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竜国に『非竜人族の番を迎え入れる際の決まり事』という法が制定された理由  作者: 重原水鳥
「運命の番です」と迫られているが、違うんです助けてください

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9/10

前編

 先に思いついていたお話が別にあったんですが、それより先に完成したので、こちらを先に投稿します。


イメージキーワード:運命の番/竜人/人間/西洋/中世/シリアス


あらすじ

 竜人族と獣人族は、運命の番というものを感じ取る力がある。番の対象は必ずしも同族ではなく、他の竜人/獣人、それから多くはないが、稀に、人間から選ばれる事もある。

 外交官である竜人のベニートは、とある人族の国に派遣される事となる。その国は≪アンジェリーヌの悲劇≫という出来事を起こした悲劇の女性、アンジェリーヌの祖国であった。竜人へのあたりが特に厳しいだろう国に緊張しつつ赴任した彼の元に、とある竜人の男ジャンルイージが助けを求めてくる。彼は「運命の番ではない令嬢に迫られている」という妙な事態に巻き込まれているようで……?

「助けてください!!」


 目の前で必死に頭を下げる男性の竜人に、外交官であるベニートはため息をついた。


「助けるも何も、個人の問題ですよ、色恋沙汰は」

「運命の番関係は国が対応してくださいますよね!?」

「多種族との番問題は現在外交官の管轄ではありません。専門部署である非竜番管理局への橋渡しなら対応出来ますよ」

「動いてくれないんですよぉ!! 勝手に向こうが番って決め付けてきてるだけなら途中で諦めるだろうって!!!」


 大声で騒ぐのは、ジャンルイージ通称ジャンという竜人の成人男性であった。

 彼はベニートが現在いる国……ただの人族の国に赴任すると同時に、相談したい事があると連絡を入れてきたのだ。

 現地にいる竜国の国民とのやり取りは、外交官の仕事の一部とも言えるため一応顔を合わせたのだが、合わせた途端「番じゃない人族の女性に迫られて困ってるんです! 助けてください!」と泣きついてきたので、ベニートはなんとも言えない顔で、上記のように返答する他なかった。


 とりあえず自主的に床に座るのをやめさせ、椅子に座らせる。


「それで? 何故一介の外交官でしかない私に話を持ってこられたので?」

「貴方の言葉なら、聞いてくださると思いまして……」

「私? 何故です」

「……ここは、『アンジェリーヌの悲劇』の被害者たる、アンジェリーヌ嬢の生まれ育った国です」


 無論、ベニートも知っている。

 ベニートが生まれる前の出来事である『アンジェリーヌの悲劇』は、竜人たちの在り方を変える重要な切っ掛けとなった。

 その重要人物たるアンジェリーヌは、悲劇の後、母の祖国である国に身を寄せた。祖国であるこの国には、ついぞ帰らなかったそうだ。

 しかしこの国では、アンジェリーヌが帰ってこなかったとしても、「自分たちは()()アンジェリーヌが生まれた国の人間である」と強く強く主張して生きてきている。


 遠まわしな表現をしないで言うと、国民の何割かは「自分たちは()()()()()竜人を下に視れる国民である」という教育を受けており、竜人への風当たりが特に強い国でもあった。


「それで?」


 ベニートはともかく、ジャンの話を聞こうと、先を促した。


「その、正直、竜人である俺への風当たりは、マア、強い国です」

「でしょうね」

「だから本来、俺に、自分が番だと訴える人間がいる方がおかしくって……、おかしいですよね? 教科書で竜人は、この国の姫同然であったアンジェリーヌ嬢を虐げたってここ三十年以上教えてる筈ですよ!  それなのに、なんで目を輝かせて運命の番ですとか言われるんですか!?」

「ジャン卿。私に仲裁を頼んだ理由を、どうぞ」


 話がズレてきたジャンに冷静に突っ込めば、ハッとした顔になってから、ジャンは話を戻す。


「えぇと、ともかくですね、俺は何故か少し前から、運命の番ではないただの人族の貴族令嬢から、『わたくし、貴方様の運命の番ですわ!』と主張されていまして……」

「ああ、なるほど。貴族の方でしたか」


 ベニートはようやっと、ジャンが自分を頼りにした理由が分かってきた。

 この国に貴族の有力な竜人がいるとは聞いていないので、恐らく、ジャンは平民の竜人だ。

 そんな国で、身分差がある貴族のご令嬢から望まれたとなると、困る事はあるだろう。本人がこれ幸いとヒモになる訳でもないのであれば、貴族からの一方的な好意は、平民にとっては迷惑でしかない。

 竜人とはいえ、平民は平民。

 しかも、この国ではあまり良い扱いをされない竜人なのだから、貴族の令嬢を雑に扱ったと見られれば、新聞などにあれこれ書き立てられて責められるのは、恐らくジャンの方だ。


