意思
山の中を駆け抜け、その先にあった扉を開ける。
荒れ果てた教会だった。
椅子の類は全て撤去され、装飾もほとんどない。
奥にひび割れたスタンドグラス、巨大な魔法陣が一つ。その下にハイア・セルテス・ガードナはいた。
「……この世界には様々な役割があるがどうしても理解できない役割がある。魔術師や聖職者や騎士ではない。大陸の武芸者や引きこもりの錬金術師や超能力者でもない」
こちらに背を向け語りだした。
「あらゆる勢力に屈服せず、服従せず、隷属しない。ただ己が信じ、護ると誓った存在に全てを懸ける愚か者。そういうバカがたまにでてくる」
駆はその背に向けて歩みを進める。
「そういうバカにありったけの軽蔑と畏怖を込めて。こう呼ぶ」
『守護者』、と。
「おまえは何を想い戦う? 黒崎駆」
振りかえった。
口元に笑みを浮かべている。
「驚いたな。当分は動けないと思っていたが」
「悪いが回復は早い方でな」
完治したわけではない。
今でも動けば痛みがある、
……それでも、だ。
戦えるのなら、戦う。
己の胸に信じる者があるのだから。
「そんなレベルの話ではないだろうに」
「どうでもいいだろう、そんな話」
両手に光が溢れる。黒と銀。
双刃銃『デウス・エクス・マキナ』。
養父である黒崎流から受け継いだ礼装だ。
黒の刃でハイアの魔法陣を指す。
「それが術式の核か」
「ああ、そうだ。もっとも陣自体は……」
「学園の地下、だろ?」
ハイアの目が大きく開かれる。
「ほう、気付いていたのか……」
「俺が使える探索系の術式は基本的な半円での探索だ。盲点だったよ、まさか地上への探索を避けるために術式を地下に描くなんてな」
見つからないわけだ。
「言うほど簡単ではないがな。地道に学園の地下に影の帯を通して陣を作った。お前たちのおかげで予想以上に時間が掛ってしまったしな」
「知るか。……それで、発動と同時に陣を浮上させたら、校舎は一瞬で飲み込まれるだろうな」
「それだけではない。予定では五、六時間ほど術式を展開したままにするから登校してき
た生徒も飲み込む。……『特異点』を含めてな」
地上スレスレで展開するから気付かれる心配もない。
「そうか……」
聞きたいことは聞いた。
後は。
「もういいのか? 望むならサルでも分かるように術式の説明もするが」
「勘違いするなよ」
言い捨てる。
「俺はお前と話し合い来たんじゃない。お前がアイツを殺そうとする限り、俺とお前がすることは一つ――殺し合うだけだ」
「……まるで、目的を諦めれば見逃すと聞こえるが」
「それなら死なない程度に痛めつけてリーシャに引き渡すだけだ」
ハイアが視線を提げた。
口を閉じ、駆も何も言わない。
そして。
「く、くくく」
ハイアの肩がふるえた。
「はははははは」
顎を上げて顔を上に向け、左手で顔を覆う。
「はははははっ……ふざけるな……!」
手を振り、感情をむき出しに叫んだ。
声を荒げて、激昂する。
「『特異点』などという存在を! 放っておけるか!」
駆は始めてみるハイアの取りみだす姿。
「そうか、やっぱりお前たち『魔術師』は……」
「ああ、そうだ! 認められるわけないだろう」
荒廃した教会に声が響く。
「認められるか!我々魔術師が何年、何十年もかけて尚、たどり着けない領域に初めから
存在するなど!」
それは当り前の思いだ。
「私の父も! 祖父も! 多くの魔術師がその人生を費やし無駄にした!」
