再び、スタートブロックに立つ
わざと抜かないようにしてたって、どういうこと?」
「……え?」
「私、美空に同情されてたの?」
「ちがっ……!」
「あのときのタイムも、本当はもっと速いはずだって、思ってたんでしょ」
もう、感情が滅茶苦茶になって止まらない。
「もし、あのとき、美空が突き飛ばさなかったら――私、ケガなんかしてなかった!」
言ってから、「しまった」と思った。
美空は黙ったまま、ぽろぽろと涙をこぼしている。
私は、部室を飛び出していた。
***
そうだ。あのときだ。
美空が、私を抜いた日。
あのとき、もっと素直に喜んであげれば、こんなふうには、なってなかった。
返信せずに残していたLINEを、もう一度開いた。
『ごめん』
『彩花はずっと私の前を走ってくれてた』
『彩花の後ろを追いかけていれば安心だった』
『でもこれからは自分で走る』
『全力で彩花に挑戦する』
画面を見たまま、私は息をひとつ吸った。
スマホが震えた。
大河原先生からのLINEだった。
『美空君、決勝に残りました』
『見届けなくてもいいのですか?』
私はメッセージを見つめた。
胸の奥から、何かがこみ上げてきた。
―― 今は、負けてるかもしれない。
―― でも、次はきっと。
気づいたら、私は立ち上がっていた。
***
タクシーに飛び乗り、会場へ向かう。
信号が変わるたびに、何度も時計を見る。
会場に着くと、急いでゲートを抜けてスタンドまで上がる。
アナウンスが流れ、選手の名前が呼ばれていく。
その中に、美空の姿があった。
ひとつ息をのみこむ。
パン。
号砲が、初夏の空を切り裂いた。
(了)