 世論は面白い方、より衝撃的な方に流れやすい。


 既に「アンジェリーヌ」(ひがいしゃ)「竜国の元王太子」(かがいしゃ)という分かりやすい構図を知っている国民は、迷わず令嬢を被害者、ジャンを加害者にするだろう。


 いつから人の国で暮らしているかはベニートは知らないが、そういう、面倒な世論の動きも分かった上で困っているのか――あるいは、そこまでは考えずとも、単純に粗雑には出来ず困っているか、というあたりか。


「それで、ランツェッタ様が外交官として、竜国の代表としてこちらに来ると伺って……貴方の声ならば、届くと思ったのです。……セレーヌ・ランツェッタ夫人のご子息の貴方の声ならば……」


 ジャンの言葉に、ベニートは深い深い、ため息を吐いた。


 セレーヌ・ランツェッタ。その名前を知らぬわけはない。


 何せ、実の母だ。


「母をご存じですか」

「勿論です。この国で、セレーヌ夫人の名を知らぬ人もいないと思います。何せ、アンジェリーヌ嬢を救われた、『()()()()()()()』ですから」

「フーッ……」


 この国に来て、さて、あと何回この呼称を聞く事になるだろうかと、ベニートは天を仰いだ。


 母が聞いたなら、眉根を寄せそうな呼称だ。ただ、なんの関係もない第三者の――その中でも特に、人の国では、セレーヌは聖女などと呼ばれている事が多かった。


 理由は安直で、竜国で虐げられていたアンジェリーヌを、竜人たちの手をかいくぐって助けたからだ。


 実際の所はセレーヌは切っ掛けであるのは間違いないが、全てが彼女の手であった訳ではない。しかしそういう詳細は、人民にはどうでもよいもので。分かりやすい要素だけを抜き出した舞台の脚本なども作られてしまったせいで、当時の功績は本物も嘘も混じって、セレーヌの物と言われている事が多い。


 そういう、過分な扱いを受けるのは、嫌う母である。


(聞いたなら絶対に嫌な顔をするな……)


 と思いつつ、手だけで、ジャンに話の先を促す。


「聖女セレーヌ夫人のご子息。……ついでに、番についても個人で研究されているとお伺いしました。そんな方が、俺とあの令嬢は運命の番ではないと証言して下されば、きっと、諦めてくださる筈で……!」

「……残念ですが、番について勝手に研究しているセレーヌ・ランツェッタの息子は、私ではないです」

「エッ」

「弟の一人でして、私ではないです」

「アッ…………。……い、いえ! でもセレーヌ・ランツェッタ夫人の息子の言葉であれば、少なくとも、()()()()()()の言葉よりは、聞いてくださるかと……!」


 ジャンの言葉の裏に潜む自己卑下を感じ取り、ベニートは何とも言えない気持ちになった。その少しの同情から、とりあえず、一度ぐらいは手伝っても良いかと、彼は思うに至ったのである。


「……では、外交官としてではなく、ジャン卿の友人という(てい)で、お話してみましょうか」

「本当ですか!?」

「ええ。それで、ご令嬢のお名前を聞いても宜しいですか?」

「はいっ」


 そして出された名前に、ベニートはちょっとだけ、同情して親切心を出した事を後悔した。




 ◇ ◇ ◇




 さて、簡単にこの人族の国――アンジェリーヌという女性の祖国の、現在の政治状況を説明しよう。


 現在この国は、大きく三つの派閥に分かれている。



 一つは国王派。

 文字通り、国王の政治的思想に賛成している派閥だ。


 この国王はアンジェリーヌとは幼馴染と言うほどに幼いころから、関係があった。一説にはアンジェリーヌと元竜国王太子(アロイージオ)の結婚の話が持ち上がらなければ、彼女と結婚していたとも言われている。


 こんな経緯を並べると、アンジェリーヌを奪った竜人を恨んでそうであるが、少なくとも表向きに掲げている政治思想的には反竜人思想は掲げていない。むしろ、あくまでも国同士の関係性として、竜国から様々な恩恵を得ようと日々交渉をしてくる派閥で、一番親竜派ともいえる。



 もう一つが公爵派。

 アンジェリーヌの実家である公爵家を頂点とする派閥だ。


 現在の公爵はアンジェリーヌの兄である。かつては国王派とほぼ同一であったが、『アンジェリーヌの悲劇』ののち、王家に匹敵する力を得るに至り、幅を利かせるようになった。


 竜人に対する態度は、冷たいが、搾り取れるものは搾り取ってやろう、ぐらいの扱いといった所か。自分たちに都合よく動く竜人なら保護してやらん事もない、という態度である。

 それでいて、三つの派閥で最も、竜国からの恩恵を受けてもいる。実際、今でも、一部であるが竜国からの慰謝料替わりの援助は続いており、それを派閥の強い後ろ盾としている。



 最後が、貴族派。

 公爵派が存在するせいでややこしいが、本来は国王派と貴族派が、この国の二大政治勢力だ。


 トップはとある侯爵家だ。昔は公爵家であったが、この国の決まりに従い、数代王家からの降嫁(こうか)がなかった事から、侯爵位に降爵(こうしゃく)され、今に至っている。


