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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之肆 白秋の国
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聞き込み

 それから私と函朔は、宿を探しがてら被害に遭った屋敷を見てみることにした。

 邑の中心となる通りから逸れ、やや細い通りを抜けていく。多数の人間が蠢くがやがやとした喧噪を感じた私達は、頷き交わしてそちらへと向かった。

「そこに置くな!こっちだこっち!」

「馬鹿野郎!きっちり押さえてろ!」

 怒号が飛び交うその場所を見た時、私は思わず足を止めた。

 崩れ落ちた瓦礫、辛うじて屋根を支える柱、引き裂かれた壁。

 屋敷だった筈の木材と瓦の残骸を、無数の男達が解体していた。多分、あまりにも損傷が酷いので建て直す他なくなったのだろう。確かに、人間業ではない破壊ぶりだ。

「ひでぇ……」

 函朔が呟く。私も沈痛な思いで眉を寄せた。

「昼か……休憩だ!二刻後に作業を再開する!」

 監督者らしい男が叫ぶ。それを聞いた男達は手を止め、汗を拭いながら水場へと足を運んだ。争うように水を飲み、昼食の握り飯を受け取ってまた散っていく。そんな様子を一渡り眺めた私は、屋敷の庭に陣取った数人の男達に歩み寄った。

「話す気か?」

 後ろに続きながら、函朔が訊いてくる。私は小さく頷いた。

「少しでも情報が欲しい」

 函朔も、それは同じ筈だ。私の考えを察してか、黙ってついてきた。

 近づいてくる人影に気づいた男達が顔を上げる。訝しげな視線を受けて、私は言葉を選びながら口を開いた。

「突然失礼。俺達は旅の者なんだが、このお屋敷の有様は一体どうしたんだ?」

 盗賊の仕業だという事は承知しているが、知らない風に切り出した方が話しかけやすい。興味に駆られた旅人という態度なら、色々質問しても怪しまれにくいだろう。果たして、男達は納得したように屋敷に視線を飛ばした。

「ひでぇだろ?最近はこんな事が立て続けに起こってんのさ」

 頬張った握り飯を水で流し込んだ男が言う。赤銅色に焼けた肌は絶え間無い労働を思わせた。

「立て続けに……原因は何なんだ?」

 男達の側にしゃがみながら、私は続けて問う。函朔も、傍らの木材に腰掛けて耳を傾けた。

「盗賊さ。方士がいるらしくて、せっかくの立派なお屋敷がこのザマだ」

 そう答えながら顎で屋敷の惨状を示した男は、再び握り飯にかぶりついた。

「方士か……厄介だな」

 そう言ったのは函朔だった。男達の一人が勢いよく頷く。

「そうそう!せっかくこの邑は朱宿に燃やされずに済んだってのに」

 やけに意気込んで言う男に、他の男から失笑が漏れる。

「お前またその話かよ。会う奴全員に話してんじゃねぇか」

「うるせぇな、いいじゃねぇか。すげぇ話なんだから」

 茶化された男がムキになって言い返す。別の男が鼻で笑った。

「すげぇ話?すげぇ法螺話って事かよ?」

「法螺じゃねぇ!俺は見たんだ!」

 からかいに男が怒鳴り返し、場の空気が険悪になりかける。喧嘩なんか始められては堪らない。私はすっと宥めるように手を挙げた。

「落ち着けよ。どんな話なんだ?」

 私がそう言うと、最初に茶化した男が顔の前で手を振る。

「よしなって、兄ちゃん。碌な話じゃないぜ」

「てめ……っ!」

 その言葉に逆上して立ち上がりかけた男の肩を、私は掴んで引き留めた。放せとばかりに振り向いた男に、苦笑が漏れる。

 どれだけ導火線短いんだ。困ったもんだ。

「まあ話してくれよ。聴いてみたい」

 話の流れからして、恐らく朱宿に関する事だろう。苦笑から促す笑みへと表情を変えた私を見て何故か男が呆けたような顔になる。他の男達も口を噤んだ。

「……どうした?」

 首を傾げた私の後ろで、函朔の盛大な溜息が聞こえた。

 

