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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之参 后土の国
23/76

 そういうわけで、私はその日のうちに老人の山小屋を後にし、鴻耀に付いて山を下りた。老人が餞別にとくれた包みの中には、私が好きだと言った木の実が詰まっていた。

 

「そういえば鴻耀」

 山道を歩きながら、ふと浮かんだ疑問を、前を行く背に投げる。

「定期的にあのじいさんに食料を持ってってるみたいだけど、何でだ?」

 この見るからに面倒くさがりで柄の悪い男に、その行動は不似合いに思えた。鴻耀はちらりと私に視線を流すと、至極面倒そうに言った。

「嫌いなんだよ、俺は」

 唐突な、言葉。

 何が、と問わなくても、私には続きがわかる気がした。

「世界が狂った理由を、全部狐狼に押しつけやがって」

 気に食わねぇ、と呟いた鴻耀は、振り返らずに足を速めた。その後を追いながら、まったくだ、と呟く。

 

 それでも人は、何かを憎まずにはいられなかったのかも知れないけれど。

 

 

 それからは殆ど言葉を交わさず、夕刻に私達は街にたどり着いた。ぐるりと城壁と堀に囲まれた街。その門の脇にある番所に鴻耀は顔を出し、私を指し示して何か言った。番兵が頷くのを見て、私を手招きする。城門を通り抜けると、大きな通りが真っ直ぐに続いていた。両側には様々な店があり、沢山の人が行き来している。

「わぁ……」

 私は思わず声を上げた。こんなに活気のある場所は初めてだ。あ、あれは本屋だ。服屋もある。あちこち見回している私の腕を、鴻耀が掴んだ。

「きょろきょろすんな。田舎者って事が丸分かりじゃねぇか」

 溜息混じりに言って、歩を進める。

「はぐれんなよ。面倒だ」

 

 心底面倒そうですね。

 

 私は大人しく腕を引かれて歩いた。鴻耀は時折左右の店に目を配りながら歩いていく。ふとそのうちの一軒に視線を留めたと思うと、真っ直ぐにその店めがけて歩きだした。勿論、私の腕は掴んだままだ。

「ちょ……何でいきなり服屋?」

 引っ張られながら私が訊くと、鴻耀はちらりと振り返って呆れたように言った。

「お前それじじいの服だろうが」

 確かに私は老人に借りた服を着ている。

「年齢にも体格にも合ってねぇ。それじゃまともに動けねぇだろ」

 鴻耀の言う通りかも知れない。私の着ている服は袖口が広く垂れ下がっていて、裾も引きずる長さだ。対する鴻耀を見てみれば、袖口は広めとはいえ私の着ている衣服の半分ほどの幅だし、裾も膝下くらいの丈でゆったりめのズボンが見えている。

「でも俺金持ってないし……」

「ここは俺が出す。働いて返せ」

 間髪入れずに返された答え。

 働いて……って、え!?どこで!?

 戸惑う私を余所に、鴻耀はこじんまりとした店の扉を勢い良く開けた。

登蘭(とうらん)

 店の中には踏み込まずに声を掛けると、奥から出てきたおばさんがぱっと顔を輝かせた。

「あらぁ、鴻耀さんじゃない。お久しぶりねぇ」

 顔見知りらしい。何となくぼうっと見守っていた私を、鴻耀はいきなり店の中に放り込んだ。

「わ……っ!?」

「このガキに適当なもん見繕ってやってくれ」

 たたらを踏んだ私を気にも留めず、鴻耀は言った。抗議しようとした私の声はしかし、登蘭と呼ばれたおばさんの陽気な声にかき消される。

「あらぁ、可愛い坊やねぇ。こういう子は何でも似合うわよ」

「……派手でないのを頼む」

 そう釘を刺してから、鴻耀は続けた。

「俺は別の用事があるから、一経後に迎えに来る。二、三着決めておいてくれ」

「は~い」

 私に口を挟む隙を与えず、おばさんに私を託した鴻耀はさっさと歩き去って行った。

 

