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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之参 后土の国
30/76

旅立ち

 翌日、護衛兵のうち白行きの荷の護衛に当てられた者が発表され、誰がどの位置を歩くかまで庵覚が事細かに説明した。いざという場合の陣形も同時に決める。まるで軍隊の作戦会議だ。

 この徹底した対策があるからこそ、庵氏の荷は安全に運搬されるのだろう。

「鴻宵、お前さんはここ」

 庵覚が図を用いて指し示したのは、隊列の中程にある荷馬車のすぐ側だった。どう見ても重要な部署を割り当てられて私は困惑したが、その位置なら万が一にも国境の衛兵に見咎められる事は無いから、と庵覚は言った。

「それに」

 にや、と相変わらずの食えない笑みを浮かべて付け加える。

「この中でも相当の腕だってわかっちまったからね。それなりの位置に付けないとほかの連中も納得しないよ」

 私は溜息を吐いた。

 別にこんな扱いをされたかったわけじゃないのに。むしろ目立たずにいたかった。

 とはいえ後悔は先に立たないもので。

 渋々承諾した私は、衛兵に武器として支給しているという棒を受け取った。

 

 

 そして当日。

 

 庵覚の号令一下、隊列が橙を出発した。

 護衛隊を管理するのは庵覚だが、荷運びの隊列そのものを率いるのは庵覚の兄だ。私は場所柄彼に近い場所にいるわけだが、関わろうという気は毛頭無かった。向こうも私の存在を気にかけた様子は無い。家宰が家宰だったし、この若旦那も案外傲岸な人なのかも知れないという気がした。

 

 荷駄の歩みは当然、遅い。私はゆっくりと歩を進めながら周囲に視線を飛ばした。中霊山が見える。都の城壁もそれほど遠くないようだ。橙は小さい。どこかの国が本気で攻め掛かってくれば、ひとたまりもないだろう。

 さくさくと土を踏んでいた足は、やがて号令に止められた。いくら橙が小さいと言っても、中心部に近い街から隊列を組んで一日で出国できるほど狭くはない。隊列が止まったのは大きな屋敷の前で、そこの母屋に庵氏の兄弟と店の者が泊まり、護衛は離れと近所の家々に分宿する事が告げられた。

「中央馬車についてる奴は離れに泊まりな」

 庵覚がそう伝えに来て、私を含めた十人ほどが離れに向かった。

「離れには部屋が三つあるってさ。一部屋三、四人といやぁ結構いい宿だよな」

 隣を歩く男が棒で軽く肩を叩きながら言う。よく見ると、それは私が騒ぎを起こした時に庵覚に説明をしていた男だった。目が合うと、にっと笑う。

「あんた鴻宵って言ったっけ?俺は函朔(かんさく)

