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日常

 丘の上に建てられた学校。

 明成学園。

 広大な敷地に小等部から大学部までを持つ巨大なコの字型マンモス学園。

 生徒数六千人強という人数を誇り明成市のほとんどの学生が在籍している。

 そこに昼休みを知らせる鐘が響く。

 動き出す生徒の中、動き出さない生徒もいる。

 高等部校舎の『壱―B』と定められた教室に彼はいた。

 興味ないと言わんばかりの無造作な黒髪。

 気だるげな黒い瞳は外を見つめて、肘をついている。

 窓の外には十二月初めの街並みだ。

 昼食を取ろうとする生徒がいる中、彼は窓際の席で動かない。

 おおよそ気力の欠片もない少年だったがよく見ればそれなりに顔立ちは整っている。

 制服である黒の学ランを着こんでいる。

 もっとも、良く見ればの話だったが。  

 放っておけばずっとそのままでいそうな少年に近づく影がある。

 音を立てずに近づいてくるが、



「何してるんだ、宋真」


 

 あと二歩くらいの所で、気付かれた。

 宋真と呼ばれたのは、長身の少年だった。

 着崩した制服に腕章、肩までの茶髪を持つ彼は、



「何をしてるか、はこちらのセリフだ。駆」



 腕を軽く広げ肩をすくめて、



「昼休み、昼休みだぞ駆。放課後と並ぶ学校生活のベストタイムじゃあないか。その時間

にお前は何をしている?」



「何も」



 駆と呼ばれた少年は窓の外から視線を外さずに答える。



「ならば駆よ。食堂に行こう。今日は新メニュー『マリアナ海溝海鮮炒飯チョモランマ盛

り』が出る日だ。逃すわけにはいかん」



 茶髪の少年――相馬宋真は断言し、



「海なのか山なのかはっきりしてほしい名前だな」



 黒髪の少年――黒崎駆は嘆息した。

 そこでようやく駆は窓の外から視線を外し、席を立つ。



「わかったよ、宋真。行こう」



「うむ。では行こう。チョモランマのように高く、マリアナ海溝のように深き彼の地へ!」



「行くのは食堂だ」



「いやいや。これは新メニューがとても高額で、そのせいで俺の財布が絶望にたたき落とされるというハイセンスなギャグでな」



「五十五点」



「こりゃ手厳しい」



 よくわからない掛けあいをし、教室を後にする二人だった。




・・・・・・




 明成学園食堂。

 苦学生からセレブ生徒まで、少しでも食べたら気持ち悪くなる生徒から気持ち悪くなるまで食べる生徒までいる明成学園の食堂は当然のようにメニューが豊富だ。

 タダでもらえるパン耳に始まりとある名言を残した偉人とサヨナラしなければならないほどコースメニューまである。

 豊富なメニューは未だ追加され続けており本日追加されたのが、食べても食べても気持ち悪くならないバカ――相馬宋真の前にある『マリアナ海溝海鮮炒飯チョモランマ盛り(三〇〇〇)』である。



「お、おお……!」



 喧騒に包まれる広い食堂で尚目立っている。

 四人掛けの机を占領し置かれているのは直径三十センチはある皿に高く積まれた海の幸たっぷりの炒飯。推定高度またもや三十センチ。

 文字通りの山盛りでいいが漂い、白い湯気が立ち上る。



「さすがマリアナでチョモランマな炒飯。食べ応えがありそうだ……!」



 専用のレンゲを構え、舌なめずりをし、



「では!」



 食べ始める。

 それを向かいの席から見ていた駆は、

 ……さすが『三バカメニュー』……。

 『バカが頼むバカな名前のバカ盛りメニュー』。

 宋真が頼んだ無茶苦茶メニューの俗語である。

 目の前で宋真が喰らっている炒飯はその名に恥じぬ量だ。

 しかし。



「ははは。フードファイターの魂が高ぶるなぁ!」



「いつからお前はフードファイターになったんだ?」


 

 ものすごいペースで消える米の山を見ながら、宋真から飛び散る米を箸で器用に叩き落としながら突っ込む駆。

 ちなみに駆が頼んだのは日替わり定食(六八〇)である。



「無論、生まれた時から!」



「アホか」



「何がだ?」



 声は宋真でも駆でも無かった。

 駆の席の後ろ。お盆をもってこちらを見る少女がいる。

 一七〇センチ以上はある長身と胸の膨らみ大きな少女だが、目を引くのはその髪と目だ。

 朱色。

 鮮やかな朱色の長髪をサムライポニー。同じく朱色のツリ目。



「む、長光か」



「……」



 朱色の少女――長光カンナを呼ぶ宋真に彼の口から飛び散る米粒を無言でまたも叩き落とす駆。

 ……汚い。

 思いつつも口には出さない。



「座らないのか? カンナ」



 替わりに後ろに居るカンナに声を掛ける。



「おう」



 駆の横に座るカンナが持つのは『和定食(七七〇)』。



「で、なんの話だったんだ?」



 カンナが割り箸を割りながら問い、



「宋真がアホという話だよ」



 駆が定食のあじフライを食べながら答える。



「なんだ。――いつものことじゃん」



「ははは。そうほめるな」



「……」



「……」



 思わぬ宋真の反応に黙る二人。



「今の会話に照れる要素があったか……?」



「うむ。いつも妹から『兄上はすばらしいアホですね』とよく言われるな」



「宋真の妹って三つ下の恵真ちゃんだっけ……?」



「そうだ。カンナは会ったことが無かったな。言わせてもらうが実にプリティーな妹だ」



「アホだ……しかもシスコンだ……」



呆然と呟くカンナ。

 それには気付かなかった宋真はふと思い出したように、



「そういえば、お前たちは放課後予定はあるか?」



「……どうした? いきなり」



 弾かれる米をひたすら叩き落とす駆



「いや、生徒会関係で買い出しに行かなくてはならなくてな。付き合わないか?」



 『高等部生徒会庶務』それが宋真の学内の肩書である。



「いつも思うんだけど、なんでお前が生徒会に入れたんだ?」



 腕の『庶務』と書かれた腕章に目をやるカンナ。



「人得だ、人得」



 ふふん、と得意げの鼻を鳴らす宋真。

 そこに、



「悪いが」



 口を挟んだのは駆だった。



「バイトがある。パスだ」



「あ、アタシも」



 駆が断り、カンナも続く。



「ああ。そうか、例のバイトか。ならばしょうがないな」



 うんうんと、二回頷く宋真。だがふと思い出したように、



「ならば、すぐ今日は帰るのか?」



「いや、夕方までは時間つぶしに教室に居るつもりだ」



「アタシはすぐ帰るけどな」



 そうか、と一回思案げに頷く宋真。



「どうした?」



「いや――」



 宋真は何故か口元を歪め、



「何でも無い」









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