前編
イメージキーワード:ギャグ/ほのぼの/人外/西洋/竜人/獅子の獣人
自論の意見をペラペラ語る男が出てきます。
※本来の意味合いとはやや異なる使い方をされている単語が多いです。ファンタジー!
※途中の括弧は仕様です!!
あらすじ
獣人族は、運命の番というものを感じ取る力がある。番の対象は必ずしも同族の獣人ではなく、ほかの種の獣人、それから多くはないが、稀に、人間から選ばれる事もある。
バジリオとエルシリアは、どちらも獅子の獣人。国で一番多い、同族同士の番の夫婦だ。ある日彼らの元に、とある竜人が、暫く同居人としてやってくる事になった。
バジリオは現在無職の既婚男性だ。
少し前までは、とある領地を治める領主をしていたが、挑戦者との闘いに負け、敗者として、獅子の獣人族の国――通称獅子国の都に逃げてくるに至ったのだった。
挑戦者との闘いに負けた男は当時治めていた領地からも追い出されるのが、獅子の獣人族の男の宿命。バジリオはその場で殆ど着の身着のまま、追い出される形となった。
そのうえ、バジリオは闘いの中で、挑戦者に足を折られてしまっていた。歩く事も困難になった彼は、一般的な獅子族の男ならば、生きていく事も出来ずにこのまま死にゆく事になっていただろう。
バジリオが幸運だったのは、彼には運命の番がいた事だった。
名をエルシリア。
同じ獅子族の女である。
エルシリアは、無様に負けて、血まみれで気絶したバジリオを抱えて移動した。
追い出された領地にとどまり続けた場合、場合によっては命を狙われる事になるからだ。
幸いにも新しい領主となった男は、今の所領主としての仕事の引継ぎなどでバタバタしている様子だった。その間に、この領地を出て、別の土地に行かねばならない。
しかし、どこの土地でも良い訳ではない。一度、領主の地位にいた事がある男が己が土地に来る事を喜ぶ領主はいない。いつか怪我を回復させて、己に歯向かってくるかもしれない男が長期間滞在する事は、基本的に喜ばれない。
温厚な者で、早めに立ち去るようにと警告される。
過激な者ならば、居場所が分かった時点で追っ手をかけられる。
こうして逃げねばならぬのも、一般市民ではなく領主という立場を一度でも得た男の宿命だった。
エルシリアはバジリオを抱えて休むことなく歩き続け、そして獅子国の都までなんとか到達した。
王都は、獅子国の中でも特別な土地だ。
ほかの領地のトップは男の領主だが、王都だけは、トップが女王なのだ。
この女王は王都という土地のトップであるというだけでなく、獅子族全体を取りまとめる役目を持ち、特別な存在である。
女王の身を脅かさない限りは、どこかで負けた敗者であっても、生きていく事が出来る。
バジリオは都でやっとまともな医者にかかる事が出来た。肉体が強靭な獣人でなければ、都にたどり着く前にバジリオは死んでいただろう。
とはいえ、彼の足の状態は酷いもので、医者にかかったからといってすぐ回復出来るというようなものではない。
そうなると、バジリオとエルシリアが暮らしていくには、エルシリアが働く他ない。
エルシリアは都ですぐに住む場所を見つけ、仕事を見つけ、働きだした。
獅子族の女はとかく働き者で、働けないと死ぬ! とまで言う者が多い。
エルシリアは獅子族の中でも、美しく、仕事も出来る女だった。あっという間に――働き始めた期間を考えれば驚くほどの――出世をしていたようだった。
その間も、バジリオは怪我の後遺症で熱が出て、家の中で、一人弱ったりしていた。
(情けねぇ……)
そう考えるものの、足の怪我が治らないとまともな仕事にはつけないので、結局、安静にしているのがバジリオの一番の仕事という状態が続いていた。
悶々と日々を過ごしているバジリオだが、外に働きに行くエルシリアを毎日見送って、出迎えるのは忘れない。
「行ってらっしゃい、エルシリア」
「行ってくるわ。お願いだから、無茶はしないでね? バジリオ」
