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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之弐 炎熱の国
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朱雀の力

 戦場が近づいている。

 水を補給した軍は勇躍して速度を上げ、救援を求めている邑を目指した。

 その道すがら、馬車に乗っているだけの私は暇潰しも兼ねて爾焔からこの大陸の情勢について様々な話を聞き出した。

 

 歴史書にあった通り、今大陸に存在している国は五つ。そのうち最も強大なのが北方の昏で、東の碧、南方の紅、西の白がほぼ同程度の大きさで鼎立している。その四国に囲まれるようにある橙が、今は最も小さい。春覇も言っていたように橙は昏に領地を大幅に削られて弱体化しており、他の国とも大規模な衝突を起こして惨敗したことがあるらしい。爾焔に言わせれば、橙がまだ辛うじて生き残っているのは周りの国が他の国との攻防に忙しく、橙に構う暇を持たない為だという。

 目下、紅は時折碧と小競り合いをしながらも兵力の大半を白に向けており、白も強大な昏を避けて紅の方へ領地を広げようとしている。昏は碧、白、橙の三国の国境をしばしば侵すが、最近は特に碧の地に手を伸ばす事が多く、碧の方も敢然と反抗しているそうだ。国境を接している国はどうしても諍いを生じるので、当然仲は悪い。そこで離れた国と結ぼうという動きが当然出てくるが、今の所成功はしていないらしい。碧と白は昏や紅の妨害によって使者の往来がままならないし、昏と紅はそもそも結ぶ気が無い。昏は他の四国を武力で攻め潰す自信を持っているし、紅の方もそんな昏と結べない事は心得ているわけだ。

 

 ふむふむと納得しながら目を正面に戻した私は、地平線に微かな土煙を見た。

「見えてきたかな」

 爾焔の呟きに、それが白軍の起こすものだと悟る。前進するに従って土煙の中に城壁が見え、その手前に白い旗が、そして白っぽい軍隊が見えてきた。向こうもこちらに気付いたらしく、城壁に向かっていた陣形が動いてこちらに向き直る。

「止まれ!」

 錫将軍の号令が響いて、軍が止まった。白軍から白い鎧を纏った武将が一騎進み出てくる。こちらからも錫将軍が単騎進み出て、二騎は両軍の真ん中辺りで止まった。二人の距離は五メートル程だ。

「函猛!また貴様か」

「それはこちらの言う事だ、錫徹。いい加減その面は見飽きたぞ」

 二人が言い合いを始める。

 ……多分宣戦布告なんだろうが、何か私怨たっぷりな気がしなくもない。

「黙れ!何度我が国を荒らせば気が済むのだ」

「決まっているだろう、紅が我が国に屈服するまでだ」

 函猛と呼ばれた相手の武将は、見たところ錫将軍と同じくらいの年のようだ。一頻り言葉を応酬した二人が、同時にさっと手を挙げる。太鼓が鳴って、両軍がときの声を上げた。

「今日こそは葬り去ってくれる」

「屍と化すのはそちらだ」

 二人が馬を翻して自分の軍へ戻る。入れ替わるように、歩兵が前進を始めた。

「城内に使いを」

 爾焔の指示で、敏捷そうな兵士が二人、戦陣を抜けて走っていく。

 

 本当に、目の前で戦が始まるんだ。

 

 私は先陣に目を凝らした。二回目の太鼓が響き、兵士が走り出す。

 両軍がぶつかる瞬間、私は思わず目を閉じた。

 剣戟の音、喚声、馬の嘶き。

 私は恐る恐る目を開けた。開けたくなかったけれど、開けなければいけない気がした。

 戦場を見るのは二回目だ。爾焔にさらわれた時と、今と。でも、全面衝突は初めてで。

 中軍にいる私にとって、戦場はまだ遠い。遠いのに、ともすれば体が震えそうになる。

 この世界では、こんな事が当たり前なのか。

 飛んできた矢が、近くに落ちる。

「朱宿、頭を低くしておいで」

 いつの間にか、爾焔が矛を握って車内で立ち上がっていた。

 

 戦いが、来る。

 もう、そこまで。

 

 私は呆然と戦いのさまを見つめていた。信じられないほどあっさりと人が傷つき、倒れていく。

 両軍の先陣が入り乱れ、戦闘の波が中軍に及ぼうとした時。

 城門が開き、吐き出された兵士達が城壁の周りに残っていた白の兵に襲いかかる。城兵が反撃に出たのだ。

 白の軍中で、鉦が鳴った。

 白軍が戦いながら退いていく。錫将軍が深追いを戒めて軍を立て直した。包囲を突破した城兵がこちらに合流し、白軍は城壁から離れた場所に改めて布陣する。

 そんな一連の出来事を、私はただ眺めている事しか出来なかった。

「白は滞陣するつもりだろうか」

 爾焔の所へやってきた錫将軍が問う。爾焔は首を振った。

「長引けば白の不利は必定。こちらが城兵を把握しきらぬうちに仕掛けて来ましょう」

「私もそう思う」

 爾焔の予測に、錫将軍が頷く。果たして、白の陣中から太鼓の音が聞こえた。一度陣を整え直した白軍が、再びこちらへ向かって来る。まるで白い波が寄せてくるみたいだ。

 こちらも進撃しようとした錫将軍を制して、爾焔が私に目を向けた。

「朱雀」

 呼ばれた名に、どくんと体内が脈打つ。

 

 朱雀が、反応してる?

 

「あれは我らが南の地に仇為す侵入者……汝が守護の地を守りたまえ」

 爾焔の声が僅かに硬質な響きを帯びる。途端に燃え上がるような熱を感じて、私は胸を押さえた。

 私自身の意思の外で体が立ち上がり、白軍を見据える。

 朱雀が私の体を動かしているんだ。

 気付いた私の意識が足掻いても、その動きは止められなかった。

 感覚はある。なのに思うように動かない。まるで理不尽な夢のようだ。

 そしてそれは、確実に悪夢で。

 ゆっくりと私の体が右手を前に出し、水平に保ったまま左側に持っていった。掌を白軍に向ける。

 体内で湧き起こった霊力に、私は朱雀の意図を悟った。

「――やめろ!」

 制止の言葉は口から出たのに、私自身の腕が凪ぎ払うように振り切られるのは止められなかった。

 腕の動きに一拍遅れて、その軌道を辿るように白軍の足下から火が噴き上がる。端から端へ、次々と地が火を噴いて、白の兵を吹き飛ばした。

 轟音と絶叫の響く中で、私は呆然と膝をついた。酷い疲労感が体を襲い、息が上がる。

 でもそれ以上に、目が離せなかった。

 

 燃え上がる炎から。

 紛れもなく自分がやってのけた事から。

 

 私は己の肩を抱いて忙しなく息をした。そうしなければ、大声で喚いてしまいそうだ。

 

 私は軍隊を一つ、破壊した。

 燃やした。

 ……兵士を、死なせた。

 

「素晴らしいよ」

 震えを抑えるのに必死になっている私とは対照的に、爾焔は恍惚とした表情で炎を眺めた。

「やはり君には朱雀を生かす力がある……まさに我が国の宝だ」

 爾焔がそう言って、私の肩を抱いて引き起こす。爾焔に支えられるように立った私に、紅兵は万歳を叫んだ。

「朱宿様!」

「守護神様!」

 

 やめて。

 やめてくれ。

 

 赤い炎に照らされて、私はただ立ち尽くしていた。


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