強襲
それから私と函朔は護衛交代の間隔を少し長めに設定し、片方が護衛している間もう一方は情報収集に動くという形を取った。
晨葎と沃縁は、当然ながら宿に缶詰状態だ。多少気の毒ではあるが、下手に外に出ようものならどうなるかわかったものじゃない。
それに、多少引っかかることもあった。
「駄目だな。全然わからない」
その日の情報集めから帰ってきた函朔は両手を挙げた。
「まぁ目撃者は皆殺しって手口じゃ手がかりがあるわけもないんだけど」
そう言って溜息を吐く。どうやら襲われた家の使用人と接触したらしいが、思わしい成果は得られなかったようだ。
「盗られたものは主に金品だけど……」
ふっと、函朔が密かに私に目配せした。
「政治関係の書類なんかも徹底的に破壊或いは強奪されてる」
それはただの物取り目当ての犯行ではない事を意味する。私は函朔の目配せの意味を悟った。
「そっちの方面から調べれば洗い出せるかもな」
何気ない風にそう返す。
賊にとって、政治的な繋がりを調べられる事は最大の痛手の筈だ。私達がそちらを洗い始めたら、必ず賊は手を出してくる。
ここからが正念場だ。
どこかで夜行性の鳥が低く鳴く。
当たって欲しくない嫌な予想を胸に、私は眠りに就いた。
翌日。
いつもと変わらない時を過ごして、私達は夕刻を迎えた。函朔が私と交代して、この日最後の情報収集に出かけて行く。
「鴻宵さん、今夜は粥と餅とどっちにしましょうか」
茶を淹れる湯を沸かしながら、沃縁が夕食について訊いて来る。
餅と言っても日本の所謂「もち」とは違って、麦の粉を練って焼いたり蒸したりしたものだ。
「粥がいいかな……」
この四人の中で、いつの間にか炊事担当は沃縁になっていた。まあ私と函朔が交代で動くのに対しあとの二人は暇なので、積極的に働こうとしてくれる。晨葎も、炉の炎にせっせと薪をくべている。
……ん?
その情景を何気なく眺めていた私は、ふと違和感を覚えた。
何かが不自然だ。何がおかしいんだろう。私はじっと目を凝らした。
薪をくべる。熾った火に炎精霊が戯れている。その上に鍋が掛かり、湯が沸いて……
そうだ、湯が沸いている。なのに、いつもならそこできゃいきゃい騒いでいる水精霊がいない。そう言えば、常であれば薪に何匹かくっついて来ている筈の木精霊もいなかった。
私は表情が強ばるのを覚えながら、さっと周囲を見渡した。
いない。
風精霊も、炎精霊も、金精霊も土精霊も、他の精霊はいるのに、水精霊と木精霊だけが一匹もいなかった。
「晨葎、沃縁!」
異常に気づいた私が声を上げた時。
部屋の戸が蹴破られ、賊がなだれ込んで来た。
「わぁっ」
驚きに叫ぶ晨葎と沃縁を引っ張って背後に庇い、剣を腰から抜く。先頭の数人を一息に片づけた。
「なっ……」
まさかこんなにもあっさり何人も倒されるとは思っていなかったのか、男達の勢いが緩む。私は剣先を男達に向けた。
「鴻宵さん……!」
背後で晨葎の驚く声が聞こえた。
衆目に晒された私の剣は、鞘から抜かれていない。予め振っても抜けないように鞘と柄を縛り付けてある。私の足下で呻き声が上がった。
「てめぇ、舐めてんのかっ」
逆上した賊が叫ぶ。私は淡々と応じた。
「盗賊風情の為に手を汚すつもりなんてない」
それに、と続けて、私は挑発の言葉を吐いた。
「生かして捕らえた方が情報を吐いて貰えるからな」
乱闘になった。
鞘に納まったままの剣で男達を沈めながら、私は神経を別の方向に研ぎ澄ましていた。
盗賊の方士は、わざわざ水精霊と木精霊をこの場から排除した。水精霊も木精霊も、私と相性の良い精霊だ。当然、仕掛けてくるつもりだろう。
受けて立ってやろうじゃないか。
そしてその前に、必要な事がある。
「晨葎!」
私は叫び、壁に立てかけてあった自分の棒を取った。
「来い!お前も戦え!」
棒を投げ渡すと、晨葎は一瞬戸惑いを見せたがすぐに前に出て来た。
「鴻宵さん、僕も……」
続こうとする沃縁を制し、壁際から動くなと指示する。
「武器が無いんじゃどうしようもないだろ」
私がそう言うと、おとなしく壁際に残った。
晨葎はあまり棒術が得意ではないらしく、苦戦している。それを助けてやりながら、私は精霊の動きに目を凝らしていた。
盗賊が数を減らし、残り数人になった時。
倒れた盗賊の持っていた大刀が弾けた。
「うわぁ!」
先日の恐怖が色濃く残っているらしく、晨葎が後ろに逃げようとする。それを引き留めて、私は前もって切っておいた髪を撒いた。
「防げ!」
同時に、私を囲むように炎が吹き上がる。相手が金属なら、最も有効なのは火だ。そう考えて練っておいた手順だった。
「こ、鴻宵さん……」
呆然とする晨葎の肩を叩き、私は息を吐く。
昨日の今日でこの襲撃。悪い予想は、残念ながら当たってしまったようだ。
「鴻宵さん!沃縁さんは!?」
はっとしたように、晨葎が叫ぶ。攻撃を防ぐ炎の輪の中には、私と晨葎しかいないのだ。というか、これ以上範囲を広げると散った刃を巻き込んでしまって防御壁の役割を果たせない。
「大丈夫」
私は安心させるように笑んだ。
「ちゃんと守ってあるよ」