いつか、たどり着けると信じてその人生を費やした。
しかしその先にあるのは、挫折と絶望。
そして、
「才能などという壁に当たりその意思を否定する!」
それはつまり、
「分かるか!? 『特異点』などという存在は! 魔術師そのものを否定しているの
だ!」
「――――――」
そう。
それが魔術協会において『特異点』が忌み嫌われている理由。
その思いを、
黒崎駆は―――、
「そうだな、俺はお前を否定できない。むしろ―――お前のほうが正しい」
「ならば……!」
「けど―――」
思い返す。
一番大事な思い出を。
「俺は沙姫を守る」
いつかの公園に彼女はいた。
ブランコに座ってうつむいて。
「たとえ、魔術協会や神聖教会、王国騎士団やそれ以外のありとあらゆる勢力――」
一人でいた少女に声をかけた。
寂しそうな彼女を笑わせたくて。
「世界そのものが沙姫の敵になったとしても」
一日遊んだけだった。
だから約束した。
いつかもう一度。
「もしそれが悪だって言うのなら俺は―――」
その約束を何時になったら叶えられるかは分からないけど。
ただ、彼女を守るために。
「悪魔にだってなると決めた!!」
『奇跡求める悪魔』
それは、二つ名でも呼び名でもただの武装の名でもない。
自分自身に誓った名だ。
たとえ目の前にどれだけ絶望が広がっていても、胸の中にたった一つの希望があるのなら、奇跡を掴んで見せると。
そう誓った。
「―――ならば、私は貴様を排除し、『特異点』を消す!」
ハイド・セルテ・ガレイシアの足元に魔方陣が浮かび、そこから影の槍が生まれ、駆を狙う。
それに駆は足を強化し、膝を沈めて、
「―――」
疾走する。
それと同時に、影の槍も射出される。
「!!」
悪魔と影使いがぶつかり合う。
・・・・・・・・・
射出した影槍の数は三十四。
それらは高速を以って駆へと奔る。
避ける隙間などなく、数舜後には駆の体を貫く。
追尾性能を持つので回避するには激突の寸前で飛び越えるか、横に行くしかない。
そのどちらかを駆が行ったのなら、そこに影槍を射出すれば終わりだ。
たとえそれを避けられても、さらなる影槍での波状攻撃をすればいい。
……私の勝ちは揺るがない……!
しかし、黒崎駆はハイドの思考を超えていた。
駆は飛び越えなければ、横にも行かなかった。
……なに!?
ただ―――加速した。
さらに影槍めがけて発砲。
放たれた黒銀の弾丸は四。
それらに砕かれた影槍も四。
残り三十。
たった四本減っただけだが、
……なぜ急所狙いだと解った!?
駆が撃ち砕いた四本の影槍はそれぞれ、頭、のど、心臓、胸の中央を狙っていた。
さらに激突の寸前に小さく呟く。
「刀身、強化」
刃を振り上げ、
「…………シッ!」
ばつの字を描き、振りぬく。
その双閃は駆の胴体を狙う影槍のほぼすべてを破砕する。
後に残ったのは駆の腕や足を狙ったものが十二。
駆は刃を振った反動でさらに加速し、影槍の群れに飛び込んだ。
両腕を鳥のように広げる。
影槍が駆の腕や足を切り裂き、何本かが貫くが、
「―――」
顧みずに、体を回した。
「!!」
駆の体を軸に刃と腕が風車のように回り、影槍を残らず断ち切る。
そのまま直進し向かった先には、自分がいる。
「『影の乙女は……!」
「―――遅い」
漆黒の刃が己の胸を斜めに切り裂いた。
・・・・・・・・・・
……まだだ……!
