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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之参 后土の国
22/76

訪問者

 それから数日は、老人の言葉に甘えてその小屋で過ごした。

 

 山へ薪を取りに行ったり、木の実や食用になる野草を教わりながら採集したり、小屋の側にある小さな畑を耕したり。そういった老人の手伝いをしながら、空いた時間には渓流で遊んだり精霊と話をしたりして過ごす。精霊達はやはり狐狼である老人には近寄ろうとしないが、私が一人で小屋から離れているといつも通りに近づいて来た。

 

 風の精霊の噂に、爾焔が宰相を罷免された事を知った。恐らく、私を逃がした罰なのだろう。

 白が紅軍を押し返して失地を回復し、同時に碧が軍を引いた事も、精霊が教えてくれた。

 

 そういった情報をぽつぽつと得つつ山中で過ごす日々は、この世界に来てから初めての穏やかで安らいだ時間だった。

 

 それが七日ほど続いたある日。

 

 私は老人と二人で軽い昼食をとっていた。山で採った野草のスープに、雑穀を野菜と共に煮たもの。そういえば、と私は気づいた。野草や野菜は山や畑で採ってくるものだが、雑穀は山にも老人が耕す小さな畑にも無い。一体どこから手に入れるのか。

 その疑問を何とはなしに老人に訊いてみると、老人はああ、と頷いた。

「それは……」

 老人が言いかけた時。

 いきなりバンッと音を立てて小屋の戸が開いた。思わずびくっと肩を跳ねさせてそちらに目を遣る。粗末な扉は乱暴に開けられた反動で壁にぶつかり、ゆっくりと戻ろうとしていた。

 

 今、蹴ったよね?

 あれは絶対蹴り開けたよね?

 いや、壊れるから。ただでさえ粗末な小屋なのに、そんな扱いしたら絶対壊れるから!

 

 混乱気味の私をよそに、ドアを蹴り開けたであろう張本人はずかずかと小屋に踏み込んで来た。濃い黄色の衣を着た男だ。年の頃は爾焔と同じくらいだろうか。二十代半ばから後半くらい。栗色の髪を後頭部で束ねている。

 私が呆然とそいつを見ていると、老人は深い溜息を吐いた。

鴻耀(こうよう)。扉は手で開けるものじゃといつも言っておるじゃろうに」

 その言葉を聞いて、鴻耀と呼ばれた男はだるそうな目を老人に向けた。その眉間から右頬にかけて、鋭い傷跡が走っている。

「仕方ねぇだろ。両手塞がってんだから」

 そう言って、鴻耀は抱えていた袋をテーブルに置いた。置いた時にざらりと粒の擦れる音がして、もしかするとこの男が老人に食料を届けているのかも知れないと思い当たる。

「で」

 今にも欠伸をしそうな気だるげな態度のまま、鴻耀は視線を転じた。飴色の冷めた瞳が私を映す。

「何だこのガキは」

 失礼な奴だな!

「初対面でその態度はどうかと思うぞ」

 私が思わずそう言うと、男は少しだけ目を眇めた。

 知るか、と言われた気がしてむっとする。

「鴻耀。彼は朱宿じゃ」

 老人にそう紹介されて、そういえば名乗り損ねたままだった事に気づく。数日一緒に過ごしても、二人だけだと名前を呼ぶ必要性っていうのはあまり無くて、私も未だに老人の名前を知らない。

「朱宿?……何でそんなもんがここに」

 私も訊きたいよ。

 

