正解
夜半。
私と函朔は宿を抜け出して彌信邸のそばに潜んでいた。
「ところであの情報、どこまで本当なんだ」
様子を窺いながら、小声で函朔に尋ねる。
「逃げようとしてんのは本当。今夜中ってのは嘘」
しれっと函朔が答える。
多分最初の襲撃があった時から、私と函朔は同じ推測を立てていた。
「さて、『正解』が来たよ」
函朔の言葉に、闇に目を凝らす。
数人の男達が足早に彌信邸に近づいてきた。屋敷の裏手から中に侵入しようとするのを見て、私と函朔は目配せして飛び出した。数人なら、私達二人にとっては何秒も要しない。後尾から襲って蹴散らし、逃げようとした人物の首に剣を当てる。
今回は、鞘から抜いた抜き身の刃だ。
「ここまでだな」
倒れ伏した盗賊を跨いで来た函朔が、冷めた目を向ける。
「盗人方士――沃縁」
風に流れた雲の間から月光が射した。そこに照らし出されたのは、柔らかい風貌を持った青年。
「わかってしまいましたか」
苦笑したその目は、酷く冷たかった。
「いつ気づいたんですか?」
「おかしいと思ったのは最初の襲撃があった時だ」
函朔が答える。
「俺達が出かけるのを見計らったみたいに賊が現れた。見張っていたにしても、あの路地に入る事を予測するのは不可能だ」
沃縁が硬貨を落とし、晨葎が拾いに行った。但し金精霊を操るなら、他人の手から零れた硬貨を思った方へ転がすなど朝飯前。この時点では、二人の内どちらかが怪しいのではないかとよぎった考えを、函朔は確信するには弱いと判断した。外部から誘導された可能性が、まだ排除できなかったからだ。
「確かめるために、罠を張った」
それが、二回目の襲撃。政治的な絡みに気づいたと臭わせる事で賊を焦らせる。
果たして、襲撃はあった。それで、誰かが情報を漏らしている事が確実になった。
「しかも俺がいない時だ。俺が庵氏兵団にいたって事もバラしたな」
そう言った函朔は、鴻宵の事黙っといて正解だった、と笑った。
「あとはどっちが黒か。それは鴻宵に任せた」
函朔にバトンを渡された形の私は、沃縁の首に刃を擬したまま口を開いた。
「二人を疑った時点で、どちらかというとあんたが怪しいと俺は思った」
記憶を手繰り、細部を思い出す。
「最初の襲撃の日、出かける前にあんたは部屋を出た。晨葎は出てない」
外部と連絡を取れるのは、あの時水汲みにでた沃縁だけ。
「それと、あの時は俺がいない時を狙って襲撃したんだろう」
沃縁は私が精霊を扱える事を知っていた筈だ。宿が破壊されたあの夜、あの部屋に倒れていた沃縁は本当は意識を保っていて、私が精霊を使うのを見ていたに違いない。でなければ、二度目の襲撃の時、水精霊と木精霊だけを追い出すなんて真似は出来ない。
「あの時の俺を見たせいで水精霊と木精霊しか使えないと思いこんだのがあんたの敗因だけどな」
私の言葉に、沃縁のみならず函朔も何か言いたげな顔をする。しかし結局二人とも口を開くことはせず、私は言葉を続けた。
「それで晨葎とあんたのどちらかが賊と通じてる、しかも方士だと確信した」
そこで、私は罠を張ったのだ。
あの襲撃の時、私はそれまであまり離れていなかった晨葎と沃縁の立ち位置を引き離した。方士の周りには自然と相性の良い精霊が集まる。晨葎と沃縁の周りにいる精霊の数を比べてみれば一目瞭然だった。
「やられましたね。最後の仕上げが今日の情報というわけですか……」
沃縁は肩を竦めた。この状況に至ってもなお、彼は微笑んでいる。私にはその笑みが、酷く酷薄なものに思えた。
「しかしよく私や晨葎さんに気づかれずにそこまで相談して動けましたね」
「相談?してないよ」
函朔が鼻で笑う。そう、相談なんてしていない。僅かな目配せと推量だけで、私達はここまでこぎつけたのだ。
「へぇ……」
一瞬目を丸くした沃縁は、すぐにいたずらっぽく笑んだ。
「晨葎さんが言っていたこと、強ち嘘でもないようですね」
晨葎が、言って……?