「分かってるよ」
出かける時のお決まりでキスを交わした後に、エルシリアは仕事へ向かった。バジリオは自分用に用意されている椅子に腰かけて、天井の木目を数えながら、早く今日が終わらないかと考えていた。
そんなバジリオが、後の人生でも振り返る妙な男と出会う事になったのは、突然の来訪からだった。
「どうも! お話聞かせてくださいませ!」
マルチェロという男が現れたのは、あまりに唐突だった。
エルシリアが帰って来たと思いドアを開けたら、見知らぬ男が立っていたのである。獅子族ですらなく、竜人族の(恐らく)若い男だった。
一般的な竜人族の、すましたイメージと異なる、ニッコニコの笑顔を浮かべながら、彼はバジリオとエルシリアの家の玄関の前に立っていた。
いつも通りの夕方。いつも通りに仕事から帰って来たエルシリアの横には、いつも通りじゃない男が立っていたのである。
混乱して、バジリオは警戒の言葉よりも先に、素朴な疑問を口にした。
「……誰だ?」
「マルチェロ様、少しどいてください――ああ、バジリオ。こちらは……」
マルチェロを押しのけるように顔を出した愛しい女性は、困り顔で説明をしようとした。しかしそれよりも先に、また、竜人が口を開く。
「ボクはマルチェロ! 竜人国のとある伯爵家の子の一人です! 本日は獅子国の女王から、バジリオさんとエルシリアさんをご紹介いただき、お話をうかがいにまいりました!」
「はぁん?」
(意味が分からんぞ)
と、バジリオはエルシリアを見た。エルシリアは咳払いを一つして、綺麗に三つ編みになっている髪を揺らしながら答えた。
「……こちらのマルチェロ様は、さまざまな種族の番の関係について興味をお持ちで、色々な国を渡り歩いておられるそうです」
「はい! ボクは番という関係性を調べる為に、主に三パターンの関係性を調べております。一、同族同士の番。大多数の番の関係ですね! 二、別種族(番という考えを持つ種族)と番った番。少ないですがたまにある奴ですね! 三、別種族(番を一切感じる事が出来ないただの人間)と番った番。一番稀な奴ですね! この三パターンでの関係性の違いとかも合わせて研究しておりまして!」
「ゴホンッ!」
エルシリアの咳払いに、マルチェロは口を開けたまま横を見た。不格好な顔だ。背丈としてはバジリオよりも高いので、自然とマルチェロは、エルシリアを見下ろす形になっている。
エルシリアは横の竜人を、ジト目で見上げた。
「……説明を、夫に続けても?」
「はい!」
返事だけは勢いがある。
「バジリオ。マルチェロ様は女王陛下とも色々とお話をされておりまして、その結果、女王陛下は彼の研究に可能な範囲での協力をする事を決められたのです。そして、マルチェロ様から第一に獅子族同士の番の関係を調べたいという願いが出されて、女王陛下は、私と貴方に協力をお願いされたのです。マルチェロ様がご満足いただけるまで、彼の調査に可能な範囲で付き合うように、と。マルチェロ様に協力した分は、報酬は出されるとの事です」
説明の最後で、やっと、都に来てそう長くないバジリオとエルシリアに任せる理由が理解できた。
バジリオが働いていない無職だからだ。
マルチェロが満足いくまで付き合うとしたら、いくらお金が出されるとしても、時間を捻出出来ない番の夫婦は多いだろう。
けれどバジリオは今怪我の関係で一日家にいる。つまり、マルチェロの相手をする時間的余裕があるのだ。
「ごめんなさい。貴方に相談なく受ける事になってしまって……」
「いや、女王陛下直々の願いなら受け入れるべきだ」
都に来た敗者であるバジリオを、拒絶する事もなく受け入れてもらっている。
それだけで、恩があるとバジリオは思った。
「貴方が何をどう考えているかはさっぱり分からないし、役に立つ情報を与えられるかはさっぱり分からないが……可能な範囲で協力はしよう」
マルチェロを見てそうバジリオが言うと、マルチェロは笑顔になった。
