激動
「なーんもでねぇな」
夜の明成市のビル街。
基本的に明成市の会社はかつての地震の際に率先して復興に参加した企業ばかりだ。
それゆえにそこそこ田舎だった明成市にも高層ビルいくつかある。
しかし、本来なら深夜までも光を放つ光は無い。夜の八時という時間にも関わらず。
それは高層ビルだけではない。小さいビルやマンション、飲食店にも光は無く、車すらない。
位相空間。
任意の範囲の空間の座標を意図的にほんのわずかにずらす。
そして、ずれて生まれた空間には動物は存在せず建造物や植物のみが残り、生物は展開時の設定によって変わるが基本的には魔力保有者だ。
現在、駆が展開している空間の場合も少しいじってあるが、基本的なものだ。
人のいない光景をビジネスマンションの屋上。
「さすがにおかしいな」
「ああ、なんというか、アレだ。日本で言う……嵐の前のシークアーサー?」
「“嵐の前の静けさ”な……」
「いやでも、頼りになりそうだな……」
確かに。
残念日本語は置いといて。
……確かに何も無さ過ぎる。
二週間も探しても全く音沙汰なし。
「どこにいんのかねぇ」
「それがわかったらここでくすぶっていないだろう」
「だよなぁ」
カンナのぼやきも理解できる。
正直言えばお手上げだった。
いままで雪村沙姫を狙ってくる連中もいろいろ面倒な仕掛けをしてきたが、二週間以上潜伏し、何もしてこなかったという試しはない。
……何が目的だ……?
いまいち意図が読めない。
だが、このままビルの上にいても仕方ない。
「カンナ、リーシャ、一度上がろう。」
帰ってきた反応には差があった。
「もうちょっと探索続けようぜ」
「そうだな、このまま続けても非効率だ」
「……」
カンナの答えに少しだけ驚く。
「……どうした? 珍しいなカンナ。こういう探索は嫌いだろに」
「え、いや、もし、こういう気を抜いたときに来るんじゃないかって……」
「まぁ、一理あるけどな」
……どうするかな。
顎に手を当て、考えようとして、
「なら、いい考えがある」
「何?」
「私も一度『ルイーナ』まで戻ってあの合法ロリに会いたくは無いからな、間を取って――」
「間を取って――?」
リーシャは得意げに笑い、
「私の部屋に行こう」
・・・・・・・
数分後。
先ほどのビルから少し離れたビジネスマンション。
地上七階のエレベーターの中に三人はいた。
「結構いいとこに泊ってんだな」
「まあな。『教会』から依頼を受けた時に結構な額の支度金をもらったからな」
扉の前にリーシャとカンナ。駆は腕組をして後ろの壁に背中を預けている。
「そういや、追いかるのに世界中回ってたらしいじゃん」
「ああ、ヤツもいろいろな国を迂回して日本に入ったからな。私もいろいろ回ったもの
だ」
「なら、そのいろんな所で結構な額の金で遊んでないよな」
「……」
「……」
ちーん、と音が鳴った。
「ほら、着いたぞ。エレベーターから近いんだ」
「いや、ちょっと待てよ!」
何もなかったようにリーシャはエレベーターを出て、カンナがそれを追う。
「何だ」
「え、何?もしかしてお前、追いかけるとか言って、遊んでたのかよ!」
「そんなわけないだろう」
「だ、だよな。いくらなんでも――」
「せいぜいB級グルメの食べ歩きをしたくらいだ」
「満喫してんじゃねぇか!」
歩きながらも騒ぎ合う女子二人を見て、
「……仲いいなお前ら」
駆が呟いたのは聞こえなかった。
・・・・・・
そして。
リーシャとカンナは騒ぎながら。
駆は二人を眺めながら。
リーシャの部屋の前まで着いて。
扉を、開けた。
開けてしまった。
・・・・・・
すべては一瞬の連続だった。
「……?」
リーシャが扉を開けた瞬間に感じたのは二つの熱だった。
一つは開かれた扉の室内からのやけに高い気温。
もう一つは。
……は、え、て?