 人なつこい感じの笑みでそう言う男に、私は何となく気圧されてしまった。しかし函朔は気にした風も無く言葉を続ける。

「こないだのあれは凄かったなぁ。剣の師匠は衛長の友達だって言ってたけど、何者なんだ?」

 屈託の無い笑顔で問われて、私は言葉に詰まった。鴻耀の素性を言ってしまって良いものかわからないのだ。

 しかしそんな私にとっては都合良く、部屋を適当に割り振ったらしい他の護衛達に呼ばれ、確答を避けたまま部屋に入った。

 私と函朔は同じ部屋で、もう一人、四十がらみの男が一緒だ。武人風の豪快な男で、支源(しげん)と名乗った。

「鴻宵か。話は聞いてる。大した剣の使い手らしいな」

 支源はあの騒ぎの時、丁度外出していたらしい。是非見たかったと言われて、私は苦笑した。

 見せ物じゃないって。

「そういえば、護衛の武器は棒なんだな」

 私が話を変えると、函朔が頷いた。

「やっぱ商人の隊列だからな。抜き身の刃物押し立てて行くわけにもいかないし」

 函朔の言葉を聞きながら、私は壁に立てかけた棒を眺めていた。二メートル以上はある長いものだ。あんな長い物、なかなか扱ったことは無い。

「誰か棒術の得意な奴はいないか」

 唐突な私の発言に、二人は目を瞬いた。

 話を飛ばしすぎたことに気づいて、私は慌てて付け加える。

「いや、実は俺、棒は初めてなんだ。だから基本だけでも習えないかと思って」

 少し気恥ずかしさを覚えて頬を赤くしながら私がそう言うと、一拍置いて不意に支源が声を上げて笑った。函朔は目を丸くして私をじっと見ている。笑っている支源に疑問と非難の目を向けると、支源は宥めるように手を振りながら何とか笑いを収めた。

「や、悪い……そうか、鴻宵は知らねえんだな」

 支源はそう言うと、まだ笑いの名残を留めたまま函朔を親指で示した。

「ほれ、この函朔。こいつが庵氏兵団の中でも一番の棒術の達者だ」

 意外な事実に、私は目を見開いて函朔を見た。二十代前半くらいのこの男はどことなく子供っぽい雰囲気がある。そのせいか、まさか腕が立つとは考えもしなかったのだ。

 函朔も私を凝視したままだったので、勢い見詰め合う形になる。

「えっと……函朔?」

 居心地の悪さを感じて声を掛けると、函朔は視線を据えたままぼそりと何か呟いた。

「え?」

 聞き取れずに首を傾げた私の前で、いきなり頭を抱える。

「そんなわけないそんなわけない。俺にはそっちの気は無い……っ」

「……どうしたんだ、一体」

 ぶつぶつと何か高速で呟き始めた函朔には聞いても無駄だと判断して、支源に話を振ってみる。支源も訝しげな顔をしていたが、函朔の言葉に何かを悟ったのかにやりと笑った。

「なるほどな……若いねぇ」

「は?」

 ふむふむと独り納得する支源。取り残された私は、その襟を掴んで引き寄せた。

「独りで悦に入ってないで説明しろ」

「わかったわかった。わかったからそんな怖い眼をするな」

 支源が降参というように両手をあげる。襟を放してやると、息を吐いて襟元を整えた。

「あ~、つまりだな。函朔のやつ、さっきのお前の表情にぐらっと……」

「わぁあ!」

 支源が言いかけたところで、唐突に復活した函朔がその口を押さえた。相当焦っている様子だ。

 

 何なんだ、一体。

 

「言うな、言ってくれるな!そ、そうだ、棒術!鴻宵、お前棒術習いたいんだろ!?」

 やたら必死に函朔が話題を変える。その勢いに気圧される形で、私は頷いた。

「なら俺が教えるから!ほら、庭に行くぞ!」

 そう言った函朔は、すぐさま棒を掴んで庭に向かう。思い切り話を逸らされた事に首を傾げつつも、私は後に続いた。

 

 

 それから数経、私は離れの庭先で函朔から棒術の手ほどきを受けた。実際函朔は優れた使い手らしく、最初は持て余していた長さが教わるにつれて手に馴染み始める。

「さすが、覚えは早いな」

 見物を決め込んでいる支源が感心したように言った。函朔はそれに頷きながらも、くるりと棒を回して容赦なく私の鳩尾を突きにかかる。それをかわして、私は攻撃を返した。函朔の棒がそれを止め、弾き返すと同時に間合いを開ける。

「お前筋良いよ。一月程稽古すりゃものになるだろ」

 終了の気配に、私も構えを解いた。

「一月も時間が無いのが残念だな」

「まぁ短期間でもお前ならそこそこ使えるさ」

 二人とも棒を立てかけながらそんな会話を交わす。やっぱりこんな世の中だ、武術は出来るだけ身につけておくに越した事は無い。

「じゃあ、白までの旅の間、よろしくな」

 私がそう言って軽く笑むと、函朔は一瞬硬直してから凄まじい勢いでどこかへ走り去っていった。

「若いねぇ」

 本当に何なんだ、一体。

 

