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ホラー小説

わくわく♪

作者: 無夜
掲載日:2026/05/30

オリジナル。ホラー。

通学途中にある家で、妻に暴力をふるう男が居た。でもある日いきなり、その妻が姿を消して・・・。


 ピクシブにもアップ


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■ 04-07時更新

わくわく♪N6765MG

34 位

[日間]ホラー〔文芸〕 - すべて

19 位

[日間]ホラー〔文芸〕 - 短編


 お読みいただきありがとうございます

 子供だった頃、帰宅途中にその家の前をよく通った。

 あの家のおじさんは「ヤクチュウ」だからどっかにいってくれないか、お巡りさんも、早くあんなの捕まえてくれればいいのにと、母はよく父に愚痴っていた。

 私は寝た振りをしながら、漏れて聞こえてくる両親の会話を盗み聞きしただけで、当時はこの「薬中」というのが何か知らなかった。でも、「ああ、ヤクチュウだから大声で毎日がなって、おばさんなぐったりとかしてんだなー。ヤクチュウって人なのか」と思った。

 その家に近づくな、とは言われていたけれど、学校の帰り道にあるのだから朝に夕に通らねばならなかった。

 朝は静かで、夕方はよく叫び声がした。怒声や悲鳴。

 それを聞くと。

 私はわくわくした。

 どうやら子供の頃からそういう性だったらしい。

 頭をかち割られて、血まみれのおばさんが玄関から転がり出てくるのを見た時から、ここを通るたびに、またあんなスリリングで楽しい場面が見られないものかと、どきどきしたし、わくわくしていたのだ。

 その朝、登校中に珍しい光景を見た。

 その家のおじさんが朝から庭先に出ていたのだ。

 何かを白いものを血走った目で練っていた。

 シンナーの匂いがすごくて、気持ち悪くなったから、私は急いでそこから離れた。振り返ると、おじさんは一斗缶からシンナーかペンキかを、大きな桶に作ってある白いものに注ぎ足して、たぶん、ラリっていたのだろう。当時の私はへぎゃへげゃ笑っているおじさんを薄気味悪く思っただけだった。

 今日はおばさんはいなかった。

 学校から帰ったときに見たのは、家の窓を開け放して、縁側に座るたばこをすぱすぱと吸ってはひねり消して、またつけてせわしなく吸うおじさん。

 外から見えたのは、真っ白な壁。塗りたてらしい。それからシンナーの酷い匂いがまだ残っていた。

 翌日も、おばさんはいなかった。

 もう窓は閉まり、中は見えなかった。

 でもなんだか。

 猫の死体でもおきっぱなしであるかのような、嫌な匂いがかすかにした。あの家の縁の下にでも腐乱死体があるんだろうか。

 何日かして、母と父はまた私が寝たと思ったあとで、あの家の話をした。

「奥さん、やっと出て行ったらしいわ。最近見かけないもの」

 私はがっかりした。

 もうあの道を通っても、楽しいことは起きないのだとわかってしまったから。

 おじさんはおばさんに出て行かれて、気持ちを入れ替えたらしく、庭に花を植えだした。 金木犀、クチナシ。花のついた樹木ばかりを植木屋に届けさせて、植え込んでいくから、甘ったるい匂いが充ち満ちていた。家の中からも、いつもは饐えた薄汚れた匂いがしていたのに、芳香剤や香り玉を床にいっぱいまき散らしていた。でも、しばらくしたらそれがぱたんと止み、猫の死体の匂いももうしなくなっていた。

 小学校はその道を通ったけれど、中学は違う道だった。

 そして高校は再び、その道を通ることになり、電車の時間を気にしながら久しぶりに通ったときに、ふっとあの場面がフラッシュバックした。

 白い物を練っていたおじさん。

 たぶん、漆喰を作っていたのだろう。だから、夕方に通ったら壁が塗り直されていたのだ。普通、ふのりを使うのに、手に入らなかったのか、石灰と土と白いペンキを代用にたっぷり混ぜこぜにしていたらしい。

 なんでか?

 たぶん、おじさんはおばさんを殺しちゃって、それをあの壁に塗り込めるために。

 私はそれに気がつくと、再びわくわくドキドキを取り戻した。

「あの道、通らない方がいいわ」

 母は今度は私にきちんと忠告した。

「あそこんちのおじさん、麻薬使っているみたいだから。時たま、意味わかんないこといって叫んでるし。朝はいいけれど、夜は陽が落ちたら別の道を使ってね。何かあってからでは遅いから」

 わかった、と答えながらも、私はそれを守る気はさらさらなく、機会があれば壁をみたいと思った。

 高校二年生に上がった時に、おじさんはビニール袋に顔を突っ込んだ状態で、死んで発見された。

 残念ながらそれは早朝で、私は見ることが出来なかった。

 見つけたのは、ラッキーな新聞配達員で、おじさんは酸欠による窒息で、近隣の人たちから自殺を疑われたけれど、なんのことはない。彼は夜中にシンナーを吸っていて、やっちまったのだった。息苦しいから外の空気を吸おうとして(ビニール袋を取ればいいのに、シンナーまわりきっていてそれがわかんなかったらしい)玄関から一歩踏み出したあたりで、意識を失い、そのまま死亡したらしい。新聞にはそう載っていたし、配達員は出会う人出会う人にその話をしていったらしく、私にまでその話は回ってきた。

