【FILEー03】 或るニヒリズム
「先生、私も恋がしたいです」
「そうか、
ならば今すぐ出て行きたまえ」
出落ちの様に退場勧告。
先生、今日も絶好調ですね。
まあ、ここは当然無視を致します。
「女性にモテる秘訣を」
それは君、と、
何故か人差し指を
自らの唇に当てながら
「ニヒルでいる事だ」
昭和のアイドルを彷彿とさせる江戸仕草。
真っ直ぐに唇に延びる細い人差し指とは異なり、
末っ子の小指は反抗期の様に反り返っている。
先生小指が反ってますよ、と
突っ込んで宜しいものかどうか悩ましい所。
ニヒル…ここは順当に卒なく答えておくべき場面。
「アヒルの様に、ですね」
「その通り」
流しやがった、とは言いません。
ベッタベタなベッタベタをベッタベタにしたら
サックリ返されて茫然自失。
先生、今日も酷いですね。
「アヒルの様に愚直でいたいものだよ」
引っ張りますね先生。
もう止めて下さい恥ずかしい。
「君は知らないだろうが、アヒルの習性には」
「先生、すみません」
白旗を高く掲げよ。
そう、
二郎系ラーメンを次郎系ラーメンと書いた時、
兄上ゴメンなさい糞ラーメンごときの、と、
心を込めて準備中。謝る時は謝るべし。
人は素直にならねばならぬ。
素直は美徳成らざるべし。
美徳とは嘘、優しい嘘もまた礼儀であり
敬意の発露だと信ずる。
「君は素直だな」
「それだけが取り柄です」
「哲学は…素直な人間には厳しい世界だ」
「心得ております」
「困ったものだ。君は模範解答が過ぎる」
コンビニエンスストアで売られている
スターバックスのお高いペットボトルの珈琲を、
興味本位で買ったもののやはりデロンギの
珈琲メーカーで入れたブラックには叶わないと見たのか、
ボトルに僅かに口を付けただけで放棄された先生。
スターバックスよ、お前もか。
壮大な抒情詩の幕開けを垣間見た人間は、
哲学の小径を小躍りしながら駆け抜ける。
絶望と言う名の珈琲を下さい。
私はブラックの深入りしか飲まないのです。
「―――で、結局秘訣は」
「愚問だな」
「…」
「モテない、とは」
息を溜める。
さあ、饒舌にワルツを踊ろう。
「女性から好かれたい、好意を持たれたい。
当然だ、若人なら当然の願いだ。
素晴らしい、素晴らしい情熱だ!
それでこそ若人、それが君だ!」
クルっと回りながら振り向きざまに視線を合わせる。
「君が女性から好かれないとでも?
馬鹿馬鹿しい、実に馬鹿馬鹿しい仮定だ。
現実的ではないな。
最早空論に過ぎない。
ルッキズムは永遠なのだよ君。
鏡を見たまえ、君には何が見える」
「女…失礼、女性のお尻では」
アメリカーナ張りに大袈裟な動作で、
Oh,NO!とでも言いたげなのだろう先生。
数十秒もの間、無言で左右にゆっくり歩く。
やがて一つの答えを私に言い放つ。
「君の眼は節穴だ」




