第三話 スタッガードで進む
再び、自宅のベッド。
―― あのとき、ケガさえしなければ……
口に出した瞬間、自分でその言葉を打ち消した。
―― ちがう。
本当にやり直したいのは、そこじゃない。
***
放課後の部室。
夕方のグラウンドから、まだスパイクの音が聞こえていた。
「大河原先生が、大学の監督にちゃんと話してくれました」
椎名コーチが、椅子に腰を下ろしながら言った。
「ケガを治して、秋の大会でまた12.00を出せたら――内定、出しますって。先生の顔もあるし、監督さんも前向きでした」
「……ありがとうございます」
声が、少しだけ上ずった。
「でね、私、出産が近いから、これからはあまり練習を見られなくなると思うの」
そう言って、コーチはマタニティウェアの裾を軽く直した。
「短距離のメニューは組んでおく。だから彩花に面倒見てもらえると助かるんだけど。長距離とかは、私が見るし」
「……私が、ですか」
「無理はしなくていい。でも、彩花自身の助けにもなると思うの」
「推薦は、記録だけじゃなくて、生活態度とか部活での姿勢も見られる。人間としての信頼っていうか――」
椎名コーチが、まっすぐに私を見た。
「特に “部活への熱心な取り組み” っていうのも評価対象になります」
となりで、大河原先生が付け加えた。
「はい」
私は、小さくうなずいた。