 ここは分かりやすく、反竜人を掲げる派閥である。

 アンジェリーヌの悲劇以前はそうではなかったようだが、悲劇以降、反竜人、反獣人を掲げ、竜人や獣人に不満を持つ人々からの厚い指示を得ている。



 さて。何故わざわざ、三つの派閥を語ったか。

 それは簡単で、ジャンに惚れている令嬢の家の派閥が、面倒だったからだ。



 ジャンを「わたくしの運命の番ですわ!」と言って憚らない令嬢マドレーヌの実家は、何を隠そう、反竜人を掲げる貴族派のトップたる侯爵家だったのである。



 頭を抱えたくなるのも、当然であった。




 ◇ ◇ ◇




 頭は痛いが、引き受けた以上は致し方ない。そんな心持ちで、ベニートはジャンと共に、かの侯爵家の門をたたく事となった。新しい連絡を送る必要はなかった。ジャンの家に、絶え間なく招待状が届いていたからだ。それへの返信に、「友人も共に行きます」と追加するだけですんだ。


 都から少し離れた、運河に架かるニコレット橋という大きな橋の近くにジャンは暮らしていた。

 侯爵家に行く前に一度、この家に赴いたベニートは絶句した。ただでさえ狭い家の半分が、手紙で埋まっていたからだ。


「毎日届くのです。招待状が。たまに一日二通届きます。捨てた事を咎められたらと思って、捨てれず……」


 と言われた時は、ちょっと恐怖した。


 運命の番である母を溺愛している父ですら、そこまではしない。精々、一人で遠方に出張しなくてはならない時に「い、いやだぁ……セレーヌ、共に来てくれ……」と母の膝に縋りついて駄々をこねるぐらいである。手紙も届くが、常識の範囲内で、代わりに遠方の名産物などを贈り物として付属するぐらいだった。


 ただ、運命の番への執着や愛情の発露の仕方は、個人差がある。片時も離さないというほどに縛り付ける人もいる事を考えると、マドレーヌという令嬢が本当にジャンの運命の番であるのならば、()()()()()()()ではあった。


 むしろ、運命の番でもないのにここまで手紙を送っているとしたら、()()()()()恐怖案件だ。



 とにもかくにも、二人はついに王都にある侯爵家の屋敷の門をくぐり、ある意味で、敵の領地に入った。ベニートの方は解決するために、一応、出来る範囲での()()()()はすませてきている。



 問題の、「運命の番」だと主張している令嬢――マドレーヌは玄関ホールで二人を待ち構え、ジャンが一歩屋敷に入るとすぐに、


「ジャンルイージ様! ようこそおいでくださいました」


 と、挨拶をした。

 ただ文字に起こすなら、普通の歓迎の言葉だった。しかし実際に聞いたベニートは、言葉の後ろに無数のハートが飛んでいるのが感じられた。それぐらい甘くべっとりとした声だった。


 マドレーヌは、容姿としては可愛らしいといえる顔立ちの令嬢だ。この国の女性の平均身長ぐらいで、巻き毛のストロベリーブロンドの令嬢だった。

 着ている服も、特別センスが悪いとかはない。


 ただ、立ち振る舞いから、押しの強さは感じた。この国でもとくに高い地位である侯爵家のご令嬢である事を考えればおかしくはないものの、品があるとは言えない立ち振る舞いだ。


 何せ、挨拶の後、早々にジャンの腕を掴んでこようとして、ジャンに避けられていた。


 それからベニートを軸にするように、二人でぐるぐると追いかけっこを始めた。


「まあジャンルイージ様! そう照れる必要はございませんわ!」

「いえ、あの、今回はお話をするためにご招待を受けまして……」

「分かっておりますわ! わたくしとの婚姻届けに記入をするために来て下ったのでしょう?」

「いえ違います」

「うふふ、ジャンルイージ様は竜人であるにも関わらず、本当に奥ゆかしい方ですわね。分かっておりますわ。運命の番であるわたくしが貴方様からしたら年の離れた娘である事から、照れておられるのでしょう。安心なさって、わたくし、必要な事は全て家庭教師からしかと学んでおりますの」

「いえ、結婚しません。俺は貴女の運命の番ではなくて……」


 ぐるぐる。

 ぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる。


 追加でもう一周ぐるぐるしそうになった二人を、申し訳ないながら、ベニートは肩を掴んで止めた。なにせ、侯爵家の使用人たちはニコニコと微笑ましそうにマドレーヌを見るばかりで、止めてくれる気配がなかったので。


「……失礼。未婚女性に触れてしまった事、謝罪いたします。ですが本日は、侯爵も含めて話し合いの場を設けていただくというお話になっていたかと存じますが」

「ああ、忘れておりましたわ。ジャンルイージ様! 早くお父様に挨拶にまいりましょう!」


 と、マドレーヌは一人歩いていく。ジャンの顔を見ると、疲れ切った顔でベニートを見て、力なく首を振った。


 話には聞いていたが、この短時間で令嬢の面倒くささというものは理解出来た。

 と同時に、あの話の通じなさは、初めて運命の番を前にした竜人や獣人族の行動に通じる部分もある。


(本物か偽物か、面倒な話し合いになりそうだ)