「俺はあの日物見番でさ。櫓の上から、紅の軍隊を見てたんだ」

 少しして硬直を解いた男は、そう語り始めた。

「まだ遠かったから何があったのかよくわかんねぇけど、いきなり紅軍の真ん中辺から水が湧き出した」

 それは私が爾焔と揉めて水精霊を使役した時の事だろう。湧き出した奔流は私をさらった筈だ。

「そしたらその波がぶつかったとこから弾き出されるみたいに赤い鳥が見えてさ」

 朱雀だ。

 どうやらこの男、私が朱雀から逃れた時の一部始終を目撃していたらしい。しかしこの話が、如何に普通の人間は普段精霊や神と接する機会が無いとはいえ、大法螺とからかわれるだろうか。

「そいつはすぐ消えたんだ。俺はあれが朱雀だったんじゃないかと思ってる」

 当たりだ。

「事実そうなんじゃないか?」

「そこまでで終わりゃあいいんだけどよ」

 私が口を挟むと、別の男が横から割り込んできた。

「うっせぇな、黙ってろ」

 話をしていた男は不愉快そうに一蹴すると、私に視線を戻す。

「その鳥が消えた後に、波に続くみたいにして、別のが出てきたんだ」

「別の?」

 私は眉を寄せた。心当たりなど無い。

「青くて細長い……龍に違いねぇよ、あれは」

「龍?」

 困惑は深まるばかりだ。

 私の記憶にある限り、龍に遭遇した覚えは無い。しかし、記憶を手繰る中で閃く物があった。

 

 橙のあの谷川で目覚めた時、精霊達は自分達だけでは私を運べなかったと言わなかったか。

 その手助けをしたのが、この男が見たと言う龍だとしたら。

 

 しかし、理由が無い。何故私を運び去る手助けをしたのか、何の為に橙に運んだのか、さっぱりわからないのだ。その龍が何者かすらわからないのだから、当然の事だが。

 

「な?しょうもねぇ話だろ?朱雀はともかく、こんなところに龍なんか出るわけねぇし」

 一人の男が笑いながら言った時、作業開始を告げる声が響いた。

「おっと、いけね。じゃあな!」

「あ、あぁ……ありがとう」

 慌てて後片付けをして作業に戻っていく男達に礼を言って見送ると、私は立ち上がった。函朔と顔を見合わせる。

「結局盗賊については何もわからなかったな……」

「ああ……ま、人夫じゃ大した事は知らないだろうし、こんなもんさ」

 函朔は肩を竦めると、もう一度破壊された屋敷に目をやってから歩きだした。私もそれに続く。あまり長い間留まっていると怪しまれかねない。

 最後に、とちらりと屋敷を見遣った私は、ふと違和感に気づいた。

「あんなに酷く壊されてるのに、どうして隣近所は黙ってたんだ?」

 隣の屋敷とは庭と塀で隔たっているものの、破壊音が聞こえないほど離れているわけではない。私の疑問に、函朔は渋い顔をした。

「方術が使えるんならある程度音を抑えられる壁を張れる可能性もある。それに……」

 声をぐっと低くして、呟くように函朔は言った。

「気づいてても無視したんだろうさ」

 私は函朔の表情の理由に気づいた。隣近所の住人は恐らく、巻き込まれるのが嫌で、襲われた屋敷を見殺しにしたのだ。

「仕方ない、か……」

 呟きが漏れる。相手は方士を含む盗賊団だ。加勢に駆けつけても無意味かも知れないし、誰だって自ら危険に飛び込むような真似はしたくないに違いない。

「……それだけじゃないかも知れない」

 小さくこぼされた言葉に、私は目を見開いた。どういう事だ。

「確証は無いけど……ただの盗賊じゃないのかも」

 辛うじて聞き取れるくらいの音量で呟いたきり、函朔は口を噤んだ。私も何も言わない。言えなかった。

 

 一体、何が起こっているというのか。

 

 黙々と歩く函朔の背を見つめながら、私は一人黙考していた。


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