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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之肆 白秋の国
31/76

声を聞く者

 目的の街には、程なく着いた。

 荷を下ろし、若旦那達が交渉を済ませれば、私達護衛の仕事は終わる。

「鴻宵」

 商談が成立したらしい若旦那が機嫌良く相手の商人と食事に向かうのを見送ったところで、庵覚に声を掛けられた。旅の間はあまり接触が無かったから、少し久しぶりな感じがする。

「お前さんの仕事はこれで終わりだね。ほら、給金」

「あぁ、ありがとう。世話になったな」

 給料を受け取って、支給された棒を返そうとすると、餞別代わりに持っていけと言われた。旅には適していそうなので、遠慮無く頂くことにする。

「衛長、俺もここで抜けます」

 便乗する形で、函朔も許可を取り付けて給金を貰った。棒は元々自前らしい。

 支源は隊列に残り、私と函朔を見送ってくれた。

「またいつでも来な。その腕なら歓迎するよ」

 庵覚はそう言って、あっさり持ち場へ戻って行った。必要以上にべたつかないのも、商人に必要な事の一つなのかも知れない。

「じゃ、行くか」

「ああ」

「達者でな。またいずれ」

 私と函朔は支源に手を振って、白の街を歩き始めた。

 比較的辺境の街であるせいか、前にいた橙の都ほど賑やかではない。道行く人々を見ていると、私達のように袖の広い服を着ている者は少ない事に気づいた。皆同じように前で合わせて帯を締める形ではあるが、殆ど筒袖で、帯ではなく革のベルトのような物で腰の辺りを留めている者も多い。袷の上に、襟元の四角く開いた上着を重ねている者もちらほらいた。これは碧や紅で着た詰め襟と同じ着方らしく、胸元に留め具が見える。

「白も服装が違うのか……」

 私が思わず呟くと、函朔はあぁ、と手を打った。

「白の領内を旅するんなら服を買っといた方がいいな。これじゃ橙人だって丸分かりだ」

 袖をひらひらさせながら言い、視線を走らせて服屋を探し始める。私は橙の都で登蘭おばさんの店に行った事を思い出しながら、懐具合を計算した。庵覚に貰った給金はかなり良い額だったので、路銀は十分にある。二揃えくらい買っておくべきか。

「鴻宵、こっち」

 店を見つけたらしく、函朔が先導して歩いて行く。

 やっぱり忠犬っぽい。

「ラブラドール……いや、むしろ柴か?」

「は?」

 大型犬かと思ったがもう少し落ち着きが無いかな。ちょろちょろ動きそうだし。

「でも図体はでかいし、小型犬ではないな……」

「……どうしたんだ、鴻宵」

 ちょっと和んでしまっただけです、はい。

 余裕が出て来たって事かな。

「何でもない。とりあえず、服買おう」

「あ、あぁ……」

 よくわからないという顔をしたままの函朔を敢えて無視して、私は服屋の扉を開けた。

 

「いらっしゃい」

 店の主はにこにこと笑みを絶やさない丸顔の男で、私達を見るとすぐに歩み寄って来た。

「旅の方ですか?この国の服をお求めで?」

「ああ。ちょっと一通り見せてくれ」

 函朔がそう応じると、店主はすぐに何着か棚から引っ張り出した。

「こちらなら既製品ですからすぐにお召しになれますよ。旅をなさるならこのような丈夫な生地がお勧めで」

 国境にほど近い街であるせいか、手慣れた感じだ。私はすぐに二着選ぶと、登蘭の店で測ったサイズを告げた。店主は一瞬微妙な顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべる。いそいそと一着を畳んで包み、もう一着をすぐ着られるように揃えてくれた。元よりこの世界の衣服は基本的に帯で調節が効くので、サイズが無くて困る事はあまり無い。二着ともベルトで腰回りを留めるタイプで、店主がベルトを少し切ってくれた。