 とりあえず、老人が私の現れた状況を説明するのを黙って聞く。私が白に行きたいと言った事まで、老人は丁寧に話してくれた。

「ふぅん」

 それだけ言って、鴻耀は私を見下ろす。

「白に……な」

 呟いて、私には話しかけず老人に目を戻した。

「手配はするが保証は出来ねぇよ」

 確認するような言葉に、老人は頷く。

「致し方あるまい」

 そう言ってから、老人は私の方を見て鴻耀を手で示した。

「この男は鴻耀。五国方士の一人、橙の轟狼(ごうろう)じゃ」

「その言い方やめろよじじい」

 鴻耀が嫌そうな顔をする。私は首を傾げた。

「あの……五国方士、って?」

 恐る恐る尋ねてみると、二人の視線が一斉に私に向けられた。少し居心地が悪い。

「おいおい……大丈夫なのかよ、こんな世間知らずで」

 鴻耀が呆れたように言う。老人も何か考えるように髭を撫でた。

「や、俺……実は凄い山奥の村に住んでて、出てきたばかりなんだ……」

 苦しい言い訳だと自覚しながら、心持ち身を縮めて私が言うと、二人は目を瞬いた。

「そりゃまた奇特だなおい」

 鴻耀が呆れたように呟く。老人と一瞬顔を見合わせて、それから視線を戻した。

「五国方士というのは、五国それぞれで最も力が強いと言われる方士の称号じゃ」

 老人が解説を始めた。

 それって、つまり国で一番の方士って事だよね。だとすると、鴻耀って結構凄い人なんじゃ……

「因みに五国方士は、この轟狼の他に昏の氷神、白の刃仙、それに紅の炎狂、碧の覇姫じゃ」

 

 ん?

 あれ、炎狂が爾焔で覇姫が春覇だよね?

 ひょっとして私の五国方士遭遇率って、とんでもないことになってません?

 

「……炎狂のとこにいたくせに知らなかったのかよ」

 私が呆気にとられていると、呆れたように鴻耀が呟いた。それから軽く頭を振って話を変える。

「そういやお前、名前は?」

「……神凪灯宵」

 私が正直に名前を告げると、鴻耀は眉間に皺を寄せた。

「……よほどの山奥に住んでたんだな、変な名前だ」

 変って言うな!本当に失礼な奴だな!

「字はあるのか。どう書く」

 そう訊ねられて、私はちょっと首を傾げながらも、ともしびの灯に日暮れの宵、と答える。暫く何かを考えていた鴻耀は、やがてよし、と呟いた。

「鴻宵」

「は?」

 唐突な言葉に私が首を傾げると、鴻耀は相変わらず面倒そうに付け加えた。

「お前のここでの名前だ。実名から一文字でいいだろ。姓は俺と同じ。割とよくある姓だしな」

 それに親戚ってことにしとけば何かと動きやすい事もあるだろ、と続けた鴻耀に、私は目を瞬いた。柄は悪いが案外面倒見が良いタイプなのかも知れない。

「鴻、宵……名前は一字か」

 私は確かめるように呟いた。ここに来て出会った名前は、一字か二字だ。

「当たり前だ。普通は一字名なんだよ。二字名は特殊だからな」

「特殊?」

 首を傾げた私に、鴻耀はその辺の行李に腰掛けながら頷いた。

「二字名を持つ人間は二種類。地位の高い血筋に生まれた奴と、功績を上げて王から二字名を与えられた奴だ。五国方士で言えば覇姫、紀春覇が前者で炎狂、依爾焔が後者だな」

 成程。

 そういえば、範蔵とか錫雛とか、地位の高くない人達は皆一字の名前だったな。

「春覇って地位が高いのか……」

 確かに方士だからっていうだけではなさそうな待遇だったな、と私が考えていると、鴻耀は溜息を吐いた。

「あのな……紀は碧の王家の氏だぞ」

「え?」

 それって……

「紀春覇は碧王の一族だ」

 マジですか。

 そりゃ軍を率いてた武将が遠慮する筈だ。春覇を呼び捨てた時に凄い剣幕で怒られた事を思い出す。知らなかったとはいえ、今更ながら後悔の念が押し寄せて来そうだ。

「それはそれとして」

 老人が話を仕切り直す。

「白へ入れてやる事は出来そうかの」

「手段はあるさ」

 そう言った鴻耀が、そこらにあった湯呑みを勝手に取って急須から茶を注ぐ。

「まぁ暫くは俺の側で待機して貰う事になるだろうがな」

「待機?」

 言葉を反復した私に、茶を啜りながら頷く。

「『アテ』がな。今この国にいねぇんだ。そいつが戻って来次第、会わせてやる」

 その言葉に納得した私は、ふと首を傾げた。

「ならここに居てもいいだろ?何であんたと?」

 こんな性格だし男として振る舞ってはいるが、一応私も女だ。どっちかっていうと若い男よりは老人と暮らす方が落ち着く。

 しかし鴻耀は、冷ややかな目で私を見た。

「ここじゃその世間知らずがどうにもならねぇだろ。街に出て少しは学べ」

 

 ごもっとも。

 

 そういえば私はこっちに来てから軍隊と紅の離宮、それにこの小屋でしか過ごしていない。街にどんな生活があるのか、確かに知っておかなきゃならないだろう。


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