「はい! 今日からよろしくお願いします!」
鼻歌でも歌いそうな雰囲気で家の中に入っていくマルチェロの背中には――翼の間に埋め込むように、布団と枕が括りつけられていた。それだと空を飛べなくないかとか、疑問の前に、括りつけられている道具からバジリオは状況を察した。
「………………え、うちに滞在するの?」
「かかった費用は経費として提出して良いそうなの……」
「あ、ああ、そう、うん、エルシリアが良けりゃ別にいいんだが……」
家に入った直後から我が物顔で歩いている竜人の姿に、バジリオは何が始まるんやら、とため息をついた。
☆ ☆ ☆
竜人と言えば、強い力を持つ最上位の生命体とまで言われる事のある種族だ。
火を噴いたり雷を落としたりする力もあれば、単純な握力とかの闘いでも、力自慢の他種族を上回っている。
生き物として圧倒的に強者である竜人は、基本的に他の種族から見ると、傲慢で、他種族全てを下に見ていると思われている。
というか、実際に大体の竜人はそうだ。他種族を見下していて、それをあらわにする言動を、隠したりしない。
そんな存在と唐突に始まった同居生活。
さぞ大変だろうと思ったが、これが意外と大丈夫だった。
色々な国を旅しているというのは本当なのだろう。多少気に障る事があったりもするが、全体で見ると、マルチェロは上手くバジリオたちの生活に馴染んでみせたのだ。
意外としっかりと、彼は段階を踏んできたというのもあるかもしれない。
まずマルチェロがしたいと言い出したのは、エルシリアとバジリオの関係の観察である。
「ごく普通な番の、一般的な日常は重要なんですよ! 特殊な例ばかり記録したら、後世では今の時代の少数派が多数派として残ってしまう事になりますからね! だからまず、ごくごくごくごく普通の日常の記録が重要なんです!」
そう強く言ってきたマルチェロは、出来る限り影を薄くして――実際には竜人というだけで存在感があったので、気配は消せていなかったが――日常に入り込もうとしてきた。
最初の頃はバジリオもエルシリアも警戒が解けなかった。
特にエルシリアは、自分が仕事に行っている間、バジリオとマルチェロが二人で家に残る事を許さなかった。
「バジリオと話をするのは、私がいる場でだけにしてください。日中は、街に出かけて、家には帰らないで下さいな」
そう、エルシリアは初日にマルチェロに語ったのだった。
女王の当初の方針に反しているのだとしても、ここは譲れないと彼女は言い張った。
ただでさえバジリオは怪我をしていて、動く事が難しい。悪意がなかったとしても、マルチェロの行動で怪我が負う可能性もある。
万が一にエルシリアが離れている間に、バジリオがマルチェロに殺されるなんて事になったら、エルシリアは怒り狂って暴れてしまうだろう。
番の関係性は深く、失った際の反動は大きい。
番を研究しているだけあり、マルチェロはエルシリアの希望をあっさりと受け入れた。そうして最初の頃は夕方から夜にかけてのみ、日常生活にマルチェロが混ざるだけだった。
そこからあっという間に、マルチェロはバジリオやエルシリアの友人のように生活に溶け込んでいった。
いつの間にか、エルシリアが自分では満足に動けないバジリオの監視を頼むようになったと聞いた時は、(こいつすげぇな)とバジリオも思ったものだった。
エルシリアは検討する必要もない良い女であるが、番らしく、バジリオへ強い感情を持っている。普段は冷静な女なので分かりにくいが、エルシリアの番であるバジリオはこの辺を理解していた。
そのエルシリアが、出会ってまだ数週間のマルチェロに、バジリオ(怪我で不自由)を託すというのは、本当に、特殊な事だったのだ。
そうなると、日中、バジリオがマルチェロと二人きりになる時間が増えていくわけだが……四六時中、マルチェロから一方的にあれやこれやと聞かれるばかりなのは正直にいって疲れる。その為、適度な所でバジリオもマルチェロに質問を返すようになった。
