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疾走



「きゃーーーーーーーー!!」



まだ暗い町に三つの音が響く。

 そのうち二つの音は悲鳴とエンジン音だ。

二つの音の発信源はサイドカー付きの単車、そしてそれを駆る一人の少年と二人の少女だ。



「耳元で叫ぶな! ナガミツ!」



サイドカーに乗る褐色の肌に灰色の髪の少女、リーシャ・ルーンファミリアが叫ぶ。



「だっ、だってむちゃくちゃスピード出てるだろ! 今!」



 リーシャの後ろにいて、悲鳴を上げる朱色の髪に長身の少女、長光カンナが目に涙を浮かべながら叫び返す。

 それに単車の運転手、黒崎駆が答える。



「だいたい時速百二十キロくらいだな。――問題ない。」



「ある! あるから! この道、制限時速四十キロだから! 三倍! 三倍のスピード出してるって!」



カンナの叫びは、しかし、



「リーシャ、夜明けまでどのくらいだ?」



「あと二時間四十五分時間だ」



「無視かーー!」



 とりつくしまもない二人にカンナは後ろを指す。



「つーかあれ!後ろ見てみろ!」



 カンナの指の先にあるのは町に響く音の最後の一つ。

 赤く点滅するランプ。

 黒と白にカラーリングされた車とバイク。

 それに乗る青い制服の屈強な男たち。

 そして、それから響くサイレン音と停止の呼びかけ。

 つまり――――警察だった。

 それもドキュメンタリーに出てくるような。



「ハイア捕まえる前に私たちが捕まるぞ!」



「だから、問題ないって言ってるだろう」



「問題ばっかだ! ていうか、免許はどうした!」



財布が投げ渡される。

駆が長年愛用しているモノで、その中には、



「て、免許証じゃん! しかも二十歳扱い!」



「知ってるかカンナ、意外にそういうのは簡単に作れるんだぜ」



「法律違反だーー!」



「うるさい、ナガミツ! カケル、とっと位相空間に入るぞ!」



「ああ、頼む」



 リーシャが指に挟まれたカードを掲げ、小さく呟いた瞬間。

 世界がズレた。

 位相空間に入ったのだ。

後方にいた警察は消えた。

 同時に、車体もドリフトしながら止まった。



「おいおい」



 代わりに。



「ガァァ……!」

 


