ラップタイムが乱れる
オールアウトの練習が、本格的に始まっていた。
グラウンドには声が飛び交い、スパイクが砂を蹴っていた。
目の前を、美空が100mを走り抜ける。
ゴールラインを越えて、肩で息をしながら、私の方を見てきた。
「……タイム、どう?」
ストップウォッチを見る。
――11.99。
「えっ! 抜かれてる……」
一瞬だけ、迷った。
「……12.99」
「え? ほんとに……?」
美空は、一瞬、不思議そうに眉を寄せたが、すぐに笑顔に変わった。
「あーやっぱり、彩花の推薦タイム12.00には全然だわ」
私は、曖昧にうなずいた。
そのあと、美空のタイムは13秒台に落ちてしまって、
12秒台にも戻ることはなかった。
フォームも崩れていた。
腕ふりに無駄があって、踏み込みも浅い。重心がぶれていた。
でも私は、それを何も指摘しなかった。
「大丈夫。疲れが溜まってるだけだよ」
「すぐ戻るって」
そんなおざなりな言葉を並べてる自分に、気づいていた。
――抜かれなかった安心感。
――嘘がばれていないかと思う不安。
――美空を応援できない自己嫌悪。
いろんな感情が混ざりあった。
***
放課後、部室の前。
ドアノブに手をかけたところで、中から声が聞こえた。
私の代わりにリレーに出ることになった、二年の栗原の声だった。
「……100mは個人だから手を抜いても。でも、リレーは本気で走ってください」
「はっ?」
美空の声。明らかに戸惑ってる。
「彩花先輩のケガのことで、先輩が責任を感じてるって、みんな言ってます。
だから……彩花先輩の推薦タイムを、わざと抜かないようにしてますよね?」
「彩花先輩の推薦が無くならないように」
「……そんなこと」
美空の声がかすかにふるえていた。
「えっ!」
思わず声が漏れた。
美空と栗原が、同時にこちらを振り向いた。