「そも、なぜ番の研究なんかを?」
深く考えた問いではなかった。
マルチェロは相変わらず、竜人らしくない笑顔を浮かべながらこう答えた。
「『アンジェリーヌの悲劇』をご存じで?」
「あー……あれだろ? 人族の女性が、竜人の王太子の番で……けれど酷い目にあって、番の絆を、何かしらの方法で断ち切ったとかいう事件」
世界各国にあっという間に広がったその大事件は、竜国や周辺国の歴史の教科書にも記載されるような出来事となった。言い方は悪いが、ただの人族が竜人族をやり込めた事件とも、竜人族の特大の醜聞だとも言われている事件だ。普段上から見下してきている嫌な奴が大きな失態を犯したと、楽し気に、聞いた話を語っていた者も多い。
そんな大きな話なので、元領主でもあるバジリオも、概要だけなら聞き及んでいる。
「その通りです! 当時の王太子殿下という恋愛ゼロ歳児の愚行が、一人の女性の尊厳と精神と肉体をひどく傷つけ、その果てに番から一方的に捨てられたという、自業自得な事件の事です!」
「仮にも自国の元王太子に対する言い草か? それ」
「会った事もない赤の他人ですし」
(竜人族にしては可愛い顔してる割に、ケロリと毒吐くんだよなぁ、こいつ)
とバジリオは思った。
なんなら最近は、ニコニコと笑顔を浮かべている事が多いのも、マルチェロが処世術として笑っているだけのように感じている。
そんなバジリオを放置して、マルチェロは話を続ける。
放っておくといつまでも一人語りしてしまうのもマルチェロの特徴だった。
「以後、竜国では、竜人以外が番であった竜人に対して、さまざまな調査が行われました。その中ではお互いに意思の疎通が取れており、関係性が健全だった夫婦もあれば、『アンジェリーヌの悲劇』の当事者たちのような、一方的な搾取の関係もありました」
「そいつら本当に運命の番だったのか? 一方的な搾取って、番じゃなくて奴隷の関係だろう」
「バジリオさん、ボクと同じ感想ですねぇ。一般的に番というのは、双方にとって良い結果をもたらす関係と言われています。だからこそ運命と言われて、特別視されている訳ですし。ところが一定数、相互扶助どころか一方的搾取の関係に陥る者たちがいる。それが調査で分かり、世間にさらされた事で、一時、竜国では運命の番に対してかなり疑心暗鬼になる者も出ましたねえ」
同族のエルシリアが運命の番であったバジリオは、『アンジェリーヌの悲劇』の当事者たちとは、立場などが違う。それでも、思ってしまう。
「今エルシリアに養われてる俺が言う事でもねぇけど……。運命の番は一心同体。だからこそ相手の事を何より大事にして、願いをかなえてやりたいと思うもんじゃないのかと思うがなぁ」
「バジリオさんはいい男ですねぇ」
「竜人に言われると嫌味みたいに聞こえるな」
「ひどい! 本心ですよ!」
「そうなんだろうけど……」
「話を戻しますが、『アンジェリーヌの悲劇』で竜国は大きく変わる事になりました。一番大きいのは『非竜人族の番を迎え入れる際の決まり事』が定められた事ですね。通称『番法』とも呼ばれているこの法律の制定後、特に非竜人族が番であった竜人は、厳しい検査や調査をされ、他国から嫁や婿を迎え入れる際には、問題がなかったかの厳しい検査を受ける事になりました」
「よくもまあ反発がなかったな」
竜人はプライドが高い。これは領地ではなく、誇りの方だ。
国が決めた事と言えど、簡単に従うとは思えなかったが、マルチェロ曰く、そのプライドの高さ故だという回答だった。
「既に自国の王太子と、あと、歴史が長い家の当主とか、次期当主とかが、やらかしてやり返されてる後だったというのが一つ。もう一つは、制定後に法に違反するような事をしたものに対して、もう、徹底的な処罰が下されたというのもあります。例としては角折りの刑と翼の切断ですね。獅子族ですと、丸刈りの刑や牙の抜歯刑に相当すると思って貰っていいですよ」
