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 翌日登校してみれば、昨日のみきの事は既に噂になっているらしかった。私とみきはクラスが違うので直接噂は流れて来ないが、色々なところから漏れ聞こえてくる。どうやら、昨日の部活動の時間に、みきが泣きながら走って帰るところを見ていた生徒がいるらしい。

「おはよう神凪」

 中津が欠伸をしながらやってきて、勝手に私の前の席に後ろ向きに座り、私の机にうつ伏せになる。

「人の机で寝るな」

「いいじゃん、まだHR始まらないし。眠い~」

 言っている端から寝息が聞こえてくる。これは駄目だ。私は溜息を吐いた。

「おはよう、神凪」

 挨拶されて顔を上げると、クラスメイトの結城だった。バスケ部所属で、普段はぎりぎりの時間まで朝練をしているのに珍しい。

 そういえばみきは、バスケ部のマネージャーだった。

「今日は朝練無いの?」

「無いことはないけど、早めに切り上げたんだ」

 無駄に爽やかに言った結城は、私の机の上を見て眉を顰めた。

「何その屍」

「見ての通り屍だけど」

「ちょっと君達、勝手に殺すな~」

 起きてたのか。

 寝足りないのか唸りながら身を起こす中津を呆れた目で見ていると、結城が不機嫌に中津の目の前に鞄を置いた。

「どけよ。そこはお前の席じゃないだろ」

「結城君の席でもないよね~」

 結城の眉間に段々と皺が寄っていく。何故だか知らないが、この二人は仲が悪い。と言うよりは、結城が中津を毛嫌いしているというのが正しいか。理由は不明だけど。

「っていうか結城君、朝から大した噂になってるよ~」

「何が」

 舌打ちせんばかりの剣幕で問う結城に、中津はへらりと笑う。

「昨日女の子泣かせたんだって?」

「誤解を招く言い方すんな!」

 結城が机の脚を蹴った。私の机なんですけど。

「告白断っただけじゃねえか」

 わざわざ噂されるような筋合いは無い、と結城が吐き捨てる。うん?と引っかかって、私は口を挟んだ。

「結城」

「何だ」

「相手の子、誰だった?」

 昨日の噂、告白。うん、何だかよろしくない予感がする。

「……何で言わなきゃならねえんだよ」

「確か二組の兼谷さんだよね」

「てめえは黙ってろ!」

 あっさり横からばらした中津を、結城が怒鳴りつける。私は溜息を吐いた。

「原因はあんたか」

「何が?」

 やれやれと額に手を当てる私を、結城が不思議そうに見る。私はそんな結城をじろりと睨んだ。

「お陰さまで昨日、従姉妹に大嫌いって言われた」

「従姉妹?」

「兼谷みき」

 げっ、と結城が顔を歪める。従姉妹かよ、と呟いて、気まずげに眼を逸らした。

「あ~……それは悪かっ……あいつ、余計なこと言ってなかっただろうな!?」

 はっとしたように焦りだされて、こっちも気まずくなる。私は頬を掻いた。

「……言ってないよ……みきはね」

「みき『は』って……」

「誰だっていきなり大嫌いとか言われたら気になるし……兄貴の宗也が教えてくれたけど、理由」

 知らないふりをしても良かったが、それはそれで気まずいので、この際ばらしてしまう。結城が頭を抱えた。

「マジかよ…」

「何何、まずいことでもあったわけ?」

「だからてめえは黙ってろ!!」

 例によって中津が首を突っ込み、結城に怒鳴られている。段々周囲の視線が集まってきているのでそろそろやめにして欲しいんだけど。

「……ばれたんなら仕方ないよな」

 急に結城が覚悟を決めたような目で見てくるものだから、私は思わず動揺して肩を強張らせた。

 まさか言わないよね?こんな、隅っことはいえクラスメイトの大半が揃ってる教室で!

「俺、神凪が好きだ。付き合って欲しい」

 言った。

 言ったよこの人。

 周囲が静まり返る。こら、聴き耳を立てるな!

