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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之肆 白秋の国
44/76

水鏡の先

 どうすれば、逃げられる?

 

 私は密かに思案しながら、そっと枷を填められた手を揺すった。

 生きるためには、ここを逃げ出さなければならない。函猛の尽力だって、どこまで当てになるかわからないのだ。

 

 枷は外せる。

 鉄格子も壊せるだろう。

 問題はその後だ。

 自分の剣は投獄された時に没収されているから、兵士の武器を奪って戦うしかない。それがうまくいったとしても、ここは王城の中だ。兵士は幾らでもいるし、ひとかどの武将だっているだろう。精霊を使役したとしても、逃げきれるかどうか。それに土地勘も無い。

 

 勝算が低すぎる。

 

 眉を寄せた私は、ふと漂わせた視界の中に水盤を見つけた。

 その水面が、ちかっと光る。

 

 ……何だ?

 

 水を飲もうとするふりをして、私は水盤ににじり寄った。枷の擦れる音に一瞬振り返った番兵は、すぐに顔を戻す。

 何とか側まで寄って水盤を覗いた私は、はっと息を飲んだ。

 

 揺らぐ水面に映るのは、抜けるような青空。

 牢の中では見える筈の無い、高い高い、空。

 

 この現象を、私は見たことがある。

 

 

 ぱしゃん、と小さな水音を聞いて再度振り返った番兵は、愕然として叫び声を上げた。

 牢の中には、ただ抜け殻と化した枷だけが残されていた。

 

 

 

 

 一気に全身を包んだ水をかき分け、光の射す水面を目指す。ばしゃっと顔を出して大きく息を吸った私の耳に、騒がしい蝉の声が響いた。

「……っは……」

 乱れた呼吸を整えながら、張り付く前髪を払った私の手が止まる。

 

 白く象られた水際。

 コンクリートの建物。

 フェンス。

 

「……プー、ル?」

 

 紛れもなく、それはプールだった。

 それも、学校の。

 

「あれ?」

 頭上から降ってきた声に、私の肩が強ばる。

 ゆっくりと顔を上げると、陽に透かされた茶髪が見えた。

「神凪?」

 逆光の中で、その人物が首を傾げる。

「中、津……」

 

 

 ああ。

 

 帰って来たんだ。


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