かは知らないが、とりあえずそれだけは言っておく。

 蕃旋の短い導火線はとっくに燃え尽きていたようだ。

「うっせぇな!てめぇこそそんな細っこくて戦なんか出来んのかよ!本当女みて……ぇわぁ!?」

 皆まで言わせず、蕃旋の顔すれすれに飛んだ小刀が壁に突き立った。

 数瞬空気が固まった後、ぱらぱらと拍手が起こる。硬直した蕃旋に目を向け、私は剣の柄に手を掛けた。

「死にたいならそう言えばいいのに。いつでも俺が手伝ってやるよ」

 冷笑を浮かべながらそう言ってやると、蕃旋は顔をひきつらせた。

「やっぱ性格悪……」

「言葉に気を付けないと手が滑るぞ?」

 言いながらかちゃりと刃を鳴らせば、蕃旋が口を噤む。

 その様子を見て、周囲の男達が笑いだした。

「やるなぁ」

「懲りたかよ、番犬」

 やんやとはやし立てながら蕃旋をつついている。

「番犬って言うな!」

 叫び返す態度が更に面白がられている事に気づいているのだろうか。

 クラスに一人は居るよ、こういう奴。いわゆるいじられキャラというやつか。


 周りに完全に遊ばれている蕃旋を後目に、私は腰を下ろした。

 私兵に採用されたら、後は根気よく他の国への出兵を待てばいい。昏の国外へ出さえすれば、あとは脱走なり何なりすれば自由になれる。

 今後の事を考えていた私を、近くにいた男がつついた。

「いいのかい、あんまりあいつで遊ぶと酷い目に遭うかも知れないぜ」

 その視線の先は蕃旋。私は首を傾げた。

「酷い目?」

「ああ。あいつ腕は良いみたいだからな」

 男がそう言ったので、私は改めて蕃旋に目を向けた。腰に提げた武器を見てみると、剣に似ているがよく見ると剣ではない。鞘の形が僅かに反っている。

「刀か……」

 私が呟くと、男は頷いた。

「何でも妙な型を使うらしい。鞘から抜かずに戦うって聞いたぜ」

「鞘から抜かずに?」

 一瞬、私と同じようにしているのかと思ったが、男の口調からしてそうではないのだろう。とすれば、どういう型なのか。

「抜かずにどうやって?」

 重ねて訊くと、男も首を傾げた。

「見た奴から聞いた話じゃ、抜かずに……っていうか抜いたとこが見えないらしい」

「見えない……」

 太刀行きが相当速いという事だろうか。

「だから抜かずに構えてて、気がついた時には相手は斬られて刀は鞘に戻ってるって事かな」

 それって……

「居合いか」

 私が呟くと、男は目を丸くした。

「知ってんのか、そういう技」

「え、ああ……」

 日本では割と広く知られているものだったが、こっちでは珍しいようだ。

 見る限り武器は剣や長物が中心で反りのある刀は余り使わないみたいだから、自然な事かも知れない。

「どうやったら勝てるんだ?」

 興味津々といった様子で訊かれるが、それには私も苦笑を返すしかない。

「太刀行きを見極めるしか無いんじゃないか」

 私が言うと、男はあからさまに肩を落とした。

「それが出来りゃ苦労はしねぇよな……」

 確かに。

 私達がそんな会話を交わしているとは知らず、蕃旋は未だ周囲の連中と言い争っていた。


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