止まらない。
黒の刃が振りぬかれた直後、銀の刃を突き出す。
それは、ハイドの肉を貫く前に、
「―――主を守らん』!」
影の障壁に阻まれる。
刃と盾が拮抗して甲高い音が響く。
わずかに動きが止まるが、
「おお……!」
次の瞬間、刃を振った。
黒の刃を振りぬき、銀の刃を突き出す。
銀の刃を振り上げ、黒の刃を引き戻す。
高速で、連続で、よどみなく、止まらない。
斬撃の数が一瞬で三十を越え、四十を過ぎ、五十を迎える頃にはひびが入り、白銀の一突きをもって破砕する。
すぐに銀の刃を引き戻し、黒の刃を振り上げるが、止められた。
「『影の楔は彼を仕留めん』……!」
杭だ。
高速射出された長さ五十センチほどの影の杭。
それが、振りぬこうとされた刃にぶち当たりはじかれた。
見れば、ハイドの位置が先ほど障壁を展開した所より後ろにいる。
「……行け!」
さらに影の杭を五本射出しながら。
……撃ち落す……!
そうした。
五発の弾丸が吐き出され、杭にぶつかり、
「!!」
かき消される。
「これは……‼」
「一本につき影槍五本分だ!! それなら消せまい!!」
いままで撃っていた弾丸では確かに消せなかった。
ならば、
……弾を換えればいい‼
「弾丸、換装。貫通弾!」
再び放たれたのはそれまでとは異なる弾丸だ。
今までの弾丸よりもより鋭い。
それらは再び影の杭にぶつかり、
「!」
まさしく、投槍のごとく。
貫いた。
「な……!」
『弾丸換装』
駆の魔力で構成された弾丸。
それを瞬間的に駆の望む性質に換装するスキルだ。
五発は五本を貫く。その事に再びハイドの動きが鈍り
「おお……!」
そのことを逃さぬとばかりに駆が走る。
彼我の距離を一瞬で詰める。
迫りくる影槍や杭は打ち落とし、ハイドの正面へ走る。
前蹴り。
右足の裏を相手に真っ直ぐ向けた蹴りを放つ。
「くっ……!」
それはハイドに当たる寸前に現れた影の盾に阻まれる。
着弾の衝撃に駆が顔をしかめた瞬間に影槍が生まれ、
「『閉じられし刃は影の檻なり』……!」
取り囲む様に駆へと卒倒する。
だが、
「と」
跳躍した。それは影の盾に接触したままの右足を使ったものだ。
前蹴りの衝撃を使い大きく跳躍し、宙返り。
影の刃は駆の髪を数本切る。
体を縦に回転させ、
「弾丸、換装。衝撃弾」
今までの数倍の大きさの弾丸が左右一発ずつ吐きだされる。
轟音、着弾、そして。
「がぁっ……!」
影刃の破砕音と血混じりの呻きが響く。
同時に駆が着地。
ハイドと駆の距離が大きく空いた。
「なん、なんだ貴様は……」
ハイドが声を漏らす。
問い詰めるように。
「なんなんだ貴様は!!」
叫びと共に前に出た。
・・・・・・
戦闘の音が響く。
……貴様は……!
両手に影を纏わせ爪や剣として振り回す。
ハイドは慣れぬ体術を用いながら叫ぶ。
「貴様は、そこまでの力を持ちながら!」
大きく振りかぶった右手の影爪を振り下ろす。
下から撥ね上げられた黒の刃に砕かれた。
「女を守るだけだと!?」
のけ反る体を庇うように影槍を背後から射出する。
銀の弾丸により撃ち落とされた。
「それだけの力があればどこかの機関や組織に所属しようと思えば簡単なはずだ!」
左手に作りだした影の剣を突きだす。
振り下ろされた銀の刃に叩き折られる。
「なんなんだ、貴様は!何故そこまで愚直にもアレを守護する!」
我武者羅に突き出した影爪が駆の頬を浅く切り裂いた。
同時に脇に黒の刃が叩きこまれる。
ハイドは叫びに血を混じらせながらも、
「それほどまでにあの小娘の事が――」
「違う」
ハイドの言葉を拒絶するように駆が言葉を挟んだ。
「そんなんじゃない、お前も、リーシャも勘違いしすぎだ」
そんな綺麗なものじゃない。
「ただ、俺はそれしかない空っぽの存在なんだ」
かつての約束だけを胸に、と。
「お前の問いの答えは簡単だ――俺にはそれしかないからだ」
それだけだ、と駆は言う。
だから――。
「俺はここでお前を終わらす」
告げた。
「ふざっ……!」
……貴様は……!