 そう思いながら、ジャンと共にベニートは、応接間に向かった。




 ◇ ◇ ◇



 応接間にはマドレーヌと、彼女の父である侯爵がいた。


 彼らが横に並び、侯爵の目の前にはベニートが。そしてマドレーヌの目の前には、ジャンが座る。ジャンは最初嫌そうな顔をしたが、侯爵の目の前とマドレーヌの目の前、どちらがマシかと囁けば、しぶしぶマドレーヌの目の前を選んだ。


 侯爵がまず名乗った後、ベニートは丁寧に礼をした。


「本日はお招きいただき感謝いたします。竜国外交官としてこの度赴任いたしました、ベニート・ランツェッタと申します。本日は、あくまでも外交官としてではなく、こちらのジャンルイージの友人としてまいりましたが、侯爵閣下とは今後もお会いする事がありますでしょうから、このような挨拶とさせていただきました」

「これはご丁寧にどうも。……ふむ、ランツェッタと、いうと」

「母の名をご存じであられますか? 母はセレーヌ・ランツェッタと申します。実の所、母からはアンジェリーヌ様の御名(みな)や御話をお伺いする事も多く、この度はアンジェリーヌ様の祖国に来る事が出来て、感無量でございました」


 半分本当、半分嘘である。

 母のセレーヌからアンジェリーヌの名前や話を聞いたことはあるが、多くはない。その多くも、ポロリ、つい漏らしたという話程度だ。

 そして、別にベニートはアンジェリーヌの祖国への赴任を望んだ訳ではない。あくまで、国の判断である。


 しかしこういう名乗りをした方が、この国の人々からの()()が良い。


「かの聖女セレーヌ夫人の……ふむ。今後は、貴殿とも有益な話が出来ると良いのだが」


 と、侯爵は笑った。

 ベニートは笑みは浮かべたが、言葉では返事をしなかった。

 有益な、というのは、つまり侯爵にとって利になる話、という訳である。竜国としても利になる話であれば話題に出す事はあれど、必ずしも彼の利になる話が出来る保障はない。妙な発言をして、後々揚げ足取りのような真似をされると面倒だと感じた。


「本日は、私の友人であるジャンルイージ卿に纏わる、ご令嬢の誤解を解くべく参りました」


 ベニートは挨拶の後、早々に切り出した。


 会うのはこれが初めてだが、顔を見た段階で侯爵のペースにされると面倒だと思ったからだ。

 侯爵は片方の眉だけをついっと上に上げた。


「ほう。我が娘の誤解、と」

「はい。ご令嬢は、こちらのジャンルイージを運命の番と思っておられるとの事ですが、ジャンルイージはご令嬢に運命を感じておりません」

「まあ、そんな訳はありませんわ! ジャンルイージ様が照れ屋さんなだけですの」


 うふふ、と熱のこもった視線を向けられたジャンは、マドレーヌとは目を合わせず、机を見ている。


「……と、うちの娘は言っているが。これが違うと? マドレーヌは、そちらの竜人と会うまでは、大人しく、淑女中の淑女とも言われていた。が、そちらの竜人に会って以降、途端、このように恋以外見えぬようになってしまった。我が家ではこの変貌は、まさに運命の番である証拠と考えている」


 侯爵の言葉にマドレーヌは「間違いなく、運命の番ですわ! だってこんなに、ジャンルイージ様の事しか考えられませんもの……!」と叫んだ。


 なるほど、淑女中の淑女なんて言われていた女性とは到底思えない。

 錯乱しているとすらいえる。


 こんな状態になったのはそこの竜人(ジャンルイージ)のせいだから、責任とれや。


 というのが、侯爵の意見なのだろう。


(だがおかしくないか? 彼の政治的思想を思えば、引き離す事はあれど、ジャン卿を身内に引き取る利はない。ジャン卿がどこぞの有力貴族の子息ならともかく、彼は間違いなく()()()()()だ)


 彼を人質みたいにしたとしても、竜国は従わない。たとえ従わないとジャンを殺すと言われたとしても、従わないだろう。


(何が狙いか分からないな全く)


 とは思いつつ、とりあえず、マドレーヌが運命の番である論を覆す為、口を開く。


「残念ですが、侯爵閣下。そしてご令嬢。人族が、運命の番を感じ取れたという前例はありませんよ。それは、ただの一つも、です。竜人でなく、獣人に纏わる話でも、そうです」


 もし一つでも前例があれば、歴史に残る筈だ。なにせ、それは快挙ともいえる話だ。

 冷静になれば、番になんらかの危険が及ぶ可能性もあるのだが、運命と出会った直後で冷静さを欠いている竜人や獣人が、そういった事に意識が及ぶとは思えない。


「今までは人族では運命の番が分からなかったそうだが、娘はたまたま感じ取れる素質があったのだろう」

「そうなりますと、ご令嬢は様々な竜人、そして獣人族から、研究の対象とされる事になりかねませんが、本当に公表してよろしいので?」

「け、研究の対象? なんて失礼な! わたくしが嘘をついているとでもいうの!」

「嘘とは申しておりませんよ。ただ、誤解があるとこちらは考えているのです」

「間違いなく、わたくしはジャンルイージ様の運命の番だわ!」

「困りました……本当にご令嬢が運命の番であれば、誰よりも喜び勇んで飛んでいくジャンルイージ本人は違うと申しておりますし、こうなっては話は平行線になってしまいます」