「上着はどうなさいますか。北へ行かれるならお持ちになった方が」

 次に店主が持ち出したのは、例の四角い襟の上着だった。

「都まで行ってみたいと思ってるんだが」

 私がそう言うと、店主は更に笑みを深めた。

「それなら有った方がよろしいですよ。畢から北は冷えますからね」

 そう店主が勧めてくるが、生憎私には地理がわからない。仕方なく、まだ服選びに迷っている函朔に話を振った。

「どう思う、函朔」

「ん?あぁ、上着?買っといた方がいいと思う」

 袖の縫い取りが気に入らないらしく恨めしげに眺めながら、函朔はさらりと言う。

「都まで行くなら絶対寒いし。この辺でも夜中は冷えるだろ?」

「えぇ、少し肌寒いかも知れません」

 俺も買うし、と言う函朔の言葉を受けて、私は白地に銀糸の縫い取りの入った上着を購入した。ようやく服を決めたらしい函朔も、灰色を基調とした上着を選ぶ。

「お着替えは小部屋でどうぞ」

 店主の勧めに従って、先に私が着替えた。

 白っぽいグレーで、襟に黒と白で幅広の縁取りがしてある。袖は黒で細く縁取ってあり、切れ込みが一本入っていた。ベルトは焦げ茶で、側面の紐に剣を吊す。一通り着終わってから、私は視界に掛かった髪を手で払った。こっちに来てから伸ばしっぱなしの髪はそろそろ鬱陶しくなってきていて、前髪は視界を遮るし後ろも襟足が結べそうだ。

 

 私が着替えて小部屋を出ると、入れ替わりに函朔が着替える。その間、私は店主に出されたお茶を飲みながら世間話に興じていた。

「旦那方は橙からいらしたので?」

「ああ、まあね」

 香ばしい茶を口に含みながら、私は曖昧に頷いた。白の国民感情が橙をどう評価しているのかわからないうちは、滅多な事は言えない。

「それは良かった。白の他は橙だけですよ、方士を使わないのは」

 びくりと跳ねそうになる肩を、私は辛うじて抑えた。白の刃仙は戦には出て来ないと聞いている。橙の轟狼……鴻耀も表に出ようとしない。それに対して、碧は春覇が表立って動いているし、昏は氷神を白方面の戦に出してくる事があるという。

 

 そして、紅は。

 

「方士といえば」

 極力平静を装って湯呑みを茶托に置きながら、私は口を開いた。

「白の南方の邑が紅に酷くやられたと聞いたな。どうなってるんだ、あの辺りは」

 この街も南方に位置するが、あの時の紅軍の進路からは少し外れている。この街から南西に数日歩けば、私が燃やした邑が、その更に南には最初に白軍を焼き払った平原が有る筈だった。

「だいぶ復旧してはいるようですがね」

 店主は痛ましげな顔をした。

「城壁の修復の為に随分人が駆り出されて大変みたいですよ。まったく、朱宿というのはあれでも人間ですかね」

 

 人間ですかね。

 

 その言葉は、私の胸に深々と突き刺さった。

 人間とは思えないような所行を、私はしたのだ。

「……そうだな」

 そう言うのが、精一杯だった。

 

 

 函朔の着替えが終わると、私達は代金を支払って店を後にした。

(しん)へ行きたいんだ」

 店を出ると、はっきりした口調で私は言った。

 鍼というのは、例の私が焼き払った邑だ。私はあの邑の今を、自分がした事の結果を、この目で見る義務がある。

「わかった。じゃあこっちだ」

 函朔が方向を定めて歩き始める。私もそれに付いて歩き出した。

 

 

 

 妙だと思い出したのは街を出てから三日目だ。

 

 旅は順調に進んでいる。あと一日か二日で鍼に辿り着けるだろうと函朔は言っていた。

 なら何が妙なのかと言えば、函朔だ。厳密にいえば函朔の周囲の精霊達と言うべきか。

 

 まず、風精霊がやたらくすくす笑いながら函朔の周りを飛び交っている。これまで見た限り、風精霊はいたずら好きなのでそう珍しい光景ではないのだが、しばしば特定の人間の周りを飛び回っているというのはさすがに気に掛かるもので。

 しかも、大抵数匹の白っぽい精霊が函朔の肩にいて、何か言ったり飛び跳ねたりしている。この色の精霊はあまり見かけないので何の精霊かよくわからなかったのだが、一回剣の中から顔を出しているのを目撃して、金属の精霊であるらしいことがわかった。その精霊が、しょっちゅう函朔にくっついている。

 

 そして、函朔は決して道に迷わないのだ。

 

 街の中だろうがただっ広い野原に出ようが、少し立ち止まっていたと思ったら即座に方角を定めて歩き出す。しかもその時に決まって風精霊や金精霊が何らかの動きを見せているのだ。