 何だこの扱い。

 

「鴻耀さんが人を連れて来るなんて珍しいわねぇ。お友達?」

 私を店の奥の方に進ませて、巻き尺を手に取りながらおばさんが言う。

「……従兄弟です」

 設定は、予め鴻耀と話し合って決めてある。街で過ごすにはどうしても人に話せる素性が有った方が便利だからだ。

「あら、そうなの。お名前は?」

「鴻宵といいます」

 会話の間に、おばさんは私の肩や腕、胴回りなどに巻き尺を当てていく。

「細いのねぇ。歳は幾つ?」

「十五です」

 計測を終えて巻き尺をしまったおばさんは、その答えを聞いてから少し私を見つめた。

「……数えで?」

「……いえ、満年齢で」

 年齢は偽っていないのだが、何かまずかっただろうか。戸惑い気味に見返す私の頭から足の先まで一通り眺めると、おばさんは口角を上げた。私に顔を寄せ、声を潜めて言う。

「あなた……女の子ね?」

「……っ」

 

 バレた。

 

 硬直してしまった私にくすくすと笑い、手を振る。

「大丈夫よ、誰にも言わないから」

「……どうしてわかりました?」

 念の為、訊いておく事にした。改善できる点ならば直しておいた方が良い。女としてこの世界を渡っていくには、やはりまだ不安があった。

「衣服でご飯食べてるのよ。この数字見ればわかるわよ」

 ひらひらと計測の結果を示して、おばさんは笑った。

「でもよく化けてるわよ。女の子として見ても綺麗だけど雰囲気が中性的なのね」

 私をまじまじと見てそう言うと、おばさんは何枚か男物の衣服を引っ張り出した。鴻耀が着ていたのと同じく膝下くらいの丈で、着物のように合わせる襟と広めの袖口には幅広の縁取りがなされている。

「この辺りなら無難ね……帯は少し切っておいてあげるわ」

「ありがとうございます」

 奥の小部屋で私に試着をさせてから、おばさんは三着の衣服を選んだ。

「鴻耀さんは知ってるの?」

 あなたが女の子だって事、と続けられて、私は目を泳がせた。

「いえ……」

「従兄弟なのに?」

 目を丸くするおばさんに、私は慌てて言い繕う。

「あ、いや……従兄弟って言ってもこれまで疎遠だったし、生まれた時から男として育てられたから……」

 苦しいかな、と思ったが、おばさんは納得したように頷いた。

「男の子がいないと何かと大変だものね……でもあなたも辛いわよねぇ」

「いえ……」

 内心冷や汗をかきながらも、私は何とかおばさんとの会話を切り抜けた。

 

 

 

 言った通り一経後に、鴻耀は再び顔を見せた。

 新しい服に着替え、おばさんに出されたお茶を啜りながら雑談している私を見て、軽く眉を上げる。

「何か随分打ち解けてんな。何着選んだ?」

「三着」

 私はおばさんが選んでくれた服を示した。それを一瞥して、鴻耀が金を払う。その間に立ち上がった私は、残り二着と老人に借りた服を布に包んで手に抱えた。

「またいつでも来て頂戴ね」

「お世話になりました」

 おばさんと挨拶を交わす私を面倒そうに待って、私が踵を返したのを見るとすぐに歩き出す。私は慌てて後を追った。外はだいぶ暗くなり、ちらほらと星が出ている。人通りは激減していた。