 マドレーヌは不機嫌そうにベニートを睨んだ。


「何故わたくしが運命の番が分かるか、教えてあげるわ、竜人!」

「ほう、証拠があると?」

「ええ。わたくしの三代前の侯爵夫人が、獣人なのです!」

「マドレーヌ」


 侯爵が止めるように娘の名を呼んだが、マドレーヌは止まらなかった。


「お止めにならないで、お父様! こちらの竜人は、この話でもしないと、信じないではありませんか!」


 はあと侯爵が息をつく。止めなかったので、娘の行動を認めたという事だろう。そんな侯爵の態度に、ベニートは眉根を寄せつつ、マドレーヌの方を見る。


「なるほど? 薄くはあるが、運命の番を認知出来る獣人の血を引いているから、分かられると」

「ええ、そうよ!」


 胸を張るマドレーヌに、ベニートは冷たい目を向けた。


()()()()

「なっ、何を根拠に貴方、そのような事を?!」

「確かに、混血児、数代先の子孫でも、運命の番が分かる者はおります。それは認めましょう」

「ほ、ほら――」

「ですが、運命の番が分かる子孫には、竜人や獣人の()()()()()()()()いたします」

「――なんですって?」


 ふう、とベニートは息を吐き、それからマドレーヌの容姿を見た。


「残念ですがご令嬢に、獣人の身体的特徴はあられない。つまり、貴女は獣人の特徴である運命の番を感知する能力は、引き継がれていない」

「な、な、な――! 失礼よ! ただ、ドレスの下で隠れているだけだわ!」

「おや。では、不躾ながら、スカートの下に()()()()()()()()()が隠れているとでも?」

「ええそうよ! わたくしの美しい尾は、運命の番たるジャンルイージ様にしかお見せいたしませんわ!」


 強く言い切ったマドレーヌから、侯爵に視線を戻した。


「侯爵閣下。この国の戸籍に記されている、三代前の侯爵夫人は、()()()()であったと記憶しておりますが……犬の獣人のご先祖は、いつおられたのですか?」

「…………」


 沈黙を保つ侯爵の横で、マドレーヌが「え?」という声を上げている。どうやら、知らなかったようだ。


「また、大変不躾と承知の上ですが、調べさせていただきました。……侯爵夫人となられた馬の獣人族の女性は、不妊であり、子を産めなかったと。故に、立場上は正式な侯爵夫人ではあったものの、実際に次代をお産みになられたのは、当時の侯爵閣下のお選びになった、分家の女性だったと……そう、記されていましたが、こちらは偽りですか? だとすれば、貴家(きか)は国王陛下を欺かれている事になられますが……」


 侯爵が、ベニートの口を止めるように手で制した。

 ベニートは口を閉じる。


 横のジャンは、訳が分からないという顔をしており、マドレーヌは明らかに「しまった」という顔をしている。マドレーヌの表情からは、先ほどまでの恋に狂った様子はない。


「……随分とよく調べて来たようだ。どこの手勢が、要らぬ入れ知恵をしたのかな?」

「入れ知恵などと……ただ、友人が困っておりましたから、調べただけです」


 侯爵はベニートの言い分を信じないという風に、鼻で笑った。


 手勢の入れ知恵が入ったという侯爵の予想も、当たっている。

 これらの情報を調べようとベニートが動き出した段階で、秘密裡に国王派から連絡があった。ベニートが動くのであれば、と、綺麗に整理された情報を持ってきたのだ。その時点で多少は調べていたが、細かい裏付けの手間は省けたので、時間短縮にはなった。


 とはいえ、まるきり嘘を伝えてはきていないだろうと、最初から思っていた。


 もし嘘の情報を渡して竜国の外交官(ベニート)と侯爵の中がこじれた場合、国内に入らぬ火種を生む事になる。


 ただでさえ、現在、この国の周辺国はきな臭い。

 獣人族の穏健派代表とも言えた狸国がとある人族の国によって滅ぼされた。

 それだけで終わらず、その人族の国は、隣国までも併合した。併合時には狼国から、とある侯爵家が軍を出したらしい。侯爵夫人の祖国が、その隣国だった為だ。しかし流石に圧倒的な人員の差や、最新鋭の武器に苦戦し、出来たのは国外に脱出する人々を守りながら、後退する事だけだったとか。こちらの侵攻もまた、狸国を堕とした時同様にあまりに早く、足の速い狼国からの援軍以外は、到着する前に国が堕とされてしまったそうだ。


 立て続けに二つの国を飲み込んだ国は現在、名を変え、帝国と名乗っている。


 帝国が次に狙うのはどこであるか?