「うっわお、公開告白」

 中津がぼそっと呟いた言葉が耳に痛い。勘弁してくれ。

「……ごめんけど」

 とりあえずそんな言葉を絞り出すと、どこかからブーイングが飛んできた。

 うるさい、他人事だと思って面白がるな!

「そ……っか」

 結城が肩を落とす。罪悪感から逃れるように、私は目を背けた。

 何で私なんだ、他に可愛い子なんてたくさんいるだろうに。

「でも俺、諦めないから」

 その言葉に、耳を疑う。クラスメイトのはやし立てる声が聞こえた。

 うるさい、面白がるな。

 ふてくされて机に突っ伏そうとした時、ふとこちらを見ている生徒達のうちの一人が目に付いた。

 あんなやつ、このクラスに居たっけ。

 ぼんやりと疑問に思いながらも、特に気にはせずに腕に顔を埋めた。

 元々、クラスメイトの顔なんてまともに覚えていない。



 その日いつも通りに家路に就こうとしていたら、校舎の向こうから怒号が聞こえた。

 特に治安の悪い学校というわけではではないはずだが、放課後の人気のない時間帯などはこういうことが時々ある。

 無視して通り過ぎようとしたら、何だか聞き覚えのある声が聞こえた。思わず溜息が洩れる。

 また何をやってるんだか、あいつは。

 暫しの逡巡の後、校舎裏へと足を向けた。

 覗いてみれば、やはりというか何と言うか、中津が五人ほどの男子生徒を相手取って乱闘していた。その左頬が殴られたのか腫れているのが見て取れる。珍しい。

 中津は相変わらずへらへらとしてはいるが、殴られて頭にきているのか目が笑っていない。蹴り飛ばされた相手が壁に激突して失神した。

 どこか生き生きと相手を殴り倒す中津に、私は額を押さえた。あれは加減を忘れている目だ。暴力沙汰で処罰されたいのか、あいつは。

 私は溜息を吐きながら、乱闘現場へと足を進めた。

 中津を援ける?まさか、私に中津を助ける義理なんて無いし、たかだか五人相手にして助けが必要なほど中津は弱くはない。

 このまま放っておいたら確実にやりすぎるだろう中津を止めるためだ。

「はい、そこまで」

 終了の合図とともに、手近に居た男を蹴り倒す。突然の闖入者に、まだ立っている三人がざわめく。中津は数回目を瞬いてから、へらりと表情を崩した。

「神凪じゃん、どうしたの、こんなとこで」

「馬鹿がやりすぎそうになってたから止めに来ただけ」

 私が言うと、中津は肩を竦めた。

「ああ……確かに、ちょっとイラついてたかも」

 落ち着いたらしい中津が頬に手を当てる。そこへ、我に返った相手が殴りかかった。中津はそちらを見もせずに蹴り飛ばす。私もついでにあと二人を片付けるのを手伝い、中津の頬を見た。

「思い切り殴られてるし。珍しい」

「すれ違いざまにいきなり肩掴まれて殴られたんだもん」

 痛い、と歎く中津に溜息を吐いて、私はとりあえず保健室へ向かうことにした。


「痛い痛い、神凪、痛いって!」

「そのくらい我慢しなさい」

 保健医不在の保健室を勝手に漁り、切ったらしい口の端を消毒してやる。情けなく痛がる中津に呆れながら、私は頬に湿布を貼ってやった。

「そういえば神凪さぁ」

 救急箱を片付けている私に、中津がふと思いついたように問う。

「結城のこと、何で断ったの?」

「何でって……」

 私は眉を寄せた。

「私は結城の事は何とも思ってないし」

「動揺とかしないんだ?」

「生憎そういう面倒なことは考えない主義」

 中津はふうん、と呟いて、回転椅子をくるくると回した。子どもみたいなやつだ。

「まあ、神凪はそれでいいよね」

 何かを自己完結したらしく、私に向き直ってにこりと笑う。意味不明な言動はいつものことなので、私は気にせず再び中津と向き合うように座って口の端に絆創膏を貼ってやった。