「どこ行くんだ?」

 追いついて隣に並びながら私が問うと、鴻耀は前を見たまま答えた。

「今夜の宿だ」

「宿?」

 私は目を瞬いた。てっきり鴻耀はこの街に住んでいるのだと思ったが、違うのだろうか。

 訝しげな私の視線に気づいたのか、彼は少し眉を寄せた。

「俺は定住はしてない。或意味逃げ回ってるようなもんだからな」

「逃げ……何から?」

 首を傾げた私に、鴻耀は溜息を吐く。

「朝廷の連中からだよ」

「え?」

 朝廷、というのは橙の政府のことだろう。それが何故、鴻耀を追うのか。

 大路から横道へと入っていく鴻耀と歩調を合わせながら、私は次の言葉を待った。

「俺はこれでも五国方士の一人だ。それなりの力がある」

 言われてみれば、鴻耀の周囲には黄色っぽい精霊が多く漂っている。土精霊だ。

「その力が欲しいのさ、あいつらは」

 私は春覇や爾焔を思い出した。彼らは国の軍に従って他国と戦っている。一方の鴻耀は政府に仕えている気配すら無い。橙の政府は鴻耀が国の為に力を使って戦う事を望んでいるわけだ。あの二人のように、そして朱宿と呼ばれた私のように。

「俺はそんなのはごめんだ」

 鴻耀が淡々と言葉を紡ぐ。

「居場所がわかるとすぐに連れ出しに来やがる。だから逃げてんだ」

 今回も何日か滞在するが宿は変える、と言った鴻耀は、ちらりと私を見た。

「普段はこの都に寄る事があってもその日の内に発つんだ」

 ここって国都だったのか。しかし、普段役人から逃げるように暮らし、都に決して長居しない鴻耀が何故わざわざここに滞在すると言うのか。思い当たる事に気づいた私は、思わず鴻耀の横顔を見上げた。

「何だ」

 鴻耀が煩わしげに眉を寄せる。

「……ごめん」

「あ?」

 出来る限り都には長居したくないであろう鴻耀。それがここに留まるのは、多分私の為だ。知識の少ない私に、都というものを見せ、街に慣れさせる為。

「……謝られる筋合いはねぇよ」

 無愛想にそう言って、鴻耀は歩調を速めた。

 

 

 

 辿り着いた宿は、寝台の他には囲炉裏のような調理場と水瓶があるだけの簡素なものだった。何故囲炉裏があるのかと問えば、普通旅人は携えている食料を宿で自炊して食べるのだと返された。なるほど、と私が呟いている間にも、鴻耀が鍋に穀物を放り込んでいる。私は購入した服を小さく畳み直し、一つに纏めた。風呂敷包みのような形にして体に括りつけて携帯するので、なるべく小さくした方がいい。

 

 暫く、私がごそごそする音と穀物の煮える音、それに時折薪のはぜる音だけが場を満たした。荷物を纏め終えてしまうと、私はする事が無くなってしまう。鴻耀も、黙って火を眺めているだけだ。ぱち、と火の粉が跳ねて鴻耀の方へ飛ぶ。しかし衣服に触れる前に、土精霊がぱっと小さな手で受け止めた。

「……鴻耀って土精霊に好かれてるんだな」

 これまでにも何度か思った事がある。春覇は緑の木精霊や水精霊が側に多かったし、爾焔は分かりやすく火の精霊に主に力が及んでいた。どうやら、方士と精霊にも相性があるらしい。

「……お前、わかんねぇな」

 答えの代わりに、鴻耀が呟いた。首を傾げる私をじっと見つめる。

「朱雀を宿せたっていうから火かと思えば、炎狂から逃げる時は水精霊を使ったって聞いたし。こうして見てても寄ってくる精霊に偏りはないみたいだしな」

 そう言われて、そういえばそうだと思い返す。どの精霊も大体近くにいるし、頼めば動いてくれる。

「普通偏るのか、やっぱ」

「ああ」

 あっさり返されて、二の句が継げない。やっぱこの世界にはわからない事がまだまだ多い。

「ま、気にしなくてもいい。……こんな力、持ってて得するもんでもねぇし」

「え?」

 ぼそりと呟かれた言葉に聞き返すも、鴻耀は答える事なく煮えた粥を器に取り分け始めた。

 その横顔を見ながら、ふとあの顔の傷は何で付いたんだろうと考えてみる。いつも面倒そうで適当に生きてるように見える鴻耀にも、それなりの事情ってものがあるのかも知れない、と漠然と思った。

 受け取った雑穀の粥は、ほんの少しだけしょっぱかった。


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