前方に獣がいた。

全長三、四メートルはあろうという狼を模した巨体。

爪と牙は大きく、黒ずんだ体毛からは影がにじんでいる。

 明らかに異常発達した筋肉。



「コイツは……」



おそらく高位の魔獣種。



「野生のが捕まえられて、ドーピングされてるな」



「どうする? まともに相手すると面倒だ」



「掴まってろ」



「は?」



エンジン音が鳴り響く



「ガァァアアアアアアアアアアアーーーーー!」



真狼の咆哮と共に単車を発進させた。








・・・・・・








速度メーターが時速百五十キロを越えた。

そのスピードのなか体を右に傾けて、右折する。

一瞬前までに走り抜けた所に爪が振り抜かれた。

背後でコンクリの瓦礫が宙を舞う。



「リーシャ!」



「ああ!」



 指の間に挟まれた二枚のカードを投擲する。

 それらは走る狂う魔狼に突き刺さり、



「『(カノ)!』」



 爆発した。

 ルーン魔術。

 ルーン魔術とは北欧で使われていた力ある文字を用いた魔術だ。

ルーン文字自体は祈祷式の象徴などで使われる場合があるが、ルーンに秘められた力を使う魔術師はほとんどいない。

リーシャの使うルーン魔術は非常に難解なルーン文字をローマ字に対応させたものだ。

(カノ)』。

 ルーン文字の『ケン』をローマ字の『K』につなげたもの。

 その意味は松明の炎。

 リーシャの叫びをもってその力は行使される。

が。



「くそ、効いていない!」



 体毛と影が爆発時の炎と衝撃を防いでいるのだ。



「リーシャ! もう少し持たせろ!」



魔狼が跳びかかってくる。



「何とかなるのか!?」



 体を傾けて、左折する。

 コンクリのつぶてが体に当たるが、



「なる!」



 カンナが満面の笑みで答える。

 魔狼が再び飛びかかってきた。



「何でお前が答える!」



ギリギリ右折し、魔狼を回避する。

 鼻先で爆発させ、僅かにひるませる。



「決まってるだろ!」



 右折した先は広め一本道。目的地の教会のふもとまでは一直線だ。

駆がアクセルを振りしぼる。

加速し、魔狼を引き離す。

カンナがサイドカーで立ち上がる。



「アタシが何とかするからだ!」



ツナギのポケットからあるものを取り出す。

鉄の延べ棒だ。

カンナそれを手にし、



「錬鉄、製剣……!」



両手から延べ棒――玉鋼に朱色の光が伝わる。

光が玉鋼を包みこみ、変形する。



「一騎刀閃……!」



 カンナが手に握るのは柄が長い朱色の剣だ。

長さは二メートル弱。柄が三分の二を占め、剣というよりも槍だ。

それを握りしめ、狭いサイドカーの中でできるだけ脚を広げる。

リーシャが狭そうにするが気にしない。

思い切り振りかぶり、



「おんどりゃぁぁぁぁぁぁ……!」



乙女としてはあるまじき気合いの声と共にぶん投げた。

投げられたと同時に音速を越え、乾いた破裂音が響く。

超高速で飛ぶそれは魔狼の右の肩に突き刺さる。



「ギャァァァァーーーーーーー!」



体勢が崩れ転んだ。土煙りが舞う。

その間に直線路も抜け、



「止まるぞ!」



 ブレーキ。

 甲高い音が響き、車体が大きく横滑りしながら止まる。



「やったか!?」



「やったぜ!」



カンナがガッツポーズをしながら声を上げ、



「グァァァァァアアアア!」



 魔狼は土煙りを振りはらい、右の前足を引きずりながらも来た。



「やってないではないか!」



「あ、あら?」



カンナが首を傾げながら、頬をかく。

さらに魔狼の傷。

それが、影がまとわりつき治っていく。



「厄介だな」



「自動修復……いや、破損した肉体を影で補修しているのか……」



「どうすんだ」



「簡単だ」



 単車から降り、両手に黒銀の光が集まる。 

 現れた双刃銃を握りしめ、



「補修のしようがないくらいのダメージを与えればいい」



「なるほど」



カンナがサムライポニーを揺らしながら笑う。

サイドカーから降りて、両手の指の間に鉄の棒を挟む。

リーシャもカードを指に挟む。



「行くぞ」 



駆が一歩踏み出そうとし、



「ああ、行って来い」



「さっさと行け」



 二人が先に前に出た。



「な、おい!?」



 驚く駆に背を見せ、



「時間あんまりないだろ?」



「すぐに追いつく」




「だが」



「駆」



 カンナが顔だけ振りかえる。



「任せてくれ」



「……!」



 そして。駆もカンナとリーシャに背中を見せる。

 脚に魔力を通し、強化する。



「カンナ、リーシャ――」



 膝を沈め、



「任せたぞ」



 跳んだ。



「おう!」



「ああ」



 背に心地よい応えを聞きながら。

 








・・・・・・







「にしし」



 にやけが止まらない。



「なんだ気持ち悪い」



「いやだって聞いたか? “任せたぞ”、って」



 ……カッコいいな! ちくしょう!



「やれやれ」



 リーシャが首を振っている。

 と。



「グルゥゥゥ……!」



 魔狼が唸りを上げる。



「来るか」



「いいぜ、来いよ! 今のアタシはテンション最高だ!」



 なにせあの駆が“任せる”と言ってくれたのだ。

 初めてかもしれない。

 初めて会った時から駆には頼ってばかりだった。

 守られてばかりだったのだ。

 だからこそ、今回の一件で一緒に戦えたのは嬉しかった。

 普段も魔獣狩りなどはあくまでカンナの経験値稼ぎのようなもので、駆と肩を並べた事はない。

 不謹慎かもしれないが嬉しくてたまらなかったのだ。

 にやけ顔が止まらなくなるくらい。



「陰陽寮所属・ハ種・戦巫子、長光カンナ!」



「お前、巫女だったのか!?」



「いや、何でそんなに驚いてんだよ! そこは一緒に名乗りを上げる所だろ! あと陰陽寮所属になると女は皆何かしらの巫女なんだよ!」



「あ、いや、そうか」



 おほん。



「『ルーンの家族(ルーンファミリア)』所属第十位、リーシャ・ルーンファミリア」

 その名乗りに、



「アオォォォォォォォォォォン……!」



 魔狼も応えた。








・・・・・・







「錬鉄、精製……!」



 長光カンナは刀鍛冶兼超能力者だ。

 それも、科学的に植え付けられた超能力ではなく天然のものだ。

 自身の持つ異能を以って刀剣を精製する。 

分子変換(マイクロトランス)念動力(サイコキネシス)

 金属の分子構造を変換し、念動力で射出する。

 鉄の棒で大剣を作り、円環状に配置し対象を囲むように剣の檻を作ったり。

 精製した槍を投擲し、念動力で超加速させて音速を越える一撃を放ったり。



「山嵐!」



 いくつもの剣を周囲に待機させ、弾丸のように放つこともできる。

 数は二十四。

 長さは一メートルほど。

 それらは魔狼へ放たれる。

だが、



「ギャアァ!」



 ほぼ命中するも、体毛と筋肉に弾かれる。

 それでも僅かにひるみ、叫びを上げる。

 その空いた口に。



「汚い口だな! 消毒してやろう!」



 リーシャがカードを投げる。




「感謝しろ!」



 口内で爆発する。



「……!」



爆発の衝撃で魔狼が唸りを上げる。

前足が上がった所で、



「もう一丁!」



 大きく跳び上がったカンナがいる。

 その手には大剣。



「おらぁあ!」



 振りおろし、左の肩に突き刺す。

 突き刺さり刀身が沈むが、

 ……浅いか!