 ちょうどその時、保健室の扉が開く。

「失礼します、ちょっと湿布を……」

 入ってきた人物は、私達を見て目を見開いた。更にその後ろからもう一人室内を覗き込んでいて、私は溜息を吐きたくなる。

 今会うのが気まずい人間が、何でよりにもよって揃って来るのか。

「神凪……と、中津?」

 呟いた結城が、途端に不快そうに顔を顰めて歩み寄って来る。

「何してんだよ」

「何って、治療だけど」

 中津が平然と答えると、結城は益々不機嫌そうに私の肩を掴んで中津から引き離した。

「ちょ……」

「何で神凪がこいつの怪我の治療なんかしてやってんだよ。どうせまた喧嘩だろうが」

「いいじゃん、別に誰に治療してもらおうと俺の勝手でしょ」

「何で神凪なんだよ」

 ちょっと、さりげなく肩引き寄せるのやめてもらえませんか。

 後ろ!後ろからの視線が痛いから!

「灯宵ちゃん……」

 見方によっては修羅場っぽく見える場面を作り出す二人に辟易していると、現在もっとも気まずい人物が私を呼んだ。振り向いてみれば、泣きそうなのをこらえているような顔で私の肩を掴む結城の手を凝視している。

 ああ、もう、面倒くさい!

「結城、離して。みき、私は……」

「っ……」

 私の弁解を聞きもせず、みきは保健室を飛び出していった。私は頭を抱える。

「今の、兼谷さん?」

「うん……」

 みきの顔を知らなかったらしい中津が訊いてくるのに、小さく頷く。

 どうすればいいんだ。あの様子だと、みきはまた私の事を怨むに違いない。

「まただ。もう少し考えて行動してくれないかな、結城」

「だって俺は……」

 結城がむくれたように私の肩を引き寄せようとするのを振り払う。

 まったく、どうしよう。

「いい加減に神凪のことも考えなよ、結城君。その考え無しの行動が神凪を家に居づらくしてんだよ」

 中津が立ち上がり、私と結城の間に割り込む。

「家?」

「……中津、よせ」

 私は首を振った。自分の家庭状況なんて、そう喧伝されたいものでもない。

 中津は大人しく口を噤むと、床に置いていた鞄を拾った。自分のと私のと、二つ。

「帰ろう、神凪」

 私の腕を掴み、出口へと向かう。

「待てよ!」

 呼びとめる結城に、中津は一見いつもと同じ、けれど確実に冷めた目を向けた。

「相手の気持ちを尊重できない男なんて、神凪の隣に置けないよ」

 そのまま、中津は私の手を引いて保健室を後にした。


 何となく気まずいまま、家路を歩く。中津は私の腕を掴んだままだ。

「……俺さあ」

 不意に、中津が口を開いた。

「俺、神凪の事は……何ていうか、兄弟みたいに思ってる」

 初めて聞く、このわかりにくい男の本音。

「絶対恋愛じゃないけど大切、みたいな感じかな。うまく言えないけど」

 腕を掴んでいた中津の手が緩んで滑り落ち、ごく自然な動作で私の手を握った。

「だから、神凪を傷つける者は許せない……まあ、神凪は強いから、そう簡単には傷つかないと思うけど」

 悪戯っぽく笑って、中津は繋いだ手を振った。まるで子供がするみたいに。

「何かあったら俺を頼って。俺は神凪の味方だから」

 何を気恥ずかしい事を言うんだ、らしくもない。

 そう言いたくなったけれど、中津が冗談で言っているわけではないことは痛いほどにわかったから。

「……ありがとう」

 私もらしくなく、素直に礼を言ってみた。中津が嬉しそうに笑う。

 世の中捨てたもんでもないかもしれないな、なんて。

 初めて、思った。

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