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或る教授  作者: 浦島橋梁
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【FILEー02】 或る悲劇の誕生

先生は恋をしろ、と言いたいらしい。

哲学とは恋。

成程、恋は人を動かす。

恋愛は人を成長させる。

命短し恋せよ乙女、とは

余りにも有名なフレーズではあるが、

それが真理なのですね先生。


「独り身よりは、

 相手がいる方が健全で幸せだ」

「幸せの価値観が分かりません」

「君は若い」


三日後に研究室を訪ねると、

相変わらず暇そうに窓の外を眺め…

てはいない。

窓際の椅子に腰掛けながら、

手には岩波文庫「悲劇の誕生」


「ご不満かね?」

「いえ、ご理解頂いた様で何よりです」

「久しぶりに…目を通してみたが」


パタン、とページを閉じたその音が小気味良い。


「常人には理解し難い」

「ご謙遜を」

「何?」

「理解出来ないではなく、

 全て理解は出来ているが、

 やはり理解したくない、では」


先生がフッ、と小さく笑う。

遠回しに持ち上げる技術には定評がある私。

相手が年上になればなる程、

相手を転がすのは得意なのだ。


「狂気の淵に立ち竦む凡人だな、私は」

「人それぞれ解釈は異なるものです」


まあ、ニーチェが好みでないのは

確かなのだが、と言う前置きの後


「やはり恋愛に勝る哲学者はいない」

「ロマンチストですね」

「君も中々にロマンチストだ」

「光栄です」


ロマンチストとは一体。

先生は恋恋言うけれど、

恋とはどんな物かしら。

お互い独身者なのだ、不毛な議論は避けたい所。


「何故ニーチェを読むのか」


先生は立ち上がると、幅広のホワイトボードに向き合う。


「ニーチェとは何者か」

「何者…」

「発狂した敗者に過ぎん」

「暴論ですね」


珍しく嬉しそうだ。


「そう、暴論だな…どうかね、この乱暴な結論は」


ホワイトボードから振り向いた先生の瞳は、

気のせいか少し明るい色に視える。

いや、気のせいだ。

還暦を過ぎた男にキラキラは似合わない。

くすんだ灰とダイヤモンド、

三日前に買ったまま飲まずにいたコーラを、

花壇に撒いて捨てる様な男でいて欲しい。


「暴論結構かと」

「結構…」


顎に手を当て…俯き加減に私を見据える。


「流すのかね。感心しないな」

「流している訳では」


ホワイトボードの前を右に左に、

振り子の様に歩く。

正確無比な運動法則の再現なのか。


「考えたまえ、君はそう言う…男ではない筈だ」

「買い被り、では」

「そう……そうだ、ニーチェを馬鹿にするな!

 と、抵抗したまえ」


それが若さだ、青春だ、と促す眼差しが若干鬱陶しい。

これも計算か、計算なのか。

時短で追い出す策なのか。


「人それぞれ価値観はあると思いますので、

 先生のご意見は大変貴重かと」

「価値観?下らんな」

「下らない、ですか」

「そうだ。価値観は変動する」

「確かに」

「固定概念は敵なのだよ」

「…敵」


やはり、と続ける先生に先制攻撃。


「恋愛こそが固定概念の破壊に有効だと」


不意に、大仰に天を見上げる仕草。

先生、首が痛くはなりませんか。


「残念、それは及第点だ」

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