「……徹底的に重罪扱いにしたんだな」
竜人が恐怖する刑の種類にはピンと来なかったが、獅子族における『丸刈りの刑』と『牙の抜歯刑』は殺されてないだけの死刑みたいなものだ。
ぶるりと、ついつい震える。
前者である丸刈りの刑は名誉や社会的な死で、文字通り髪の毛などを全て刈られてしまう刑罰だ。
獅子族の男は髪が立派なほど良いとされ、男はとくに髪の毛が長い。女は長さに拘りはないが、一つに結んだ髪型が良いとされている為、一番短くても結べる程度の長さにしてある。
つまり、子供でもないのに髪が短いのは、犯罪者の可能性がある人間として見られる。
丸刈りは、確定で犯罪者だと思われる。
しかも刑罰で丸刈りにされると、その後に毛が生えてこないように薬まで塗られるという始末だ。一生、素肌を晒して暮らしていかねばならない。
後者の牙の抜歯刑も、獅子族にとってはかなり手痛い。
プライドの象徴でもある牙を抜かれるのだ。しかも髪はまた伸びる可能性はあるが、牙は抜いてしまったら二度と生えない。
口を開くとすぐに罰を受けた人間だと分かってしまうのである。
食べる事も嫌になり、あっという間に死んでしまう罪人は多い。
それらと同等の刑罰を、法律を守らなかった者たちに徹底的に行使していった。
改めて竜人であるマルチェロからその事を聞き、バジリオは、竜国がどれだけ本気で対処していたのかがわかるような気がした。
「今でも上の世代の中には、罪人たちのような考え方を持っている者もいたりするそうですが……ボクぐらいの世代でその考えの竜人はほぼいないと思いますねえ」
「……大きく価値観の変化があったんだな。不思議だ」
「そう思うのは獅子国が、番に対する対応の分野では、先進国だったからですよ!」
「はぁ?」
先進国。
言葉の意味は分かるが、それはあまりに獅子国には当てはまらない言葉だった。
「マルチェロ。本気で言ってるのか?」
獅子国は今でも古い生き方をしている種族の国だ。
バジリオは、それをよく理解している。
獅子族は、獣人の中でも生き方が本能に寄っている。
その際たる部分が、一夫多妻――あるいは多夫多妻に相当する婚姻制度を持っている事だった。
世の大多数の種族は、一夫一妻制度だ。
一夫多妻を――権力者や裕福な者に限って――部分的に認めている国はあれど、それを一般的としている国は多くない。さらに、多夫多妻を制度として残しているのは、今や獅子国ぐらいだろう。
――強き者でなくば妻を得れず。女に認められぬ男は子孫を残すに能わず。
本能に基づくこの価値観に従い、成人した男は故郷を離れて旅をする。
そして、故郷とは別の土地に暮らしている『家/領地』と呼ばれる同一の女性獅子族の一族を治めている男に勝負を挑む。
現在『家/領地』の長である男に勝つと、その『家/領地』に属する女性たちを全て己の妻とするのだ。
小さな家であれ、大きな歴史のある一族であれ、領主であれ、トップに立つには、前任者を下し、その土地に根差す女性たちに認められなければならない。
この形での婚姻を、プライド婚と獅子族は呼んでいる。
この争いにも上がれない男も勿論存在している。彼らはたいてい、一生、働きアリのように下っ端として生きていく事が多い。
この一夫多妻や多夫多妻のイメージや、強ければ簡単に結婚相手を変える文化のイメージが先行し、「力や見た目はあれど、恋人で獅子族を選ぶなんてない」などと揶揄されている事を、バジリオは知っていた。
なんなら、プライド婚を理由に国交を拒否してくる国も、少なくないのである。
それも合わさって、獅子国の文化レベルは周辺国より下にある。
これは目下、獅子国の大きな悩みだ。しかし解決のめどは、特に立っていない。
「いくら女王陛下から紹介された相手とはいえ、この国の在り方を侮辱するなら許せんが」
「侮辱? なんのことです」
「さっき、獅子国が先進国だとかいう冗談を言っただろう」