 暫く静観していたが、これから導き出される答えは一つなわけで。

「函朔」

「ん?」

 声をかけると、先を行く函朔は振り向いた。肩に金精霊をくっつけたままだ。

「お前、方士か」

 函朔は目を見開き、次いでぶんぶんと両手を振った。

「まさか!そんなわけ……」

「道、精霊に教えて貰ってるだろ」

 ずばりと指摘すると、大げさな程に肩が跳ねる。その衝撃で転がり落ちかけた金精霊を、私は危ういところで拾い上げた。

「わー」

 金精霊が嬉しそうにぱちぱちと手を叩く。周りの風精霊達も便乗して拍手を始めた。函朔が戸惑いも露わに目を泳がせる。

「何だこれ……と、とにかく、俺は方士じゃない。精霊も見えはしないし」

「つまり、見えないけど聞こえるわけか」

 今、明らかに精霊達の拍手に反応していたし。あの反応は聞こえている者にしかできない。

 私の指摘に函朔は冷や汗を浮かべて固まり、手の中の金精霊は飛び跳ねた。

「正解~」

「なっ……何で……お前こそ、方士なのか」

 函朔が緊張を帯びた面もちで言う。私は首を傾げた。

「何でそんなに怯えるんだ?聞こえる事がわかったって、別にどうって事ないだろう」

 私がそう言うと、函朔の目が動いて周囲を素早く見回した。幸い平原を歩いている途中であり、誰もいない事を確認して肩の力を抜く。

「まぁ確かにそうなんだけど」

 脱力して棒に体重を預けながら函朔は言った。

「今の白人は方士って存在に敏感だ。……朱宿の事があったからな」

 函朔の口から出た言葉に体が緊張する。思わず手の中の金精霊を強く握ってしまったらしく苦しげな声が聞こえたので、慌てて手を開いて撫でてやった。

「それに下手にバレると何かと面倒だし。俺は方士って程の力は無いし、普通に過ごしたいんだ」

 私の緊張は函朔には気取られずに済んだらしい。こっそり安堵の息を吐きながら私は頷いた。

「そうだな。追及して悪かった」

 そう言って、何とか機嫌を直した金精霊を摘んで函朔の肩に置く。

「俺も方士ってわけじゃない。見えてはいるけどな」

 ついでに函朔の肩を軽く叩いて、歩を進めるように促した。

「見えるのか?」

 大人しく歩き出しながら、函朔が目を丸くする。私も隣に並んで歩きながら軽く頷いた。

 周囲で戯れていた風精霊が私の髪を風に乗せて遊び始める。

 

 こら、あんまり強く流すな!

 禿げるだろうが!

 

 強めの風を吹き付けた精霊をじろりと睨むと、きゃーとか言って飛び跳ね始めた。何で喜ぶのかわからない。私は怒ってるんだが。

「……あのさ、さっきからやけに賑やかなんだが」

 落ち着き無く視線をさまよわせながら、函朔が言う。精霊達の声だけだと、この戯れはやたら騒がしいとしか聞こえないに違いない。

「なんか遊んでるだけだよ。放っとけ」

「放っとけって……」

 函朔は不安げな表情になる。別に本当にどうという事はないのだが、どうやらこの騒ぎは少し異常らしい。

「おいお前等」

 私が呼びかけると、精霊達はきゃいきゃいと騒ぐのをやめて私を見た……多分。いや、顔見えないからわからないけど。

「うるさい」

 一言で切り捨てると、今度は異様なほど静かになった。

 叱られた子犬のようにしょんぼりとした空気を醸し出し、函朔の頭や肩、棒の先に座る。

「えっと……鴻宵?」

 これはこれで函朔を不安にさせたらしい。

 まったく、どいつもこいつも手間のかかる!

「あのな、そんなに落ち込む事ないだろ」

 私が言うと、目の前に風精霊が力無く漂ってくる。

「怒った……」

「怒られた……」

「お前等……」

 はぁ、と溜息を吐いて、私は一匹を摘んだ。

「騒ぎすぎだから注意しただけだ。普通にしてろ、普通に」

 そう言って撫で回してやると、精霊は私を見上げた、気がする。

「怒ってない?」

「あ~はいはい、怒ってない」

 何で精霊の機嫌取りなんかやってるんだ、私は。しかもこれ、殆ど幼児を宥めてるようなもんじゃないか!

 現金なもので、私が怒ってないと言うと、精霊達は元通り飛び跳ね始めた。単純な奴らめ。

「鴻宵……お前、何者?」

 聞こえる声から状況の変化を読みとったらしい函朔が戸惑い気味に声を掛けてくる。

「精霊ってそう簡単に言うこと聞くものじゃないと思うんだけど……」

 そんなの知るか。

「俺にもよくわからないんだよ。ま、好かれてるって事じゃないか?」

 私の適当な答えに眉を寄せながらも、函朔は答えを得ることを諦めたらしく黙々と歩き始めた。


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