夢
もしも、運命とやらが存在して、それが動き出す瞬間というものがあるとしたら。
それは多分、この日だったのではないかと、私は思うのだ。
良い天気だ。
延々と続く呪文のような授業に、私は欠伸をかみ殺す事もせず頬杖をついた。
今は英語の時間なのだけれど、教師が良い歳のお爺さんで、子守唄にぴったりのゆったりとした語り口で授業を進めるため、生徒の大半が夢の国へ旅立っている。私もご多分に漏れずうとうとしながら窓の外を見た。
青い空にちらほらと浮かぶ雲の白さが眩しい。視界に入る木の枝に、鳥がとまって羽の手入れをしていた。長閑な事この上ない陽気だ。窓から差し込む心地よい日差しの中、私は重力に逆らわずに瞼を下ろした。
真っ白な視界。
とても静かで、どこか無機質にも感じられる殺風景な場所に、私は立っていた。
ああ、これは夢だ。
そう確信できたのは、その場所の風景に見覚えが無いこともあったが、それ以上にそこに居た人間を見たからだった。
「お父さん、お母さん……」
逆光になっていて顔が見えにくいが、はっきりとわかる。私の前に居るのは、私の両親だった。
――二人とも、三年前に事故死した。
「何で、今更こんな夢……」
二人が亡くなってから、はや三年。勿論、当時は哀しかった。何も手に付かなかったくらいだ。茫然としている間に、私は伯父夫婦に引き取られた。それから月日が流れた今、二人のことを想い出として振り返れるくらいには割り切れた。もう、親が恋しい年齢でもない。経済的にはまだ自立できない子どもではあるが、それもあと三年。高校を出たら働いて、独り立ちする予定だった。
だから、今更両親のことを思い出して悲嘆にくれるようなことはない。
なのに、何なんだろう、この夢は。
「灯宵」
柔らかい声が、耳に届く。
「……頑張りなさい」
何を、と問う暇も無く。
視界がぐるりと歪んで、場面が変わった。
夢というのは、本当に理不尽だ。
雨が、降っている。
さあさあと、哀しげにそぼ降る雨。
その音だけが、私の聴覚を支配している。
冷たい、雨だ。
体が動かない。頬に、濡れた地面の冷たい感触があった。必死に持ち上げた視界に、去って行く背中が見える
私は手を伸ばした。届く筈も無い。震える手の向こうで、その背中はどんどん遠ざかって行く。
ごめん、なさい。
後悔はしていない。
けれど、許されるなら、ただ祈りたいんだ。
この世界が、そして貴方が――幸せを、取り戻せますように。
祈る声は、もう届かない。
中空に差し伸べた手は、やがて力無く地面に落ちた。