「冗談? バジリオさん、何を言っているんですか。本気で言ってますよぉ、ボクは!」
心外だとばかりにマルチェロは大きな身振り手振りをした。
「ボクが言いたいのは、獅子国には法律がどうのという決まりが出来始めるような古い頃から、『非獅子族と結婚する際の掟』がありましたよね。その事を言っているんです!」
マルチェロの言葉にバジリオは首を傾げた。
「掟は、番に関する法律じゃないだろ」
「でも、獅子族じゃない人が番だった人にも、適用されてますよね?」
「相手が獅子族じゃないならな。獅子族じゃない奴と結婚する奴の為の掟だし」
「それが! 進んでるという事を言っているんです!」
マルチェロが鼻息荒く語る。
「竜国に他種族との異文化結婚の際の問題を、国や種族全体の決め事として法律が定められたのは、たった三十三年前ですよ。分かります? ほかの周辺国を見ましても、主に被害を受ける側であるただの人間の国では対策の法律はあれど、加害者側の国が自発的に自制する国は殆どありません。人間の国とのかかわりが強い一部の犬国や猫国や馬国とかあたりぐらいですよ。公的な制度を定めているのなんて! ……ほら、狼国も、番に関係する様々な出来事を減らすための法律とかありませんし。あそこは番を神聖視する傾向が強いので、国が個人を制限する法律が作れないようなんですよねぇ……」
「狼かー…………嫌いなんだよな、あいつら」
一度結婚したら、運命の番でもない限り、一生を添い遂げる狼の獣人族。
彼らは一人を愛し続ける事を誇りとしている面があり、複数と簡単に夫婦関係になり、場合によっては簡単に離婚再婚もする獅子族の事を、「頭に性欲しか入っていない」と揶揄してくる事が多いのだ。
個々人では良い奴もいる。
ただ、バジリオ的に、種族の傾向として、得意ではないのだ。
「あいつら陰険なんだよな。陰湿ってゆーか……」
「獅子族と狼族は、国としてしっかり独立している獣人族の国の中では、あり方がほぼ真逆ですからね。国の地域性も違いますけど。風土として、相性が悪くなりがちな所ありますねえ。ボクが思うに、寒さを耐え忍ばなくちゃいけない狼族と、熱さを乗り越えなくちゃいけない獅子族の違いな気がしますね! なんの話してましたっけ? ああそうそう、獅子族の掟のすばらしさですよ!」
一人で首を傾げ、一人で勝手に答えを導いて、マルチェロは続けた。
「竜国や狼国の現状がこんなである一方で、獅子族は竜人がとりかかるよりずっとずっとずっと前から、この、『非獅子族と結婚する際の掟』を持つ事で、他種族との婚姻における問題の発生を、減らす努力を続けて来られた。これは本当に本当に凄い事なんですよ!」
パチパチパチ! とマルチェロは手をたたくが、褒められているのかバジリオには分からなかった。
「単純に、当時の女王が調停に飽きただけだと思うけどなぁ……」
大きさに大小はあれど、女性を主体とする集団であるプライドを下に国や領地を作る獅子族。
そんな文化背景上、獅子国は各領地の独立性が高い国だ。実質的に、獅子族の小国が集まっている国に近しい。
そんな獅子国において、女王の一族は、要は裁判官のような立ち位置だった。
様々な問題が起きた時、一つ上の視点から物事を判断する存在が必要で生まれたのが、女王なのである。
そんな女王からすれば、多数発生するような問題は、いちいち判断するのが大変だ。
だから「この条件に当てはまるならこうする」という風に、他人も判断出来るように制度を整えて対処する傾向にある。
お陰で獅子国の掟を記した巻物は、信じられない大きさと長さになっている。
マルチェロの言う『非獅子族と結婚する際の掟』についても、獅子族のプライド婚への相互不理解からくる揉め事の調停や裁きが多く、嫌になった女王が作ったと言われている。
「バジリオさん」
「なんだその生暖かい視線は」
「いいですか。作られた経緯なんて、極論、なんでもいいんです」