体温だった。正確に言うならば後ろに居たはずの黒崎駆腕の体温。
それがリーシャの腰に回されている。
それら意味は理解できずとも認識した次の瞬間。
「!?」
周りの大気が室内に吸い込まれ、それに抵抗するかのように駆がリーシャの腰を、そしておそらく自分の横に居たはずのカンナも掴んで走り出した。
「な、何を……?」
「お、おい駆……!?」
「黙ってろ!」
次の瞬間、リーシャは紅蓮の花を見た。
「!!」
炎だ。リーシャが滞在していた部屋から炎が吐きだされる。
先ほど感じた高い気温の意味を理解する。
同時に駆が走りだした意味も。
駆はリーシャとカンナを抱えたまま走る。が、突如として現れた炎はすぐそこまで迫っている。
……私たちが重りに……。
自分とカンナを抱えているせいで駆のスピードが制限されている。出来るのなら自らの足で走りたいが、自分は肉体面においては一般人とさほど変わらない。
魔術を使えば別だが、彼女の魔術は自分の肉体に行使するとなれば時間が掛る。
未だ、詳細な能力がわからないカンナも駆が抱えているからにはそれほど速く走れないのだろう。
それでも。
そんなリーシャの思考は杞憂だった。
「身体、強化。脚部、付与……!」
引き金の言霊。
それと共に駆の両足からの魔力が宿る。
黒の魔力光を弾かせながら加速し、炎を引き離す。
ほんの一瞬で非常階段の扉に近づく。近づき、強化された脚で蹴りを放つ。
交通事故のような音を立てながら、扉が吹き飛んだ。
蹴り脚でそのまま外に出て、
「……チッ」
舌打ち共にリーシャとカンナは、
「な……」
「ちょ……」
地上七階から放り投げられた。
奇妙な浮遊感が体を体が包む。
リーシャは空中移動に関するスキルはない。
というより彼女の魔術では出来ない。
瞬間的な強化は不得手で。
空中移動は不可能なのだ。
手足を無様にバタつかせているも恐らく同様だろう。
それを横目に確認した瞬間、轟音がした。
非常階段の入り口で二人を投げた姿勢から回復していない駆の後ろ。
炎が迫っていた。
「クロサキ……!」
「駆……!」
声が重なった。
それに答えるように、駆が飛び出しそのままリーシャとカンナをキャッチ。
背後の炎から二人を庇いながら駆は、
……!?
空中を、蹴った。
紙袋が破裂したような乾いた音が鳴る。
同時に前方から強い負荷を受ける。
思わずうめき声が漏れ、何とか確認した視界は夜闇に沈む街並みが後方に流れている。
移動しているのだ。
……空間跳躍!?
高速移動に関するスキルの中では高位に分類されるスキルだ。
……こいつ、やはり魔術師では無いな!
主に騎士や拳士が使用するスキルでもある。
魔術師が使えるものではない。
破裂音は連続する。七度目で、
「見つけた」
向きが変わった。
再び数度の破裂音が響く。向かう先はビルの屋上だ。
強烈な負荷の中で目視したそこには。
「……!? あれは!」
駆が着地し、
「カケル! あいつが……!」
リーシャの言葉よりも早く抱えていた二人を落として飛び出す。
その先には一人の青年がいた。学者のような服装だが、身だしなみ自体はだらしない。藍色の髪は無造作に伸ばされている。
リーシャがこの街に来る前から何度か遭遇し、駆とカンナは二週間程前に写真で見た男。
「ハイア・セルテス・ガードナだ!」
その言葉に後押しされるように駆が走る。
駆の両手に何もない。
双刃銃を具現化する暇も惜しいとばかりに徒手空拳で行く。
目の前の青年はポケットに手を入れたまま動かない。
ただ、こちらを見つめるだけだ。
駆の右手が黒の魔力に包まれる。
同時にリーシャの視界の中、駆の膝が今までよりも深く沈んだ。
次の瞬間には駆は青年に目前にいる。
……舜動術!
空中移動の基礎となる移動スキルだ。
駆は青年の目前で拳を振りかぶり、
「『影の乙女は主を守らん』」
ぶち込んだ。
・・・・・・
……どうだ!?
カンナは駆が拳を叩きこむのを確かに見た。
駆は素手でもかなり強い。
カンナの脳裏にかつて入学直後の部活勧誘の時に駆が空手部部長を殴り飛ばした姿がよぎる。
その拳に魔力が追加されている。そんなものを喰らえばかなりのダメージを受ける。
が。
「くだらん」
未だポケットに手を突っこんだままの青年――ハイア・セルテス・ガードナは何のダメージもなかった。
「そんな見え見えの攻撃が通じるとでも?」
突き出された駆の拳がハイアの胸の数センチ手前で止まっている。
……黒い板……?
拳が黒い板のようなものに受け止められている。
「操影術……!」
リーシャが苦々しげに呟く。
「くだらん」
ハイアが右手を掲げた。
「駆!」
「攻撃とはこういう風にやるべきだ」
ハイアの背後、そこからいくつかの影の帯が飛び出した
否、帯ではなく槍だ。影の槍。
それらは駆へと降り注ぐ。
「……っ」
後ろに大きく跳ぶ。が、影槍は軌道を変えて駆を追う。
……追跡かよ!