 当然、国境が接している国であろう。


 その選択肢に、この国は入っている。


 国王としては、国内が下手に分裂する事は望まないし、ついでに、竜国との関係性も崩したくはないだろう。


 この国はアンジェリーヌの悲劇の後、結ばれたいくつかの契約により、有事の際に――他国より攻撃されるという場合に限るが――竜国の軍の増援を得られる事になっている。

 覆される事はないだろうが、万が一にもそうした増援を素直に貰えない状態になる事も、望ましくない。


 そうした裏事情から、ベニートの渡した情報はすべて真実だろうと判断し――勿論できる範囲で個人で裏どりもしたが――今日、侯爵と話をする事にしたのである。


「さて侯爵閣下。どうかお教えいただきたい。何故、ただの(いち)平民でしかないジャンルイージに、これほどまでこだわられたのか」


 ふん、と侯爵は鼻を鳴らした。その横で、悔しそうにマドレーヌも鼻を鳴らした。


 なんとも似た、親子の顔だった。




 ◇ ◇ ◇




 結論として、やはり、マドレーヌがジャンと運命の番だというのは真っ赤な嘘だった。それを理由にジャンを侯爵家に取り込もうと考えていただけだったのだ。

 そこまではいいとして、なぜ『反竜人・反獣人を掲げている侯爵家の娘が平民の竜人を運命の番だと言い張ったか』が問題であった訳だが。


 ベニートからの追及に、マドレーヌはこう自白した。



 ――「あの女への嫌がらせよ!」



 あの女というのが誰かというと、公爵派のトップたる公爵家のご令嬢――血縁的には、アンジェリーヌの姪にあたる令嬢の事である。


 対立派閥である公爵派トップのご令嬢と、貴族派トップの娘マドレーヌ。彼女たちは派閥の関係をそのまま当てはまめるように、競い合う関係だった。しかしそこには、お互いの尊敬がある訳ではなく、むしろ恨み合っていたに近いかもしれない。

 一つの原因は、彼女たちの同世代に王子がいた事である。

 国王の子は三人いるが、王子は一人だけ。そしてその王子は二つの派閥のトップの家のご令嬢たちと同世代――ともなれば、派閥争いと同時に、王子の妻の座――将来の王妃たる立ち位置を争う事も、当然発生してくる。


 二人の令嬢が争う。その後ろには当然、それぞれの父親も追従した。


 貴族派か、公爵派か。


 国王は早い段階で、次期王妃が誰かを決める事を厭うた。

 それは、自身の婚約者としてほぼ確定していたとみられているアンジェリーヌが、突如竜国に掻っ攫われた経験に基づくのかは、分からない。


 ともかく、正式な決定までの間、二人の令嬢は王子の妻の座を求めて争い続ける。


 公爵派の令嬢たちは、公爵令嬢を立てる。


 貴族派の令嬢たちは、マドレーヌを立てる。


 国王派の令嬢たちは静観しているように見せかけて、自分たちが選ばれるように努力を重ねていた。



 ベニートはまだ赴任したばかりだが、今の所、()()()は王子の婚約者は決まっていない。

 が、()では実質的に、公爵令嬢が内定したのだという。


 マドレーヌは公爵令嬢に敗北した。しかし彼女は、それを簡単に受け入れる事が出来なかった。



 ――公爵令嬢(あの女)に、なにがしかの()()をつけたい。



 それがマドレーヌの願いであった。

 ただ、公爵令嬢に分かりやすい咎はない。どうしてやろうかと考えていた頃、公爵令嬢のある発言を聞いた。


 ――「ニコレット橋には竜人がいるそうね。日々、橋周辺の清掃に勤しんでいるそうよ。王子殿下もお褒めになっていたわ。お会いしてみたいそうなの。今度声をかけてみようかしら」


 とある茶会にしてそうした発言をしたと聞き、マドレーヌはニコレット橋の竜人を調べた。それがジャンルイージである事はすぐに特定出来た。彼の身分は隠されてなどいなかったのだから、簡単な話だ。


 マドレーヌは考えた。


 この竜人(ジャンルイージ)を侯爵家で抱えこむ、

 そうすれば、渡りをつけようとしていた公爵令嬢の顔は潰せるだろうし、侯爵家の配下同然になった竜人では、味方にもできなくなる。

 しかも竜人一人を配下に置くだけで、王子と話す場も作れるかもしれない。


 立ち振る舞いは淑女中の淑女などと言われていた令嬢とはいえ、人生経験は年齢同等でしかない。実年齢以上に成熟する人間もいるが、マドレーヌはその人間ではなかった。

 妬み嫉みで狂ってしまった彼女には理性はなかったのだ。


 当初は無理矢理ジャンルイージを連れ去ろうとした。しかしその為に使った実行犯たちは、子供の首根っこを摑まえるがごとくジャンに捕まり、警邏に突き出されてしまった。


 ――ちなみにジャンはこの時の事を覚えていなかった。話が出ている間、「何の話? 全く知らない。覚えがない」という顔を晒して黙っていた。

 後からベニートが確認すると、竜人というだけで難癖をつけられる事はままあり、その度に相手を出来るだけ傷つけないように警邏などに突き出していたからだ。

 ジャンは軍人として鍛えた事がある訳ではない。しかし竜人は、基礎的な力の数値が、ただの人族より遥かに高いので、簡単に負ける事はなかったのだ。


 無理矢理連れてくる事は出来ない。ではどうするか?