「そんな事なくないか?」
「最重要なのは、その法律がどう使われているか。そして法律のお陰で、どれだけ被害者を減らす事が出来ているか、という事ですよ」
「……まあ、そこは大事か。その考えで行くと、獅子族の掟は、お前のお眼鏡にはかなったという訳だが。どの辺がいいんだ?」
「まず、説明から始まるのがいいですね!」
ニコニコのマルチェロが言うところによると。
『非獅子族と結婚する際の掟』の第一文は、「プライド婚及び獅子族の伝統について説明しろ(要約)」となっている。
第二文は「一回きりでは説明が足りないので更に説明しろ(要約)」。
第三文は「もう十分説明したと思っているかもしれないが、相手には伝わっていない。まだ足りないのでもう一度説明しろ(要約)」。
第四文は「相手からもう分かったと言われたとしても、本当に分かって貰えているとは限らないので、具体的な例を踏まえて説明しろ(要約)」。
一から四までとかく「説明説明説明説明!」という掟になっている。
それだけ、文化の違いを説明したり理解してもらうのは簡単ではないという事なのだ。言葉では理解できても、実感にまでは繋がらないのである。
例え言語が同じで種族も同じな人族同士ですら、出身国が違うとすれ違いが起きる。……種族が違えば、そのすれ違いはどれだけ大きいか、という話なのだ。
そしてそこの齟齬が切っ掛けで、「思ってたのと違う!」という争いになる訳だ。
婚前ならいいけれど、結婚後に齟齬が発生すると、どうあがいても盛大に揉める事になる。そうすれば、女王が裁定の為に担ぎ出される。それを避ける為の掟だ。
「他にもですねえ、説明だけじゃなく、お試し期間を設けろと決めているのは、とても興味深いですよね」
第五文は「本気で結婚するなら結婚する前に一定期間獅子国で暮らしてもらえ。家に閉じ込めると国を感じれないので絶対に外を連れまわせ(要約)」という文だ。
説明してから即結婚ではなく、お試しをさせる事で「実際に獅子族の中で嫁いできた少数派として生きていく事が覚悟出来るのか?」という所まで考えさせようとしているのがマルチェロ的にはいいらしい。
そこまで本当に考えて作られた掟かどうかは分からないが。
「それでもって、ボクの一押しポイントは、契約書をまいておけの所です!」
最後の文だ。色々決まりを作った最後が、「双方話し合って契約書をまく事(要約)」という文がある。
重要なのは双方、という部分だ。
個々の解釈が違ったせいで後から揉めた歴史が物語るように、この文には、注釈として、
――「片方だけの意見を百受け入れてはならない」
――「双方がしっかりと納得出来るものにせよ」
――「奴隷契約書と解釈できるものは受理しない」
などなどなど。色々付け加えて書かれている。
これが、この掟の最難関と言われている。
この契約書の内容は、女王の元に届けられて、大丈夫そうかの確認がされるからだ。
女王の前には関係者も見る事になるので、あからさまな搾取(搾取側がどちらかはさておき)になっている契約書は許容されない。
内容によっては「この辺追加した方が良いですよ」と専門家から差し戻される事もある。
これが女王からの許可が貰えないと、他種族とは結婚出来ないのだ。
中には契約書の段階でつまずいて、結婚を諦めたケースもあるぐらいに、最難関な部分なのである。
「いやあ、本当に、掟は素晴らしい文化ですよ。本当に!」
マルチェロはニコニコとそう言いながら、笑っていた。
☆ ☆ ☆
仕事から帰って来たエルシリアを加えた三人で、夕食を食べる。
竜人は獅子族と同じで肉食中心の文化なので、特殊な料理を用意する必要はほぼなく、三人が食べているのは同じ食べ物だった。
いつもマルチェロが驚くほどペラペラと話をし、バジリオとエルシリアはそれに相槌を打ったりたまには自分の話をしたりと盛り上がって夕食を取るのだけれど、この日は違った。
「……」
(エルシリア?)