 

 そんな日々を重ねつつ、私達の隊列は十日ほど歩いた。私は函朔や支源と話したり考えごとをしたりしながら歩いていたからあまり気にならなかったが、毎日長時間歩き詰めの行程だ。流石に護衛で疲れを見せている者はいないが、庵氏の家人は少し辛そうだ。しかしその甲斐あってか、白との国境にある関所が既に眼前に迫っている。

「お前白までなんだってな。白へ行って何するんだ?」

 函朔が訊いてくる。

 私は目的地である白の街に荷物を届けたらその場で隊列を離れるという事になっている。復路は空荷で、金は別途分散させて運ぶルートがあるらしいので、護衛が減っても問題は無いのだ。

「何って……まぁ、色々見て回ろうと思って」

 白の領内を旅してみるつもりだ、と私は告げた。治安は決して良くないらしいが、鴻耀のお陰で剣はだいぶ使えるし、棒もこの十日間函朔に習ったお陰でそれなりに扱えるようになった。独りでも無事に旅をこなす自信はある。

「旅か……旅も良いな」

 函朔はそう呟いて空を見上げるような素振りをしながら、ちらっと私を見た。目が合いそうになると慌てて逸らし、やけにそわそわと首の辺りを掻く。

 

 この前から何なんだ、こいつ。

 

 首を傾げる私の後ろで支源がにやにや笑いながら様子を見ていた。

「その……お、俺も白までにして旅しようかな」

 視線を斜め上辺りに漂わせたまま、函朔が言う。独り言を装っているような素振りだが、それにしちゃ声が大きいぞ、おい。

「急に抜けていいのか」

 私が尤もな事を言うと、函朔はこれにはしっかりと頷いた。

「今回は帰りは空荷だし、護衛はたくさん要らないんだよ」

 確かに、空荷を厳重に警護する謂われは無いか。

「っ、てなわけだからさ」

 落ち着かない様子で、函朔は私をちらりと見た。

「その、えっと……一緒に、行かないか」

 何、その思い切って言っいました、みたいな雰囲気。そう構えることでもないだろうに。

「いいよ、別に」

 私は白の様子を見たいだけだし、ついて来られても特に不都合は無い。だからあっさりそう言ったのだが、函朔はぱっと顔を輝かせた。

「本当か!?」

 嬉しそうなその態度に、何ともいえない既視感を覚える。

 

 あれだ、大型犬。

 飼い主に褒めて貰って凄く喜んでる大型犬に酷似している。

 

 そう気づくと、ぴんと立った耳と振り回される尻尾の幻覚が見えた気がした。

「よかったなぁ、振られなくて」

 支源に絡まれている函朔を後目に、私は空を見上げた。その視界の底に、厳重な関所の門扉が映る。

 いよいよ、正念場だ。

 私は気を引き締め、出来るだけ隊列の中心部に紛れ込むようにして歩いた。

 

 

「庵氏の荷か。いつもながら大層な隊列だな」

「大切な荷でございますので。いつもご贔屓頂いて」

 若旦那が腰を低くして如才無く関守に受け答えする。さりげなく手が関守の袂に潜ったのは心付けだろう。いわゆる、袖の下だ。

「そうか。庵氏の扱う品は上等だからな。通れ」

 心持ち上機嫌になった関守が言うと、隊列は再び動き始めた。私は極力顔を伏せて関を通る。顔がそれほど知られているとは思えないが、何かの拍子に露見しでもしたら一巻の終わりだ。

「おい、待て」

 びくり、と思わず肩が揺れる。しかし関守はただ復路の通行手形を若旦那に手渡しただけだった。

 ばくばくとうるさい心臓を宥めながら、関を抜ける。

 建物が切れ、頭上に空が広がった。

 

 白だ。


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