金精霊の動きが鎮静化したのを見計らって火を消す。
盗賊の残りは逃げたらしい。
そう思って足下を見た私は、ぐっとこみ上げたものを辛うじて抑えた。
「ひ、酷い……」
隣で晨葎が肩を震わせる。剣を握る手に力が入った。
予想はしていた。覚悟していたんだ。でも、目の当たりにするとやはりきついものがある。
「何て事を……秘密を守る為に仲間まで……」
壁際からこちらへ来た沃縁も、口元を押さえて呟いた。
私が殺さずに倒していた男達は、一人残らず止めを刺されていたのだ。
逃がす事も守る事も、私には出来なかった。死なせずに済ませたかったけれど、そうする方法が思いつかなかった。
ぐっと唇を噛みしめて、私は振りきるように顔を上げた。
もう、終わらせなければならない。
役所に連絡した私達は、役人が来る前に宿を出た。函朔には、風精霊に言伝を頼む。精霊は基本的に自我を持たず、従って人間のような知能も無いので個人を対象にした頼み事は難しいのだが、幸い函朔は風精霊に絡まれる質なのでうまくいった。
新しい宿に落ち着いて函朔の帰りを待つ間、私はこれからの方策について思案していた。
「無事か」
伝言をうまく受け取ったらしい函朔が宿に現れる。
「はい、鴻宵さんのお陰で」
晨葎が言うが、私は沈んだ気分から抜けきれなかった。沃縁も心なしか元気が無い。
「鴻宵?どうした」
函朔が私の顔をのぞき込む。私は目を伏せた。
「……人死を出してしまった」
小さく呟くと、函朔は察したらしい。案外大きな手が私の頭に乗った。
「気にするな。相手はこっちを殺しに来た盗賊だ……お前は優しすぎるよ」
起こった事を大体知っているような様子からして、一度あの宿に立ち寄ったのかも知れない。
盗賊達の末路も、炎の痕も、その時見た筈だ。
「今日の収穫だけど」
私の頭を宥めるように軽く叩いてから、函朔は話題を変えた。その瞬間にまた目配せされて、私は気を引き締める。
「やっぱり賊についてはわからない。ただ、彌信がこの盗賊騒ぎを避けて屋敷を引き払うらしい」
声を潜めて、函朔は言った。
「彌信様が?」
晨葎が目を丸くした。頷いた函朔は唇の前に指を立てる。
「極秘の話らしいけどな。賊に気づかれない内に今夜中に引き払うってさ」
私は函朔を見た。
この話の真偽のほどはわからない。だが、函朔の意図は明白だった。彌信というのも、太子派の有力者に違いない。多分、賊にとって是非とも潰しておきたいだろう相手。それが、逃げる。
つまり函朔は、逃げられる前に……今夜、彌信の屋敷を襲いに来い、と挑発しているのだ。
「まぁ多分賊には漏れてない情報だろうし、あんまり手がかりにはならないよなぁ」
よく言うよ。
「ところで、随分狭い部屋だな。これじゃ四人は寝られないな」
函朔が部屋を見渡して言う。
そう、今度の宿はわざと部屋の狭い所を選んだ。欲を言えば一人部屋を四つ取りたかったが、部屋が足りず二人部屋が一つ、一人部屋が二つ。今私達はその二人部屋で話をしている。
「広い部屋が無くてな。分かれて泊まる事になる」
私は素知らぬ顔でそう言った。実際は故意にやった事だが。
何しろ四人部屋ではへたに動けない。
「ふぅん、で、誰が二人部屋に泊まる?」
函朔が問いを投げる。私は思案した。
「護衛対象二人が固まるのは避けたいな。万一襲撃されたら二人いっぺんにやられてしまう」
至極もっともな事を言う私に、晨葎が頷く。どうやらまだ脅えが抜けていないらしい。
「そうなると、函朔さんか鴻宵さんと私達のうち一人という組み合わせが妥当ですか。晨葎さんが不安そうですし、晨葎さんとどちらかが二人部屋に泊まってはいかがですか?」
沃縁がそう発言する。私もそれが最も無難だと考えた。私と函朔のうちどちらかは自由に動けなくなるが、一人動ければまあいいだろう。
しかし、その提案に函朔が不満げな声を上げた。
私は少し焦る。理想は私と函朔が相部屋になって二人とも自由な行動が出来るようになる事だが、沃縁の提案に理がある以上、それを無理押しすれば怪しまれかねない。どう理由を付けるつもりなのか。
そう思って函朔を見ると、函朔はどういうわけか、じっと晨葎を見詰めていた。
「え……ぁっ」
すると、怪訝そうにしていた晨葎がはっとしたように慌て出す。
「い、いえっ……僕は一人で大丈夫ですから、どうぞ函朔さんと鴻宵さんで……っ」
しどろもどろになりながら言う。その顔が赤いのを見て、私はその理由に気づき脱力した。
あの時の誤解を使うとは……函朔、お前案外手段を選ばないんだな。
結局一人理由がわからず怪訝そうな顔つきの沃縁を余所に部屋割りが決定し、私達はそれぞれの部屋に分かれた。
「函朔、お前……」
「いや、変な誤解もたまには役に立つもんだな」
凄く納得いかないんですが。しかもこれ、誤解の上塗りだろ。
「第一二人とも動いたら護衛はどうするんだ」
「大丈夫さ。さっきの今で襲撃は来ないだろ」
増して今日は別の用事があるしな、と笑った函朔は、不意に真剣な顔をして私を見た。
「で?お前の事だから、確かめたんだろ?」
私は頷いた。
本当なら、知りたくなかったよ。