妻の異変に気が付いたのは、勿論バジリオである。マルチェロは相変わらずあれやこれやと話をしている。
マルチェロの前で何かあったのかと尋ねるのは何故だか憚られ、結局、夕食の片づけが終わった後、部屋でバジリオは妻に声をかけた。
「エルシリア。何かあったのか?」
「え? い、いえ。何もないわ」
「嘘だろう。元気がない。何かあったんだろう? 仕事で何か難しい事でもあったのか?」
「違うわ」
(本当に違いそうだ。だとすれば……)
「なんでもないのよ、バジリオ」
「……仕事じゃないなら、俺か?」
「っ」
ほんの僅かに言葉に詰まったエルシリアを見て確信する。
(彼女の顔が暗いのは、俺のせいだ)
と。
今のバジリオは、エルシリアにおんぶされて生活しているような状況だ。強い男が好きな獅子族の女からすると、受け入れがたい事だったに違いない。
運命の番だからと、バジリオを一度も見捨てなかったエルシリア。頼られると喜ぶ彼女に、頼り切りになってしまったとバジリオは思った。
バジリオは妻の顔を覗き込んだ。
「エルシリア。俺は何をしてしまった? いや、何が出来てないんだ? 教えてくれ」
目を見ながら訴える。
エルシリアは視線を逸らそうとしてくるが、顔をそむけはしなかった。
バジリオとエルシリアの関係は長い。
バジリオが成人として独り立ちしてまだ一年目の頃、旅の最中で立ち寄った町で町長の家にいた、町長の娘の一人がエルシリアだった。
二人は一目でお互いが運命の番だと理解した。バジリオはまだ独り立ちしたばかりで、エルシリアの母や親族の女性たちはバジリオとの結婚に反対した。
バジリオも、エルシリアの父親にはボコボコに打ちのめされた。
それでもエルシリアを妻とするために挑んだ十数回目の闘いで、エルシリアの父親を気絶させる事に成功し、エルシリアと結婚出来たのだ。
プライド婚の決まりに従い、バジリオは町長となった。(なので自動的にエルシリアの母や姉妹をはじめとした一族の女性も全てバジリオの妻になった)
その後、紆余曲折の人生があった。
町長を辞し、領主に昇りつめ、けれど一度追い落とされ、別の領地の領主になった。けれどそれも、また追い落とされた。
その度に、多くの獅子族の女性を妻とし、離縁し、新しい女性を妻とし、離縁し、を繰り返してきた。
獅子族の男の宿命ではあるけれど、こんな安定しない生活に、エルシリアが付き合う義理はない。
けれどエルシリアは出会ってからもずっと、苦しい時も楽しい時も、バジリオと共に人生を歩んできてくれた。
「エリー……。頼む。俺は何をしたらいいんだ。馬鹿な俺に教えてくれよ」
エルシリアは口を尖らせた。
「……別に、大したことないわ」
「嘘だ。今日はずっと黙ってたじゃないか」
「それはっ! …………だって、貴方が……」
「俺が?」
「…………………………………………から」
「うん?」
聞き返したバジリオに、エルシリアはキュッと眉に力を入れて叫んだ。
「貴方がっ! ま、マルチェロ様と、なんだかすごく、親しくなってたから! 嫌だったの!」
きょとんとバジリオは妻の顔を見上げた。
「……えぇと?」
「ええそうよ嫉妬よ嫉妬! 悪いかしら! 三十にもなって、貴方がマルチェロ様と仲良くなって二人で話が盛り上がってるのが嫌だったのよ! 悪い!? 悪かったわね! 頭冷やしてくるから今日は一人で寝てて!」
困惑しているうちに、エルシリアは破裂した風船のように叫び散らかし、そのまま部屋の外に出ようとする。
バジリオは慌てて、すり抜けそうになったエルシリアの手を掴み、自分の方に引っ張った。
「きゃっ!」
エルシリアを抱き留め、そのままベッドの上に縫い付ける。
バジリオは笑みを浮かべて、いくつになっても愛らしい妻を見下ろした。
「一人寝なんて寂しくて出来ねえよ」
「バジィ」
「エリー。俺の唯一の星。嬉しいよ。まだ嫉妬してくれんだ?」
「……当たり前でしょう。バジィは最高の男だから、妻は何人出来たってかまわないけ――ど!」
エルシリアはバジリオの両肩を掴んで、ぐるりと上下を逆転させる。
バジリオが抵抗していなかった事もあり、簡単にエルシリアがバジリオに乗り上げるような体勢になった。
そうして夫の腹の上にまたがったエルシリアは、そっと、少し伸びた爪の先で、バジリオの首元を撫でた。
「私の事手放そうとするなら、殺すから」
「ははっ! いいねぇ」
二人の体が重なり合う。お互いの尾が触れ合う。
マルチェロは空気を読んで外泊した。
獅子族の小話
年を取ってハゲっぽくなってくると、かつらを使ってハゲを隠す。
その為か、かつらの技術がなんか他国より高い。