後ろに大きく跳ぶ。
十五メートル以上も距離を空ける。
「ふざけるなぁぁぁ!」
ハイドの背後に魔法陣が浮かぶ。
直径二メートルもあるものだ。
影で描かれたそれは鈍い魔力の輝きを灯し、
「貴様は……!」
腕を駆へと掲げる。
さらに小さめの魔法陣が生まれ、背後の魔法陣から鈍い輝きを受け取り、
「なんなのだ、黒崎駆……!?」
影の濁流を吐きだした。
『術式:影喰らい(シャドウイーター)』。
学園に仕掛けられた術式の対人用だ。
影の濁流に触れたものを虚数空間に呑みこみ、存在を崩壊させる。
空間すら呑み込みながら、
「……!」
駆へと迫った。
・・・・・・
……なんなのか、か。
両手に握る『デウス・エクス・マキナ』に力を込める。
自らに迫りくるのは虚無の塊だ。
当たれば駆一人など消失する。
しかし、それを前にしても顔色を変えることは無い。
ただ、目を細め、
「言っただろう、ハイア・セルテス・ガードナ」
ありったけの魔力を『デウス・エクス・マキナ』に叩きこむ。
俺は――。
「――――ただの奇跡を求める空っぽの悪魔だ」
――――銃身、解放。第一段階(レベル1)。
呟いた瞬間、双刃銃から黒と銀の風が吹き荒れる。
「!?」
ハイドの顔が驚愕に歪む。
だが、そんな事は構わずに。
『欠け落ちる愚者の慟哭――――!!』
引き金を引いた。
左右の銃口から放たれたのは黒と銀、二条の光線だ。
それらは絡み合い、二色の砲撃となって往く。
激突。
影の濁流と黒銀の砲撃がぶつかり合う。
一瞬、拮抗し。
「!?」
破砕音と共に影の濁流が砕けた。
『欠け落ちる愚者の慟哭』。
その能力はハイドの『影喰らい(シャドウイーター)』と似て非なるものだ。
『影喰らい(シャドウイーター)』が触れた物質を呑みこむのに対し、
『欠け落ちる愚者の慟哭』は触れた物質を空間ごと砕く。
影の濁流が物質を呑みこむ前に存在している空間そのものを破砕するのだ。
だから黒銀の砲撃は影の濁流が存在する空間ごと破砕し、
「あ……」
爆音の下、一瞬にして、ハイド・セルテス・ガレイシアに激突した。
・・・・・・
立ちこもっていた土煙りが晴れる。
回復した視界の先には瓦礫の山に仰向きで倒れている。
かろうじて息はあるが、見るからに死にかけで、満身創痍だ。
駆はそれを確認し、歩み寄る。
彼我の距離二十メートル。
「は」
一歩踏み出した所でハイドが駆に目を合わせた。
「ははは」
笑い声を上げる。皮肉げな笑みを浮かべ、
「貴様のどこが空っぽなんだ」
彼我の距離十五メートル
「貴様はただ内包しているものが純粋過ぎて透明だから気付かないだけだ」
彼我の距離十メートル。
「笑わせる。貴様はただの理想主義者だ」
彼我の距離五メートル。
「一つ予言しておこう」
彼我の距離0メートル。
左の刃銃に魔力を込め、ハイドの左胸に照準を定める。
「いつか、貴様は己の内包した感情に気付くだろう」
通常弾一発分の魔力だが十分だ。
目の前の男を殺すには。
しかし、ハイドは笑みを濃くし、
「ああ――、それは実に見ものだろうな」
「うるさい」
引き金を、引いた。