数本の影槍が駆に追いつくが、黒の魔力を纏った拳でたたき落とされる。
さらに自分たちの所まで駆が跳ぶがそれでもまだ追ってくる。
駆の顔が歪んでいる。
……駆!
懐から棒状の鉄を取り出す。
「錬鉄……」
「『K』
リーシャもカードを指に挟み投擲する体勢だ。
だが。
「動くな!」
駆が二人を庇うように、左手を突きだす。
突き出された手のひらから生まれた銀色の魔法陣が影槍を受け止める。
ようやく影槍が止まった。夜の闇に溶けてゆく。
駆とハイドの手が下がる。
駆に庇われた。
その事にカンナは唇をかみしめる。
……くそ。
場違いな悔しさが胸に広がる。
……まだ、足りないのかよ。
「ふむ」
初めて、ハイドが興味を持った声で口を開いた。
「見たところ貴様の魔力光、肉体強化などの強化魔術は黒、防御や補助魔術は銀で使い分
けているのか?いや、双刃銃自体は左右で色が違うだけで変わりが無かった。どうなっている……?」
俯き、ぶつぶつ呟き、口元を歪めながら顔を上げ、
「興味深い」
……なんだ、こいつ?
仮にも戦闘中だ。
カンナもリーシャも駆でさえも怪訝な顔で見つめる。
「ん?ああ、悪いな。これでも学者だからな」
理由になって無い理由を語り、
「ハイア・セルテス・ガードナだ。趣味は読書と研究嫌いなものは肉、特技は楽器演奏に暗記だ。使用術式は操影術、所属は現在無し」
ちなみに
「目的は――特異点の抹殺だ」
「!?」
ばっさりと言った。
「どういう、つもりだ……お前」
「別に。それにその魔術師がいるのなら私の事は大体知っているのだろう? というより私がこう言うことを分かっていてこの二週間ほど探し回っていたんだろう?」
まったくもって、うっとうしい。
「おかけで、術式の準備が手間取ってしまった」
「何……?」
「バカな!二週間探し回ったがなんの気配もなかったぞ!」
「当然だろう、気付かれないように仕掛けたんだからな」
「ぬ……」
言いくるめられたリーシャを庇うように駆が一歩前に出る。
「おい、一つ……聞かせろ」
「なんだ? お前たちに気付かれずに仕掛けた方法か?それとも何を仕掛けたか……」
「もう……仕掛け、終わったのか?」
「……ほう」
驚いたように目を細めるハイア。
「ククク、それを聞くか。大した精神だ。普通なら何が仕掛けられているかが気になるだろうに」
「……答えろ」
「もう終わったよ、貴様らの学園に仕掛けた。」
「……!」
……そんな!
ハイアは懐から懐中時計を取り出し、
「夜明けに発動するように仕掛けてあるから……うむ。あと十時間ほどだな」
「おい……」
「どうした? ああ、そうだな。術式の内容なら『矛盾の螺旋』を元にしたものだ。対象
を虚数空間に放り込み『何もないはずの所に何かがある』という事象の矛盾によって崩壊を引き起こさせるものだ。今回は範囲と持続時間を広げているのだが……」
「待て! どういうつもりだ……!」
リーシャの叫びと飛ぶ。
「なぜそこまで詳細に話す!? どういうつもりだ貴様!」
「別に。貴様たちではもうどうしようもない」
「何……?」
「魔術師の小娘などいまさらだ。そっちの『奇跡求める悪魔』の連れもどうとでもなる」
「……俺の、事もどう、とでもなる……と?」
駆の問いも、
「ああ。今の貴様なら、な」
「……っつ」
「駆……?」
「なぁ、そこの二人。先ほどの炎はいわゆるバックドラフトというヤツだ、中々の火力だ
ったろう?」
「それが、なんだと言うんだ……?」
「わからんか?」
ハイアの足元の影が揺らぐ。
「そんな炎からお前ら二人を庇って」
無事で済むと思ったのか?
言葉と共にハイアの身体が沈み、リーシャとカンナが追おうとして、
どさり、と音がした。
「……カケル!?」
「……駆!?」
黒崎駆が倒れた音だった。
息が荒く、額には脂汗が浮かびその背には、
「火傷か……!?」
おそらく非常階段の時に受けたもの。
そしてそれは、
……私たちを庇って。
「くそっ……」
悔しさと情けなさに拳を、
「くそっ……!」
地面に叩きつけた。