 私の胸は高鳴った。

 あの家はずいぶんぼろいし、持ち主がこんな死に方をすれば当然壊されるだろう。

 私は毎朝毎晩、その家の前を通りながら期待した。

 想像する。

 壁が打ち壊されて、女の人の骸骨がだらんと人前に現れる。

 びっくりして騒然とする業者の人たち。

 そして私は満足するのだ。

 あれやこれやの推理が当たっていて、私は人が殺されて死体が埋まっていた家の前をずっと通っていたのだという事実はきっと気持ちいい。

 早く壊してくれないだろうか。

 早く見つけて欲しい。

 ああ、でも、ダメ。

 見つかったらもうおしまいだから。

 このまま、このまま。

 このわくわくを続けるには、家はずっとここで朽ち果てていってくれないと。

 そして再び、残念なことが起きた。

 私が学校にいっているときに、業者は大型のブルトーザー(だと思う。もう夕方にはなくて、大きなタイヤ跡しか見てない)でがっつりと壊してしまい、そこは平らになっていた。壁も取り壊されたはずなのだけれど、あるのはゴミを積載するための大きなトラック一台(道路におけるのが大型車両一台ぐらいなのだ)で、手作業で柱や壁の破片をトラックに乗せていたのだが……。

 騒ぎになっていなかった。

 酷く残念だった。

 もしかしたら、壁には何もなかったのかもしれない。

 いいや、業者の連中が鈍感なのだ。

 おばさんは逃げてしまっただけで、おじさんは気分転換に壁を塗っただけなのかも。

 嘘だ。あんなに大急ぎで、材料もぐちゃぐちゃなもんでやるほど、急ぐ理由がどこにある?

 急いだのではなくて、単にあのおじさんは物臭で、あり合わせのものでやってしまっただけなのかも。あり得る。

 あり得ない。あり得ない!

 私は二つの思いに殴られ続けながら、なくなってしまった家を見つめた。

 業者の人が私に気がつく。

「どうしたのお嬢ちゃん。ここの家になんか用事があったのかな?」

 私は話かけられて、面食らった。

 壁の中に死体が……。

 言おうとしたが、やめた。

「いえ、お庭の木はどうなるのかと思って。梔と、金木犀。引っこ抜いてしまうのなら、残念。その花の香りをいつも楽しみにしていたから」

 さして考えもせず、当たり障りないことを言っていた。

「俺たちは植木はどうこうしろと聞いてないな。建物ぶっ壊せとしか聞いてない。ということは、もしかしたら、立派な植木だし、残しておく気かもよ」

 と言って、作業に戻ってしまった。 

 花なんかどうでもよかった。

 私は家へと向かう。

 もうお楽しみはなくなった?

 私だけがあの壁に死体があったことを知っているのだから、いいじゃない?

 早足になりながら、私は考える。

 きっと死体は枯れてしまったのだ、ミイラのように。あの鈍感な人たちは、壁の中にある茶色っぽいものを中に混ぜた木か何かと思って気にしなかったに違いない。それとも白骨化してしまい、漆喰と白ペンキのよごれた色と同化して、まったく気がつかなかったのだろう。

 きっとそうだ。

 ああでも、もう家はない。

 想像して遊ぶにしても、核になる偶像が私には必要なのに。

 この数日のわくわくを失ったのがただ悲しかった。

 不意に足が重くなった。右の足首に何かからみついた。

「嫌あね」

 茶色い何かを取ろうとして、私はちょっとびっくりした。

 ちゃちな指輪を嵌めた手。その銀色の貧相なそれは、おばさんの指にはまっていたものと同じ。

 振り返れば誰もおらず、足首をぎりりっと締め上げた手は手首と肘の真ん中ぐらいで切断されていた。

 私は……悲鳴をあげた?

 いやいや。

 私は泣きわめいた?

 いやいや。

 私はすくっと立ち上がり、足取り軽く帰路についた。

 おばさんの手は足かせのように私についてくる。

 きっと見つけてくれ、供養されたいと言っているのだろう。聞こえないけど。

 でも。

 嫌だ♪

 再び、わくわくした。どきどきした。

 壁に塗り込められて、その壁もどっかに廃棄されてもう見つからないだろう。一人の人間が消えて、どこにどうなったのか。

 知っているのは私一人なのだよ?

 こんなステキな秘密を誰が口にするもんですか。

 家に帰ると、母が私を見て言った。

「ここんところずっと機嫌良いけれど、今日はバカにいいわね、そんなにニマニマ笑って。どんな良いことがあったのよ?」

 心底しりたそうだった。

 おばさんの手の足かせをひきずりながら、私は笑い出した。

「あの気味の悪い家がなくなったからよ。遅くなってもこれで安心して帰ってこられるわ」

 母はそれで納得したようだった。私の言ったことと母の気持ちは同じであるから。

「本当に、これで一安心ね」

 私だけが知っている。

 わくわくするのに必要な偶像は、私だけに見える形で右足についている。

 私はずっと上機嫌でいるだろう。

短編ホラーはかなり書いたけれど、この主人公がダントツで邪悪で、実は一番、身の回りにひっそりといるタイプではないかな、と思う。 お気に入りです。

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