「おわっ!」



 魔狼が体を振り、カンナの身が投げだされる。

 宙に浮き、カンナの身体が放物線を描いてリーシャまで飛んで、



「おっと」



「へぶっ」



 リーシャが避けて、変な声を上げて潰れた。



「こういうときは確か……ご愁傷様、だったか?」



「ちげぇよ! てか、受け止めろよ!」



「アア、スマンスマン、ワルカッタ」



「適当すぎる……!」



 魔狼が爪を振ってきた。

 左右に跳んで避ける。

 見れば、突き刺したはず大剣が抜け落ちている。



「やっぱりあのサイズじゃダメか!」



「先ほどの槍は出来ないのか!?」



「ああいう大技は時間が掛るんだよ! 効かなかったしな!」



「威張るな!」



 声を掛け合いながらも振られる爪を避ける。



 小さいサイズの剣は通さないし、大剣は刺さっても効かない。

 リーシャの爆発も体毛や筋肉に阻まれる。

 先ほどの口内の爆発も効果が薄い。

 倒しきるにはもっと強力な剣撃かもっと内部での爆破が必要なのだ。



「カンナ、お前の鉄貸せ!」



「ああ!? なんで!」



「いいから早くしろ!」



「くそっ!特性の玉鋼なんだぞ!」



 投げる。



「少し引きつけてくれ!」



 リーシャが玉鋼を受け取る。



 魔狼が牙を突きだそうとしたが、横からの剣弾に意識を削がれる。

 リーシャは受け取った玉鋼に血で何かを書き込み、



「ソレをそのままにして、さっきの槍を作れ!」



 受けとったソレを見れば、

 ……なるほど!



「ちゃんと引きつけろよ!」



「任せろ!」



後ろに下がり、魔狼はリーシャに任せ精製を始める。

朱槍の精製に掛るのは基本的に三十秒はかかる。

さらに先ほどから何度も力を使っているのでそれなりに消耗している。

カンナの能力は精神力を使っているので消耗すればするほど能力の制度が落ちる、

だが今のカンナは。

……テンションマックスだぜ!

思い出されるのは先ほどの駆の言葉。ついでに脳内ファイル内の駆のカッコいいシーンを思い出す。

玉鋼を包む光が強まった。

刃が生まれ、柄が伸びる。

強く握りしめ、光が弾けて、



「一騎刀閃……!」



 精製に二十二秒。自己ベストの更新に笑みが浮かぶ。

振りかぶる。



「リーシャ!」



「!」



魔狼を引きつけていたリーシャが跳ぶ。

そして、



「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 投擲する。

乾いた破裂音を鳴らして飛び、左肩に突きささる。

が。



「ガァァァア!」



二メートル以上の朱槍がほとんど突き刺さってもまだ動いている。

それでも、リーシャとカンナの口元には笑みが浮かんでいる。



「ちゃんと意図を理解したか?」



「もちろん」



ならいい。

右手を掲げ、指を鳴らした。

 そして、



「!?」



朱槍が爆砕した。

最後の叫びは短く。

爆炎と爆熱、爆風、さらに爆砕した朱槍の破片に体内から蹂躙され、絶命する。

リーシャが玉鋼に書いたのは左向きの不等号のような記号。

オリジナルの炎のルーンだ。

それをカンナがルーン文字のみをいじらずに朱槍を精製する。



「『刻印槍・朱花火』ってとこか」



「痛い名前だな」



「うるせ、つーかグロいな。アレ」



体内からの攻撃は魔狼を絶命し得たが、亡骸はグチャグチャで焼け焦げている。



「放っておけ、さっさとカケルを追いかけるぞ」



「いや待てよ、さっきので大分疲れたんだけど……」



「私も同じだ。久しぶりにオリジナルの方を使ったからな……」



それでも、山へと足を向けようとする。



「そういえばさ」



「ん?」



「さっきどさくさにまぎれて、“カンナ”って呼んだよな?」



「……呼んだか?」



「いやいや、呼んだじゃん」



「いやいやナガミツ、何を言ってるんだナガミツ。私はナガミツの事を“カンナ”など呼んでないぞナガミツ」



「今呼んだじゃん」



「……………………何か文句あるのか」



「無いし、カンナでいいよ。仲良し女子だな」



「……ふん」



ニシシとカンナは笑い。

リーシャ鼻を鳴らした。

 








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