 そこでマドレーヌは考えた。

 アンジェリーヌの祖国で暮らしている以上。そして竜人である以上、絶対に断られないだろう方法――運命の番だあると、偽装するという手段を思いついたのだ。


 マドレーヌが侯爵家の力を使って調べた限り、ジャンルイージという竜人は、この国で暮らしている期間がかなり長かった。しかし運命の番と結婚したという記録はない。

 ならば彼はまだ運命の番と出会っていないだろう。マドレーヌが運命の番を騙ったとしても、嘘がバレる可能性は低いと見たのである。ジャンルイージが否定したとしても、マドレーヌが嘘をつき続ければいい。平民であれば、竜人とはいえ、政治的に取り込むことは容易だと見た訳だ。


 マドレーヌの父親たる侯爵は、娘が余計な事をしはじめ、その噂が簡単に消せない段階で初めて気が付いた。

 最初は娘を叱ったものの、彼も最終的にはこの作戦に乗った。未来の王妃の座を失ったという事は、政争で負けたという事である。

 侯爵は、貴族派トップとして、公爵派へ嫌がらせをする事を選んだのである。



 とはいえ、若い令嬢の思い付きは上手くいかなかった。



 ジャンルイージが想定よりも拒絶を貫き通したのだ。

 これは、マドレーヌが『竜人族・獣人族にとっての運命の番の特別さ』を見誤っていたせいだろう。

 たとえ社会的に追い詰められる事になろうとも、たった唯一を騙る事を、ジャンルイージは良しとはしなかった。


 もしマドレーヌが竜人や獣人族とも関わりをある程度持つ国王派、公爵派の家の娘だったなら、そんな()()()な予測の失敗はしなかっただろう。

 しかし貴族派の娘として、彼ら(竜人族・獣人族)を見下し遠ざけ馬鹿にしていたマドレーヌは、運命の番の重要性や神聖視性を見誤ったのだ。


 まあ、この事はマドレーヌが悪いだけとも言い切れない。この国では、アンジェリーヌという()()があるのだ。

 とても重要な、世界で一番大事な「運命の番」として望まれ嫁いだのに、長らく冷遇されてしまったアンジェリーヌという前例が。

 それ故、他の国よりもこの国では、「運命の番」について懐疑的な意見が増えるのは、当然ではあった。


 それでも、運命の番という理由を持ち出して囲おうとするのならば、考えるべきではあったと言えるだろう。彼らがどれだけ運命の番を重要視しているかという点を。



 侯爵家が作戦の間違いを認めた時には、既にマドレーヌがジャンルイージを「運命の番」と言った事は、この国の社交界でも既に広まってしまっていた。

 ジャンが思っていたより遥かに、彼がマドレーヌに迫られている件は、話題に上がっていたのである。


 もう後戻りは出来ない。嘘をついた事が表沙汰になれば、マドレーヌに次のまともな嫁ぎ先はないだろう。

 だとすれば、平民であるがまだ利用価値のある竜人を取り入れるしかない。

 実際の夫は内縁の夫として、どこからか人族の男を貰おう。

 そう考え、侯爵家は間違えた作戦を止める事なく、今まで動いていたのだ。



 もしかすれば、流石のジャンも社会的な圧力で、作戦を成功する事は出来たかもしれない。


 しかしそこに、割り込んできた者がいた。それが外交官として赴任したばかりのベニートだったという訳である。




 ◇ ◇ ◇




 ジャンが巻き込まれたのは、竜人が少しも関係のない理由だった。

 この国の貴族関係、パワーバランス、あと本当に個人的な恨み嫉みが理由で始まった問題だった。

 それが分かった時は安堵したと同時にベニートは呆れたし、失望もした。


(一応は、国の三大巨頭の一角だぞ。その娘だけならまだしも、トップがあのような、失敗する可能性の高い手段を取るだなんて……。貴族派の勢いは、年々落ちている。そのうち名前だけの、力のない派閥になる可能性が高いな。とはいえ、今そうなられると困るというのが、国王派の考えなのだろう)


 公爵派は貴族派の失態を喜び、追い落とそうとするだろう。

 しかし国王派は、必ずしも、いますぐの失脚を望んではいなかった。だからこそベニートに手助けをするような事をしたのだとベニートは考えた。


 実際、ベニートは事の次第を以下のようにまとめた。



 ――侯爵令嬢マドレーヌは、偶然、ジャンルイージに一目惚れをしてしまい、胸が高鳴った。それによる感情が強かった事から、運命の番だと誤認した。これまでの暴走気味な行動は全て、初恋をしたマドレーヌの誤解だった。ベニートの仲立ちもありその誤解を理解し、侯爵家はジャンルイージに謝罪をした。