「……っ!そんなんじゃねぇっ!」
函朔が吹き出し、顔を真っ赤にして否定する。さっきは自ら拍車をかけていたくせに。
「そうですか?」
くすくすと笑った沃縁の目が煌めく。何かを呟いたと思ったら、いきなり私の剣が弾かれた。
「ぅっ!?」
刃がガタガタと揺れる。私の力が及んでいるせいか砕けはしなかったが、暫し制御出来なくなったその隙に沃縁は逃げ出していた。
「っ、待てっ!」
函朔が走って追うが、沃縁は口笛を吹き走ってきた馬に飛び乗った。
「依頼は達成出来てはいませんが、これだけやればまあいいでしょう。貴方方に免じて、盗賊騒ぎは終わりにして差し上げます」
ではまた、と軽い調子で手を振って馬を走らせる。
精霊を喚ぼうとした私は、腹部に衝撃を感じて声を出せずに倒れた。
「詰めが甘いですよ」
遠い声を、聞いた気がした。
目を覚ますと、宿の天井が見えた。
鈍く痛む腹部に手を当てる。どうやら金精霊をぶつけられたようだが、傷は無い。単に衝撃で倒されただけらしい。詰めが甘いのはどっちだ、と悔し紛れに呟いた。
「鴻宵、大丈夫か?」
私が目覚めたのに気づいて、函朔が覗き込んでくる。頷いた私は、顔を歪めた。
「ごめん。俺が油断したから……」
「お前のせいじゃない」
函朔はそう言って、私の頭を撫でた。
「それにしてもお前軽すぎだぞ?もっと食って肉付けろよ」
どうやら函朔が宿まで運んでくれたらしい。乾いた笑いを返しながら、私は身を起こした。
「どうするんだ、沃縁のこと」
私が問うと、函朔は頬を掻いた。
「とりあえず、役所に届け出るくらいしか出来ないな。盗賊騒ぎはやめるって言ってたし、暫くは大人しくしてるだろう。依頼主なら見当はつくけどな」
私は軽く息を吐いた。
長いこと、一緒に過ごしてたのに……
「晨葎には、何て言おう」
仲間だと思っていたのに、裏切られた。その事実は重い。
そう思ってから、ふと自分はどうなのかと思った。私は朱宿だ。でもそれを隠している。白という国を大切にする函朔にとって、それは裏切りなんじゃないだろうか。
「そんなに気にするな」
私の沈んだ顔を、晨葎にどう話すか悩んでいるのだと思った函朔がまた頭を撫でる。
「そもそも真っ直ぐすぎる奴だからな。こういう経験も必要さ」
私は言葉が出なくなった。
お前はどうしてそんなに優しいんだ。函朔が優しければ優しいほど、裏切りの罪悪が重くのしかかるというのに。
黙り込んだ私を暫し黙って見詰めていた函朔は、躊躇いがちに肩を抱いて引き寄せた。
「か、函朔?」
「うわ、やっぱ細いなお前」
私を抱き込んでそんな感想を漏らす。私は何が何だかわからずにあたふたしていた。
「あんま暗い顔すんなよ」
私の背中を軽く叩いて、函朔が言う。
「お前はやっぱ、笑顔がいい」
あんま見せてくれないけどな、と言って笑う函朔。
お陰で少し元気が出た。うじうじ悩むのは性分じゃない。調子が戻ったところで、私はゆっくりと拳を固めた。
「男を口説くな!」
脇腹を思い切りど突かれた函朔は、暫く床に伏せて恨めしげに唸っていた。
悪いとは思うけど、あの状況を終わらせるには最善の方法だったと思っている。
翌朝、私達から事の次第を聞いた晨葎は、暫く呆然としていた。
「沃縁さんが……あんな惨い事を……」
そう呟いてから俯いて目を閉じる。やがて顔を上げた時、その瞳には思いがけず強い光が宿っていた。
「私、役所に戻ります」
毅然として、晨葎は言った。
「戻って、役所の仕事を頑張ります。そして……そして、沃縁さんを必ず捕まえます。もうあんな事、繰り返させません」
きっぱりと言い放った晨葎に、函朔がにっと笑う。
「一皮剥けたな。頑張れよ」
「はい!」
晨葎は勢い良く返事をして、役所へ戻って行った。盗賊騒ぎも収まったし、危険は無いだろう。
「俺達も旅に戻るか」
晨葎の真っ直ぐな背中を見送った函朔が言う。私は頷いて、荷物を担いだ。
とりあえず、都へ。
特に行くあても無いけれど、この国の中枢を一度見ておきたい。




