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黄昏

 日が落ちていく。

 冬の季節故に暗くなるのが早い。

 明成学園の放課後には様々な音がある。

 コの字型の校舎の内側にあるグランドでは野球部のノック音やサッカー部員が叫ぶ声。 どこかの教室からは楽器を奏でる音がある。

 帰宅途中の生徒たちの喋り声もありそれらが放課後の音が作られる。

 日が沈みつつある教室で黒崎駆はそれらの音を耳にしながら明成市の街並みを見つめる。

 明成学園は扇形の明成市の端にあり、校舎からは市の全容を見ることが可能だ。

 学園がある丘の下からは住宅街が多くあり、遠く街の中央には娯楽施設や公共施設がある。

 そして。

 それらよりさらに向こう。

 何もない、正確にいえば瓦礫ばかりの空白地帯がある。

 十年前の十二月二十五日。

 その日、明成市と隣接する二つの市を震源地とした地震が起きた。

 震度七を記録した大震災。

 それはあっさりと。

 あっけなく。

 当り前のように。

 全てを破壊した。

十年の月日が流れた今、いくつかの企業が復興作業を精力的に行ったがしかし爪痕は確かに残っている。

 現に明成学園では一人暮らしの生徒や寮暮らしの生徒が多い。

 駆自身も一人暮らしだ。

 十年前に地震で家族を失った。

とある男に引き取られ、息子になり一時はこの街を去った。

その養父も五年前に死んでしまった。

 そして明成市に戻ってきて今に至るのだ。

 あの空白地帯を見るたびに思う事だ。

 もっともそれは、この街に住む人々ならば誰でも。

 何かしらの思う事はあるだろうけど。

 そこまで思った所で。

 がらりと、教室のドアが開いた。



「あれ?」



 振りかえった先。

 学級日誌を胸に抱えた瑠璃色の少女がいた。

 柔らかく整った顔に起伏にとんだ身体付き。

 白い肌は処女雪のようで唇は桜色。

 そして。

 深く吸い込まれるような瑠璃色の髪と瞳。

 髪は腰まで伸びていて夕焼けに煌めく。

 瞳はややたれ目気味で柔らかい。

 彼女は駆を見て少し眼を見開き、



「こんにちは、かな。黒崎君」



 にっこりと笑った。

 それに対し、



「……もう夕方だよ、雪村」



 疲れたように答える駆に雪のような少女――雪村沙姫は再び笑った。







・・・・・・







「わたしは日直だったんだけど、黒崎君はどうしたここに?」



「……別に。バイトまでの時間つぶしだ」



 ……宋真め、知ってやがったな。

 思わず、心の中で毒づく。

 食堂での宋真を思い出す。



「そう」



 にっこりと笑う雪村。

 そのまま自分の席に向かう。クラスの真ん中の席だ。

 抱えていた学級日誌を開き記入しだす。

 すこしだけ彼女を眺めていた駆も再び窓の外を眺める。



「…………」



「…………」



 ふたりとも言葉はない。ただ放課後の音と日誌へ記入するペンの音だけがある。

 駆はただ外を眺め続け、

 雪村は日誌へと記入を続ける。

 どれだけ時間が経っただろうか、あまり経っていなかった気がする。

 ふと、雪村が席を立った。

 雪村は席を立ち、こちらを見てニッコリと笑い、



「日誌、出してくるね」



「……そうか」



 駆も雪村に視線を送り答える。

 教室を出るまで眺め、また視線を窓の外へ。

 雪村の足跡が聞こえなくなった所で、思わず息がこぼれ、机に突っ伏す。

 ……余計な事を。

 宋真は雪村が日直で遅くまでいる事を知っていたのだろう。

 何故それを駆に黙っていた理由は理解出来てしまう。

 ……というか気付いとけよ。俺。

 朝からずっと外を眺めていたから気付かなかったのか。

 ……不覚だ。

 そう思い、顔を上げる。

 下を見れば下校中の生徒も数少ない。

 住宅街では灯りが増えてきている。

 直に夜だ。



「……行くか」



 席を立ち、カバンを手にする。

 扉の前に立つ。

扉を空けようした所で、



「あれ?帰るの、黒崎君?」



 先に開いた所に雪村がいた。



「……ああ」



 ……狙ってるんじゃないか?



「そう。じゃあね」



 にっこりと笑い道を空ける雪村に、



「……じゃあな」



 それだけ言って教室を出た。



・・・・・・



 日が半分程落ち、気温も下がった学園の正門。

 そこを歩く少女がいる。

 雪村沙姫だ。

 彼女は一人きりで正門を越え、ふと、振り返った先には



「帰ったんじゃなかったの、黒崎君?」


 黒崎駆がいた。



「……トイレに行っていたんだよ」



「ふうん、そっか」



 笑顔を浮かべた雪村は少し首を傾げ、



「ねぇ、黒崎君」



「なんだ?」



「途中まで一緒に行かない?」







・・・・・・






「…………」



「…………」



 学園の正門から百メートルほどの坂。

 そこをゆっくりと歩く。

 黒崎駆と雪村沙姫が肩を並べ、しかし、二人分ほど間を空けながら。

 言葉は無い。

 駆は無表情で。

 雪村は笑みを浮かべながら。

 歩く。

 一歩ずつ。

 ゆっくりと。

 しっかりと。

 道を踏みしめる。

 それでも十分もかからずに坂を下り、



「じゃあ、わたしこっちだから」



「……そうか」



 雪村は住宅街の方角へ、

 駆は街の中心の方角へ向かおうとする。



「そういえば黒崎君、今日はどんなバイトなのかな?」



 突然の問いに、駆は頬を軽くかき、



「……猫探しだよ」



「そう」



 雪村は黄昏を背にし、



「いってらっしゃい」



 微笑んだ。








 



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