 マドレーヌが嘘をついたのではなく、()()()()()()()()、とまとめたのだ。


 ベニートは、マドレーヌが嘘をつき、公爵派への嫌がらせの為にこのような事をしていた事実を、表沙汰にはしようとしない事にしたのだ。

 何故かといえば、それで竜人側が得られる利がなかったからだ。


 侯爵家は腐っても貴族派のトップ。

 彼らを追い詰めようとすれば、内容とかどちらに正義があるかとかは関係なく、派閥の貴族や、平民たちが「竜人が侯爵様を陥れた!」と擁護して暴れかねない。

 これはむしろ、国内にいる竜人族や獣人族への風当たりを強くしてしまう。下手をすれば「竜人がまた余計な事をした」と、獣人族からすら敵対的な行動をとられるかもしれない。

 それだけは避けなくてはならない。


 それでも、もし、被害者であるジャン自身が「慰謝料!」「謝罪!」と強く主張するのなら手伝った。


 が、ジャン自身も「静かに過ごしたい」という意見であったので、侯爵家への大きな罰則などは与えず、()()()()()()()()形で決着をした。


 この結末は国王派が望んでいた事で、間違いなかった筈だ。


(……国王派としては、公爵派と真正面から争う事はより難易度が高いから、貴族派を延命させたいのだろう。一対一で争い続ける二つの組織よりも、お互いに睨みを利かせる三つの組織のほうがバランスもとれるしな)


 公爵令嬢が実質的に内定していたとしても、まだ正式な公表はしていない。

 それに、公爵令嬢を王妃とする事になったとしても、国王派の人々と、外戚として力を振るおうとする公爵派の争いも終わる事はない。


 適度にバランスを取る為にも、第三者たる貴族派は残っていた方がよさそうだ、とは思う。


(何より、今は戦争が目の前まで迫っている! この状況下で身内での無駄で余計な争いなど、国政をしている立場からすれば、起こしたくはない筈だ。…………はぁ。公爵派は恐らく、その事は認識して、あえて静観していたのだろうな。…………それを思えば、貴族派の今後が暗い)


 唯一の救いは、跡取りはマドレーヌではない事だろう。跡取りはまだ侯爵位は継いでおらず、基本的に王宮の宰相の元で仕事をしているという。

 まだベニートは会っていないが、貴族派以外からの評判も悪くないようだ。


 今回の騒動は止められなかった訳だが、今後は跡取りが、侯爵とマドレーヌを今後良い感じに抑えてくれる事を祈るしかない。




 ◇ ◇ ◇




 ニコレット橋近くのジャンの家にまでベニートは付き添った。ベニートが手伝い、マドレーヌからの手紙は完全に灰になるまで焼却処理をする。

 これは、侯爵から頼まれた事だった。勘違いとして納めるにしても、「平民」の「竜人族」のジャンに熱烈な恋文(ラブレター)を書いていた事実が、将来的に娘の消したい過去になるだろうから、という事だった。

 竜人族である当人二人に頼むのは中々失礼だが、これで堂々と手紙を焼けるならいいか、とベニートとジャンの二人は承諾したのである。


 すべての手紙が灰になったのを見てベニートはジャンを見た。


「さて。これで私の仕事は終わりましたね」

「はい。何から何まで……本当にありがとうございました!」


 ペコペコとジャンが頭を下げる。この国で暮らして長いからだろうか。一般的な竜人と比べれば、ジャンはかなり腰が低い。

 ベニートの父親も一般的な竜人と比べると頼りなくて夫にはしたくない等と言われているが、ジャンの場合はそれらとは何か違う。


(人族の社会で暮らしていく為には、こういう風に性格を変化させる必要があったのだろうな)


 ベニートはそう解釈した。


「本当に……何かお礼をしたいですが、お金とかはあまりなくて……」

「ふむ。……そうですね。ではジャン卿、貴方の知るこの国の話を聞かせてください」

「この国の話、ですか?」

「はいそうです。長年この国で暮らしている貴方ならば、文字だけとは違う事をお伝えいただけるかなと思いまして」

「分かりました! 任せてください!」

◇◇◇三代前の侯爵夫人

 馬の獣人族。女性。

 青毛の美しい人だった。運命の番の側で一生を過ごし、本人は幸せに亡くなった。

 不妊ではない。






余談


・とある狼国の侯爵家

 跡取りを水難事故で亡くしている。


・侯爵夫人の実家

 財産の多くは失い、怪我人も出たが、戦争による死者はいない。現在は夫人の指示の元、侯爵領の外れにある屋敷で他の難民たちと共に療養している。

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― 新着の感想 ―
どちらにしろ反竜人派閥のトップにいられまい。戦争でも起きて有耶無耶にするしか
素敵な補足情報ありがとうございます 侯爵夫人クリスティーナの家族を救出した夫に少しずつ心を開く展開を想像しております
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